丸いおしりと背番号1と赤いサラサラ髪

よん

文字の大きさ
30 / 31
本編

左腕

しおりを挟む
 ホームを踏んだ藤堂さんが奇声を上げながらそのまま一塁へと走る。
 そして雅さんを強引にお姫様抱っこでかっさらうと、

「ざまあみろ、ハツメとハツメ信者め!」

 そう叫びながら場内を走り回った。
 メガホンやら応援バットやらが投げつけられるが、全く効果なし。
 幸せ一杯、公約通り雅さんを手に入れた藤堂さんにはそんな物痛くも痒くもない。

 雅さんの悲鳴さえ聞こえてない。



「終わったね」



 気がつかなかった。いつの間にか、またも僕の横に6がいた。

 コイツはどうしてこんなにクールでいられるんだ? 
 今までの生活が終わってしまうんだぞ? みんなと離れ離れになるってのに……。


「田崎さん、コール」


 コール?
 6、何を言ってるんだ?

 僕は6と共に田崎さんを見る。彼はゆっくり頷いた。

 そして……



「アウト――ッ!」



 は???


「ゲームセット!」


 な、な、何ですと???

 無論、3万の観衆もポカーンとしている。
 ただ1人、雅さんを抱く藤堂さんだけが、ワハハハハと笑いながら脳天気に場内を走り続けていた。


「……どういうコトなんだ?」


 6は一塁ベース上に立つ、妙に気まずそうな張永さんを指さした。

「あの人がボールを隠してる。完全な守備妨害だよ」
「え……まさか?」
「VTRで確認したらすぐわかるから。タッちゃんの弾いたボールが倒れ込んだあのおじさんの元に転がって、彼は反射的にそれを掴んだの。そして、とっさにボールをユニフォームの中にしまったんだよ」

 僕達の視線に気づいた張永さんがベース上で叫ぶ。

「ワ、ワザとじゃねえッ! たまたまだッ! たまたま球が俺の手元に飛んできやがって……ど、どうしろって言うんだよ? 敵にボールの在り処を教えるワケにもいかねーだろ!」
「だからって、ボールを隠しちゃね……」

 続けて、田崎さんは僕達にだけ聞こえるようコッソリ言った。

「手グセが悪い男だな。それでプロ野球界を永久追放になったのに、少しも懲りてない」

 田崎さんはそのまま集音マイクのボリュームを最大にして、観客に状況を説明した。
 同時に、その瞬間のVTRがスタジアムビジョンに流される。

 ……あ~あ、こりゃ完全にクロだな。

 そりゃ、あれだけボールを探しても見つからない筈だ。

 田崎さんの説明と動かぬ証拠となる映像。
 張永さんは逆ギレしながら、懐に隠してたボールを叩きつけて三塁側へと戻っていく。
 野球人以前に人間失格だな。
 土下座しなきゃならないのは張永さん、あなたじゃないんですか?



 呆然となっていた3万の大観衆が、一転して歓喜の雄叫びをあげる。
 無敵のハツメもここまでかと思わせての大どんでん返し、観客はこの上なく興奮している。

「タッちゃん」

 脱力してまだ立てない僕の肩を6がツンと突く。

「……な、何だよ?」
「後ろ」

 え……。

 6が振り返る。つられてそっちを見ると、僕同様にマウンド上でへたり込んでいるハツメの姿が目に入った。

 思わず吹き出してしまう。

 全く、何て気の抜けた顔してんだよ。ベースカバーにも入らないでさ。

「今のキミならさ、どうとでも料理できるんじゃないかな?」
「え? な、何が?」
「惚けるなよ。ハツメに決まってるじゃないか」

 僕は赤くなってる……多分。

「ここからは忠告だよ。失敗したくなかったら」
「失敗?」
「逢いに行く前に、いっぱい出しとけよ」
「……ッ! オ、オ、オ、オ、オマエなあぁぁ……ッ!」

「恋文」

「…………………」

 さー、ダンジョンダンジョンと、6は一足先にダッグアウトへ消えて行った。

 クソ、あのパンツ女!
 完全に僕のこと童貞だと思ってからかってるだろ!


