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土曜日
最後に土曜日
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布団をしまって柔道場を出る。
どうもありがとう。
三日間、お世話になったね。
……これからもワッシーにちゃんと掃除してもらうんだよ?
今気づいたけど、あたしここの鍵持ってない。
開け閉めすんのワッシーでよかった。
柔道場は館内だからまだいいとして、体育館の鍵は……バスケ部とバレー部と剣道部、今日は練習あんのかな?
そこまで心配してもしょうがないけどさ。
リュック、水泳部のロゴ入りカバン、濡れた水着を入れた袋を持って体育館を出たあたしは、すぐにケータイを開く。
もう迷いはない。
プールを出て柔道場で髪を乾かしながらずっと考えた。
そのまま夜明けまで一睡もせず考えに考え抜いた末に、あたしはとうとう結論に辿り着いた。
朝六時、太陽はもう出てる。
日差しに夏の厳しさはない。蝉なんてとっくにいない。
起きてるかな。
まだ早いかも知れないけれど、期限だから連絡しなきゃいけない。
呼び出し音……
相手はすぐに出た。
「もしもし、あたしだけど」
『……おはよう、イル。体調はいい?』
「正直、良くはないけどそれほど悪くもないってカンジかな。母さんはどう? 起きてたの?」
『起きてたわよ。イルのことが心配で……。校長先生に『土曜日まで連絡しないで』って釘を刺されてたから……ごめんね。何にもできなくて』
そうか。校長先生、そんなこと言ってくれたのか。
確かに家出中に親の電話ってウザイ。
そんなのあったら発狂してたかもしんない。
「だったらいろいろ知ってんだよね? あたしが学校の保健室と柔道場で寝泊まりしてたこととか……」
『ええ、知ってるわ』
「じゃあ、今からあたしがこれからどうするか言うね?」
『……うん』
「あたし、母さんとは一緒に住まない」
『……』
返事がない。
それでもいい。伝えることができたから。
「今はそれだけ。また何かあったら連絡するからさ」
『イル』
「何?」
『……ごめんなさい』
謝られると無性に腹が立った。
でも、あたしはワッシーの言葉を忘れてない。
今すぐは無理だけど、そのうち赦せる日が来ると思う。
「謝らないでよ。一緒に住まないだけなんだから。そのうち電話するし」
『イルちゃん……あの、母さんからも電話していい?』
「いいよ。ただ、当分は自粛してくれる? あたしの気持ち、少しは察してよね?」
『……うん』
ダメだ。どうしても喧嘩腰になっちゃう。
「じゃあね」
そう言って、一方的に電話を切る。
……三十点。自分が思い描いてたのと違い過ぎる。
仕方ない。
次。
父さんに電話する。
呼び出し音プルル。
『もしもし、入果か?』
またすぐ出た。緊張する間も与えてくれない。
「あたしだよ。起きてた?」
『ああ』
「あたしのこと、校長先生から聞いてるんだよね?」
『ああ』
ああしか言わない。気まずいからそれが精一杯なのか。
こっちだって十分に気まずいけどさ。
早いとこ片づけよう。
「決めたよ」
『そうか』
「あたし、今の家で暮らすから」
『……本当か?』
「なるべく今の環境を変えたくなかったし」
『入果、ありがとう』
「勘違いしないで。あたし、別に父さんを選んだんじゃないからね。あの家に母さんとスペイン人が住むことになってたら、あたしは母さんを選んでた。あたしはこの学校に通い続けたかったの。一人暮らしだとワガママ娘みたいに思われて癪だしね。ただそれだけだよ」
『それでもいいんだ。ありがとう』
何だろう?
謝られても腹が立つけど、礼を言われてもムカついちゃう。
「じゃあね。今日も部活あるから。終わったら帰るし」
帰るのか……。ツライなあ。
だってさ、そこってもうあたしの愛した瀬戸家じゃないもん。
エロ親父とハムスター女のデキ婚の巣だよ?
