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1章 哀れな牧人
5、「手を出して」
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「死ぬくらいなら逃げ出せばいいだろう」
「逃げ出したりなんかしたら、村のみんなが殺されるわ」
それは誰の目にも明らかなことだった。
アンナが姿を消せば、トウセキは村の誰かが手助けをしたと考えるだろう。
トウセキはアンナが見つかるまであきらめない。アンナの両親を死ぬまで拷問して、居場所をはかせるはずだ。たとえ、アンナの両親が何も知らなかったとしても。
「死んだとしても同じことだ」
「いいえ、死んだらきっと諦めがつくわ。死んだ人間は生き返らないし、死体があれば納得する。村のみんなが私の自殺の手伝いをしたとも思わないでしょうからね」
アンナは姿見の前に立つと、化粧っ気のない顔を手のひらで拭い、手櫛で髪をとかし、前髪を整えた。
それから鏡の中の自分に向かって微笑んだ。
「自分が何を言ってるのか分かってるのか?」
ユーゴは言った。
「私にとってこの二年間は地獄だった。比喩でも何でもなく、本当に死んだ方がマシだった」
「違う。俺が言ってるのは――」
「何?」
「なんで俺に頼むんだよ」
「最後に一緒にいるとしたら、ユーゴがいいから」
「それはどういう意味だよ?」
ユーゴはアンナを見た。
自分が良いと言われたことに場違いなほど心臓が甘く疼いていた。
「ユーゴにはなんでも話してきたし、なんでも一緒にやってきたでしょ? ほら、私たち、本当に小さいころから一緒だった。それに、宿屋の主人は、あなたのことを知らない。あなたに危害が加わることはないわ」
ユーゴはそういうことかと思った。
「この町の人間はどうなる?」
「この町は、私たちの村ほど無力じゃないわ。この町を潰すなら、トウセキだって相応の血を流すことになる。それにトウセキも今はそこまでできない」
「どういうことだ?」
「ダンがトウセキを離れたがってるの。トウセキは今ボスであり続けることに苦心している。無意味な血を流させるほど、彼の地位は絶対じゃない。多分、私がここで自殺したとしても、誰かが責任を取らされることはないわ」
「宿屋のオヤジは?」
「宿屋の主人はダンの遠い親戚よ? 多分、殺されることはないわ」
「どうかな」
「きっと大丈夫よ。トウセキが自分の女のことでダンの家族を殺せば、トウセキはボスではいられなくなる」
「ボスを必要としているのは盗賊どもの方だ。トウセキは手下を必要としない」
「でも一人じゃ列車は襲えない。おしゃべりしてる時間はないわ。あなたは日暮れまでにこの町を出るの。さあ、早く私の最後を見届けてくれるかしら?」
アンナはユーゴの手を引いて、シャワールームの中に入った。
ユーゴは狭いバスタブの中に押し込まれて、あとからアンナが入ってくる。
狭いバスタブの中で向かい合うように座る。
「これ、どうしたの?」
アンナがユーゴのシャツを覗き込み、ちらりと見え隠れする石ころを指さした。
「勝手に見るなよ! もうずっと前の怪我だ」
ユーゴは慌ててシャツの襟を引っ張り上げた。
「ふーん、痛い?」
アンナは気にする様子もなく、シャツの中に指を入れ、鎖骨の下に埋まった石を押した。
「痛くない。もう何ともないんだ。皮膚と一体化してるから取れないだけ」
「そっか。それなら良いけど」
アンナはそれ以上聞こうとはせず、唐突に話を変えた。
「手を出して」
ユーゴは言われるままに手を出した。
「逃げ出したりなんかしたら、村のみんなが殺されるわ」
それは誰の目にも明らかなことだった。
アンナが姿を消せば、トウセキは村の誰かが手助けをしたと考えるだろう。
トウセキはアンナが見つかるまであきらめない。アンナの両親を死ぬまで拷問して、居場所をはかせるはずだ。たとえ、アンナの両親が何も知らなかったとしても。
「死んだとしても同じことだ」
「いいえ、死んだらきっと諦めがつくわ。死んだ人間は生き返らないし、死体があれば納得する。村のみんなが私の自殺の手伝いをしたとも思わないでしょうからね」
アンナは姿見の前に立つと、化粧っ気のない顔を手のひらで拭い、手櫛で髪をとかし、前髪を整えた。
それから鏡の中の自分に向かって微笑んだ。
「自分が何を言ってるのか分かってるのか?」
ユーゴは言った。
「私にとってこの二年間は地獄だった。比喩でも何でもなく、本当に死んだ方がマシだった」
「違う。俺が言ってるのは――」
「何?」
「なんで俺に頼むんだよ」
「最後に一緒にいるとしたら、ユーゴがいいから」
「それはどういう意味だよ?」
ユーゴはアンナを見た。
自分が良いと言われたことに場違いなほど心臓が甘く疼いていた。
「ユーゴにはなんでも話してきたし、なんでも一緒にやってきたでしょ? ほら、私たち、本当に小さいころから一緒だった。それに、宿屋の主人は、あなたのことを知らない。あなたに危害が加わることはないわ」
ユーゴはそういうことかと思った。
「この町の人間はどうなる?」
「この町は、私たちの村ほど無力じゃないわ。この町を潰すなら、トウセキだって相応の血を流すことになる。それにトウセキも今はそこまでできない」
「どういうことだ?」
「ダンがトウセキを離れたがってるの。トウセキは今ボスであり続けることに苦心している。無意味な血を流させるほど、彼の地位は絶対じゃない。多分、私がここで自殺したとしても、誰かが責任を取らされることはないわ」
「宿屋のオヤジは?」
「宿屋の主人はダンの遠い親戚よ? 多分、殺されることはないわ」
「どうかな」
「きっと大丈夫よ。トウセキが自分の女のことでダンの家族を殺せば、トウセキはボスではいられなくなる」
「ボスを必要としているのは盗賊どもの方だ。トウセキは手下を必要としない」
「でも一人じゃ列車は襲えない。おしゃべりしてる時間はないわ。あなたは日暮れまでにこの町を出るの。さあ、早く私の最後を見届けてくれるかしら?」
アンナはユーゴの手を引いて、シャワールームの中に入った。
ユーゴは狭いバスタブの中に押し込まれて、あとからアンナが入ってくる。
狭いバスタブの中で向かい合うように座る。
「これ、どうしたの?」
アンナがユーゴのシャツを覗き込み、ちらりと見え隠れする石ころを指さした。
「勝手に見るなよ! もうずっと前の怪我だ」
ユーゴは慌ててシャツの襟を引っ張り上げた。
「ふーん、痛い?」
アンナは気にする様子もなく、シャツの中に指を入れ、鎖骨の下に埋まった石を押した。
「痛くない。もう何ともないんだ。皮膚と一体化してるから取れないだけ」
「そっか。それなら良いけど」
アンナはそれ以上聞こうとはせず、唐突に話を変えた。
「手を出して」
ユーゴは言われるままに手を出した。
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