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1章 哀れな牧人
4、胸に埋もれた宝石
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「もううんざり。あんな男と一緒にいるのも、盗んできたドレスを着て、盗んできた食べ物を食べるのも。みんなが憐れみと罪悪感のこもった目で見るくせに、私をとことん見下してると分かるのも」
ユーゴは首を振った。
「そのうちに転機が訪れる」
「それはいつ? トウセキに捨てられるときがきたって、余計に惨めになるだけよ。だって、そうでしょう? こんなことが十年も、十五年も続くのよ。それで、年老いて、おばさんになったら捨てられるの。そのときの私は、トウセキの言いなりになってた卑しい女で、醜くて、何の取柄もないの」
「……ごめん」
ユーゴは謝ることしかできなかった。
アンナの台詞が、ユーゴには自分を非難しているように聞こえた。
◇
トウセキが山間部の小さな集落を襲い、ひときわ目を引く若い娘を連れて行ったのは、ユーゴが十一のときだった。
群盗は村の馬を連れ去り、物見櫓に火をつけ、アンナを抱きかかえて自分の馬に乗せた。
腕の中で暴れる娘に対してトウセキは「俺に逆らうなら、この村を焼き払ってやる、お前の親も、友人も、恋人も首を落として村の入り口に吊るしてやる」と言って大人しくさせた。
それから村人を見渡してにやりと笑うと、そのまま手下どもと一緒に村を出ていった。
ユーゴはアヴィリオンまで手紙を出しに行っており、その場にはいなかった。
帰って来て、アンナが連れ去られたことを知ると、ユーゴは鉄砲玉のように動き出した。父親が衣装棚の下に隠していた術式小銃を取り出し、トウセキを追おうとした。
十一のユーゴにアンナを失うこと以上に恐ろしいことなどなかった。
完全に頭に血が上っており、後先を考える余裕はなかった。とにかくアヴィリオンまで取って返して、町の外れにある群盗のねぐらに乗り込むつもりだった。
だが、部屋を出たところで母親に見つかった。
母親はベルトからぶらさがった父親のホルスターを見て、彼が何をするつもりか察した。
「危ないまねはよしてくれ……死ぬだけだから」
ユーゴは母親に必死に止められた。
「トウセキを殺せば何もかも終わるんだ。やってやる」
「あんただけの問題じゃないわ。村のみんなが殺される。もし、トウセキを殺しても、手下が仕返しに来るに決まってるわ」
ユーゴは母親を引きずるようにして家を出て、繋いであった馬に跨ろうとした。
だが、騒ぎを聞きつけた村の男どもがわっと集まって来て、ユーゴを馬から引きずり降ろし、暴れるユーゴを羽交い絞めにした。
「ふざけるな! 十一のガキに何ができる!」
村の男どもはユーゴの手足を抑えつけ、噛みつこうとするユーゴのみぞおちを寄ってたかって蹴とばした。
十歳以上離れた少年を殴るのに、誰一人手加減をするものはいなかった。
ユーゴは助けを求めて母親を見たが、母親は村の男がユーゴを完膚なきまでに叩きのめすのを、ただ悲しそうな顔をしてみているだけだった。
それでもユーゴは暴れ、大の男に五六人がかりでおさえつけられた。
そのとき地面には鋭い破片を立てた縞メノウが転がっており、それがユーゴの皮膚を食い破って身体の中にめり込んだ。
怒りと絶望でユーゴはほとんど痛みを感じなかった。男どもから逃れようと身体を捻じり、男どもは必死になってユーゴを抑えつけた。
そのたびに石はめりめりと音をたてて、筋肉にまで食い込んだ。
「くっ……離せッ……頼むから……行かせてくれ……」
最終的には肺を抑えつけられた状態で、ユーゴは酸欠になって昏倒した。
