イルカノスミカ

よん

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金曜日

水着で金曜日 3

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 お昼は学食。
 でも、今日は一人じゃない。
 玲ちゃんと美智子とカオリンも一緒。
 昨日、四人揃って学食に行こうって約束したんだ。
 ただ、みんなの心づかいは勿論嬉しかったけど、本音を言えば今は一人がよかったな。一週間前だったらギャーギャー騒げてたのに。

 あたし同様、三人も学食に来たことは殆どなかった。
 食券買うのもドキドキだし、トレイ持って空いてる席を探すのも彼女達にはちょっとした冒険だった。
 四人一緒に食べられるスペースを見つけるのに苦労したけど、あたし達を見て三年の男子が気をつかって席を移動してくれた。顔はともかく行動が男前だ。

 あたし、うまく笑えてるかな?
 せっかく友達が一緒に食べてくれてるのに、ぶっちゃけ全然楽しくないし美味しくもない。

 もうそれどころじゃないんだ。
 いろんなモノに押し潰されそう。

 あたしはさりげなくワッシーを探してみた。
 いるかもしれないけれど、なかなか三人の目を盗むのは難しい。

 おかしい……。
 どうしてこんな時にワッシーなんだろ。
 この三人じゃダメなの?
 このコ達に率直な悩みを打ち明けたらいいじゃん。
 そうしたら今食べてる定食だって少しは美味しく食べられるのに。

 このコ達だけじゃない。
 あたしはまだ水泳部のみんなに両親の離婚のこと話してない。
 ノン様も景子も美鈴も……みんな、あたしのこと真剣に考えてくれると思うし、もしかしたら家に泊めてくれるかもしれない。
 うん、迷惑だから当然辞退するけどね。
 なのに、何でここにきて頭の中にワッシー一色?

 わからん。
 メアドすら知らないし、いちいちアイツの言うことやること腹立つし、遠慮なんてお互いしないし、ノリがよくて喋ってて楽しいし……。

 そうか。

 気づかなかったよ。
 いつも一緒じゃないけど、女子じゃないけど、部活も違うけど、遊んだこともないけど、年賀状も出したことないけど、イケメンとは程遠いオスのコケシみたいな糸目だけど……いつも何かあった時にアイツはあたしの側にいた。
 そして、罵り合ってスッキリしてからいつもバイバイしてた。
 高校入学していきなりアイツに会って、足踏んだ踏まないの言い争いになってそれから……。

 そうなんだ。
 いつももっと喋りたいなってとこでバイバイする。

 ねえ、もっと喋ろうよ?

 ソレ言ったら負けのような気がして、会話が途切れたらお互い競うようにしてバイバイを切り出す。

 あたし達、友達じゃないもんね。
 たまたま出会って、そのついでに喋って、会話が一段落したらバイバイのパターン。
 うん、これなら友達じゃない。
 周囲から冷やかされることもない。
 それだけで満足だったんだ。

 ほんの一週間前までは……。

 でも、今日は……今日だけはずっと喋りたい。
 明日の朝が来るまでにいろいろ聞いてほしいし、いろいろ聞いてあげたい。
 慰めてもらいたいとかそんなんじゃない。
 全然関係ない話でいい。喧嘩でさえ大歓迎。

 だから来いよ! 相手してあげるから……って、さすがに都合よすぎだな。

 こっちから言うのはイヤ。
 でも、待ってたってどうにもなんない。

 この後、体育。男女別々。
 六限目は芸術。あたしは書道Ⅱでアイツは音楽Ⅱ……。
 ホームルームなしで体育祭の応援練習。
 そして部活。

 うわ~、金曜終わる。終わっちゃう! あたしの猶予期間がもうなくなっちゃうよ!
 ダメだ。現状、バイバイさえ言うのは難しい。
 仮に百歩譲ってあたしから話を切り出すとして、何を話せばいいの?
 意識するとギクシャクしちゃうのが目に見えてるし。
 そんなの気まずいだけ。

 ああ、こないだみたいにここで!
 本当だったら学食で話せたんじゃん! アイツとさりげなく!

 今ここしかないって!

 でも無理。
 玲ちゃん達の前じゃ話せっこない。
 昨日だってアイツが待ってたって言ってくれてたのに、図書室でショパン聴いてブルーになってたし。

 ワッシー、助けて……。

 あたし、何でおかしくもないのに笑ってるの?
 何で食べたくもないコロッケ定食注文してんだろ?
 助けてよ! もう精神が崩壊しちゃう! 
 普段通りの自分を演じるのも限界だって!

