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本編
巨乳
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僕を近場で降ろすと、山根を乗せた黒塗りの車は本当にそのまま行ってしまった。
少し薄情な気もする。
今日から僕はサハラブドームで過ごすことになる。
私物は手にするこの青いキャッチャーミットだけ、残りは施設に置いてきた。
尤も、たいした物なんて何も持たされてなかったけど。
興行も組まれていないのに、サハラブドーム周辺はそこそこ賑わっている。
軽食屋が幾つか出ている。
驚くことにドリーム・レッズのオフィシャルショップがあった。
なかなか盛況しているみたいだ。殆どがハツメ関連なんだろうが。
そのうち、僕のグッズも出るんだろうか?
気になる……。
中に入ろうとしたところで、誰かに肩をポンと叩かれた。
「小泉辰弥様でいらっしゃいますね?」
「あ、はい……」
黒ぶち眼鏡で黒髪を後ろに束ねた黒ずくめのスーツ姿。
典型的な秘書スタイルで現れたその女性は、ついさっきまで千手の奴隷だった僕なんかに深々とお辞儀した。こっちの小汚いTシャツ短パン姿が恥ずかしくなる。
僕は慌ててお辞儀を返す。
うわ、よく見るとムチャクチャ美人!
大人の色香が全身からプンプンと漂っている。黒のジャケットを羽織ってボタンで留めているにもかかわらず、彼女がとんでもない巨乳の持ち主だとわかる。
間違いない。この人が一富士雅さんだ。
「本部から小泉様の御来訪はお伺いしております」
何故だか、雅さんは手を添えて小声で話す。
本部? 山根のいる組織か、それともまた別にあるのかな。
「早速ですが、サハラブドーム内に御案内申し上げます。ここは目立ってしまいますので……」
眼鏡の雅さんが周りをチラと見る。
ああ、そうか。
目の前のオフィシャルショップには雅さんのグッズも取り扱っているだろう。
今の雅さんはお忍びスタイルなんだ。
ドリーム・レッズの選手がいきなりこの場に現れたとわかれば、きっと周囲は大騒ぎする。
「IDカードです。これがないと、関係者通路を行き来できませんので」
僕はそのカードを思わず両手で受け取ると、先を歩く雅さんに続いた。
暑い……。
梅雨の中休み、ちらほら蝉の鳴き声が聞こえている。
高校球児達の夏、高校を辞めた僕はそこに含まれていない。
「こちらです」
雅さんは中に入らず、僕の手を見ている。
それに気づいた僕は、渡されたばかりのIDカードをスッと通す。
音はしないけど、開いた感触が伝わった。
「お先にどうぞ」
言われた通り、扉を開けて中に入る。……ん、真っ暗?
「電気が要りますね?」
後から入って来た雅さんがスイッチを点けると、ずいぶん狭い。
様々な赤い物が置いてある。
察するに、ここはグッズを一時保管するオフィシャルショップの倉庫だろう。
でも、どうしてこんな場所に……?
「小泉様」
僕を呼んだ雅さんは何といきなりゼロ距離まで迫って来た……って、ちょっとッ?
「み、雅さん? あ、当たってるんスけど……?」
「はい。恐縮ですが、胸を当てさせていただいております」
「な、何でまた……?」
「ワタクシの体は小泉様の自由でございます」
ナニヲイッテルンダ、コノヒトハ……?
「何なりと対応させていただきますので、御遠慮なさらずお申し付けくださいませ」
「た、対応……?」
「各種、道具なども取り揃えてございます。ワタクシのこの着衣がお気に召さなければ、早急にどのような格好にでも着替えて参りますので、しばしお時間を……」
「ちょ……ちょっと待ってッ! な、何か違うッ!」
「着衣プレイはお嫌いですか? 全裸でしたら今すぐにでも……」
「わあああああああ――ッ、ま、待ってってばッ!」
雅さんがジャケットを脱いだだけで鼻血が出そうだ。汗で濡れた薄い白のブラウスからは黒いブラジャーの柄がハッキリとわかる。
「雅さん! お願いだからストップしてください!」
「かしこまりました。ストリップ続行します」
「それも違うッ! そんな古典的なボケいらないって!」
青いミットで、何とか迫り来る巨乳を受けとめる。や、柔らけえッ! 特大のマシュマロみたいだ!