親戚のラームおじさんが、村の男どもの間に割って入り、彼らを落ち着かせて、ずたぼろのユーゴを家の中に担ぎ込んだ。
それから意識が戻るまで看病した。
不自然な方向に曲がった肘を元に戻して副木をあてた。
だが、胸元に食い込んだ石には気が付かないまま、副木を固定するために布を巻いたせいで、人々がそれに気が付くのはそれからずっと後のことだった。
夕方になって意識を取り戻したユーゴに、ラームおじさんは言った。
「トウセキは一年か二年ごとに飽きた女を解放するという。アンナちゃんには気の毒だが、それまでは我慢してもらうしかない。アンナちゃんは俺たちを守るためにトウセキについていったんだ。ここでユーゴが短気を起こせば、アンナちゃんの覚悟を台無しにする」
その言葉に納得したわけではないが、ユーゴはそれ以降、トウセキを殺しに行こうとはしなかった。
実際、トウセキは屈強な手下を大勢連れており、中でもダンという冷酷無比な男がトウセキに強い忠誠を尽くしていた。仮にトウセキを殺したとして、何倍もの仕返しにあうのは確実だった。
だが、アンナの犠牲のうえに成り立っている村で、自分が平穏な日常を送っていることに耐え切れず、三か月後に村を飛び出した。
その後、アヴィリオンの外れにある農場主に拾われて、厩番として住み込みで働くようになった。
とにかく、アンナの犠牲のうえに自分が生かされているという事実からは逃れることができた。
だが、一年たっても、二年たっても、アンナが解放されたとか、トウセキに新しい女ができたといった話はなく、何か不穏なものを感じて、悶々としているうちにアンナがトウセキと結婚したという噂が流れた。
ユーゴは絶望したが、その頃には村で暮らした日々自体がずっと昔のことであるかのように感じられ、ただ無気力な中、牧場主のコンラッドさん、ミシェル夫人、娘のパメラなど、家族同然にしてくれる人々に報いるように生きてきた。
◇
「私が死ぬのをユーゴに見届けてほしいの。ただ私の目を見て、私が何の不安もなく逝けるようにしてほしいの」
アンナはベッドから跳ねるように降りると、部屋に備え付けられたシャワールームを覗いた。
ユーゴは首を振った。
「そのうちに転機が訪れる」
「それはいつ? トウセキに捨てられるときがきたって、余計に惨めになるだけよ。だって、そうでしょう? こんなことが十年も、十五年も続くのよ。それで、年老いて、おばさんになったら捨てられるの。そのときの私は、トウセキの言いなりになってた卑しい女で、醜くて、何の取柄もないの」
「……ごめん」
ユーゴは謝ることしかできなかった。
アンナの台詞が、ユーゴには自分を非難しているように聞こえた。
◇
トウセキが山間部の小さな集落を襲い、ひときわ目を引く若い娘を連れて行ったのは、ユーゴが十一のときだった。
群盗は村の馬を連れ去り、物見櫓に火をつけ、アンナを抱きかかえて自分の馬に乗せた。
腕の中で暴れる娘に対してトウセキは「俺に逆らうなら、この村を焼き払ってやる、お前の親も、友人も、恋人も首を落として村の入り口に吊るしてやる」と言って大人しくさせた。
それから村人を見渡してにやりと笑うと、そのまま手下どもと一緒に村を出ていった。
ユーゴはアヴィリオンまで手紙を出しに行っており、その場にはいなかった。
帰って来て、アンナが連れ去られたことを知ると、ユーゴは鉄砲玉のように動き出した。父親が衣装棚の下に隠していた術式小銃を取り出し、トウセキを追おうとした。
十一のユーゴにアンナを失うこと以上に恐ろしいことなどなかった。
完全に頭に血が上っており、後先を考える余裕はなかった。とにかくアヴィリオンまで取って返して、町の外れにある群盗のねぐらに乗り込むつもりだった。
だが、部屋を出たところで母親に見つかった。
母親はベルトからぶらさがった父親のホルスターを見て、彼が何をするつもりか察した。
