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3章 荒野の麗人
7、 そろそろ―― おしまいだ。
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「はっ! トウセキ様が討伐隊に捕まったくらいで死ぬものか。あの人は直に戻ってくる。それに仮にトウセキ様が縛り首になったとしてもだ。それならなおのこと、この男を殺すしかないだろう」
「それはなぜでしょう?」
「トウセキ様が死んだら、アンナ様は僕がもらい受けることになってる。いわゆる血の誓いってやつだ。君たち人間には馴染みがないかもしれないが……」
「血の誓い……」
「そう。アンナ様が僕の女になったら、今度こそ自殺なんかさせないさ。この男を街の真ん中で縛り首にして、アンナ様が街を歩くたびに、自分のやったことを正しく理解してもらう」
オウカンのセリフにユーゴは目を見開いた。
俺を縛り首にするのは良い。
そんなことはアンナが手首を切った時点で覚悟していた。うまく逃げおおせて、王都で幸せになれるなんて思ってすらなかった。
縛り首は覚悟の上だとしても、それを死に損なったアンナが見てどう思うだろう。
それを思うと激しく胸が痛んだ。
この男はトウセキの後釜に座るつもりでいながら、アンナにそのような仕打ちをしようとしているのだ。
「あんた正気か? 自分の女に対して、どうしてそんな残酷なことができる!!」
ユーゴは怒りに任せて怒鳴った。
「君はどの立場からそんなセリフを言ってるんだ?」
オウカンはユーゴの胸倉をつかんで締め上げた。
「かはっ」
ユーゴは酸素を求めて、天を仰いだ。
「君を縛り首にするのは、第一に君に罪を償わせるためだ。トウセキ様の女を自殺させた罪をな。アンナ様に自分の行為を自覚させるのはあくまでついでに過ぎないんだ。君がアンナ様を止めていたら、こんなことにはならなかったんだからね?」
なぜ、止められる?
ユーゴは心の中で叫んだ。
それだけは疑わなかった。アンナは二年間も耐えてきたんだ。集落全員の命と財産を守るために。彼女は救われたいと願っただけだった。
最後の最後まで村の安全が保障される方法を探していた。
ユーゴ自身も止めたかった。
止めて、彼女を救ってやりたかった。
しかし、今あの瞬間に戻っても、彼女を見守る以外、自分がしてやれることは思い浮かばなかった。
「君たち、絞首台の準備をするんだ。さあ、こいつを殺してから、アジトに戻るとしよう。トウセキが捕まったとなれば、僕も身の振り方を考えておこう」
◇
アヴィリオンには縦横に走る大通りがあり、その交差地点には辻馬車が客待ちをするための回廊が整備されていた。
中央にはこの地方の灰色の粘土を焼いて作ったブロック製の時計台が建てられている。
その周囲をぐるりと囲む円形の道路によって東西南北に進む馬車を円滑に捌くことができた。
馬車道の外は、歩道をかねた広場になっており、その一角に絞首台はあった。
「縄を準備しろ」
絞首台は木製の舞台のうえに一本の柱が通っており、そこに首にかけた縄を吊るし、舞台のトラップドアを開くことで罪人の身体が落ち、首が締まる仕組みだった。
死の町と呼ばれるだけあって、ヴァスケイルでは強盗や殺人が絶えなかった。
そのため絞首台はつねに設置され、毎月のようにこの町の住人に戦慄という娯楽を与えた。
司法機関を持たない忘れ去られた町では、自警団とは名ばかりのゴロツキや、町に巣食うマフィアが捜査と裁判を自前で済ませ、我が物顔で絞首台を使うことができた。
「よく縄を確かめて置くことだ。途中で切れたら大変だ。もっとも僕としてはそれでもかまわないけどね。トウセキ様にたっぷり苦しみを与えた報告することができる」
職人風の男は気乗りしない様子で絞首台の縄を二三度強く引っ張り、傷みがないことを確認した。
オウカンはユーゴを連れて絞首台に上ると、ユーゴの首に縄をかけた。
ユーゴは呆然として自らの仕打ちを受け入れていた。
泣き叫び、暴れ、抵抗することは無意味だった。
誰一人助けてくれない。
胸に埋没したメノウがそれを証明していた。