一方、首を傾げて僕を見つめている雅さん。
「あの……それではワタクシはどうすればよいのでしょうか?」
「まず、ジャケットを着てください。それ以外は何もしなくていいです」
「……何も?」
「何も!」
雅さんは混乱しながらもジャケットを羽織ると、ようやく僕は落ち着きを取り戻した。
「しかし、ワタクシはハツメ様の御命令を実行しなくてはならないのです」
「命令? あのタレ目女、どんな命令をしたんですか?」
「はあ。『新メンバーと親睦を深めるため、一発ヤラせてやれ』と……」
言葉にならない。
本来ならば、童貞にとってこれほどラッキーなシチュエーションはないだろう。無条件でエッチさせてくれるんだから。
こんな美人でしかも超巨乳のお姉さんが初めての相手ってどんだけ恵まれてんだよ!
雅さんからしてみれば、衝動的に僕が誘いに乗ると思ったんだろう。
だからこそ、こんな手段に出た。
いや、そりゃ乗りたいよ! その甘美でおピンクな誘いに。
このチャンスを逃したら、僕は一生後悔するってわかってるしさ。
だけど、怒りが勝った。
僕はハツメに女をあてがわれた。……侮辱されたんだ!
六年前のあの日からずっと憎たらしい存在のあのタレ目女に!
そして、僕は雅さんにも腹を立てている。
「あなたには自尊心がないんですか? あのタレ目が命令したら、会ったばかりの男に何の抵抗もなく体を捧げるんですか?」
雅さんは無表情で頷く。
「ハツメ様の御命令は絶対なのです」
絶対的存在……山根の発言が早くも重く圧し掛かる。まだ当のハツメにも会っていないのに。
「あなたは以前"らぼ・ラブふぉー"というアイドルユニットのリーダーでしたよね? 眼鏡を掛けていなかった」
「過去は捨てました」
淋しそうに目を伏せる雅さん。
複雑な事情があるんだろう。余計な詮索はしたくないけど……。
「失礼ながら、その時の名前まで僕は知りません。でも、"一富士雅"では絶対になかった。もしかしてハツメがその名前をあなたにつけたんですか?」
「その通りです。ハツメ様はワタクシ達の名づけ親なのでございます」
ワタクシ達……。
初夢諺トリオのことだな。じゃあ、あのショートのコは別なのか。
「ハツメは今も昔も雅さんの仲間でしょう? ワケわかんないです。どうして仲間に"様"なんてつけて、しかもアイツの言いなりになるんですか?」
「小泉様」
「はい?」
「ハツメ様の御命令に従うのはワタクシ達の意思です。それは小泉様に何の関係もない事です」
やっぱり、余計な詮索だったか。
もはや彼女達に"仲間"という関係は崩れてる。
だからって、はいそうですかとは引き下がれない。
「関係ありますよ。僕は今日からドリーム・レッズの一員になるんですよね? 僕はハツメのボールを受けるんだ。そのハツメの高慢な態度に我慢できなかったら、藤堂さんみたいに僕はこのチームから去る覚悟だってあります。そうなったら、いよいよこのチームの空中分解は避けらないですよ?」
「お願いですから、藤堂の名前はお出しにならないでください。特にハツメ様の前では」
「何があったんですか?」
雅さんは唇を噛んで、深々と頭を下げる。
「申し訳ございません」
それ以上は訊いてくれるな、と無言で訴えている潤んだ瞳。予想以上にガードが堅い。
当たり前か。あの山根でさえ知らされていないんだ。
「ハツメに会わせてもらえますか?」
「はい。ですが、その前に……」
また雅さんが僕に迫ってくる。任務を果たさないと叱られるんだろう。
もはや雅さんは全然エロくない。彼女からは悲壮感しか漂ってこない。
「答えてください。雅さんは僕のことが好きですか?」
その言葉にピタッと動きが止まり、雅さんは口をパクパクさせている。
「僕にはわかります。雅さんは決して、好きでもない相手に体を預ける人じゃないって……」
「ハツメ様の御命令です」
その一点張りに、僕はますますハツメに対する憎悪が増した。
「わかりました。じゃあ、僕と雅さんはここで関係を持った……そういうことでそろそろ先に進みませんか?」
「しかし……それだと、ワタクシはハツメ様を騙すことになってしまいます」
「追及されたらこう言ってください。『小泉辰弥はホモだった』って」
雅さんはまだ納得してない。そんなにハツメを恐れる理由って何なんだ?
