へその緒JCT

よん

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臍帯篇

対面

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 心の中ではあるにせよ、我知らず取り戻してしまった。自分らしくもない。
 しかしながら、それも無理からぬこと。
 と言うより、いまだ現実を直視できない自分がいる。
 そりゃそうだ。
 檜希の説明によって、僕がこれまで築いてきたアイデンティティは一瞬にして全てが崩壊したのだから。

 ひとまず、その原因について脳内で箇条書きしてみよう。

・僕達は人間ではなく、ホヤ特性の生態を継ぐホヤ人間である
・僕達を作った機関は既になく、どこにも公表せぬままに僕達の存在を闇へ葬り去ろうとしている
・僕は高木文彦ではなく、父と思い込んでいた高木次彦が固着し四年の歳月を経た生まれ変わりである
・その高木次彦は高木一彦と驚異的なシンクロニティで繋がっていた(今の僕は一彦さんとどこまで繋がっているのだろう?)
・故に、僕は高木一彦の愛する妻――爽子さんを必然的に愛している

 どれもこれもが重すぎる。
 この中の一つだけでも受け入れがたいのに、そのどれもが密接している。切り離せないのに、悩みの種としては各々が独立し倍化させている。

 そんな途方に暮れる僕に、上から降りてきた彼らの気配を察知できる筈もない。

 最初に気づいたのは檜希だった。

「フミ、来たよ」

 彼女が指さす方向を振り返ると、そこには全身血塗れの男が二人、こちらゴンドラへゆっくり近づいているのが確認できた。
 血塗れではあるが、その表情や軽やかな足取りからして、どこにも傷は負った様子は見受けられない。
 無論、ゾンビにも見えない。臍動脈か臍静脈のどちらかの血を存分に浴びた結果なんだろう。
 彼らは会話を交わすことなく、訝しそうにこちらの様子を窺っている。
 その突然の異様な訪問者は勿論だけれど、それ以上に今の檜希の反応にはかなりの違和感を抱かずにはいられなかった。
 恰も、彼らの登場を予見していたかのような口振りだからだ。



 さっきカメダでも言ったけれど、あたしには知っていることと知らないことがある。臍帯バケモノのことなんかは殆どわかんないの。……でもね、。それだけはわかる。



 ああ、確かにあの時言っていたな。
 とは言え、僕が彼らを気持ちよく受容できるかはまた別問題だ。

「もしかして、ホヤ仲間?」
「そうよ。フミは普段、テレビって観ないよね?」

 僕は高木家での食事を思い浮かべる。

「そうでもない。ただ、注視することもなかったかな」
「あたしは注視しまくってたよ。児童養護施設のテレビで最初にフミのへその緒を観て以来、知らず知らずあたしはずっと日本全国の風景を入念にチェックするようになっていたから。……読みは当たったわ。UCJでの失敗作の後継はあたし達の他にもいたんだもん。考えてみれば当然ね」
「読み……」
「そう。臍帯バケモノが空に浮かんでたのは魚満だけじゃなかったんだよ。スカイツリー周辺と成田山新勝寺近辺に浮かぶへその緒……その持ち主が彼らってワケ」

 つまり、あの二人も旧厚成省によって作り出されたなんだ。


 見たところ、二人は僕達と同年代のようだ。一人はやや背が高く、もう一人は檜希と変わらない。
 とはいえ、規格外に発育している僕からすれば、二人とも華奢だ。そして、彼らの方が年齢的に標準サイズなのは言うまでもない。

 ひとまずゴンドラを出て、彼らを出迎える。
 第一声は檜希から。

「遠路遥々、北陸までようこそ。……あたし達が関東そっち側へ引っ張られてなければと仮定しての話だけど」
「北陸?」

 努めて明るく振る舞う彼女に対し、背の低い方が訝しげに訊ねる。

「そ。ここは富山県魚満市。蜃気楼とホタルイカで有名な港町だよ。そっちから見たら単なる地方都市だけど」
「オレらのことを知ってんのか?」

 背の高い方が、顔に付着した血を両手で乱暴に拭いながらこれまた探るように訊く。
 どう見ても、友好的な態度には映らない。
 しかしながら、檜希は笑みさえ浮かべている。

「名前や生い立ちまではわかんないけど、あなた達が普通じゃないってことだけはわかるよ」
「確かに普通じゃねぇみてえだな。ホヤ人間のくだりなら、コイツと流しそうめんに身をやつしながら聞いたぜ」
「……流しそうめん?」
「最大限の皮肉さ。何もわからずいきなりへその緒に吸収されたオレらは、途方に暮れる間も与えられないままに、有無を言わさず今度は上の血管ウォータースライダーに呑み込まれてここまで連れて来られた。そこでアンタがソイツに説明してる声がオレらにも聞こえたってワケさ」

 聞こえてた……だと?

 それは説明の手間が省けるが、あまりにも出来過ぎている。
 これも神……いや、臍帯バケモノのなせる業なのか?
 もしかしたら、僕達を覆うワルトン膠質の振動で会話が伝わったのかもしれない。
 だとすれば、僕と檜希の恥ずかしいやり取りも例外じゃない。
 けれども、気まずいと感じたのは僕だけのようで、檜希は相変わらずフレンドリーな態度を崩さない。こんな時、女子は強い。

「それはご苦労様。ちょっと待ってて」

 そう言って、彼女は自分の荷物からハンドタオルを取り出して、背の低い方に握らせた。

「とりあえず、それで顔を拭いて。……あ、フミも何か拭く物持ってない?」
「あるにはあるけど……」

 バックパックから取り出したのは大きめのスポーツタオル。けれど、これには僕の汗が大量に染み込んでいる。
 僕はそれをしまい、代わりに弁当箱を包んでいるランチクロスを背の高い方に差し出そうとした。僕なりの気遣いの積もりだった……が。

「いらねぇよ、そんなモン!」
  
 吐き捨てるように拒絶した、つり目の男。
 何故、とは訊かない。その理由が何となくわかるからだ。

「なあ、図体のでけぇアンタ。オレらのこと、突然湧いたお邪魔虫だと思ってんだろ? せっかく、これからこの女ととしてたんだからな?」
「お邪魔虫だなんて思ってないよ」

 僕は冷めた目で彼にこう返す。

「毒針を持ったタダの"虫"だ」
「……何だァ、この野郎!」


 Under Pressure


 つり目の男が手にする毒針ジャックナイフがキラリと光る。

 声にならない檜希の悲鳴。
 それを皮切りに、僕は前に向かっておもむろに歩き出した。
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