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翌朝。
素泊まりの宿を出たオレ達は、目当ての厩舎へ向かう前にまず空腹を満たす必要があった。夜もろくに食べてなかったし。
セリスナにとって食事など二の次、一刻も早く愛馬フレベルを買い戻したかったようだけど、金を出すのは自分じゃないことを自覚しているせいか、それを無理に主張したりしなかった。
「美味しい紅茶が飲めるところにしようよっ?」
それに関しちゃエリスに完全同意だが、ゆっくり店を探し回るのは後だ。
「それは交渉が首尾よくまとまってからだ。紅茶はランチタイムに置いといて、とりあえず朝は手っ取り早く屋台で済まそうぜ」
セリスナもエリスも嫌な顔せず、オレの提案を素直に了承した。
昨夕以来、二人はまともに言葉を交わしてないけれど、それでいてシカトしている様子もない。
特にエリスからはセリスナを目の敵にするような態度は一向に見られなかった。いい傾向だ。これが長続きしてくれるといいけどな。
エリスはまだ、フレベルを買い戻すために金を出すとは明言していない。
けれども、オレの提案に異議を唱えなかったということは……つまり、そうなんだろう。
アイツの性格からして自分から折れるなんてまずあり得ないし、このまま何事もなかったかのように済ますかもしれない。
それでもいいさ。寧ろ上出来だよ。
王都に近いだけあって、リョンの朝市はカムチャカのそれと比べれば活気がある。物珍しそうに屋台に目を移すエリスは、行き交う人と幾度もぶつかった。
「注意スルアルノナ。コウイウトコ、掏摸多イアルゾヨ」
「……え? う、うんっ。だよねっ。ここでお金スられちゃったらマヌケだもんねっ。巨乳は大金持ってない分、痴漢に気をつけるんだよっ?」
「”赤イ貧乳”モアル」
「ええっ!? ボ、ボクのつるぺたなんて誰も興味ないよ……」
「ソンナコトナイアルノナ。貧乳まにあ、ろりこん、すれんだーおたく……需要ナラ沢山アルアルゾ」
「そ、そうかなあっ? だったらいいんだけど……ってよくないっ! ボ、ボクは別に触ってもらいたいワケじゃないんだからねっ!!!」
「アターシャ、”赤イ貧乳”ノコレガ羨マシイアルゾヨ」
「あっ! 何勝手に触ってんだよっ。ボクだって将来こんなおっぱいになりたいんだからっ! わわっ、何でこんなに弾むんだっ!?」
「オーウ、カナリノ妙手アルナ。ナラバ、コッチハコウアル」
「きゃひいぃ――っ! ポ、ポンチョの中に手ぇ入れちゃらめぇ――っ!!!」
朝っぱらから何やってんだ、オマエら。人だかり作ってんじゃねーよ。
とはいえ、方法論はともかく一気に雪解けの予感!
二人のやりとりを微笑ましく見ていたら、今度はオレが道急ぐ小柄な男に激しく肩をぶつけられてしまった。
痛いなッ! 何だよ、アイツ!
よそ見してたオレも悪いけど、謝るどころか振り向きもせず行っちゃうなんて失礼なヤツだ。
そそくさしちゃってまるで……
まるで………
――ッ!!!!!
鹿革コートの内ポケット、軽い。
おそるおそる中に手を入れてみる…………な、な、ないッ!
スられた――ッ!!!!!
「エリス! セリスナ! いつまでおっぱい触りっこしてんだッ! 朝飯どころじゃなくなった!」
「……は?」
「たった今、オレにぶつかった男に有り金入った革袋を取られたんだッ!」
「マ、マジっ? 今言ったばかりなのに何やってんだよっ! ハークのマヌケっ! ヘンタイっ! 汚ぇ花火っ!」
「マヌケは承知ッ! ヘンタイは却下ッ! 最後のは例によって意味不明だッ! とにかく後で存分に罵られてやる! 今から追いかけるぞ! 盗んだヤツは背が低い男だった!」
「それってハークよりもっ?」
「こんな時にディスるなッ! ああ、そうだよ! オレより背が低かった! 髪は茶色でヘッドバンドが肌色…………は、肌色じゃない! してなかったッ!」
じゃあ、犯人は亜人間……もしくは
「アレハ魔法使イアルナ」
え、その根拠は?