 紫ちゃんと翔姉さんは、恥ずかしさのあまり両手で顔を隠している雅さんをダッシュで救出に向かっている。

 藤堂さん、ギリギリのところで惜しかったですね。正直、ここまで追い込まれるとは思いませ……てか、早く雅さんを下ろせ!

「小泉君、いいゲームだったよ。また明日」

 一仕事やり終えた顔で、田崎さんは球場を後にする。

「あ、はい。今日はありがとうございました!」

 僕はようやく立ち上がり、深々と頭を下げて田崎さんを見送る。
 そうか、また明日があるんだ。
 明日もこの地でドリーム・レッズの仲間と試合ができる。
 負けない限りその先もある。信じられない。僕にとってこれ以上のないドリームだ。



 マウンドに向かう。

 
 女の子座りのハツメは、十字線レチクルの入った赤い瞳で僕をじっと見上げている。

「ナイスボール」

 やっとハツメの目に精気が戻る。
 タレ目でここまで鋭さを出せる人はちょっといない。眉の形がキリッとしてるからだな。

「さすがは超一流のヘボキャッチャーだ。心臓が止まるかと思ったぞ」
「手を貸そうか?」

 僕は右手を差し出す。

「調子に乗るな」

 ハツメはグラブをはめたままの右手で叩き返し、更にはそれをはめたまま僕に投げつけると自力でスッと立ち上がった。

 そして球場全体を見回し、僕に問う。

「小泉辰弥。コイツらはアタシの味方か、それとも敵か……どっちだ?」
「味方だろ? どう考えても」

 ハツメのグラブを拾いながら、僕はそう返答した。

「この喧騒は蝉の鳴き声より耳障りだな」
「そう言うなよ。ホームレスになれば、こんな声援なんて誰もしてくれないぞ」

 スタジアムビジョンに大きく映るハツメと僕。

 ハツメは右手でDRキャップを取って大きく振る。

「しっかり応えてるじゃないか」
「できることなら、両手で応えてやりたいよ」

 一瞬、ハツメの表情が柔らかくなった気がした。6に財布やメロンパンを与えた頃も、きっとこんな顔してたんだな。

「……なあ、ハツメ」
「ハツメ様。ハツメは死んだと言っただろ?」
「僕がハツメの左腕になるよ」
「いらん」

 即答かよ。

「その代わりと言っちゃ何だが……」
「いらんと言ってるだろ」
「身も蓋もないぞ。その先を訊けよ」


「『アイツらを許せ』、と?」


 言葉に詰まる。その通りだからだ。

「話にならんな。やはり、オマエには何もわかっていない。オマエ如きがアタシの左腕になったところで、全てを失ったアタシがアイツらを許せると思っているのか?」
「僕にその価値はないのか?」
「逆に問おう。オマエはあると思えるのか?」
「思ってるんじゃない。あるんだ。だから言ってる」

 観客に右手を振ることをやめ、ハツメは真顔で僕を見つめた。

「それは空論か? 根拠を示せ」
「ハツメが失ったモノ以上に、僕がハツメに与えられるモノが多いからだ」
「だから、具体的にそれは何だ?」
「わからない」
「……わからないだと?」

 ハツメは人差し指で自分の頭を指した。

「オマエも頭蓋骨の中に電極を入れてもらったらどうだ? 言ってることが支離滅裂だぞ」
「そうかもしれない」

 僕は素直にそれを認めた。

「だけどな、ハツメにとって僕は現在であり未来だ。その『わからない』モノを僕とハツメでじっくり時間をかけて探していくんだ。一つ一つ、辛抱強く丁寧に……」

 お手上げ、という風にハツメは真っ赤な天井を見上げる。

「もういい。抽象的な話ばかりでウンザリだ」
「聞けよ!」

 話を打ち切ろうとしたハツメの手首を掴んだ。機械の方を……。
 ハツメはハッとして僕を見る。

「全てを失ってもハツメはまだ生きてるし、まだまだ生きていくんだろ? それは過去じゃない。現在であり未来だ。その現在と未来をこの僕は持っている。だから、ハツメにとって僕は価値があるんだ」
「小泉辰弥、自惚れが過ぎるぞ。アタシはオマエが嫌いだ。……好きになったら、脳と左腕がヤキモチを焼いて動かなくなる」

 ? それって、つまり一度は僕を…………?

