人を咥えて竜が舞う

よん

文字の大きさ
50 / 57
第6章

チルの会議 8

しおりを挟む
 ミチルが姿を現した時、石壁沿いに立っていた三人の見張り兵は凍りついてしばらく動けなかった。
 見張り塔は彼女ほどの高貴な身分の者が足を運ぶ場所ではない。

「アイツら、ムチャ緊張してるやん」
「実は私も緊張しています」
「……?」
「こ、高所恐怖症ですから。竜に咥えられて以来……」

 澄ました顔で本音を吐くミチルに、ヒエンは人間味を感じて少し嬉しかった。

「ここでええわ。後はウチに任せて部屋に戻っとき」
「しかし、あの者達に……」
「見張り兵くらいならウチだけで対応できる。オマエ、手ぇ震えてるやんけ」
「震えてなど……」

 否定しようとしたミチルだが、本当に震えていることに気づいて何も言えなかった。
 両手を隠すよう後ろに組んだミチルはヒエンをまじまじ見つめている。

「ヒエン」
「何や?」
「……またあなたを抱きしめたいです」
「ゲッ!」

 ヒエンはゾッとして後ろに仰け反った。
 心外とばかりに、ミチルはムッとする。

「決してヘンな意味ではないです」
「けど、アイツらはそう見んやろ?」
「そうですか」

 残念そうなミチルはうつむいたまま、ポツリと呟く。

「……ご武運を」


 未練を押し殺して、ミチルはそのまま振り向かずに石段を降りて行く。
 去り際がユージンに似ている。
 ユージンやミチルと会うことは二度とあるまい。
 今生の別れを悟ったから、ミチルはヒエンを抱きしめたかったのだろう。
 名残惜しいのはヒエンも同じだった。
 折角、心が通じ合えたのだ。
 年齢は違えど、同じ故郷を持つミチルとはもう少しいろんな話がしたかった。
 けれども、そんなセンチメンタルな感情がダスト救出の邪魔をする。
 そもそも、その救出の方法もまだ完全な白紙状態なのだが……。

 ヒエンの方から三人の見張り兵に近づく。
 真っ白のサーコートをまとい角笛を手にしていた彼らは、ピンと姿勢を正してヒエンに投げ掛けられる言葉を待っている。
 ミチルと一緒にいたからだろう、彼らはヒエンが何者かはわからないが、失礼な態度をとってはいけない人物だと認識したようだ。

「おはようさん。何か勘違いしてるみたいやけど、ウチは別に偉ないから楽にしてええで」
「はいッ! ありがとうございます!」

 彼らはまだ警戒を解かない。
 三人ともずいぶん若そうだ。

「ウチはヒエン。ナニワームから来た捕縄術の師範代でタダの庶民や。アンタらの方が身分は上やから緊張せんといてな」

 それを聞いた三人は顔を見合わせて、ナマリの強い風変わりの女とどう接するべきかを目だけで確認している。
 相手が庶民なのは一目でわかったが、臣長と一緒に来たことを考えると、粗野な言動は慎むべきだと結論づけたらしい。
 見張り兵の一人が一歩前に出る。

「私はルクと申します。失礼ではありますが、ヒエン殿はどうしてこのような場所に参られたのか、お聞かせいただけますでしょうか?」
「ルクは幾つなん?」

 ヒエンは質問を無視して年齢を訊いた。

「はい、今年で十八になりました」
「ほんならウチとタメやん。……そっちの二人は?」

 ルクの両隣りにいたビショプとナトーも同じ十八歳の新兵だった。
 まだロクに髭も生えていない少年達は、視力と聴覚の良さを買われて見張り役を命じられていた。

「何や、全員同い年やんか。……そういうわけやから何も緊張せんでええよ。ホンマはウチがアンタらに敬語で喋らなあかん立場やけど、そんなん使たことないからこのままいかせてもらうわ」
 ヒエンがニッと笑うと、ようやく三人はホッとして表情が崩れた。