「それじゃ、約束してください」
「約束?」
「僕はまだ17歳で才能もお金も何も持ってない。雅さんにふさわしい男とは程遠いです」
「……」
「もし……もしもですよ? もし雅さんがいつの日か本気で僕を好きになってくれたら、その時はもう一度誘ってください。その時は……あなたを抱かせてもらいます」
童貞の分際で上から目線……偉そうだな。言ってて顔が真っ赤になる。
でも、頑固な雅さんを説得するにはこうまで言わないとね。
雅さんはコクリと頷き、ようやく密室から解放してくれた。
少し薄情な気もする。
今日から僕はサハラブドームで過ごすことになる。
私物は手にするこの青いキャッチャーミットだけ、残りは施設に置いてきた。
尤も、たいした物なんて何も持たされてなかったけど。
興行も組まれていないのに、サハラブドーム周辺はそこそこ賑わっている。
軽食屋が幾つか出ている。
驚くことにドリーム・レッズのオフィシャルショップがあった。
なかなか盛況しているみたいだ。殆どがハツメ関連なんだろうが。
そのうち、僕のグッズも出るんだろうか?
気になる……。
中に入ろうとしたところで、誰かに肩をポンと叩かれた。
「小泉辰弥様でいらっしゃいますね?」
「あ、はい……」
黒ぶち眼鏡で黒髪を後ろに束ねた黒ずくめのスーツ姿。
典型的な秘書スタイルで現れたその女性は、ついさっきまで千手の奴隷だった僕なんかに深々とお辞儀した。こっちの小汚いTシャツ短パン姿が恥ずかしくなる。
僕は慌ててお辞儀を返す。
うわ、よく見るとムチャクチャ美人!
大人の色香が全身からプンプンと漂っている。黒のジャケットを羽織ってボタンで留めているにもかかわらず、彼女がとんでもない巨乳の持ち主だとわかる。
間違いない。この人が一富士雅さんだ。
「本部から小泉様の御来訪はお伺いしております」
何故だか、雅さんは手を添えて小声で話す。
本部? 山根のいる組織か、それともまた別にあるのかな。
「早速ですが、サハラブドーム内に御案内申し上げます。ここは目立ってしまいますので……」
眼鏡の雅さんが周りをチラと見る。
ああ、そうか。
目の前のオフィシャルショップには雅さんのグッズも取り扱っているだろう。
今の雅さんはお忍びスタイルなんだ。
ドリーム・レッズの選手がいきなりこの場に現れたとわかれば、きっと周囲は大騒ぎする。
「IDカードです。これがないと、関係者通路を行き来できませんので」
僕はそのカードを思わず両手で受け取ると、先を歩く雅さんに続いた。
暑い……。
梅雨の中休み、ちらほら蝉の鳴き声が聞こえている。
高校球児達の夏、高校を辞めた僕はそこに含まれていない。
「こちらです」
雅さんは中に入らず、僕の手を見ている。
それに気づいた僕は、渡されたばかりのIDカードをスッと通す。
音はしないけど、開いた感触が伝わった。
「お先にどうぞ」
言われた通り、扉を開けて中に入る。……ん、真っ暗?
「電気が要りますね?」
後から入って来た雅さんがスイッチを点けると、ずいぶん狭い。
様々な赤い物が置いてある。
察するに、ここはグッズを一時保管するオフィシャルショップの倉庫だろう。
でも、どうしてこんな場所に……?
「小泉様」
僕を呼んだ雅さんは何といきなりゼロ距離まで迫って来た……って、ちょっとッ?
「み、雅さん? あ、当たってるんスけど……?」
「はい。恐縮ですが、胸を当てさせていただいております」
「な、何でまた……?」
「ワタクシの体は小泉様の自由でございます」
ナニヲイッテルンダ、コノヒトハ……?
「何なりと対応させていただきますので、御遠慮なさらずお申し付けくださいませ」
「た、対応……?」
「各種、道具なども取り揃えてございます。ワタクシのこの着衣がお気に召さなければ、早急にどのような格好にでも着替えて参りますので、しばしお時間を……」
「ちょ……ちょっと待ってッ! な、何か違うッ!」
「着衣プレイはお嫌いですか? 全裸でしたら今すぐにでも……」
「わあああああああ――ッ、ま、待ってってばッ!」
雅さんがジャケットを脱いだだけで鼻血が出そうだ。汗で濡れた薄い白のブラウスからは黒いブラジャーの柄がハッキリとわかる。
「雅さん! お願いだからストップしてください!」
「かしこまりました。ストリップ続行します」
「それも違うッ! そんな古典的なボケいらないって!」
青いミットで、何とか迫り来る巨乳を受けとめる。や、柔らけえッ! 特大のマシュマロみたいだ!
