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1章 哀れな牧人
3、アンナの願い
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「撃ってみなさいよ。この人を殺したら、あなたに強姦されたとトウセキにいうわ」
「そんな無茶苦茶だ」
「あなたは鍵を渡して、他の客と同じように扱えばいいだけよ。あなたが喋らなければ、トウセキにバレることはないでしょう?」
「バレたら一家皆殺しだ。私にはここでその男を撃ち殺しておくのが賢明に思えるね」
「その場合は私の口も封じることね。さあ、撃ってみなさいよ」
アンナは銃口を手でつかむと、自分の胸に押し当てた。
身じろぎ一つせず、宿屋の主人を見据えた。
根気負けしたのは宿屋の主人だった。
アンナはユーゴの手を引いて、宿屋の主人の前を通り過ぎた。
ゆっくりと銃口を向けられたまま、階段をのぼり始める。
宿屋の主人は忌々しそうにアンナを睨みつけたまま、彼らの姿を見送った。
階段をあがりきり、射線が切れたところで、ユーゴは息を吐いた。
「今のは何なんだ?」
「何ってこともないじゃない。さ、部屋に入りましょう。新婚用のスイートってどんなところかしら」
アンナははしゃいだ声をあげたが、表情はそれほど楽しそうには見えなかった。
「アンナ、俺は撃たれるところだったんだぞ。ギリギリのところまで行ってたんだ。オヤジは撃鉄を起こしてた」
「でも、結果的には撃たれなかった。結果よければすべてよしよ」
「どうだかな。あそこで撃たれた方が、楽に死ねたかもしれない」
ユーゴはアンナに二人で宿屋にいることが、どれだけ危険かを認識させようとした。
仮にトウセキに知れたら、楽に死ねるはずがなかった。
トウセキの部下にはヴァスケイルの《半人半獣の民》がおり、彼は人の皮膚を生きたまま剥ぎ取り、途中で千切れることなく、惨たらしい一枚革を作ると噂されていた。
「ユーゴには迷惑のかからないようにするから」
アンナは鍵を開けて、ホテルの部屋に入ると、部屋をぐるりと見渡した。
それから部屋の奥へと進み、窓を開けて、外を覗いた。
王都の高級ホテルなどではない。
歩くたびに床は軋むし、いやに乾燥した空気が喉にひっかかる。
どこまでいっても、所詮は急ごしらえのコロニアルハウスで、ハリケーンや地震のない地域だからどうにか建っているという代物だ。
そのため新婚用のスイートと言っても、見晴らしのいい部屋にキングサイズのベッドを置き、幾分凝ったシャンデリアを置いただけの粗末な部屋だった。
それでもアンナは満足そうに頷き、ベッドに寝転がって、天井を眺めた。
「素敵……。私たちの村から新婚旅行に行くとしたら、どうしたってここで一泊はするわよね? それから列車に乗ってベルナードまで行くの。知ってる? ベルナードでは今、ゾウが見られるんですって」
「そんな金なんかなかっただろ」
あったとしても、すぐにトウセキに奪われるという言葉をユーゴは咄嗟に飲み込んだ。
「あら、ユーゴは冒険者になるんじゃなかったの? ヴァスケイルまで行って、上質な魔法石をたくさん採ってくるんだって言ってたじゃない」
「子どものときの話だ。強くなるにも、魔術を学ぶにも、あの村でできることはほとんどなかった」
「でも、誰よりも早く馬に乗れた。魔法石くらいなら取ってこれたんじゃない?」
「そうかもな」
ユーゴは適当に話を合わせると、部屋をゆっくりと見渡した。
部屋に入ったもののどうしていいか分からず、ぼーっと立ち尽くしていたが、アンナの揶揄うような視線から逃れるようにして、窓際の安楽椅子に腰を下ろした。
「私、今日、死のうと思ってるの」
アンナは言った。
ユーゴは顔をあげたが、アンナの目を見ることはできなかった。
「そんな無茶苦茶だ」
「あなたは鍵を渡して、他の客と同じように扱えばいいだけよ。あなたが喋らなければ、トウセキにバレることはないでしょう?」
「バレたら一家皆殺しだ。私にはここでその男を撃ち殺しておくのが賢明に思えるね」
「その場合は私の口も封じることね。さあ、撃ってみなさいよ」
アンナは銃口を手でつかむと、自分の胸に押し当てた。
身じろぎ一つせず、宿屋の主人を見据えた。
根気負けしたのは宿屋の主人だった。
アンナはユーゴの手を引いて、宿屋の主人の前を通り過ぎた。
ゆっくりと銃口を向けられたまま、階段をのぼり始める。
宿屋の主人は忌々しそうにアンナを睨みつけたまま、彼らの姿を見送った。
階段をあがりきり、射線が切れたところで、ユーゴは息を吐いた。
「今のは何なんだ?」
「何ってこともないじゃない。さ、部屋に入りましょう。新婚用のスイートってどんなところかしら」
アンナははしゃいだ声をあげたが、表情はそれほど楽しそうには見えなかった。
「アンナ、俺は撃たれるところだったんだぞ。ギリギリのところまで行ってたんだ。オヤジは撃鉄を起こしてた」
「でも、結果的には撃たれなかった。結果よければすべてよしよ」
「どうだかな。あそこで撃たれた方が、楽に死ねたかもしれない」
ユーゴはアンナに二人で宿屋にいることが、どれだけ危険かを認識させようとした。
仮にトウセキに知れたら、楽に死ねるはずがなかった。
トウセキの部下にはヴァスケイルの《半人半獣の民》がおり、彼は人の皮膚を生きたまま剥ぎ取り、途中で千切れることなく、惨たらしい一枚革を作ると噂されていた。
「ユーゴには迷惑のかからないようにするから」
アンナは鍵を開けて、ホテルの部屋に入ると、部屋をぐるりと見渡した。
それから部屋の奥へと進み、窓を開けて、外を覗いた。
王都の高級ホテルなどではない。
歩くたびに床は軋むし、いやに乾燥した空気が喉にひっかかる。
どこまでいっても、所詮は急ごしらえのコロニアルハウスで、ハリケーンや地震のない地域だからどうにか建っているという代物だ。
そのため新婚用のスイートと言っても、見晴らしのいい部屋にキングサイズのベッドを置き、幾分凝ったシャンデリアを置いただけの粗末な部屋だった。
それでもアンナは満足そうに頷き、ベッドに寝転がって、天井を眺めた。
「素敵……。私たちの村から新婚旅行に行くとしたら、どうしたってここで一泊はするわよね? それから列車に乗ってベルナードまで行くの。知ってる? ベルナードでは今、ゾウが見られるんですって」
「そんな金なんかなかっただろ」
あったとしても、すぐにトウセキに奪われるという言葉をユーゴは咄嗟に飲み込んだ。
「あら、ユーゴは冒険者になるんじゃなかったの? ヴァスケイルまで行って、上質な魔法石をたくさん採ってくるんだって言ってたじゃない」
「子どものときの話だ。強くなるにも、魔術を学ぶにも、あの村でできることはほとんどなかった」
「でも、誰よりも早く馬に乗れた。魔法石くらいなら取ってこれたんじゃない?」
「そうかもな」
ユーゴは適当に話を合わせると、部屋をゆっくりと見渡した。
部屋に入ったもののどうしていいか分からず、ぼーっと立ち尽くしていたが、アンナの揶揄うような視線から逃れるようにして、窓際の安楽椅子に腰を下ろした。
「私、今日、死のうと思ってるの」
アンナは言った。
ユーゴは顔をあげたが、アンナの目を見ることはできなかった。
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