「危ないまねはよしてくれ……死ぬだけだから」
ユーゴは母親に必死に止められた。
「トウセキを殺せば何もかも終わるんだ。やってやる」
「あんただけの問題じゃないわ。村のみんなが殺される。もし、トウセキを殺しても、手下が仕返しに来るに決まってるわ」
ユーゴは母親を引きずるようにして家を出て、繋いであった馬に跨ろうとした。
だが、騒ぎを聞きつけた村の男どもがわっと集まって来て、ユーゴを馬から引きずり降ろし、暴れるユーゴを羽交い絞めにした。
「ふざけるな! 十一のガキに何ができる!」
村の男どもはユーゴの手足を抑えつけ、噛みつこうとするユーゴのみぞおちを寄ってたかって蹴とばした。
十歳以上離れた少年を殴るのに、誰一人手加減をするものはいなかった。
ユーゴは助けを求めて母親を見たが、母親は村の男がユーゴを完膚なきまでに叩きのめすのを、ただ悲しそうな顔をしてみているだけだった。
それでもユーゴは暴れ、大の男に五六人がかりでおさえつけられた。
そのとき地面には鋭い破片を立てた縞メノウが転がっており、それがユーゴの皮膚を食い破って身体の中にめり込んだ。
怒りと絶望でユーゴはほとんど痛みを感じなかった。男どもから逃れようと身体を捻じり、男どもは必死になってユーゴを抑えつけた。
そのたびに石はめりめりと音をたてて、筋肉にまで食い込んだ。
「くっ……離せッ……頼むから……行かせてくれ……」
最終的には肺を抑えつけられた状態で、ユーゴは酸欠になって昏倒した。
親戚のラームおじさんが、村の男どもの間に割って入り、彼らを落ち着かせて、ずたぼろのユーゴを家の中に担ぎ込んだ。
それから意識が戻るまで看病した。
不自然な方向に曲がった肘を元に戻して副木をあてた。
だが、胸元に食い込んだ石には気が付かないまま、副木を固定するために布を巻いたせいで、人々がそれに気が付くのはそれからずっと後のことだった。
夕方になって意識を取り戻したユーゴに、ラームおじさんは言った。
「トウセキは一年か二年ごとに飽きた女を解放するという。アンナちゃんには気の毒だが、それまでは我慢してもらうしかない。アンナちゃんは俺たちを守るためにトウセキについていったんだ。ここでユーゴが短気を起こせば、アンナちゃんの覚悟を台無しにする」
その言葉に納得したわけではないが、ユーゴはそれ以降、トウセキを殺しに行こうとはしなかった。
実際、トウセキは屈強な手下を大勢連れており、中でもダンという冷酷無比な男がトウセキに強い忠誠を尽くしていた。仮にトウセキを殺したとして、何倍もの仕返しにあうのは確実だった。
だが、アンナの犠牲のうえに成り立っている村で、自分が平穏な日常を送っていることに耐え切れず、三か月後に村を飛び出した。
その後、アヴィリオンの外れにある農場主に拾われて、厩番として住み込みで働くようになった。
とにかく、アンナの犠牲のうえに自分が生かされているという事実からは逃れることができた。
だが、一年たっても、二年たっても、アンナが解放されたとか、トウセキに新しい女ができたといった話はなく、何か不穏なものを感じて、悶々としているうちにアンナがトウセキと結婚したという噂が流れた。
ユーゴは絶望したが、その頃には村で暮らした日々自体がずっと昔のことであるかのように感じられ、ただ無気力な中、牧場主のコンラッドさん、ミシェル夫人、娘のパメラなど、家族同然にしてくれる人々に報いるように生きてきた。
◇
「私が死ぬのをユーゴに見届けてほしいの。ただ私の目を見て、私が何の不安もなく逝けるようにしてほしいの」
アンナはベッドから跳ねるように降りると、部屋に備え付けられたシャワールームを覗いた。
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