高校を卒業するまで、あたしはただそこに寄生する。一時の仮の住処でしかない。
『入果』
「何よ? もうこれ以上いいじゃん。ちゃんと報告したんだから」
ついつい、つっけんどんな口調……。
やっぱ、まだまだ赦せないんだな。
ワッシー、ごめん。やっぱ、あたしには難しいよ。
『今からそっちに行くぞ』
「……はあ?」
我が耳を疑う。
何言ってんの? 冗談じゃない!
親が嫌いだから学校に逃げたのに……やめてよね!
ここはあたしの聖域なんだから!
「来ないで。お願いだから」
『会いたいんだ。今すぐに』
「今すぐって……勝手にすれば? だったら、あたし隠れ……」
嘘でしょ……?
目の前にケータイ持った父さんが立ってる。
父さんだけじゃない。
どうして……?
どうして母さんもいるの?
母さんだけじゃない。
どうして……どうしてですか……?
「校長先生……まさか……ずっとここにいたんですか?」
石舟校長はニッコリ笑いながら「おはよう」と挨拶した。
あたしは挨拶なんてできないくらい狼狽していた。
「驚いただろう? 瀬戸さんには黙っていたが、私とキミの両親は水曜日から三日間、夜の間だけ校舎の中にいたんだ。何しろ、私はここの最高責任者……そして、こちらはキミの保護者だからね」
そ、そんな……。
水曜からって、あたしが柔道場に泊まった日から……。
そうか。
道理であのキヅラガワが口うるさく言わなかったはずだ。
「申し訳ないが、未成年のキミをたった一人で学校内に泊めるなんて到底無理な話なんだ。最初から私は瀬戸さんを見守り、そして、キミの両親にも協力してもらうつもりだった。だからこそキミの家出部を特別に許可したんだよ。顧問はこの私がなるということでね」
もう言葉も出ない。
どれだけあたしはこの学校に迷惑をかけてたんだろう。
しかも校長先生、これから泊まりの出張だって……。
校長先生は父さんと母さんに前へ出るよう促した。
「ほら、二人ともグッタリしているだろう? 火曜日はまず電話で軽く、水曜日は二人を呼び寄せてかなりキツイ口調でキミの両親を叱らせてもらった。それこそケチョンケチョンのクソミソだよ」
「叱った?」
校長先生が頷いた。
想像できない。
こんな温厚そうな人があたしのために……。
「瀬戸さん。もう両親は十分に反省している。グウの音も出ないくらいにね。ただ、反省したところでもう元の鞘には収まらない。キミもまだまだ言い足りない部分はあると思う。……そこを乗り越えてどうか二人を赦してほしい。私からのお願いだ」
そう言って、何と校長先生はあたしに深々と頭を下げた!
父さんと母さんも同じくらい頭を下げてる。
あたしは慌てて校長先生にしがみついた。
「や、やめてくださいッ! あたし、校長先生に謝ってもらおうなんて思ってません!」
「瀬戸さん」
「……はい」
校長先生は頭を下げたまま喋る。
「大人だって完璧じゃない。……いや、大人だからこそ子供より傲慢になり、平気で我が子を裏切ったりする。私だって例外じゃない。親であり教育者であるこの私だってエゴの塊なんだ。親の見栄だけで息子と娘の人生を台無しにさせてしまったんだよ。たった一度の人生なのに……」
そんなこと言わなくていいのにさ……。
「校長先生はエゴイストじゃありません。あたしの親を庇うために自分が不利になることをわざわざ暴露しちゃうなんて……どうかお願いですから頭を上げてください!」
そう懇願すると、やっと頭を上げてくれた。
だけど、父さんと母さんはまだ頭を下げたまま。
校長先生はあたしを見つめて言う。
「実はまだキミを見守っていた大人があと二人、後ろに控えてるんだ」
「え?」
ミユキ先生?
山ピー?
それとも、まさかキヅラガワ?
校長先生が後ろを振り返って「来なさい」と言った。
「……ッ!?」
予想はことごとく外れる。
何てことだ……。
一人はユミコ。
相変わらずおどおどしてる小動物みたい。
……え、身重なのに夜通しここにいた? 体、大丈夫なの?
