イルカノスミカ

よん

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金曜日

水着で金曜日 2

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 女子水泳部は今日も全員出席だ。
 全員て言っても、三年が引退して七人しかいないけど。
 みんなが既に汗だくになってるあたしを見て驚いてる。

「イルたん、もうやってたの?」

 美鈴が目を丸くしてる。

「昨日、途中で抜けたからね。水曜もまるまる練習休んじゃったし、その分取り戻そうと思ってさ」
「死ぬよ?」
「暑くて死にそう。今すぐプール入りたいくらい」
「本気なの? じゃ、朝練で入っちゃう? 寒くないなら別にいいけど」

 ノン様がそう言ってくれたので、あたしはすっかりその気になった。

「みんなも入る?」
「入んないよ。今朝、十六度だぞ? 入ったところですぐ授業始まるし」

 美鈴の言葉にウンウン頷く一同。

「んじゃ、お言葉に甘えて入ってくる」

 おや? 
 一年の渡辺があたしをじっと見てる。
 渡辺はあたしと一緒のバタフライの選手。ショートカットでタレ目のおとなしいコ。

「一緒に入る?」
「いいんですか?」

 顔を紅潮させて喜んでる。
 もしもこのコが仔犬ならば絶対に尻尾を振ってるな。……未来のあたしが飼ってる架空の愛犬メレンゲ、ずっと誰かに似てると思ってたけど渡辺このコだった。

「ノン様、いい?」
「イルたんはいいけど、渡辺。泳ぐ時間殆どないけどいいの?」
「はい!」
「準備運動とストレッチちゃんと十五分やるんだよ? 水温低いと思うから寒かったらすぐ体拭いて」
「はい!」

 ノン様、まるで渡辺のお母さんみたい。

「大丈夫。ちょっと教えるだけ。プールサイドまでは入ってもらうけど、そこで見ててもらうだけだから。今から体あっためて水着になったんじゃ授業間に合わないしさ」
「それだったら安心。――渡辺、それでもいい?」
「はい!」

 変わらぬテンションで模範的な返事。
 可愛い後輩だ。慕われ過ぎて困っちゃうけどさ。

 あたしは水着に着替えて、渡辺はTシャツと短パンのまま。
 水に浸かったあたしは渡辺に訊く。

「渡辺さ、中学の頃って自由形専門だったんでしょ? どうして高校入ってバタフライやろうと思ったの?」
「それは……」

 頬を赤くさせてモジモジしてる。

「もしかして、あたしがバタフライやってるから?」
「は、はい!」
「それは光栄です」

 あたしはニッコリ笑って「でもね」とつけ加える。

「渡辺はまだまだ腕だけで泳いでてドルフィンキックができてない。今のままじゃ、いつかあたしみたいに水泳肩になっちゃうから」

 小さい声で渡辺が「はい」と頷く。

「見てて」

 腕が動かないあたしは下半身だけで泳いでみせる。
 まずは見本。
 次に渡辺の泳ぎ方を真似てみる。

「比べてどう? ちょっと極端にやったけど」
「全然違います」
「そう、全然違う。渡辺はうまく太ももが使えてないから最初の蹴りが弱い。その分、しなりが弱くて膝も使えてないの。だから第二キックも形だけ。腰だって自分が思ってるほど動かせてないから。見ててしんどそうな泳ぎ方なんだよ」
「はい」
「最初は下半身を意識してそれができたら力を抜く。頭の中では理解できてると思うからコツをつかんだらすぐできる。……そうだ。ビート板使うといいよ。バタフライってリズムが大事だから、逆にそれが身についたらラクに壁を越えられる」
「はい! ありがとうございます!」

 力強い返事。
 と、ここまでは誰でもできるアドバイス。

「でさ、渡辺はバタフライが好き? 正直に答えてくれていいから」

 渡辺、一瞬言葉に詰まるも「そのうち好きになると思います」と答えた。
 やっぱりね。見ててわかるもん。

「じゃ、自由形は?」
「自由形は……得意です」
「好き?」
「好きです」
「じゃさ、自由形やろうよ?」
「え?」

 渡辺が呆気にとられてあたしを見てる。

「あたし……バタフライの才能ないですか?」
「それはわかんない。まだ半年だからね。でも、好きなクロールをあえて封印する必要あるのかなとは思うよ」

 渡辺は黙って聞いてる。

「あたしはノン様みたいにメドレーやんないからバタフライ一本だけだし、この泳法が好きだから十年以上ずっと泳いでるんだ。……最初は平泳ぎだったけど」
「え、どうして平泳ぎやめちゃったんですか?」
「名前」

 あたしは昔を思い出してフッと笑った。

「名前がイルカだから。親もスイミングスクールの先生もやたらバタフライを勧めるの。イルカがカエル泳ぎはヘンだってね」
「でも、先輩は嫌じゃなかったんですか? 急にそんなこと言われて」
「最初はね。あたし、平泳ぎが好きだったから。でも、バタフライの方がもっと好きになったの。だから、こっちを専門にしたんだ。……で、前から思ってたんだけどさ、渡辺は今でも自由形に未練あるんじゃないの?」

 渡辺、ハッと絶句する。

「だってさ、ノン様や男子のクロール、いつもチラ見してるもんね」
「う……」

 しょんぼり顔で「バレてたんですね」と白状する。
 だいぶ体が冷えてきた。
 プールに入ってても喋ってばかりだもん。
 あたしはプールから出てセームをまとう。

「強要はしないよ。バタフライやるんだったら、あたしが知ってること思ってること全部を渡辺に教えるし、自由形一本でいくんならノン様に相談した方がいい」

 男子だと柿谷でもいいんだけど、アイツは露骨にエロいからな。仔犬の渡辺メレンゲ、アッサリ食われちゃうかもしんない……。

「でも……もう自由形だといいタイム出ないんです。中学でピーク過ぎちゃいましたから」
「タイム? そんなの別にどうだっていいじゃん」
「え?」

 渡辺はあたしの顔をまじまじ見る。

「……どういうことですか?」
「だからさ、渡辺は競技会で入賞なんて目指すから大好きな自由形から逃げたくなるの。一生懸命泳いで楽しさを感じられたらもうそれだけで幸せなんだよ。タイムなんてオマケでしかないから」

 けれど、渡辺は納得していなかった。

「先輩は早く泳げるからそんなこと言えるんです。あたしみたいな平凡な人間はやっぱり入賞を目指したいです。インターハイにだって出たいんです」

 目がマジだ。
 それにいい顔してる。

「そっか」

 あたしはそれ以上何も言うことはない。そこに正解も誤りもないから。
 平行線を無理に交わらせる必要なんてないしね。

「口答えしてすみませんでした」

 本当に申し訳なさそう。小さく委縮してる。

「謝んなって。本当にその気なら、あたしの動きを完コピしてもらうからね? さ、もう出なきゃ。あたしシャワー浴びるからさ。渡辺は先にノン様のとこ戻って指示もらってくれる?」
「はい。先輩、ありがとうございました」

 ペコリと頭を下げて、プールサイドから離れてく。

 渡辺、アンタが心の底から羨ましいよ。
 あたしはだんだん水が怖くなってきてる。
 一生懸命泳ぐってことさえできなくなった。
 毎日プールでリハビリじゃ幸せなんて得られない。
 泳げない水泳部員なんてシャレになんないわ。



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