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臍帯篇
蒙古式
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命の危機を感じなかったわけではない。
寧ろ、僕はそれを覚悟していた。
そもそも生きているのか死んでいるかもわからないこの状況で、目の前のナイフが何だか安っぽいギミック程度にしか映らなかった。
それ自体に意味は成さない。
刺されたとして、一体それが何だというのか。
僕達はどのみち、まともな人間ではないのだし、おまけに物事がどう転じようと一切の救済は与えられない絶望的状態なのだ。
絶命じゃなきゃ、死んだって夢も希望も持てる
前言撤回。
今の僕には夢も希望もありゃしない。
「と、止まれェっ! ブッ殺されてぇのかよっ!?」
おかしなことに、威嚇している側のつり目が尻ごみしている。
勿論、止まってなんかやらない。
「キミは僕と檜希との会話を聞いていたんだろ?」
「だったら何だァ?」
「虚しいな。僕達は"ホヤ人間"であり、完全な意味での生殖能力は持たないんだよ? 一時の劣情を抑えきれないのは同じ思春期を迎えた同類として理解できなくもない。けれども、そのナイフは何だろう? キミも『カッとなって刺した。今は反省している』って衝動的な行動を世論に訴えて、事件の計画性を否定し減刑を求める身勝手な自己中タイプなのかな。護身用? 治安の悪いスラム街じゃあるまいし、常にジャックナイフを携帯している時点で衝動性とは大きく矛盾しているんだけどね」
妙だ。
言葉がまるで止まらない。次から次に出てくる。
これは多分……僕には珍しく腹を立てている?
「おそらくキミはこれからその刃物で"お邪魔虫"の僕を排除し、たまたまこの場に居合わせた女性を脅して強姦するんだろう? しかも、それに近いことをキミは既に何度かこの外の世界でもやっていると推察する。そうでなければ、躊躇なくそう簡単にナイフを人に向けたりできやしないからね。そういう意味ではキミは紛れもなく"失敗作"なんだよ。"社会のバグ"と言ってもいい。……やればいい。キミの淫欲なんて、所詮は蝉のおしっこと変わらない。この意味はわかるかな? 蝉の尿はほぼ"水"で無害なんだ。かいつまんで言えば、"ホヤ人間"であるキミが発射した精子なんて"白い水"ほどの価値しかない。滑稽だよ。キミは相手に拒絶されながら独り善がりに排尿し、たったそれだけで性的絶頂に達する蝉に他ならない。キミみたいな出来損ないは、この僕みたいにジージー鳴きながら自慰してりゃ全てが丸く収まるものを」
憎悪に満ちたつり目が大きく引ん剥いた。
挑発もここまで続ければ快感だ。快感のままに、僕はここで死んでいく。
僕の心臓に狙いを定め、ナイフがまっすぐ近づいてくる……
「ゴチャゴチャうるせーんだよ! とっとと死にやがれェ――っ!!!」
反射的に目を瞑る。
だけれど、いつまで待っても刃先は僕の心臓には達しなかった。
疑問を感じつつ次第に目蓋を開けると、意外にもつり目は得物を奪われ馬乗りにされていた。
足でも引っ掛けられたか。……で、誰に?
