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3章 荒野の麗人
6、こいつはやっぱり吊るし首にすることに決めたんだ
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◇
医者の家に騎馬隊が入ってきた際、医者は気を利かせてユーゴに二階にあがるよう合図を送った。
騎馬隊がこの手錠のかけられた少年を見つけて、話をややこしくするのを避けたかったのだろう。
ユーゴとしても、手錠につながれた姿を騎馬隊に見られたくなかった。ユーゴは典型的な馬乗りの格好をして、トウセキよりいち早く捕まった群盗の一味にしか見えなかった。
ユーゴは階段をのぼりながら、トウセキを取り巻く騎馬隊のメンバーに視線を送った。
そこで後方で銃を構える男を見て驚いた。
ユーゴは慌てて二階にあがって身を隠した。
今のユーゴには彼に合わす顔がなかった。
シノがラッセル領の騎士団に入ったのは意外だった。
それも末端の兵士ではなく、騎馬隊の指揮を執っているというから驚きだ。
あの集落から騎士団に入ったということは、最初は予備隊か訓練兵か、とにかく一介の歩兵から始めたのだろう。
確かにあの集落の子どもは小さいころから馬の扱いを覚える。騎馬隊に配属されても不思議はないが、三年で指揮官に上り詰めるのは意外だ。
もっともこの国では去年から今年にかけて一年戦争と呼ばれる内戦をしており、その最前線がラッセル領区だった。
勲功を積み重ねる機会は少なくなかったのだろう。
ユーゴはシノと自分とが同じ時期にあの集落を出ながら、全く違った居場所にいることに驚いた。
自分は辺境の牧場で厩番をしており、シノは騎馬隊の指揮官を務めている。
ユーゴはシノに見つからないようじっと息を潜め、騎馬隊がトウセキを拘束するのを待った。
しばらくして階下が静かになった。
ユーゴは二階の廊下の先で、小さくなっていた。
そこに医者がやってきて言った。
「もう大丈夫だ。ついてきなさい」
ユーゴは医者と一緒に一階へ下りた。
「トウセキも捕まったことだし、町の若い者もどこかに行ってしまった。君を捕まえておく理由はないだろう」
医者は言ってポケットから手錠の鍵を取り出した。
「すぐに村から出ると良い」
ユーゴは医者に向かって両手を差し出した。
医者がカギを外そうと鍵穴と鍵を見つめ、その向きを確認していたときだった。
「勝手なことされちゃ困るぜ」
例の職人風の男が扉の前に立っていた。
「もう大丈夫だ。トウセキは捕まったよ」
医者は構わず手錠を外そうとした。職人風の男は大股で近づいてくると、医者の腕を掴んだ。見れば、後ろには大勢の人が集まっていた。
「こいつはやっぱり吊るし首にすることに決めたんだ」
「なぜ、トウセキはもう捕まった?」
「この人がトウセキからアンナさんの世話役に任命されていたそうだ。トウセキが二三日家を空けるときは、この人がアンナさんの面倒を見ているそうだ」
職人風の男の紹介に遅れて、玄関から巨漢が姿を現した。
トウセキと同じ獣人族。褐色の肌に、毛皮をまとい、オオカミの頭骨を頭にのせている。顔にはフェイスペイントをして、藍色の太い線がひび割れのように走っていた。
ユーゴはその見た目から彼がトウセキの右腕であり、人間の皮膚をはいで一枚革を作ってしまう拷問の名手だと悟った。
名はオウカン。トウセキと同じく獣人族の生き残りだった。
「おい、わざわざ説明したのか?」
医者は非難がましく職人風の男を見た。
「僕は純血の獣人族だからね。人間よりも鼻がきくんだよ」
オウカンはつづけた。
「トウセキ様からは夕方に一度、顔を見に行くように言われている。我々の仲間が遠征にでかけているときなどにはな。さきほどアンナ様の家を尋ねたのだが、アンナ様はいらっしゃらない。そこで匂いを頼りに歩き回っていたら、この男からアンナ様の、それも血の匂いがする。そこでこの男から話を聞いたというわけだ。すべて知っているから今更隠す必要はない。アンナ様は無事か?」
オウカンはよく通る声で言った。口調は丁寧だったが、それだけに潜在的な暴力を予感させる。細い瞳からは冷酷さがにじみ出ていた。
「一応、今のところまだ生きてます。しかし、いつまで持つか……」
「そうか。それなら良い。本来ならお前たち全員に苦しみの限りを与え、自分たちのやったことを思い知らせたいところだが、町の男たちはアンナ様を助けたそうだからな。お前たちは許してやる。しかし、きみはダメだ」
オウカンはユーゴの襟首をつかむと、軽々とユーゴを持ち上げた。
「町の真ん中で縛り首にしてやろう。二度とこんなことを起こさせないように、アンナ様も君の吊るされている姿を見るたびに、自分のやったことの意味を理解するだろう」
「あの、これはまだご存じないかもしれませんが……、トウセキは先ほど討伐隊によって捕まえられました。そのうち縛り首になるでしょう。わざわざアンナ様の件でことを大きくしなくても……」
