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3章 荒野の麗人
5、こんなの荷物になるだけよ
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「はい?」
「似たような豚はいくらでもいるだろう」
「ああ、それは簡単ですよ。ほら、そこの新聞にも書いてあるでしょう。そのブタは腹にハート型の痣があって、全身がピンク色、もっともかなり薄汚れてますがね、とにかく全身がピンク色なのに、頭に真っ黒い毛が三筋走ってる。だから、これがアントンで間違いないんですよ」
シノはかがみこんで、アントンの体を観察した。確かに新聞にあるようにハート型の痣があり、頭にはならず者の髪の毛のような毛が胴体に向かって伸びている。
「確かにこのブタのようだな」
「そうでしょう。だから、明後日にヴァスケイルで金に換えてこようと思ってるんですけどね……」
「明後日か。それまではどうするんだ?」
「それなんですよ。このブタには懸賞金がかかってますからね、その辺に出しておくわけにはいかない。だけど、家で面倒を見たら、情が移るでしょう。私はそんなこと気にしないが、コラリーは今でさえこの調子だ。それで困ってたところなんですよ」
「絶対飼う! 絶対飼うの!!」
話の行く末を見守っていたコラリーが、ブタの危機を感じ取って父親の腕を揺する。
「その懸賞金ってのはいくらなんだ?」
「そうですね、確か二千スーだったと思います」
「そうか。それなら今ここで俺が千六百スーで買い取るのはどうだ?」
「ちょっとシノ本気?」
ジョーは驚いてシノを見た。
「ああ、どうせベルナードまで囚人を運ぶんだ。もう一頭囚人が増えたところで困らないだろう」
懸賞金のかかった囚人は見つけ次第、どこの町でも裁判所か、保安部隊に引き渡すことで懸賞金を得ることができる。
もっとも裁判所か保安部隊のある中規模以上の町に限ってのことだが。
ヴァスケイルで事件を起こしたブタをベルナードに運んでも問題はなかった。
「それはそうだけど……」
「この少女にとってもその方が諦めがつくだろう」
シノはもしものときの非常食にもなると思ったが、あえてそれは言わなかった。
だが、アヴィリオンの品ぞろえがあまりにも悪いので、食料の補給に不安があったのは確かだった。
千六百スーはもうけを出そうと思って言ったセリフではなかった。
ここから二日間ブタの世話をして、旅の支度を整えて駅馬車を使ってヴァスケイルにまで行けば、二百スーはかかるだろう。ヴァスケイルで酒場にでも入れば、さらにその値段はあがる。
そのうえ、二日か三日はこの件にかかり切りになる。この男が日に、いくら稼ぐかは知らないが、三日で百スーなら妥当なところだろう。
この男が懸賞金で得る利益は千六百スーがいいところだと思った。
じっさい、この男は助かったとばかりに表情を緩めた。
「いや、そうしてくれるとありがたい。本当に今ここで千六百スーもらえるんですか?」
「ああ、渡そう」
シノは袋の中から金貨を三枚、銀貨を一枚取り出し、男に渡した。
「これは助かった。兵隊さんありがとうございます。じゃあ、アントンは任せましたからね。ほら、コラリー、もう泣くな。お前さんだってそろそろこれくらいのことは分かるようになってもらわなくちゃ困るんだぞ」
男はそういってコラリーに小言を加えると、家の中に入って行った。
◇
「まったくどういうつもり?」
ジョーは綱を引くシノに笑みをこらえて言った。
「何がだ?」
シノは自分がなぜ責められているのか、ジョーが自分を責めていながら必死で笑いをこらえている一つも理解できなかった。
「だって、トウセキをベルナードにまで運ぶのよ? こんなの荷物になるだけよ」
「そうとも言い切れない」
非常食にもなる、と言おうとしたがそんなことを言えば、非常食に千六百スーも出したのかと言ってまた呆れられかねない。シノはそれを口にしないまま先を急いだ。
他の奴らも不平を言うかもしれないな、と思った。
だが、シノには泣いて父親の手から引き綱を奪おうとするコラリーが、妹の姿と重なったのだ。
五歳のころ、シノと妹は家の近くの森で傷を負ったキツネを見つけた。
二人は家に持ち帰ってそのキツネの手当てをして、食べ物を与えた。幸い、そのキツネはすぐによくなったのだが、いざ森に返すときになって妹がぐずりはじめたのだ。
子どものときには、誰でもそういったことを経験するものだが、シノはコラリーがどんな気持ちで二日を過ごし、その後ブタを手放すのだろうと思うと、いたたまれなくなった。
あのときの妹もずいぶんと泣いていた。
「あとは何を買うつもり?」
「銃弾くらいか」
「それなら武器屋を探しましょう」
「探すまでもない。確か町の入り口に一つあったはずだ」
「あ、そうだ。ついでに魔道具店によってもいいかしら? 魔晶石が少し足りなくて」
「残念だが、魔道具店は何年も前に閉店したよ。この町にはほとんど需要がないからな」
「そう。それなら魔法の使用は控えるわ」
ジョーは不安な面持ちで言った。