「テ、テメエッ、裏切んのかよっ?」
「……裏切る? おかしなことを。キミと俺とはついさっき会ったばかりだ。そういう意味で、キミと過ごした時間はこのお二人さんと差異はない」
いつの間にか、血塗れ同志が上下になって言い争っている。
上にいる男は檜希のハンドタオルで顔を拭いていて、その表情がかなり鮮明になっていた。
けれども、それでいて彼の表情が少しも確認できなかった。
「キミの魂胆はわかっているよ。こんなナイフ一本で臍帯の王に君臨する積もりだな?」
「チッ! そうだとして、テメエもそれチラつかせて、あの女とヤリまくろうとしてんだろうがッ!」
「ちょっと待ちなさいよっ!」
そこで二人の会話を遮ったのは……言うまでもない。
「あんた達、三人ともバカじゃない? そりゃあたしは性格チョーイイ美少女だから、みんなして奪い合いたくなるのも無理ないけどさ! 今のこの状況わかってんの? いくらあたしが可愛いからって三人して盛ってんじゃないわよっ! このケダモノ三兄弟っ!」
違うと思う。
別に檜希じゃなくても、ある程度のレベルであれば……などとは口が裂けても言えやしない。
だが、彼女の発言によって少しは場は和んだ……かに思えた。
上になった男が下の男に向かって静かに告げる。
「残念ながら、俺に慈悲はない。こんな無法地帯だからこそ、危険分子は取り除かなければならない。お互い血塗れでよかった。おかげで返り血を気にせずに躊躇なくやれる」
「な、何を………………がはあっ!!!!!!?」
心臓を一突き、二突き、大きく振りかぶって更に三度目。
「モンゴルの遊牧民はこんな具合に羊を屠殺する」
彼は胸部の避け口に右手を突っ込み、指で心臓の大動脈を切りちぎる。
こうして、つり目の男はいとも簡単に絶命した。
と同時に、臍帯での僕達は形而下的存在に過ぎないということが実証された。"死"は依然として僕達の前に用意されている。
まともにそれを見てしまった檜希は、その場に崩れ落ちるように失神してしまった。
僕はどうにか踏みとどまったけれど、それでも胃の辺りが気持ち悪くなり、少しばかり嘔吐を催してしまう。
「そこのキミ……フミヒコとか言ったね?」
檜希の元へ駆け寄ろうした僕は、踵を返して殺人者の目を見た。
「……そうだけど」
「最低だよ。キミはさっきの発言で、その子をコイツに売ったのも同然なんだぜ?」
「……」
返す言葉もない。
無意識での発言とはいえ、その通りだからだ。
おもむろに立ち上がり、彼は死者の顔面を踏みつけながらこう付け加えた。
「キミの人生は蝉の小便にも劣る」
寧ろ、僕はそれを覚悟していた。
そもそも生きているのか死んでいるかもわからないこの状況で、目の前のナイフが何だか安っぽいギミック程度にしか映らなかった。
それ自体に意味は成さない。
刺されたとして、一体それが何だというのか。
僕達はどのみち、まともな人間ではないのだし、おまけに物事がどう転じようと一切の救済は与えられない絶望的状態なのだ。
絶命じゃなきゃ、死んだって夢も希望も持てる
前言撤回。
今の僕には夢も希望もありゃしない。
「と、止まれェっ! ブッ殺されてぇのかよっ!?」
おかしなことに、威嚇している側のつり目が尻ごみしている。
勿論、止まってなんかやらない。
「キミは僕と檜希との会話を聞いていたんだろ?」
「だったら何だァ?」
「虚しいな。僕達は"ホヤ人間"であり、完全な意味での生殖能力は持たないんだよ? 一時の劣情を抑えきれないのは同じ思春期を迎えた同類として理解できなくもない。けれども、そのナイフは何だろう? キミも『カッとなって刺した。今は反省している』って衝動的な行動を世論に訴えて、事件の計画性を否定し減刑を求める身勝手な自己中タイプなのかな。護身用? 治安の悪いスラム街じゃあるまいし、常にジャックナイフを携帯している時点で衝動性とは大きく矛盾しているんだけどね」
妙だ。
言葉がまるで止まらない。次から次に出てくる。
これは多分……僕には珍しく腹を立てている?