「ウチがここに来た理由は言われへんけど、明日までここにおらしてもらうわ。アンタらの邪魔せえへんから、そのまま見張りの任務続けてや」
「それはチル臣長殿の許可を得てのことですか?」
「うん、そうや」

 それなら安心と、彼らはそれぞれ自分の持ち場に戻る。
 ヒエンは城下を一望できる場所に移動した。
 見事に白一色で統一されている王都は眺めとして最高に美しく調和されている。
 市場は行き交う人々で活気づいているし、その遥か先に見える凱旋門はシバルウ王朝の権威を示す建築物の役割を十分過ぎるほど担っている。
 その凱旋門を越えた所に、城内とは別の真っ白な見張り塔がある。
 初めてあの見張り塔を見たのはもう何日前になるだろう。
 あそこから凱旋門を抜け、憲兵と一悶着あってからキラースと出会った。
 そのキラースももうこの大陸にはいない。
 一陣の風の如くヒエンの前に現れ、あっという間に去ってしまった男は今頃どうしているだろうか……。

(――あかんッ!)
 
 ヒエンはそれ以上、考えるのをやめた。
 感傷に浸っている余裕など今の彼女にはない。
 一見、いつもと変わらぬ朝の風景のように思えるが、この主城に竜が舞い降りてダストを咥え去ったのは今朝の出来事だ。

(竜と相対した時、アイツどんな気持ちやったんやろな。ウチなんかのために無理して……)

 一度、頭の中を整理しなくてはならない。

(ミチルが言うには、竜は人類同士の潰し合いを望んでる。ダストはその道具として火山島へ連れ去られた。ダストの墜死は竜との交渉決裂を満天下に知らしめる儀式として、これ以上にないくらいの衝撃を人類に与える。仮にウチがダストを救えたとして、それは一時的な……或いはウチ個人的な満足に過ぎん。結局、ダストがウチの身代わりになったように、別の誰かがダストの代わりになるだけや。そうなったら、今の辛うじて保ってるシバルウ王朝の権威は脆くも崩れ落ちる。そして、ミチルが真っ先に殺されてしまうんや。……あかんねん! ダスト救っただけやったら何も変わらんやん! 物事の根本を覆さん限り、ホンマにこの世の中は竜に潰されてしまう。この目の前の日常的な人間の暮らしが全部なくなってしまうんや!)

 解決策なんて簡単に浮かぶはずがない。
 あればとっくの昔に別の人間がやっている。
 それを翌朝までにたった一人で見つけ出すなど絶対に不可能だ。
 そもそも、ミチルにあれだけ大口を叩いてみたものの、自分自身がこの先を生きて行こうとは思っていないのだ。
 そんな人間が人類存亡の危機など救えっこない。
 絶望に陥ったヒエンは見張り塔の真下を覗き込んだ。
 落ちたら間違いなく即死である。

(ダストを乗せた竜が来る前に、ウチがここから飛び降りたら……それはそれで一番楽やな。それでウチはオカンとオトンの呪縛から解放されるんや。ダストが死ぬんを見ることなく、ミチルの失望のまなざしに傷つくこともない。……悪くない。むしろメリットしかあらへん。この場所こそがウチの探し求めた死に場所やんか。エラそうに啖呵切っといてウチが先に逝くんや。卑怯や何や言われたところで、死んでしもたら痛くも痒くもないわ)

 目を閉じ、フーッと大きく息を吐く。

 死神がニタニタ笑いながらすぐそこで待機している。


(――みんな……サラバやッ!)
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

熟女愛好家ユウスケの青春(熟女漁り)

MisakiNonagase
恋愛
高校まで勉強一筋で大学デビューをしたユウスケは家庭教師の教え子の母親と不倫交際するが、彼にとって彼女とが初の男女交際。そこでユウスケは自分が熟女好きだと自覚する。それからユウスケは戦略と実戦を重ねて、清潔感と聞き上手を武器にたくさんの熟女と付き合うことになるストーリーです。