ユーゴは医者を見た。医者は必死にユーゴを助けようとしていた。
医者の家に騎馬隊が入ってきた際、医者は気を利かせてユーゴに二階にあがるよう合図を送った。
騎馬隊がこの手錠のかけられた少年を見つけて、話をややこしくするのを避けたかったのだろう。
ユーゴとしても、手錠につながれた姿を騎馬隊に見られたくなかった。ユーゴは典型的な馬乗りの格好をして、トウセキよりいち早く捕まった群盗の一味にしか見えなかった。
ユーゴは階段をのぼりながら、トウセキを取り巻く騎馬隊のメンバーに視線を送った。
そこで後方で銃を構える男を見て驚いた。
ユーゴは慌てて二階にあがって身を隠した。
今のユーゴには彼に合わす顔がなかった。
シノがラッセル領の騎士団に入ったのは意外だった。
それも末端の兵士ではなく、騎馬隊の指揮を執っているというから驚きだ。
あの集落から騎士団に入ったということは、最初は予備隊か訓練兵か、とにかく一介の歩兵から始めたのだろう。
確かにあの集落の子どもは小さいころから馬の扱いを覚える。騎馬隊に配属されても不思議はないが、三年で指揮官に上り詰めるのは意外だ。
もっともこの国では去年から今年にかけて一年戦争と呼ばれる内戦をしており、その最前線がラッセル領区だった。
勲功を積み重ねる機会は少なくなかったのだろう。
ユーゴはシノと自分とが同じ時期にあの集落を出ながら、全く違った居場所にいることに驚いた。
自分は辺境の牧場で厩番をしており、シノは騎馬隊の指揮官を務めている。
ユーゴはシノに見つからないようじっと息を潜め、騎馬隊がトウセキを拘束するのを待った。
しばらくして階下が静かになった。
ユーゴは二階の廊下の先で、小さくなっていた。
そこに医者がやってきて言った。
「もう大丈夫だ。ついてきなさい」
ユーゴは医者と一緒に一階へ下りた。
「トウセキも捕まったことだし、町の若い者もどこかに行ってしまった。君を捕まえておく理由はないだろう」
医者は言ってポケットから手錠の鍵を取り出した。
「すぐに村から出ると良い」
ユーゴは医者に向かって両手を差し出した。
医者がカギを外そうと鍵穴と鍵を見つめ、その向きを確認していたときだった。
「勝手なことされちゃ困るぜ」
例の職人風の男が扉の前に立っていた。
「もう大丈夫だ。トウセキは捕まったよ」
医者は構わず手錠を外そうとした。職人風の男は大股で近づいてくると、医者の腕を掴んだ。見れば、後ろには大勢の人が集まっていた。
「こいつはやっぱり吊るし首にすることに決めたんだ」
「なぜ、トウセキはもう捕まった?」
「この人がトウセキからアンナさんの世話役に任命されていたそうだ。トウセキが二三日家を空けるときは、この人がアンナさんの面倒を見ているそうだ」
職人風の男の紹介に遅れて、玄関から巨漢が姿を現した。
トウセキと同じ獣人族。褐色の肌に、毛皮をまとい、オオカミの頭骨を頭にのせている。顔にはフェイスペイントをして、藍色の太い線がひび割れのように走っていた。
ユーゴはその見た目から彼がトウセキの右腕であり、人間の皮膚をはいで一枚革を作ってしまう拷問の名手だと悟った。
名はオウカン。トウセキと同じく獣人族の生き残りだった。
「おい、わざわざ説明したのか?」
医者は非難がましく職人風の男を見た。
「僕は純血の獣人族だからね。人間よりも鼻がきくんだよ」
オウカンはつづけた。
「トウセキ様からは夕方に一度、顔を見に行くように言われている。我々の仲間が遠征にでかけているときなどにはな。さきほどアンナ様の家を尋ねたのだが、アンナ様はいらっしゃらない。そこで匂いを頼りに歩き回っていたら、この男からアンナ様の、それも血の匂いがする。そこでこの男から話を聞いたというわけだ。すべて知っているから今更隠す必要はない。アンナ様は無事か?」
オウカンはよく通る声で言った。口調は丁寧だったが、それだけに潜在的な暴力を予感させる。細い瞳からは冷酷さがにじみ出ていた。
「一応、今のところまだ生きてます。しかし、いつまで持つか……」
「そうか。それなら良い。本来ならお前たち全員に苦しみの限りを与え、自分たちのやったことを思い知らせたいところだが、町の男たちはアンナ様を助けたそうだからな。お前たちは許してやる。しかし、きみはダメだ」
オウカンはユーゴの襟首をつかむと、軽々とユーゴを持ち上げた。
「町の真ん中で縛り首にしてやろう。二度とこんなことを起こさせないように、アンナ様も君の吊るされている姿を見るたびに、自分のやったことの意味を理解するだろう」
「あの、これはまだご存じないかもしれませんが……、トウセキは先ほど討伐隊によって捕まえられました。そのうち縛り首になるでしょう。わざわざアンナ様の件でことを大きくしなくても……」
ユーゴは医者を見た。医者は必死にユーゴを助けようとしていた。
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