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第16章 何かが足んねえ

何かが足んねえ 1

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 強烈にイカくせえ……。しかも尋常じゃねーぞ、この異臭。
 
 考えなくてもわかる。
 俺発の臭いだ。ハーフ・インキュバスの精子は臭わねえ仕様だが、さすがにこの量は規格外らしい。
 自慢じゃねーが、俺は夢精の経験がねえ。
 就寝前に精子をあらかた放出しちまうからだ。……ホントに自慢じゃねーな。

 ところが、何だこりゃ?

 目を覚ますと辺り一面血の海って話は聞いたことあるが、辺り一面精子の海って、どーなりゃこんな惨劇になるんだよ?
 この精子の量……どんだけ眠ってたんだ……てか、ここ何処よ?
 それ以前に何で俺は全裸なんだ?
 全裸なのに統治の王冠クラウンだけはちゃんと頭に戴いている。すげぇ格好……これが本当の裸の王様だな。
 まー、さすがにあの王様もパンツくらい穿いてただろうが、俺の場合は毛も生えてねえ粗チン丸出しだ。

 誰が脱がせやがった?

  記憶を辿ると……そうだ、いきなり現れた大鴉が瀕死の俺に向かって言ったんだ。

 俺を死なせねえって。

 死なせないか……。
 そこまでの価値がこの俺にあんのか?

 何なんだろうな、人が生きるって。





「皆さん、忘れないでください。生き物は例外なく、いつか死ぬということを……。それは哀しみではなく、一つの解放として存在するのです」





 それ言った女は今、俺の頭の上で物として確かに存在してやがる。ある意味、オメーは勝者だぜ。


 ……って、そんなことはどーでもいい!

 早くこの精子まみれの空間から立ち去りてえ。
 テメーが夢精でこんな風にしておきながら何だが、こんなきたねえとこにいつまでもじっとしてられるかってんだ! 
 この場に白衛門がいれば精子吸収させて一挙に解決だが、ヤツとの決別を選んだのはこの俺自身じゃねーか。身勝手な願望に思わず苦笑しちまう。
 
 爪先立ちで白濁液の沼を進んだ時にふと気づいた。


 見える。


 白鬼の複眼を通じて、見た目が同じ二体の水兵セーラーがベンチに座って談笑してやがる。
 一体は俺を背に乗せ、共に大海原を彷徨った人魚マーマン3号こと白鯨。
 そしてもう一体は人魚人魚マーマン2号こと白鮫人――コイツがいるってことは……そうか。

 ここはレベル67――アンドリューの軍艦に違いねえ。

 だとしたら、どういうことだ?
 この部屋が牢屋じゃねえあたり、漂流して衰弱死直前の俺を保護したように思えるが、それがアンドリューに一体どんな意味がある?

 俺達は敵対する島主同士……敵対関係にある以上はるかられるかだ。救ってどうする?
 それとも、舵輪ラットを手放した俺なんざ、殺す価値もねえってことかよ。
 だとしても感謝はしねえぞ。
 その甘さが命取りになんだぜ、元ケットシーの黒猫野郎!

 あてがわれた船室キャビンを抜け、祖チン丸出しで敵艦の中を徘徊する俺。
 ここのボス、アンドリューとは言わねえ。
 乗組員クルーでも誰でもいいんだが、仮にも保護したんならここまでの経緯くらい説明しに来いってんだ! あと、着る物寄こせ!

 誰もいねーなら甲板デッキを目指すまでだ。
 イギリス風景式庭園のベンチ……そこで再会を果たした人魚マーマン同士がいる筈だ。
 そうそう、奴らを映している白鬼もな。
 何だこりゃ? 俺の精子から成るティッシュの塊のちょっとした同窓会じゃねーか。ヤツらが生徒なら俺は先生ってとこか。
 ああ、惜しいな。もしこの場にティッシュがあれば、大量に出た夢精の沼もスペル魔を構成する弾になんのによ。


 ――ッ!?

「犬ほどではないにせよ……」

 甲板デッキへと上がる階段に足を踏み入れる寸前、ある一室の扉がギィと音を立てて開いた。

「猫の嗅覚は人間の数万倍だよ。その臭いをつけたまま、あまり我が艦をウロチョロしないでほしいな」
「ほざくな、黒猫!」

 面食らったタキシード姿のアンドリュー、パッチリした猫目を更に丸くさせて俺を見やがる。

「はて? 気のせいかキャラが激変したような……ダンジョンで会ったプリンセス・レイチェフの御子息はもう少しおとなしめの印象だったと記憶しているが……」
「馬鹿野郎が! いつの話してんだよ! 文字通りキャラが変わったんだよ」
「いつ?」
「ダンジョンでだ」

 信じられないと肩を竦めるアンドリュー。

「キミと会ったその直後に?」
「それくらい拓海にショッキングな出来事があったんだよ。ほら、オメーと折り合いが悪かった眼鏡の女がいたろ?」
「ああ、いたね。僕もそうだが、あの娘も生理的に僕を嫌っていた。お互い様だよ」
「その女の顔を、オメーが連れてきたマンチカンが今つけてるんだ。そしてその眼鏡は今、にいる」

 俺が戴く統治の王冠クラウンを指さすと、アンドリューはますます混乱しやがった。

「言ってる意味がわからんが? そういや、草薙マユとなる筈だったあのマンチカンと眼鏡の娘が何やら内緒話をしていたが……あれはどういうことだったんだろう?」
「オメーが知る必要はねえ!」
「オイオイ、随分と乱暴な態度だな。チンピラみたいな口調はよさないか」
「うっせえよ! ガタガタ抜かすと精子でこの軍艦ふね沈めんぞコラ!」
「どんな攻撃だ! 恩を着せる積もりなど毛頭ないが、これでも僕はキミの命の恩人だよ? 喧嘩腰にならず、ちゃんと説明したまえ」
「その前に、チ○コ隠す何か寄越しやがれ! 寒くてずっとタマがギュッとなったままじゃねーかよ!」

 アンドリューはまたも肩を竦めて言いやがる。

「やれやれ……。こんな品のない男を相手にするなんて想定外ですよ、サルガタナス様」

 
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