そしてもう一人は見たことのない異国のおじさん。
ポップなシャツ着て薄いサングラス掛けて……場違い感ハンパない。
この人が母さんとつき合ってるスペイン人じゃなかったら誰だよ?
てか、何コレ……。
あたしは五人もの大人に見守られて"家出"してたってこと?
こんなのって……こんなのって全然家出じゃないじゃん!
ただでさえミユキ先生達に助けてもらってたのに、親や親の不倫相手に揃って見守られてる家出って……
ああ、そうか。自分でも言ってたわ。
つまり、これは"家出"じゃなくて家出部の"合宿"なんだ。
結局、あたしは大人の手のひらの上でウダウダ悩んでただけ。
そしてコレって……どうしても認めたくないけど、あたしはこの人達に大切に思われてるってことだよね?
単に社会的責任を問われたくないからかもしれない。
校長先生に怒られたから渋々あたしを見守っただけかもしれないけれど、それにしてもここまでしてくれるんだったら……感謝しないとあたしの方が……マジで醜い。情けない。
もういい。
これ以上、ひねくれた考えはよそう。
あたしは子供。
オムライスとアイスが大好きな大人未満の子供なんだ。
そして、ここで彼らを赦したあたしは大人以上に大人になれる。
だけど、それがなかなかどうして難しい。
それに何なの、この立ち位置……。
五人が一斉にあたしを見てる。
ここさ、高校だよ?
あたしだけがここに通う現役バリバリの女子校生なんだよ?
それなのに完全にあたしがアウェーじゃん!
まるであたし疎外されてるみたい。
せめて、ここに同じ十七歳のワッシーがいてくれたら……。
あ、そうだ!
ワッシーはいないけど、ワッシーの気持ちがここにある!
あるじゃん、いいアイテムがッ!
あたしは一体感がほしい。
一対五じゃなく、この人達と一緒の六
あたしだって自分で妙なことしてるって思うもん。
「校長先生、コレあげます」
「え……私に?」
あたしは頷いて、更にもう一つ水ようかんを取り出す。
「はい、父さん」
父さんもポカンとしてそれを受け取る。
「母さんも」
「……うん」
あたしは後ろに立ってる二人の前に立つ。
シューズ袋からまた水ようかんを取り出す。まるで季節外れのサンタクロースみたいに。
「どうぞ」
「……あ、ありがとうございます」
ペコペコと頭を下げるユミコ。
うん、根っからの悪人でもなさそうだ。
でも、今はまだその顔を直視できない。さすがにね。
そのうち、ユミコと一緒にショッピングとか行けるようになるのかな。
そうだよ。
来年になったら弟か妹ができるんだよね、あたしに。それってすっごい複雑なんだけど……。
最後にスペイン人。
……若い。とても五十八歳には見えないな。
「これ、食べれます?」
「これは水ようかんですね。勿論です。私の大好物ですよ。グラシアス!」
何て素敵で流暢な日本語なんだ。
英語すら喋れない母さんがつき合ってるんだしね。当たり前か。
気がつくと、あたしは大人達の中心に位置していた。
あたしはシューズ袋から自分の分を取り出す。
「じゃ、今からコレ食べて」
「……?」
みんなが混乱してる。
次なるあたしの発言を待ってる。
「あたしと一緒にコレ食べてくれたら……みんなのこと赦す! 本当は赦せないけど、もう赦してあげる! 理屈じゃない。そう決めたの。……それでいい?」
水ようかんはきっかけ。
仲直りの儀式。
それ以上でもそれ以下でもない。
みんな……無言でそれを食べてる。
九月の早朝、学校で水ようかんを立ち食いする、大人五人の厳かな儀式。
あたしだけ食べてない。
みんなが食べてる顔をずっと眺めてたから。
ああ、いい気持ち……。
体がスーッと軽くなっていく。
ワッシー、見てよ。
あたし……解放されてる。
水ようかん、遅れてあたしも食べる。
これで六になった。
父さんと母さん、あたしの顔を見て抱き合って普通のカップルみたく喜んでる。
てか、もう遅いんだよ!
あれ?