「イル、この白身魚フライ食べる?」
「あ、もらう。じゃ、美智子にコロッケあげるね」

 違うんだ。
 こんな会話じゃない。今のあたしが求めてるのは……。

     *

 明日は土曜。
 授業はないけど部活はある。
 結局、あたしは普段通りの自分を演じきった。
 家出部最後の夜。
 あたしはみんなと別れた後、銭湯に寄った帰りにいつものコインランドリーでボーッと時間を潰してる。
 洗濯物が回転している様子を見ながら、あたしは校門を出る間際、美鈴が小首を傾げたことを思い出した。

「あれ、イルたん自転車は?」
「自転車壊れたから歩いて来たんだ」

 嘘だよ。家に置いたまま学校に逃げて来たの。
 景子が何かを察して違う話題を持ち出してくれた。
 おかげでノン様も美鈴もあたしの自転車のことなどすぐに忘れてしまった。

「また明日。十時ね!」

 はあぁ~。

 明日なんて永遠に来なきゃいいのに……。

 もうここのコインランドリー、利用することもないだろう。
 気づけば、所持金は残り僅か。
 ここで乾燥機に投入したら残金は十七円しかない。
 学食、安いうどんにしとくんだったな。みんなと一緒だからついつい見栄張っちゃった。

 どうしよ……。

 カオリンの誕生日、明後日だよ? これじゃ何も買えないよね。
 晩ごはんも当然なし……。

 そうだ!

 ミユキ先生にもらったアイスの当たり棒、それを晩ごはんにしよう。
 全然寝てないし、晩ごはんはアイスか。こりゃ体壊すな。

 アイスを食べながら学校へ戻る途中、ケータイが鳴った。
 キヅラガワだ。

『今どこだ?』
「洗濯終わって学校へ戻るところです」
『……』
「……」

 しばし沈黙。
 えーと、次はキヅラガワが喋る番だよね?
 あたしからは特に言うことないぞ。お礼のタイミングじゃないし。
 あ、謝罪かな。

「毎晩、遅くまで残ってもらってすみません。もう着きますから」
『ああ』
「……」
『……』

 また沈黙。
 ちょっと! 用がないなら切るよ。あたしの晩ごはん溶けちゃう!

『瀬戸』
「はい?」
『いよいよ明日だな』
「そうですね」
『もういいのか?』
「え?」
『納得したのかと訊いてるんだ』

 即答できない。
 察したのか、受話器越しのキヅラガワは『そうか』と小さく呟いた。

「元気ないですね?」

 そう口に出してから気がついた。
 ホントに元気ない。
 いつも吠えまくってるキヅラガワとは明らかに違う。

『余計なお世話だ』
「もしかして、あたしのせいですか?」
『違う』

 それからまた沈黙。
 アイスがいよいよ溶けてきた。
 なのに、キヅラガワが喋る様子はないし、電話を切る気配も一向にない。
 正直に言おうか?
 ……いや、それはそれで失礼かも。

「先生、また後でかけ直していいですか?」
『どうした?』
「あ、え~っと……漏れそうなんで」
『早く言え! もう用はない!』

 キヅラガワがやっと電話を切る。よかった。
 それにしても、いくらとっさだったとはいえ他に理由思いつかなかったのか?
 我ながら恥ずかしい。


 昨夜の反省を活かして、先にハミガキを済ませる。
 その足で職員室へ行こうとしたら、キヅラガワはもう体育館前で腕組みして待ってた。

「すみません。お待たせして」
「歯は?」
「もうカンペキです」

 キヅラガワは無言で体育館の鍵を開け、先に中へ入って廊下の電気をつける。
 あたしも中に入る。
 続いて柔道場の鍵を開けたキヅラガワ、

「電気つけとけ」

 と言って、そのまま隣の布団部屋へ入ってく。

「先生、最後くらい自分で敷きますよ?」
「いい」

 強情だな。あたしは溜息をついて柔道場の電気をつけた。
 あれ、畳の真ん中に何か落ちてる。……木札だ。

「邪魔だ」
「あ、すいません!」

 あたしが入口に突っ立ってたせいで、布団を抱えてたキヅラガワが通れない。
 中に入って木札を拾う。


 ……え?