自分が亜人間だから、もしかして同族を庇ってるのか?
いや、今はどっちだっていい。
盗人を追おうとするオレ達に対し、何故かセリスナはその場に立ったまま動こうとしない。
「ど、どうしたんだ、セリスナ? 早く追いかけようぜ?」
「無駄アルノネ。掏摸、モウ市場イナイアルノナ」
「な、何でそんなのわかるんだよっ?」
エリスの言う通りだ。
どうして犯人が魔法使いで、ソイツは今ここにいないと断言できるのか?
「気配ナイ。ソレニ……」
「それに……?」
「影、無カッタアル」
「……は? 影?」
セリスナがコクリと頷く。
「絶対神ノ血ヲ継ガヌ者、並ビニ絶対神ヲ裏切ッタ者、ソノ身ハ太陽光ニ照ラサレナイアルノネ」
そ、そうだったのかッ!
じゃあ、亜人間であるセリスナはどうなんだ?
……あ、別にいいんだ。
彼女達亜人間は人間よりなお古い種族……絶対神と月神ルンとの間によって産まれている。
絶対神の加護を受けなくなったのは事実だが、亜人間側から絶対神を裏切ったのではない。
だから、悪魔や魔法使イと違って影がある!
あれ……?
何かおかしいぞ。
絶対神と月神との間に産まれたのが元ニンゲン――亜人間で、
月神と”闇の賢者”暗黒蛇との間に産まれたのが悪魔、
その悪魔が烙印のない、もしくは失った人間に憑けば彼らは魔法使イ(もしくは魔女)となる。
ここまではいい。
ならば、オレ達人間は絶対神と何との間によって誕生したんだ?
有り金全部スられた上に、この根本的かつ大き過ぎる疑問にぶつかり、オレは途方に暮れていた。
そんな時だ。エリスがまたもオレの肩に触れたのは。
「何だよ、また”左手は添える”だけか?」
「違うよ。ハークお兄ちゃん、気にしないで。運が悪かったんだ」
ん、項垂れてどうした? 突然、態度が一変したぞ。
「いや、オレのせいだって。オレがボーっとしてたから盗まれた。……エリス、セリスナ、ごめん。もっとオレを責めていいんだぜ?」
「いえ、ヤツはもっととんでもないものを盗んでいきました」
「…………?」
「ボクの……お金もです」
オ、オ、オ、オ、オマエも取られたんか――いッ!!!!!
素泊まりの宿を出たオレ達は、目当ての厩舎へ向かう前にまず空腹を満たす必要があった。夜もろくに食べてなかったし。
セリスナにとって食事など二の次、一刻も早く愛馬フレベルを買い戻したかったようだけど、金を出すのは自分じゃないことを自覚しているせいか、それを無理に主張したりしなかった。
「美味しい紅茶が飲めるところにしようよっ?」
それに関しちゃエリスに完全同意だが、ゆっくり店を探し回るのは後だ。
「それは交渉が首尾よくまとまってからだ。紅茶はランチタイムに置いといて、とりあえず朝は手っ取り早く屋台で済まそうぜ」
セリスナもエリスも嫌な顔せず、オレの提案を素直に了承した。
昨夕以来、二人はまともに言葉を交わしてないけれど、それでいてシカトしている様子もない。
特にエリスからはセリスナを目の敵にするような態度は一向に見られなかった。いい傾向だ。これが長続きしてくれるといいけどな。
エリスはまだ、フレベルを買い戻すために金を出すとは明言していない。
けれども、オレの提案に異議を唱えなかったということは……つまり、そうなんだろう。
アイツの性格からして自分から折れるなんてまずあり得ないし、このまま何事もなかったかのように済ますかもしれない。
それでもいいさ。寧ろ上出来だよ。
王都に近いだけあって、リョンの朝市はカムチャカのそれと比べれば活気がある。物珍しそうに屋台に目を移すエリスは、行き交う人と幾度もぶつかった。
「注意スルアルノナ。コウイウトコ、掏摸多イアルゾヨ」
「……え? う、うんっ。だよねっ。ここでお金スられちゃったらマヌケだもんねっ。巨乳は大金持ってない分、痴漢に気をつけるんだよっ?」
「”赤イ貧乳”モアル」
「ええっ!? ボ、ボクのつるぺたなんて誰も興味ないよ……」
「ソンナコトナイアルノナ。貧乳まにあ、ろりこん、すれんだーおたく……需要ナラ沢山アルアルゾ」
「そ、そうかなあっ? だったらいいんだけど……ってよくないっ! ボ、ボクは別に触ってもらいたいワケじゃないんだからねっ!!!」
「アターシャ、”赤イ貧乳”ノコレガ羨マシイアルゾヨ」
「あっ! 何勝手に触ってんだよっ。ボクだって将来こんなおっぱいになりたいんだからっ! わわっ、何でこんなに弾むんだっ!?」
「オーウ、カナリノ妙手アルナ。ナラバ、コッチハコウアル」
「きゃひいぃ――っ! ポ、ポンチョの中に手ぇ入れちゃらめぇ――っ!!!」
朝っぱらから何やってんだ、オマエら。人だかり作ってんじゃねーよ。
とはいえ、方法論はともかく一気に雪解けの予感!