何でか知らないけど、スペイン人が泣いてるユミコをハグしてる。
……どうなってんだ、オマエら! いっそ全員一緒に住んじまえ!
でも、ホントよかった。
何の蟠りもないって言ったらそれは嘘になる。
もういい。
ディープに考えちゃダメなんだ。
陸の上、水の中、
あたしはあたしで在り続けよう。
そして、あと一つ……。
残った水ようかんはあの人に食べてもらうんだ。
「やあ、やはり来ましたね。瀬戸さんのことを一番気にしていた人が……」
校長先生の指さす方向を見て頷く。
あたしにも予感めいたものがあった。
きっと来てくれるって……。
「校長先生」
あたしはささやくように訊いた。
「……もしかして、昨日の夜のことも見てました?」
一転、校長先生は厳しい顔つきになる。
「アレはね、絶対にやっちゃダメです。思わず校舎から飛び出しそうになりましたよ。罰として土日の部活は禁止!」
「え、でも今日……」
「言い訳は認めません。禁止です。今はゆっくり疲れを取り、そして深く反省しなさい。……いいですね?」
「はい……すみませんでした」
しょうがないか。
まあ、いいや。
もう丸二日寝てないし、美鈴に言われるまでもない。さすがに死ぬわ。
「校長先生……最後にもう一つだけお願いがあるんですけど?」
「一つだけですよ?」
よかった。
もういつもの優しい校長先生の表情に戻ってる。
「ちょっとだけ、保健室で休ませてもらっていいですか?」
「あの人の許可があれば」
「ありがとうございます!」
あたしは校長先生に頭を下げて、跳ね馬じゃない赤いクルマから降りたばかりのミユキ先生の元へ駆け寄った。
えへへ、ロエバのバッグもらっちゃうよん!
どうもありがとう。
三日間、お世話になったね。
……これからもワッシーにちゃんと掃除してもらうんだよ?
今気づいたけど、あたしここの鍵持ってない。
開け閉めすんのワッシーでよかった。
柔道場は館内だからまだいいとして、体育館の鍵は……バスケ部とバレー部と剣道部、今日は練習あんのかな?
そこまで心配してもしょうがないけどさ。
リュック、水泳部のロゴ入りカバン、濡れた水着を入れた袋を持って体育館を出たあたしは、すぐにケータイを開く。
もう迷いはない。
プールを出て柔道場で髪を乾かしながらずっと考えた。
そのまま夜明けまで一睡もせず考えに考え抜いた末に、あたしはとうとう結論に辿り着いた。
朝六時、太陽はもう出てる。
日差しに夏の厳しさはない。蝉なんてとっくにいない。
起きてるかな。
まだ早いかも知れないけれど、期限だから連絡しなきゃいけない。
呼び出し音……
相手はすぐに出た。
「もしもし、あたしだけど」
『……おはよう、イル。体調はいい?』
「正直、良くはないけどそれほど悪くもないってカンジかな。母さんはどう? 起きてたの?」
『起きてたわよ。イルのことが心配で……。校長先生に『土曜日まで連絡しないで』って釘を刺されてたから……ごめんね。何にもできなくて』
そうか。校長先生、そんなこと言ってくれたのか。
確かに家出中に親の電話ってウザイ。
そんなのあったら発狂してたかもしんない。
「だったらいろいろ知ってんだよね? あたしが学校の保健室と柔道場で寝泊まりしてたこととか……」
『ええ、知ってるわ』
「じゃあ、今からあたしがこれからどうするか言うね?」
『……うん』
「あたし、母さんとは一緒に住まない」
『……』
返事がない。
それでもいい。伝えることができたから。
「今はそれだけ。また何かあったら連絡するからさ」
『イル』
「何?」
『……ごめんなさい』
謝られると無性に腹が立った。
でも、あたしはワッシーの言葉を忘れてない。
今すぐは無理だけど、そのうち赦せる日が来ると思う。
「謝らないでよ。一緒に住まないだけなんだから。そのうち電話するし」
『イルちゃん……あの、母さんからも電話していい?』
「いいよ。ただ、当分は自粛してくれる? あたしの気持ち、少しは察してよね?」