「どうした?」

 やっと布団を畳に置いたキヅラガワがフウフウ息を吐きながら訊く。

「いえ、何でもありません。コレ落ちてたんで掛けときますね?」
「ん? ああ、頼む」

 あたしは"主将"の文字の隣に木札を戻しておいた。
 まさかまさかだ。
 鷲尾征二郎……やってくれたね! 心臓、止まりそうになったわ。

「じゃあ、後は適当に布団を移動させろ。オレはこれで帰る」
「はい。ありがとうございました」

 あたしは感謝の気持ちを込めて今夜も頭を下げた。これで最後だ。
 キヅラガワは何も言わない。
 くたびれたネクタイがどことなく哀愁を帯びてる。
 毎晩毎晩、このためだけに居残ってくれたキヅラガワ……え、まさかの涙目?

「先生、もしかして泣いてません?」
「泣いてなんかない! 帰る!」

 逃げるように柔道場を離れるキヅラガワをあたしは追った。

「来るな! 寝ろ!」

 あろうことか、泣き顔を見られたくなかったキヅラガワは廊下を走り出した。

「あ――ッ! 生徒指導主事が廊下走っちゃっていーんですかッ?」
「は、走ってなどないッ!」
「嘘つき!」
「おまえが追いかけるからだッ!」
「先生が逃げるからじゃん!」

 こんな貴重な姿はなかなかお目にかかれない。
 でも、それ以上に涙の理由が知りたかったからしつこく食い下がった。

「先生、ガチで泣いてるじゃないですか? あたしのせいで何かあったなら言って下さい!」

 体育館の出入り口まで来て足を止めたキヅラガワは、とうとうハンカチを取り出して涙を拭いた。
 ブーンと鼻までかんでる。
 そして、振り返ってあたしを睨んだ。

「そうだ! オマエのせいだ! オマエのせいで……娘のことを思い出してしまったぞ!」
「え?」

 それがどうしてあたしのせい?
 もしかして、あたしを娘さんと重ね合わせたってこと?
 ハンカチをしまい、次第に冷静になったキヅラガワがあたしに語り出す。

「すまん。許してくれ。オマエのせいなんかじゃない……。オレはもう娘と十年以上会ってないんだ。順調にいけば今春に高校を卒業してるはずだ」
「会ってないって?」
「離婚したんだ。娘は母親と暮らしている。新しい父親と一緒に……おい、こんなこと言わせるなよ!」

 知らなかった。
 てか、考えたこともなかった。キヅラガワの家庭事情なんて……。

「瀬戸」
「はい?」
「……ツライもんだな、家族がバラバラになるってのは」
「そうですね」

 あたしは「でも」とつけ加える。

「一番ツラかったのは先生の娘さんですよ。親は離婚を回避しようと思えばできるけど、子供は無条件に親の決断に従うしかないですからね」
「……そうだな」

 キツイ一言だったと思う。
 でも、あたしは子供の代表としてキヅラガワにそれをぶつけずにはいられなかったんだ。
 本当なら、それを父さんと母さんに言ってやりたかった。……いや、あの人達はキヅラガワみたいにツライなんて思っちゃいない。
 むしろ離婚することで幸せになろうとしてる人種だ。
 それがあたしには許せない。

「つまらん家庭を築いたオレが一番悪い。妻に愛想を尽かされたのも無理ないんだ」

 キヅラガワはポツリと呟き「だから、オレはそれを背負って残りの人生を歩んでいかなきゃならん」と打ち明けた。
 いつも叱ってるあたしなんかに自分の弱い部分を示したキヅラガワ……逆にカッコイイかも。

「それ、娘さんに直接言ってあげてくださいよ。先生は立派です。あたしの親なんかに比べたら」
「会うのは無理だ。今更、向こうの家庭に波風を立たせたくない」
「じゃあ、あたしが娘さんの代わりになってあげます。寂しくなったらいろいろ先生の話を聞いたげますよ?」
「……大きなお世話だ」

 キヅラガワは照れくさそうに顔を背ける。

「瀬戸」
「何ですか?」
「……うまかったぞ」
「え、何がです?」
「大福だ」

 ああ、一昨日のレアチーズ大福か。

「よかった。先生、食べてくれたんですね!」

 キヅラガワはぶっちょう面でもう一度「瀬戸」と、あたしを呼ぶ。

「はいはい?」
「月曜までに髪を黒くしとけ!」

 ムカッ!

「だからしませんって!」

 あたしはベーッと舌を出してキヅラガワを見送った。
 ……先生、このあたしにも月曜って来るんですか?



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