【㊗️受賞!】神のミスで転生したけど、幼児化しちゃった!〜もふもふと一緒に、異世界ライフを楽しもう!〜

一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
※第18回ファンタジー小説大賞にて、奨励賞を受賞しました!投票して頂いた皆様には、感謝申し上げますm(_ _)m ✩物語は、ゆっくり進みます。冒険より、日常に重きありの異世界ライフです。 【あらすじ】 神のミスにより、異世界転生が決まったミオ。調子に乗って、スキルを欲張り過ぎた結果、幼児化してしまった!   そんなハプニングがありつつも、ミオは、大好きな異世界で送る第二の人生に、希望いっぱい!  事故のお詫びに遣わされた、守護獣神のジョウとともに、ミオは異世界ライフを楽しみます! 仕事繁忙期の為、2月中旬まで更新を週一に致します。 カクヨム(吉野 ひな)様にも投稿しています。

お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます

菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。 嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。 「居なくていいなら、出ていこう」 この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?

青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。 最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。 普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた? しかも弱いからと森に捨てられた。 いやちょっとまてよ? 皆さん勘違いしてません? これはあいの不思議な日常を書いた物語である。 本編完結しました! 相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです! 1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

慈愛と復讐の間

レクフル
ファンタジー
 とある国に二人の赤子が生まれた。  一人は慈愛の女神の生まれ変わりとされ、一人は復讐の女神の生まれ変わりとされた。  慈愛の女神の生まれ変わりがこの世に生を得た時、必ず復讐の女神の生まれ変わりは生を得る。この二人は対となっているが、決して相容れるものではない。  これは古より語り継がれている伝承であり、慈愛の女神の加護を得た者は絶大なる力を手にするのだと言う。  だが慈愛の女神の生まれ変わりとして生を亨けた娘が、別の赤子と取り換えられてしまった。 大切に育てられる筈の慈愛の女神の生まれ変わりの娘は、母親から虐げられながらも懸命に生きようとしていた。  そんな中、森で出会った迷い人の王子と娘は、互いにそれと知らずに想い合い、数奇な運命を歩んで行くこととなる。  そして、変わりに育てられた赤子は大切に育てられていたが、その暴虐ぶりは日をまして酷くなっていく。  慈愛に満ちた娘と復讐に駆られた娘に翻弄されながら、王子はあの日出会った想い人を探し続ける。  想い合う二人の運命は絡み合うことができるのか。その存在に気づくことができるのか……

学園では婚約者に冷遇されていますが、有能なので全く気になりません。〜学園でお山の大将されてても、王宮では私の方が有能ですから〜

織り子
恋愛
王都カラディナにある国立魔術学園では、満十六歳の生徒たちの社交界デビューを兼ねた盛大なパーティーが開かれていた。 侯爵令嬢タレイア・オルトランは、婚約者である第二王子アスラン・オグセリアの迎えを待つも、結局ひとりで会場へ向かうことになる。 学園では身分の差がないとはいえ、アスランが公然とタレイアを侮辱し続けてきたことで、彼女は生徒たちから冷笑と蔑視の的となっていた。しかしタレイアは、王城で政務を担ってきた聡明さと矜持を失わず、毅然と振る舞う。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

【完結】海外在住だったので、異世界転移なんてなんともありません

ソニエッタ
ファンタジー
言葉が通じない? それ、日常でした。 文化が違う? 慣れてます。 命の危機? まあ、それはちょっと驚きましたけど。 NGO調整員として、砂漠の難民キャンプから、宗教対立がくすぶる交渉の現場まで――。 いろんな修羅場をくぐってきた私が、今度は魔族の村に“神託の者”として召喚されました。 スーツケース一つで、どこにでも行ける体質なんです。 今回の目的地が、たまたま魔王のいる世界だっただけ。 「聖剣? 魔法? それよりまず、水と食糧と、宗教的禁忌の確認ですね」 ちょっとズレてて、でもやたらと現場慣れしてる。 そんな“救世主”、エミリの異世界ロジカル生活、はじまります。

処理中です...