『……うん』
ダメだ。どうしても喧嘩腰になっちゃう。
「じゃあね」
そう言って、一方的に電話を切る。
……三十点。自分が思い描いてたのと違い過ぎる。
仕方ない。
次。
父さんに電話する。
呼び出し音プルル。
『もしもし、入果か?』
またすぐ出た。緊張する間も与えてくれない。
「あたしだよ。起きてた?」
『ああ』
「あたしのこと、校長先生から聞いてるんだよね?」
『ああ』
ああしか言わない。気まずいからそれが精一杯なのか。
こっちだって十分に気まずいけどさ。
早いとこ片づけよう。
「決めたよ」
『そうか』
「あたし、今の家で暮らすから」
『……本当か?』
「なるべく今の環境を変えたくなかったし」
『入果、ありがとう』
「勘違いしないで。あたし、別に父さんを選んだんじゃないからね。あの家に母さんとスペイン人が住むことになってたら、あたしは母さんを選んでた。あたしはこの学校に通い続けたかったの。一人暮らしだとワガママ娘みたいに思われて癪だしね。ただそれだけだよ」
『それでもいいんだ。ありがとう』
何だろう?
謝られても腹が立つけど、礼を言われてもムカついちゃう。
「じゃあね。今日も部活あるから。終わったら帰るし」
帰るのか……。ツライなあ。
だってさ、そこってもうあたしの愛した瀬戸家じゃないもん。
エロ親父とハムスター女のデキ婚の巣だよ?
高校を卒業するまで、あたしはただそこに寄生する。一時の仮の住処でしかない。
『入果』
「何よ? もうこれ以上いいじゃん。ちゃんと報告したんだから」
ついつい、つっけんどんな口調……。
やっぱ、まだまだ赦せないんだな。
ワッシー、ごめん。やっぱ、あたしには難しいよ。
『今からそっちに行くぞ』
「……はあ?」
我が耳を疑う。
何言ってんの? 冗談じゃない!
親が嫌いだから学校に逃げたのに……やめてよね!
ここはあたしの聖域なんだから!
「来ないで。お願いだから」
『会いたいんだ。今すぐに』
「今すぐって……勝手にすれば? だったら、あたし隠れ……」
嘘でしょ……?
目の前にケータイ持った父さんが立ってる。
父さんだけじゃない。
どうして……?
どうして母さんもいるの?
母さんだけじゃない。
どうして……どうしてですか……?
「校長先生……まさか……ずっとここにいたんですか?」
石舟校長はニッコリ笑いながら「おはよう」と挨拶した。
あたしは挨拶なんてできないくらい狼狽していた。
「驚いただろう? 瀬戸さんには黙っていたが、私とキミの両親は水曜日から三日間、夜の間だけ校舎の中にいたんだ。何しろ、私はここの最高責任者……そして、こちらはキミの保護者だからね」
そ、そんな……。
水曜からって、あたしが柔道場に泊まった日から……。
そうか。
道理であのキヅラガワが口うるさく言わなかったはずだ。
「申し訳ないが、未成年のキミをたった一人で学校内に泊めるなんて到底無理な話なんだ。最初から私は瀬戸さんを見守り、そして、キミの両親にも協力してもらうつもりだった。だからこそキミの家出部を特別に許可したんだよ。顧問はこの私がなるということでね」
もう言葉も出ない。
どれだけあたしはこの学校に迷惑をかけてたんだろう。
しかも校長先生、これから泊まりの出張だって……。
校長先生は父さんと母さんに前へ出るよう促した。
「ほら、二人ともグッタリしているだろう? 火曜日はまず電話で軽く、水曜日は二人を呼び寄せてかなりキツイ口調でキミの両親を叱らせてもらった。それこそケチョンケチョンのクソミソだよ」
「叱った?」
校長先生が頷いた。
想像できない。
こんな温厚そうな人があたしのために……。
「瀬戸さん。もう両親は十分に反省している。グウの音も出ないくらいにね。ただ、反省したところでもう元の鞘には収まらない。キミもまだまだ言い足りない部分はあると思う。……そこを乗り越えてどうか二人を赦してほしい。私からのお願いだ」
そう言って、何と校長先生はあたしに深々と頭を下げた!