一方、首を傾げて僕を見つめている雅さん。
「あの……それではワタクシはどうすればよいのでしょうか?」
「まず、ジャケットを着てください。それ以外は何もしなくていいです」
「……何も?」
「何も!」
雅さんは混乱しながらもジャケットを羽織ると、ようやく僕は落ち着きを取り戻した。
「しかし、ワタクシはハツメ様の御命令を実行しなくてはならないのです」
「命令? あのタレ目女、どんな命令をしたんですか?」
「はあ。『新メンバーと親睦を深めるため、一発ヤラせてやれ』と……」
言葉にならない。
本来ならば、童貞にとってこれほどラッキーなシチュエーションはないだろう。無条件でエッチさせてくれるんだから。
こんな美人でしかも超巨乳のお姉さんが初めての相手ってどんだけ恵まれてんだよ!
雅さんからしてみれば、衝動的に僕が誘いに乗ると思ったんだろう。
だからこそ、こんな手段に出た。
いや、そりゃ乗りたいよ! その甘美でおピンクな誘いに。
このチャンスを逃したら、僕は一生後悔するってわかってるしさ。
だけど、怒りが勝った。
僕はハツメに女をあてがわれた。……侮辱されたんだ!
六年前のあの日からずっと憎たらしい存在のあのタレ目女に!
そして、僕は雅さんにも腹を立てている。
「あなたには自尊心がないんですか? あのタレ目が命令したら、会ったばかりの男に何の抵抗もなく体を捧げるんですか?」
雅さんは無表情で頷く。
「ハツメ様の御命令は絶対なのです」
絶対的存在……山根の発言が早くも重く圧し掛かる。まだ当のハツメにも会っていないのに。
「あなたは以前"らぼ・ラブふぉー"というアイドルユニットのリーダーでしたよね? 眼鏡を掛けていなかった」
「過去は捨てました」
淋しそうに目を伏せる雅さん。
複雑な事情があるんだろう。余計な詮索はしたくないけど……。
「失礼ながら、その時の名前まで僕は知りません。でも、"一富士雅"では絶対になかった。もしかしてハツメがその名前をあなたにつけたんですか?」
「その通りです。ハツメ様はワタクシ達の名づけ親なのでございます」
ワタクシ達……。
初夢諺トリオのことだな。じゃあ、あのショートのコは別なのか。
「ハツメは今も昔も雅さんの仲間でしょう? ワケわかんないです。どうして仲間に"様"なんてつけて、しかもアイツの言いなりになるんですか?」
「小泉様」
「はい?」
「ハツメ様の御命令に従うのはワタクシ達の意思です。それは小泉様に何の関係もない事です」
やっぱり、余計な詮索だったか。
もはや彼女達に"仲間"という関係は崩れてる。
だからって、はいそうですかとは引き下がれない。
「関係ありますよ。僕は今日からドリーム・レッズの一員になるんですよね? 僕はハツメのボールを受けるんだ。そのハツメの高慢な態度に我慢できなかったら、藤堂さんみたいに僕はこのチームから去る覚悟だってあります。そうなったら、いよいよこのチームの空中分解は避けらないですよ?」
「お願いですから、藤堂の名前はお出しにならないでください。特にハツメ様の前では」
「何があったんですか?」
雅さんは唇を噛んで、深々と頭を下げる。
「申し訳ございません」
それ以上は訊いてくれるな、と無言で訴えている潤んだ瞳。予想以上にガードが堅い。
当たり前か。あの山根でさえ知らされていないんだ。
「ハツメに会わせてもらえますか?」
「はい。ですが、その前に……」
また雅さんが僕に迫ってくる。任務を果たさないと叱られるんだろう。
もはや雅さんは全然エロくない。彼女からは悲壮感しか漂ってこない。
「答えてください。雅さんは僕のことが好きですか?」
その言葉にピタッと動きが止まり、雅さんは口をパクパクさせている。
「僕にはわかります。雅さんは決して、好きでもない相手に体を預ける人じゃないって……」
「ハツメ様の御命令です」
その一点張りに、僕はますますハツメに対する憎悪が増した。
「わかりました。じゃあ、僕と雅さんはここで関係を持った……そういうことでそろそろ先に進みませんか?」
「しかし……それだと、ワタクシはハツメ様を騙すことになってしまいます」
「追及されたらこう言ってください。『小泉辰弥はホモだった』って」
雅さんはまだ納得してない。そんなにハツメを恐れる理由って何なんだ?
「それじゃ、約束してください」
「約束?」
「僕はまだ17歳で才能もお金も何も持ってない。雅さんにふさわしい男とは程遠いです」
「……」
「もし……もしもですよ? もし雅さんがいつの日か本気で僕を好きになってくれたら、その時はもう一度誘ってください。その時は……あなたを抱かせてもらいます」
童貞の分際で上から目線……偉そうだな。言ってて顔が真っ赤になる。
でも、頑固な雅さんを説得するにはこうまで言わないとね。
雅さんはコクリと頷き、ようやく密室から解放してくれた。
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