「おそらくキミはこれからその刃物で"お邪魔虫"の僕を排除し、たまたまこの場に居合わせた女性を脅して強姦するんだろう? しかも、それに近いことをキミは既に何度かこの外の世界でもやっていると推察する。そうでなければ、躊躇なくそう簡単にナイフを人に向けたりできやしないからね。そういう意味ではキミは紛れもなく"失敗作"なんだよ。"社会のバグ"と言ってもいい。……やればいい。キミの淫欲なんて、所詮は蝉のおしっこと変わらない。この意味はわかるかな? 蝉の尿はほぼ"水"で無害なんだ。かいつまんで言えば、"ホヤ人間"であるキミが発射した精子なんて"白い水"ほどの価値しかない。滑稽だよ。キミは相手に拒絶されながら独り善がりに排尿し、たったそれだけで性的絶頂に達する蝉に他ならない。キミみたいな出来損ないは、この僕みたいにジージー鳴きながら自慰してりゃ全てが丸く収まるものを」
憎悪に満ちたつり目が大きく引ん剥いた。
挑発もここまで続ければ快感だ。快感のままに、僕はここで死んでいく。
僕の心臓に狙いを定め、ナイフがまっすぐ近づいてくる……
「ゴチャゴチャうるせーんだよ! とっとと死にやがれェ――っ!!!」
反射的に目を瞑る。
だけれど、いつまで待っても刃先は僕の心臓には達しなかった。
疑問を感じつつ次第に目蓋を開けると、意外にもつり目は得物を奪われ馬乗りにされていた。
足でも引っ掛けられたか。……で、誰に?
「テ、テメエッ、裏切んのかよっ?」
「……裏切る? おかしなことを。キミと俺とはついさっき会ったばかりだ。そういう意味で、キミと過ごした時間はこのお二人さんと差異はない」
いつの間にか、血塗れ同志が上下になって言い争っている。
上にいる男は檜希のハンドタオルで顔を拭いていて、その表情がかなり鮮明になっていた。
けれども、それでいて彼の表情が少しも確認できなかった。
「キミの魂胆はわかっているよ。こんなナイフ一本で臍帯の王に君臨する積もりだな?」
「チッ! そうだとして、テメエもそれチラつかせて、あの女とヤリまくろうとしてんだろうがッ!」
「ちょっと待ちなさいよっ!」
そこで二人の会話を遮ったのは……言うまでもない。
「あんた達、三人ともバカじゃない? そりゃあたしは性格チョーイイ美少女だから、みんなして奪い合いたくなるのも無理ないけどさ! 今のこの状況わかってんの? いくらあたしが可愛いからって三人して盛ってんじゃないわよっ! このケダモノ三兄弟っ!」
違うと思う。
別に檜希じゃなくても、ある程度のレベルであれば……などとは口が裂けても言えやしない。
だが、彼女の発言によって少しは場は和んだ……かに思えた。
上になった男が下の男に向かって静かに告げる。
「残念ながら、俺に慈悲はない。こんな無法地帯だからこそ、危険分子は取り除かなければならない。お互い血塗れでよかった。おかげで返り血を気にせずに躊躇なくやれる」
「な、何を………………がはあっ!!!!!!?」
心臓を一突き、二突き、大きく振りかぶって更に三度目。
「モンゴルの遊牧民はこんな具合に羊を屠殺する」
彼は胸部の避け口に右手を突っ込み、指で心臓の大動脈を切りちぎる。
こうして、つり目の男はいとも簡単に絶命した。
と同時に、臍帯での僕達は形而下的存在に過ぎないということが実証された。"死"は依然として僕達の前に用意されている。
まともにそれを見てしまった檜希は、その場に崩れ落ちるように失神してしまった。
僕はどうにか踏みとどまったけれど、それでも胃の辺りが気持ち悪くなり、少しばかり嘔吐を催してしまう。
「そこのキミ……フミヒコとか言ったね?」
檜希の元へ駆け寄ろうした僕は、踵を返して殺人者の目を見た。
「……そうだけど」
「最低だよ。キミはさっきの発言で、その子をコイツに売ったのも同然なんだぜ?」
「……」
返す言葉もない。
無意識での発言とはいえ、その通りだからだ。
おもむろに立ち上がり、彼は死者の顔面を踏みつけながらこう付け加えた。
「キミの人生は蝉の小便にも劣る」
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