二人のやりとりを微笑ましく見ていたら、今度はオレが道急ぐ小柄な男に激しく肩をぶつけられてしまった。
痛いなッ! 何だよ、アイツ!
よそ見してたオレも悪いけど、謝るどころか振り向きもせず行っちゃうなんて失礼なヤツだ。
そそくさしちゃってまるで……
まるで………
――ッ!!!!!
鹿革コートの内ポケット、軽い。
おそるおそる中に手を入れてみる…………な、な、ないッ!
スられた――ッ!!!!!
「エリス! セリスナ! いつまでおっぱい触りっこしてんだッ! 朝飯どころじゃなくなった!」
「……は?」
「たった今、オレにぶつかった男に有り金入った革袋を取られたんだッ!」
「マ、マジっ? 今言ったばかりなのに何やってんだよっ! ハークのマヌケっ! ヘンタイっ! 汚ぇ花火っ!」
「マヌケは承知ッ! ヘンタイは却下ッ! 最後のは例によって意味不明だッ! とにかく後で存分に罵られてやる! 今から追いかけるぞ! 盗んだヤツは背が低い男だった!」
「それってハークよりもっ?」
「こんな時にディスるなッ! ああ、そうだよ! オレより背が低かった! 髪は茶色でヘッドバンドが肌色…………は、肌色じゃない! してなかったッ!」
じゃあ、犯人は亜人間……もしくは
「アレハ魔法使イアルナ」
え、その根拠は?
自分が亜人間だから、もしかして同族を庇ってるのか?
いや、今はどっちだっていい。
盗人を追おうとするオレ達に対し、何故かセリスナはその場に立ったまま動こうとしない。
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「な、何でそんなのわかるんだよっ?」
エリスの言う通りだ。
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「気配ナイ。ソレニ……」
「それに……?」
「影、無カッタアル」
「……は? 影?」
セリスナがコクリと頷く。
「絶対神ノ血ヲ継ガヌ者、並ビニ絶対神ヲ裏切ッタ者、ソノ身ハ太陽光ニ照ラサレナイアルノネ」
そ、そうだったのかッ!
じゃあ、亜人間であるセリスナはどうなんだ?
……あ、別にいいんだ。
彼女達亜人間は人間よりなお古い種族……絶対神と月神ルンとの間によって産まれている。
絶対神の加護を受けなくなったのは事実だが、亜人間側から絶対神を裏切ったのではない。
だから、悪魔や魔法使イと違って影がある!
あれ……?
何かおかしいぞ。
絶対神と月神との間に産まれたのが元ニンゲン――亜人間で、
月神と”闇の賢者”暗黒蛇との間に産まれたのが悪魔、
その悪魔が烙印のない、もしくは失った人間に憑けば彼らは魔法使イ(もしくは魔女)となる。
ここまではいい。
ならば、オレ達人間は絶対神と何との間によって誕生したんだ?
有り金全部スられた上に、この根本的かつ大き過ぎる疑問にぶつかり、オレは途方に暮れていた。
そんな時だ。エリスがまたもオレの肩に触れたのは。
「何だよ、また”左手は添える”だけか?」
「違うよ。ハークお兄ちゃん、気にしないで。運が悪かったんだ」
ん、項垂れてどうした? 突然、態度が一変したぞ。
「いや、オレのせいだって。オレがボーっとしてたから盗まれた。……エリス、セリスナ、ごめん。もっとオレを責めていいんだぜ?」
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