イルカノスミカ

よん

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火曜日

傷心で火曜日 8

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 保健室に戻る。

「さてと、今からどうする?」
「六限目にギリ間に合うんで教室行きます。何の授業かわかんないけど」
「今からか?」

 ミユキ先生、これまた高そうな腕時計で時間を確認する。

「もう十五分ないぞ?」
「少しでも、一日のリズムを取り戻したいですからね。あと、ホームルームと部活にも出て、それからみんなの前で帰るフリします」
「んー」

 ミユキ先生は髪を掻き上げながら何かを考えてる。

「じゃあ、私はいったん家に帰って風呂でも浴びてくる。旦那にエサも作ってやらんといかんしな。七時までには戻るからオマエも適当に来い。……そうだ。風呂はどうすんだ?」
「シャワー室使いますよ。水泳部でよかった」

     *

 忘れてた。部活より先にやることがあった。
 今日から全学年が体育祭の合同練習。
 本格的な競技練習はまだやらない。
 入退場のリハーサルと様々な段取りの確認、放送部を交えて入念に一時間半程度。
 その放送部のグダグダな進行を経て、ようやく放課後へ突入。

 そこから部活組、帰宅組、体育祭実行委員会、応援団、生徒会へと分かれる。
 実行委員会は自団を鼓舞するパネルと垂れ幕を本番までに作成しなきゃいけない。
 あたしは部活優先だから実行委員会にも応援団にも選出されなかったけど、授業に出てなかった後ろめたさもあって、体操服のまま部活前に冷やかし半分で校舎裏へと顔を出す。

「おう、ウミブタ。もう具合はいいのか?」

 パネルを作ってるクラスの男子達が気軽に声かけてくれる。
 ウミブタと呼ばれても、今日だけは何だか嬉しい。

「超ヤバイよ。ゲロ吐いていい?」
「きたねーな! 向こうで吐けよ! 赤団いるから!」

 赤団ならいいのか?
 ……ノン様、確か赤だっけ。
 ウチのクラスは紫団。
 ハズレだわ。紫って何のイメージも湧かない。……ナスとか?
 で、初めて我が団のパネルを見てみる。

「何コレ? リトルグレイ?」

 いや、違うな。宇宙人にしてはヘンだ。

「マスクマンだよ。プロレスの。オレもよくわかんねーけど、ナントカマシーンての。そのナントカマシーンのマスクの色がパープルなんだって」

 別の男子が訊く。

「昔、総合格闘技の番組でサクって人がかぶってたマスクだろ?」
「知んねえ。格闘技観ねえし。コレに決めたのワッシーだろ? 決めた張本人が何で実行委員会に入ってないんだよ?」
「アイツ、柔道部の主将になったからな。二学期になって妙につき合い悪くなっちまった」

 男子達がワイワイ騒いでるのをやり過ごして、あたしは体育館へと足を運んだ。

 一階にある柔道部の道場。
 そこの小窓から中を覗いて見る。
 三本の太い鉄格子がここからの出入りを妨げてる。

 誰もいない。

 もしかしたら、あたしが明日から三日間寝泊まりするかもしれない場所……何十畳くらいあるんだろ。
 一人で寝るには広すぎる。
 布団とか用意したらバレるよね。家からタオルケットでも持ってこようかな。
 そうだ! 替えの下着なんかも用意しなきゃ。ケータイの充電器、ドライヤー、鏡なんかも。

 明日でいいかな?

