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introduction

oracle

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 ついにこの日が来た。
 両親に疎んじられて生きてきた12年という歳月は、ただただ屈辱でしかなかった。
 とうとう何の夢も見つけられず、労働占ハロワの託宣を受けるというレールに沿った人生を送らなければならないのは癪だが、それでもヴァープズ一家の保護下にいたこれまでを思えば解放感はハンパない。無論、別れを喜んでるのは両親むこうもだけど。
 6年前、ママに連れられ洗礼を受けるため、ここ【神官宮プリースペル】へとやってきた。
 また、頭脳院アカデミ進学希望を伝えるマー兄の付き添いにここへ来たのが5年前。
 そして、今日。
 オレはあの頃と同じ汚い鹿革のコート、赤毛&赤ヘッドバンドのエリスもいまだグリーンのポンチョという全身ポインセチアスタイル。今になって漸くサイズがピッタリになってきた。
……いや、エリスはともかく、オレにはその襤褸ボロがまだ若干大きい。どんだけ成長が遅いんだ、オレの身長。

 門兵に名前を告げたオレ達は職員へと取り次がれ、更に【神官宮プリースペル】内の労働占ハロワ前へと案内された。
 この日に託宣を受ける者――つまり、今日で12歳になった人間はオレとエリスの二人だけだった。

……あれ? 

 6年前ここに来た時、オレは確かに烙印に脅える子供の大絶叫を聞いている。
 つまり、少なくともあと一人いる筈だ。
 何かの手違いだろうか。まあ、そこまで考える余裕は今のオレにはないワケで……。

「じゃねっ、ハークお兄ちゃん! エリス、行きまーすっ!」

 当然ながら、厳かな託宣は1人ずつ個室で執り行われる。
 いつも通りの場違いハイテンションを保つエリスを、オレは苦笑いで見送った。
 何であんなに能天気でいられるのだろう? この日がオレ達今生の別れになるってのに。

 静まり返った待合室に残り物思いに耽るオレは、自然と青いヘッドバンドに手がいく。
 昨晩、改めて鏡で烙印を確認してみたけれど、相変わらずそこに何が刻まれているのかは判然しなかった。やっぱ、神官が見るまでは表れないんだな。
 職業か。
 前世じゃ、プロサッカープレイヤーになりたかったんだよな。実現性は極めて乏しかったけれど、それでも本気で目指してたから日々の充実感はあった。
 こっちの世界はスポーツという概念すらない。娯楽と言えば、せいぜい飲酒やトランプに似たカードゲームくらいか。
 オレがカスピアナここに存在する意義。
 ただ生きているだけじゃ意味がない。況や、オレは転生したんだ。だったらそこに何らかの使命がある筈だ。

 ヘビ……

 おそらく、そこに尽きると思う。絶対神が何の意味もなく、オレ達に贈り物ギフトを授けたりしないだろうから。

 

 そうだ! じゃあ、エリスも……ってことになる。

 と、その時だった。

「ひぎゃあああああああああ――っ!!!!!」

 な、何だ何だッ!? あの怪鳥の如きけたたましい叫び声はッ?

 吃驚して思わず椅子から立ち上がるオレ。
 個室から勢いよく飛び出してきた半狂乱のエリスに抱きつかれてしまう。

「ハークっ! ハークっ! ボク、もうお嫁に行けないっ!」
「お、落ち着け! 何があったんだ?」
「イ、イヤだっ! イヤだよおおおっ!!!」

 お嫁に行けない? それってよっぽどのことだぞ。
 このエリスに限って絶対ないとは思うけど、それでも密室で神官に淫らなイタズラでもされない限りこうまでパニックに陥るだろうか……。
 オレは個室に目をやりながら、エロ親父に体を触られまくるエリスを想像して思わず吹き出してしまった。

 やっぱ、ないわ。

「ああっ! ハークっ、何笑ってんだよっ? ボクがどんなに傷ついてるかわかってんのっ?」
「いや、それがわからないから訊いてるんだが」
「コレだよ、コレっ!」





 そう言ってエリスは赤いヘッドバンドを取って、託宣以外では絶対人前に晒してはいけない烙印を何の抵抗もなく普通に晒してしまった。
……そんなことしていいのか? しかもここ【神官宮プリースペル】の心臓部だぞ。

 ん、何だ? 記号というより文字っぽいけど?
 多分、コレって……

「こんな烙印あんまりだよっ、おでこに漢字って何なのさっ!! これじゃ牛丼大好き超人レスラーじゃないかっ! 屁のつっぱりなんていらないんだよ――っ!!!」

 言葉の意味は不明だけれど、彼女がかなり憤っていることだけは確かだ。
 日本オタクのエリスはともかく、ごくごく普通のイギリス人であるオレにとって東洋の文字である漢字の意味などわかる筈もないが、それが二文字から成ることくらいはわかる。
 それにエリスには悪いが、額の漢字なんてオレにはどうでもいい。
 問題は託宣の結果だ。
 わんわん号泣しながら石畳をゴロゴロのたうち回るエリスに訊いてみる。

「で、オマエは何の職に就くんだ?」
「傷心の妹に今ソレ訊くっ? それどころじゃないんだよっ! ボクは一生”喪女”のレッテルつけて生きてかなきゃなんないんだぞっ!」

……”MOJYO”って何だよ?
 それがエリスの額に刻まれた漢字の読み方なんだろうが、依然として要領を得ない。
 更に質問しようとした時だった。

「次、ハーク・ヴァープズ。入りたまえ」

 個室からオレを招く声。
 いよいよだ。
 後ろ髪を引かれる思いではあったが仕方ない。
 オレは駄々っ子エリスをその場に放置して、託宣を受けるべく労働占ハロワの神官と相対するのだった。


 
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