 ありがとう。

 ハツメ、今の言葉で十分だ。もう何もいらない。

「いいよ。このまま一生、僕を嫌ってくれて構わない」

 突然、ハツメは哀しげな顔で僕に訊く。


「……それでいいのか?」
「もう1回言わせろ。僕はこの左腕だ。ハツメから離れたくても離れられない運命なんだよ」
「……」

 ハツメは何も言わず、右手で僕の手を振り払った。
 彼女のレチクル入りの赤い瞳はレフトのポール際――藤堂さんを袋叩きにしている紫ちゃんと翔姉さん、そしてその横で正座しながらスンスン泣いている雅さんをじっと捉えている。

 蝉の鳴き声とは程遠い歓声の中、


「……小泉辰弥」


 ハツメは僕の名前を呼んだ。

「何だよ?」
「現在でも未来でもない。オマエとやり直したい過去がアタシにはある」
「うん」

 辛抱強くその続きを待つ。
 やがて、顔を真っ赤にしたハツメは僕に対してこう言った。



「六年前からやり直すぞ」








しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

17歳男子高生と32歳主婦の境界線

MisakiNonagase
恋愛
32歳主婦のカレンはインスタグラムで20歳大学生の晴人と知り合う。親密な関係となった3度目のデートのときに、晴人が実は17歳の高校2年生だと知る。 カレンと晴人はその後、どうなる?

熟女愛好家ユウスケの青春(熟女漁り)

MisakiNonagase
恋愛
高校まで勉強一筋で大学デビューをしたユウスケは家庭教師の教え子の母親と不倫交際するが、彼にとって彼女とが初の男女交際。そこでユウスケは自分が熟女好きだと自覚する。それからユウスケは戦略と実戦を重ねて、清潔感と聞き上手を武器にたくさんの熟女と付き合うことになるストーリーです。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

中1でEカップって巨乳だから熱く甘く生きたいと思う真理(マリー)と小説家を目指す男子、光(みつ)のラブな日常物語

jun( ̄▽ ̄)ノ
大衆娯楽
 中1でバスト92cmのブラはEカップというマリーと小説家を目指す男子、光の日常ラブ  ★作品はマリーの語り、一人称で進行します。

ヤクザに医官はおりません

ユーリ(佐伯瑠璃)
ライト文芸
彼は私の知らない組織の人間でした 会社の飲み会の隣の席のグループが怪しい。 シャバだの、残弾なしだの、会話が物騒すぎる。刈り上げ、角刈り、丸刈り、眉毛シャキーン。 無駄にムキムキした体に、堅い言葉遣い。 反社会組織の集まりか! ヤ◯ザに見初められたら逃げられない? 勘違いから始まる異文化交流のお話です。 ※もちろんフィクションです。 小説家になろう、カクヨムに投稿しています。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

滝川家の人びと

卯花月影
歴史・時代
勝利のために走るのではない。 生きるために走る者は、 傷を負いながらも、歩みを止めない。 戦国という時代の只中で、 彼らは何を失い、 走り続けたのか。 滝川一益と、その郎党。 これは、勝者の物語ではない。 生き延びた者たちの記録である。

還暦の性 若い彼との恋愛模様

MisakiNonagase
恋愛
還暦を迎えた和子。保持する資格の更新講習で二十代後半の青年、健太に出会った。何気なくてLINE交換してメッセージをやりとりするうちに、胸が高鳴りはじめ、長年忘れていた恋心に花が咲く。 そんな還暦女性と二十代の青年の恋模様を書いたストーリーです。

処理中です...