父さんと母さんも同じくらい頭を下げてる。
あたしは慌てて校長先生にしがみついた。
「や、やめてくださいッ! あたし、校長先生に謝ってもらおうなんて思ってません!」
「瀬戸さん」
「……はい」
校長先生は頭を下げたまま喋る。
「大人だって完璧じゃない。……いや、大人だからこそ子供より傲慢になり、平気で我が子を裏切ったりする。私だって例外じゃない。親であり教育者であるこの私だってエゴの塊なんだ。親の見栄だけで息子と娘の人生を台無しにさせてしまったんだよ。たった一度の人生なのに……」
そんなこと言わなくていいのにさ……。
「校長先生はエゴイストじゃありません。あたしの親を庇うために自分が不利になることをわざわざ暴露しちゃうなんて……どうかお願いですから頭を上げてください!」
そう懇願すると、やっと頭を上げてくれた。
だけど、父さんと母さんはまだ頭を下げたまま。
校長先生はあたしを見つめて言う。
「実はまだキミを見守っていた大人があと二人、後ろに控えてるんだ」
「え?」
ミユキ先生?
山ピー?
それとも、まさかキヅラガワ?
校長先生が後ろを振り返って「来なさい」と言った。
「……ッ!?」
予想はことごとく外れる。
何てことだ……。
一人はユミコ。
相変わらずおどおどしてる小動物みたい。
……え、身重なのに夜通しここにいた? 体、大丈夫なの?
そしてもう一人は見たことのない異国のおじさん。
ポップなシャツ着て薄いサングラス掛けて……場違い感ハンパない。
この人が母さんとつき合ってるスペイン人じゃなかったら誰だよ?
てか、何コレ……。
あたしは五人もの大人に見守られて"家出"してたってこと?
こんなのって……こんなのって全然家出じゃないじゃん!
ただでさえミユキ先生達に助けてもらってたのに、親や親の不倫相手に揃って見守られてる家出って……
ああ、そうか。自分でも言ってたわ。
つまり、これは"家出"じゃなくて家出部の"合宿"なんだ。
結局、あたしは大人の手のひらの上でウダウダ悩んでただけ。
そしてコレって……どうしても認めたくないけど、あたしはこの人達に大切に思われてるってことだよね?
単に社会的責任を問われたくないからかもしれない。
校長先生に怒られたから渋々あたしを見守っただけかもしれないけれど、それにしてもここまでしてくれるんだったら……感謝しないとあたしの方が……マジで醜い。情けない。
もういい。
これ以上、ひねくれた考えはよそう。
あたしは子供。
オムライスとアイスが大好きな大人未満の子供なんだ。
そして、ここで彼らを赦したあたしは大人以上に大人になれる。
だけど、それがなかなかどうして難しい。
それに何なの、この立ち位置……。
五人が一斉にあたしを見てる。
ここさ、高校だよ?
あたしだけがここに通う現役バリバリの女子校生なんだよ?
それなのに完全にあたしがアウェーじゃん!
まるであたし疎外されてるみたい。
せめて、ここに同じ十七歳のワッシーがいてくれたら……。
あ、そうだ!
ワッシーはいないけど、ワッシーの気持ちがここにある!
あるじゃん、いいアイテムがッ!