 今日は何かあの家に帰りづらい。
 それに今日一日――保健室だけで結論出せるかもしれないしね。


「ノゾキか?」


「……ッ!」

 あたしが振り返ると、柔道着姿のワッシーがニヤニヤしながら立っていた。
 坊主頭に涼しい顔立ちの鷲尾わしお征二郎せいじろう
 目が細く授業中に居眠りと間違えられること多数。
 ゴツイけど身長はあたしより少し高いだけ。……てか、自覚なかったけどあたしがデカイのかな?
 コイツは他の男子と違って、あたしのことを名字で呼ぶ。

「残念ながら練習は中止だぜ。ウチのヤツら、殆ど体育祭の準備にたずさわってんだ。集まったのオレ含めて三人だからな」

 あたしの心臓、まだドキドキ鳴ってる。

「けど、意外だな。我が校のスターがわざわざこんなところまで出向いてノゾキに来るなんて」
「ノゾキじゃないッ! 覗いてたけどノゾキじゃないって!」

 あたしはムキーッとなって抗議した。

「何だそりゃ? 意味わかんね」
「わかれよ! アンタらの脛毛見ても何の癒しにもなんないし!」
「じゃあ、何で瀬戸はこっからしゃがんで中見てたわけ?」

 言葉に詰まる。
 理由があるのに言えないのは悔しい。

「そ、そんなのあたしの勝手じゃん! 何でアンタにいちいち説明しなきゃなんないのよッ!」
「開き直ってんじゃねーよ! じゃあ、オレも今から近藤の水着姿拝んでこよっと!」
「笑止」
「あ?」
「水泳やってる人間にすりゃ、水着見られたところで恥ずかしくも何ともないからね」
「てことは、つまり……」

 ワッシー、真顔で考えてる。

「堂々と至近距離で見ていいんだな?」
「そーいうことじゃないッ! 大体、アンタの細い目でちゃんと見れてんの?」
「見えとるわ! 言っとくけどな、瀬戸の体だってこちとら舐めまわすように観察してんだぞ!」
「ぎゃあああああああああああぁ――ッ! ケダモノ発言キモ!」

 あたしは思わず全身をよじって胸を隠した。
 けれども、ワッシーは涼しい顔でフッと笑うだけ。

「は? 何で急にテンション下げんの? あたし一人で馬鹿みたいじゃん!」
「元気そうじゃんか」
「え?」
「オレさ、朝にオマエが近藤達に付き添われて保健室行くの見てたんだぜ?」
「……ふーん、あっそ」

 何だか拍子抜け。
 こんな時、何て言ったらいいんだ?

「瀬戸、最近無理してないか?」
「何が?」
「何がって……肩とかさ……いろいろ大変そうじゃん?」

 ワッシーも何て言ったらいいのかわかんないみたい。
 目を逸らして黒帯なんかいじってる。

「ははぁ……」

 あたしはピーンときた。

「ワッシーさ、あたしがノン様と仲いいの知ってて、遠回しに自分の優しさアピールしてるでしょ? かぁ~、この柔道小僧、ヤラシイ戦法つかいやがんな」
「え? あ、いや……」
「まあ、同じクラスのよしみで協力くらいしてやってもいいけどさ。でもノン様、競争率すんごい高いぜぇ? 夏前にコクって玉砕した陸上部の田中はまだあきらめてないし、三年も何人か狙ってるって話だしね。……あのさ、ここだけの話、ノン様って格闘系男子が好きなんだよ。だから、ワッシーも可能性ゼロじゃないから頑張りな! ま、殆どゼロだけど」

「どっちだよ! てか、狙ってねーし! 純粋に近藤の水着見たいだけだっつーの!」
「うわッ、ハッキリ言いおった。それって完全にエロ目的じゃん。サイアクだわコイツ!」

 もう行こうっと。
 こんなとこでグダグダ喋ってても時間の無駄だって。……たくさん元気もらって感謝だけど。

「じゃあ、あたし部活行くわ。アンタも来る?」
「マジで? 行っていいのか?」
「ウゼエ! 来んなよ、馬鹿。部活やらないんだったら、今からでも校舎裏行ってパネル作るの手伝ってやったら? あの紫のナントカマシーンてワッシーが提案したんでしょ?」
「……そうだな」

 突然、うろこ雲を見上げるワッシー、ムチャクチャ哀愁を帯びてる。
 どうした? 笑わそうとしてるのか?
 それとも、高嶺の花のノン様を想ってせつなくなったか?

「バイバイ、ワッシー!」

 ん、シカト?
 まだ雲見てる。知んない!

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