異世界列車囚人輸送

先川(あくと)

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3章 荒野の麗人

1、これくらいの傷で死んだことはない

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     ◇

 医者は止血を終えたアンナを隣の物置に移して、一向にまとまらない男たちの相談に加わった。
「それでだ、この若者はどうするんだ?」
 ユーゴは医者の方をちらりと見た。

 アンナの容態について質問したかったが、職人風の男に殴られる気がして、口を開くことができないでいた。

「吊るし首にしよう。こっちで落とし前をつけりゃ、トウセキだって報復はしてこないだろう」
 まるでユーゴ一人を吊るし首にすれば事件そのものがなかったようになると信じているようだった。
 どうせ皆殺しだ。
 ユーゴは心の中で毒を吐いた。

「どうかな、自分の女が別の男と死のうとしたんだぜ」
「俺たちに落ち度はねえよ。いち早く、部屋に駆けつけて、アンナさんを助けようとしたんだ。そうだよな? 俺たちはやるべきことをちゃんとやったよな?」
 宿屋は職人風の男に何度も同意を求めた。
「まあ、息があるうちに医者のところに運んだという点では……」
「だろう? こいつさえやっちまえば、よくやったと褒めてもらえるかもしれねえ」
「どうかな。彼らを部屋まで通したのは君だろう」
 医者が宿屋の主人に言った。

「いっそ、宿屋も一緒に吊るし首にするか」

「おい、冗談だろう?」
 宿屋が懇願するように職人風の男に目を向けた。
「君の言い分はどうなんだ? 一緒に死のうと言い出したのは君か? それとも彼女かい?」
 医者そこで初めてその存在に気が付いたように、ユーゴに向き直った。

「俺は死のうとなんかしてない。アンナが死ぬのを見届けたら、王都で暮らせと言われていたんだ」
 ユーゴは手錠の隙間に指を入れ、蒸れてきた手首をさすった。
 先ほどまではアンナと繋がれていたのだが、その後、治療の際に医者が谷間から覗いたカギを見つけ、職人風の男に手渡した。

 職人風の男はアンナの手錠を外すと、あらためてユーゴの両手を繋いだ。
「にしては、手錠までしていたじゃないか」
「アンナがしたんだ」
「なぜ?」
「知るか。死のうとしたやつのすることだ」
 ユーゴはぶっきらぼうに言って視線をそらした。
「とにかく、トウセキにバレないようにしないとな。なんとか時間を稼いで、そのあいだにアンナさんの回復をまとう」

「俺が――なんだって?」

 ふいに扉が開き、ユーゴたちは一斉に振り返った。扉の前に立っていたのは、クマの毛衣に、クマの頭骨を被った男だった。

 一瞬で場が静まり返る。

「はあ――はあ――厄介なところに貰っちまったな」
 トウセキは部屋を見渡し、自分が座るべきところを探した。
 以前、来たときにあった診察台はどこにもなく、ブリキのバケツの中には血まみれの手術器具が置いてある。
「先客があったようだな? ヤブ医者」
「ああ、ちょっと治療をしていたところだったんだ。こっちに座るといい」
 医者は言うと、男たちを立たせて、部屋の真ん中にソファーを引きずっていった。

「弾を取り出してくれ」
 トウセキは服をたくし上げ、左の脇腹を医者に見せた。
 皮膚が破け、痛々しく陥没した奥にギラリと光る弾丸が見えた。それは着弾の衝撃で大きくひしゃげたようで、傷口の内部をむちゃくちゃに引っ掻き回していた。

「これは酷いな……」

 医者は言って職人風の男に意味ありげな視線を送った。
 傷の深さからして、どこから来たにせよ、歩いてここまで来れたのが不思議なくらいだった。まともに動ける状態ではなく、トウセキは衰弱していた。
 腹部に傷を負っているこの状況なら、四人がかりで立ち向かえばトウセキをやれる可能性はあった。
 しかし、職人風の男は首を横に振った。
 いざトウセキを前にすると先ほどの威勢も消え、腹から血を流して悶える獣を前にすっかり怯えきっている。
医者は頷いて、トウセキの治療をすることにした。
「麻酔なんかいるかよ。ハンバーグ・ジョーがそこまで来てるんだ。お前は弾だけ取ってくれればいい」
 トウセキは医者が差しだした薬を押しのけた。
「しかし、これは相当痛むだろう」
「良いから抜いてくれ」
「暴れるんじゃないぞ」

「一々分かり切ったことを言うな。お前は、この前と同じようにやればいいんだ」

「分かったよ」
 医者は言うとテーブルの上に放り出してあった鉗子の中から適当なものを手に取り、傷口に挿しこんだ。
「くっ――」
 ひしゃげた弾は周囲の肉を巻き込みながら傷口を押し広げ、少しずつその頭を出していく。血管を傷つけたのか、血がどばどばとあふれ出し、トウセキが「ふーっ」と息を吐いた。 
 普通であれば、悶え苦しんでもおかしくはないはずで、ユーゴは深呼吸ひとつで激痛をやり過ごす獣を驚愕の眼差しで見つめていた。
 医者はトウセキの腹から弾を取り出すと、鉗子ごとブリキのバケツに放り込んだ。そのまま薬品棚から軟膏を取り出し、井戸のような暗い傷口に薬を塗ろうとした。

「妙なモノを塗るな」
 トウセキは医者の手を乱暴に押しのけた。
「すごい血だぞ」
「これくらいの傷で死んだことはない」
 トウセキが重たそうに身体を持ち上げると、ソファーには血だまりができていた。

「前の客は助かったのか?」

 トウセキは言って扉のしまった物置に視線をやった。
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