あたしは一体感がほしい。
一対五じゃなく、この人達と一緒の六
あたしだって自分で妙なことしてるって思うもん。
「校長先生、コレあげます」
「え……私に?」
あたしは頷いて、更にもう一つ水ようかんを取り出す。
「はい、父さん」
父さんもポカンとしてそれを受け取る。
「母さんも」
「……うん」
あたしは後ろに立ってる二人の前に立つ。
シューズ袋からまた水ようかんを取り出す。まるで季節外れのサンタクロースみたいに。
「どうぞ」
「……あ、ありがとうございます」
ペコペコと頭を下げるユミコ。
うん、根っからの悪人でもなさそうだ。
でも、今はまだその顔を直視できない。さすがにね。
そのうち、ユミコと一緒にショッピングとか行けるようになるのかな。
そうだよ。
来年になったら弟か妹ができるんだよね、あたしに。それってすっごい複雑なんだけど……。
最後にスペイン人。
……若い。とても五十八歳には見えないな。
「これ、食べれます?」
「これは水ようかんですね。勿論です。私の大好物ですよ。グラシアス!」
何て素敵で流暢な日本語なんだ。
英語すら喋れない母さんがつき合ってるんだしね。当たり前か。
気がつくと、あたしは大人達の中心に位置していた。
あたしはシューズ袋から自分の分を取り出す。
「じゃ、今からコレ食べて」
「……?」
みんなが混乱してる。
次なるあたしの発言を待ってる。
「あたしと一緒にコレ食べてくれたら……みんなのこと赦す! 本当は赦せないけど、もう赦してあげる! 理屈じゃない。そう決めたの。……それでいい?」
水ようかんはきっかけ。
仲直りの儀式。
それ以上でもそれ以下でもない。
みんな……無言でそれを食べてる。
九月の早朝、学校で水ようかんを立ち食いする、大人五人の厳かな儀式。
あたしだけ食べてない。
みんなが食べてる顔をずっと眺めてたから。
ああ、いい気持ち……。
体がスーッと軽くなっていく。
ワッシー、見てよ。
あたし……解放されてる。
水ようかん、遅れてあたしも食べる。
これで六になった。
父さんと母さん、あたしの顔を見て抱き合って普通のカップルみたく喜んでる。
てか、もう遅いんだよ!
あれ?
何でか知らないけど、スペイン人が泣いてるユミコをハグしてる。
……どうなってんだ、オマエら! いっそ全員一緒に住んじまえ!
でも、ホントよかった。
何の蟠りもないって言ったらそれは嘘になる。
もういい。
ディープに考えちゃダメなんだ。
陸の上、水の中、
あたしはあたしで在り続けよう。
そして、あと一つ……。
残った水ようかんはあの人に食べてもらうんだ。
「やあ、やはり来ましたね。瀬戸さんのことを一番気にしていた人が……」
校長先生の指さす方向を見て頷く。
あたしにも予感めいたものがあった。
きっと来てくれるって……。
「校長先生」
あたしはささやくように訊いた。
「……もしかして、昨日の夜のことも見てました?」
一転、校長先生は厳しい顔つきになる。
「アレはね、絶対にやっちゃダメです。思わず校舎から飛び出しそうになりましたよ。罰として土日の部活は禁止!」
「え、でも今日……」
「言い訳は認めません。禁止です。今はゆっくり疲れを取り、そして深く反省しなさい。……いいですね?」
「はい……すみませんでした」
しょうがないか。
まあ、いいや。
もう丸二日寝てないし、美鈴に言われるまでもない。さすがに死ぬわ。
「校長先生……最後にもう一つだけお願いがあるんですけど?」
「一つだけですよ?」
よかった。
もういつもの優しい校長先生の表情に戻ってる。
「ちょっとだけ、保健室で休ませてもらっていいですか?」
「あの人の許可があれば」
「ありがとうございます!」
あたしは校長先生に頭を下げて、跳ね馬じゃない赤いクルマから降りたばかりのミユキ先生の元へ駆け寄った。
えへへ、ロエバのバッグもらっちゃうよん!
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けれど同時に、それは残酷な運命の扉がひらく瞬間でもあった。
夫は愛人と共に好きに生きればいい。
今さら「本当に愛していたのは君だ」と縋られても、
死の淵を彷徨った私には、裏切ったあなたを許す力など残っていない。
「でも、子供たちの心だけは、
必ず取り戻す」
妻にも母にもなれなかった伯爵夫人イネス。
過去を悔い、歪な愛でもいいと手を伸ばした彼女が辿り着いた先。
それは、「歪で、完全な幸福」か、それとも――。
これは、"石"に翻弄された者たちの、狂おしい物語。
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