シノは大通りを曲がり、武器屋を目指した。
アントンがシノらを無視してまっすぐ行こうとするので、シノは乱暴に引き綱を引いた。
「似たような豚はいくらでもいるだろう」
「ああ、それは簡単ですよ。ほら、そこの新聞にも書いてあるでしょう。そのブタは腹にハート型の痣があって、全身がピンク色、もっともかなり薄汚れてますがね、とにかく全身がピンク色なのに、頭に真っ黒い毛が三筋走ってる。だから、これがアントンで間違いないんですよ」
シノはかがみこんで、アントンの体を観察した。確かに新聞にあるようにハート型の痣があり、頭にはならず者の髪の毛のような毛が胴体に向かって伸びている。
「確かにこのブタのようだな」
「そうでしょう。だから、明後日にヴァスケイルで金に換えてこようと思ってるんですけどね……」
「明後日か。それまではどうするんだ?」
「それなんですよ。このブタには懸賞金がかかってますからね、その辺に出しておくわけにはいかない。だけど、家で面倒を見たら、情が移るでしょう。私はそんなこと気にしないが、コラリーは今でさえこの調子だ。それで困ってたところなんですよ」
「絶対飼う! 絶対飼うの!!」
話の行く末を見守っていたコラリーが、ブタの危機を感じ取って父親の腕を揺する。
「その懸賞金ってのはいくらなんだ?」
「そうですね、確か二千スーだったと思います」
「そうか。それなら今ここで俺が千六百スーで買い取るのはどうだ?」
「ちょっとシノ本気?」
ジョーは驚いてシノを見た。
「ああ、どうせベルナードまで囚人を運ぶんだ。もう一頭囚人が増えたところで困らないだろう」
懸賞金のかかった囚人は見つけ次第、どこの町でも裁判所か、保安部隊に引き渡すことで懸賞金を得ることができる。
もっとも裁判所か保安部隊のある中規模以上の町に限ってのことだが。
ヴァスケイルで事件を起こしたブタをベルナードに運んでも問題はなかった。
「それはそうだけど……」
「この少女にとってもその方が諦めがつくだろう」
シノはもしものときの非常食にもなると思ったが、あえてそれは言わなかった。
だが、アヴィリオンの品ぞろえがあまりにも悪いので、食料の補給に不安があったのは確かだった。
千六百スーはもうけを出そうと思って言ったセリフではなかった。
ここから二日間ブタの世話をして、旅の支度を整えて駅馬車を使ってヴァスケイルにまで行けば、二百スーはかかるだろう。ヴァスケイルで酒場にでも入れば、さらにその値段はあがる。
そのうえ、二日か三日はこの件にかかり切りになる。この男が日に、いくら稼ぐかは知らないが、三日で百スーなら妥当なところだろう。
この男が懸賞金で得る利益は千六百スーがいいところだと思った。
じっさい、この男は助かったとばかりに表情を緩めた。
「いや、そうしてくれるとありがたい。本当に今ここで千六百スーもらえるんですか?」
「ああ、渡そう」
シノは袋の中から金貨を三枚、銀貨を一枚取り出し、男に渡した。
「これは助かった。兵隊さんありがとうございます。じゃあ、アントンは任せましたからね。ほら、コラリー、もう泣くな。お前さんだってそろそろこれくらいのことは分かるようになってもらわなくちゃ困るんだぞ」
男はそういってコラリーに小言を加えると、家の中に入って行った。
◇
「まったくどういうつもり?」
ジョーは綱を引くシノに笑みをこらえて言った。
「何がだ?」
シノは自分がなぜ責められているのか、ジョーが自分を責めていながら必死で笑いをこらえている一つも理解できなかった。
「だって、トウセキをベルナードにまで運ぶのよ? こんなの荷物になるだけよ」
「そうとも言い切れない」
非常食にもなる、と言おうとしたがそんなことを言えば、非常食に千六百スーも出したのかと言ってまた呆れられかねない。シノはそれを口にしないまま先を急いだ。
他の奴らも不平を言うかもしれないな、と思った。
だが、シノには泣いて父親の手から引き綱を奪おうとするコラリーが、妹の姿と重なったのだ。
五歳のころ、シノと妹は家の近くの森で傷を負ったキツネを見つけた。
二人は家に持ち帰ってそのキツネの手当てをして、食べ物を与えた。幸い、そのキツネはすぐによくなったのだが、いざ森に返すときになって妹がぐずりはじめたのだ。
子どものときには、誰でもそういったことを経験するものだが、シノはコラリーがどんな気持ちで二日を過ごし、その後ブタを手放すのだろうと思うと、いたたまれなくなった。
あのときの妹もずいぶんと泣いていた。
「あとは何を買うつもり?」
「銃弾くらいか」
「それなら武器屋を探しましょう」
「探すまでもない。確か町の入り口に一つあったはずだ」
「あ、そうだ。ついでに魔道具店によってもいいかしら? 魔晶石が少し足りなくて」
「残念だが、魔道具店は何年も前に閉店したよ。この町にはほとんど需要がないからな」
「そう。それなら魔法の使用は控えるわ」
ジョーは不安な面持ちで言った。
シノは大通りを曲がり、武器屋を目指した。
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