自分の集落がトウセキに襲われながら、男どもはトウセキを殺しに行こうとしたユーゴをぼこぼこにしたのだ。
この町にしたって同じことだ。もしここで助けを乞うても、誰一人オウカンに逆らうものはいないだろう。
「最後の一言はあるか?」
慣例に従って、職人風の男が言った。
「コンラッドさんにお世話になりましたと伝えてください」
ユーゴは顔をあげた。
絞首台の上からは医者の家の屋根が見えた。アンナは助かっただろうか。
もしアンナが回復することなく、命を落とし、自分が死刑になれば、それはそれでじゅうぶんな結末にも思えた。
「落とせ」
オウカンが言い、職人風の男がトラップドアを作動させようとした。
ユーゴは目を閉じ、その瞬間を待った。
大変な一日だったと思った。
夢に見た女と二年ぶりに再会し、彼女の自殺を見届けたのだ。そして、その罪によって自分も絞首台に上がる。運命的な結末だと思った。
ユーゴは唾をのみ、トラップドアが開かれる予感に震えた。あとどのくらいの命だろう。
三秒か、二秒か、どちらにしてもそれはとても長い時間のように感じた。
そろそろ――
おしまいだ。
「それはなぜでしょう?」
「トウセキ様が死んだら、アンナ様は僕がもらい受けることになってる。いわゆる血の誓いってやつだ。君たち人間には馴染みがないかもしれないが……」
「血の誓い……」
「そう。アンナ様が僕の女になったら、今度こそ自殺なんかさせないさ。この男を街の真ん中で縛り首にして、アンナ様が街を歩くたびに、自分のやったことを正しく理解してもらう」
オウカンのセリフにユーゴは目を見開いた。
俺を縛り首にするのは良い。
そんなことはアンナが手首を切った時点で覚悟していた。うまく逃げおおせて、王都で幸せになれるなんて思ってすらなかった。
縛り首は覚悟の上だとしても、それを死に損なったアンナが見てどう思うだろう。
それを思うと激しく胸が痛んだ。
この男はトウセキの後釜に座るつもりでいながら、アンナにそのような仕打ちをしようとしているのだ。
「あんた正気か? 自分の女に対して、どうしてそんな残酷なことができる!!」
ユーゴは怒りに任せて怒鳴った。
「君はどの立場からそんなセリフを言ってるんだ?」
オウカンはユーゴの胸倉をつかんで締め上げた。
「かはっ」
ユーゴは酸素を求めて、天を仰いだ。
「君を縛り首にするのは、第一に君に罪を償わせるためだ。トウセキ様の女を自殺させた罪をな。アンナ様に自分の行為を自覚させるのはあくまでついでに過ぎないんだ。君がアンナ様を止めていたら、こんなことにはならなかったんだからね?」
なぜ、止められる?
ユーゴは心の中で叫んだ。
それだけは疑わなかった。アンナは二年間も耐えてきたんだ。集落全員の命と財産を守るために。彼女は救われたいと願っただけだった。
最後の最後まで村の安全が保障される方法を探していた。
ユーゴ自身も止めたかった。
止めて、彼女を救ってやりたかった。
しかし、今あの瞬間に戻っても、彼女を見守る以外、自分がしてやれることは思い浮かばなかった。
「君たち、絞首台の準備をするんだ。さあ、こいつを殺してから、アジトに戻るとしよう。トウセキが捕まったとなれば、僕も身の振り方を考えておこう」
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アヴィリオンには縦横に走る大通りがあり、その交差地点には辻馬車が客待ちをするための回廊が整備されていた。
中央にはこの地方の灰色の粘土を焼いて作ったブロック製の時計台が建てられている。
その周囲をぐるりと囲む円形の道路によって東西南北に進む馬車を円滑に捌くことができた。
馬車道の外は、歩道をかねた広場になっており、その一角に絞首台はあった。
「縄を準備しろ」
絞首台は木製の舞台のうえに一本の柱が通っており、そこに首にかけた縄を吊るし、舞台のトラップドアを開くことで罪人の身体が落ち、首が締まる仕組みだった。
死の町と呼ばれるだけあって、ヴァスケイルでは強盗や殺人が絶えなかった。
そのため絞首台はつねに設置され、毎月のようにこの町の住人に戦慄という娯楽を与えた。
司法機関を持たない忘れ去られた町では、自警団とは名ばかりのゴロツキや、町に巣食うマフィアが捜査と裁判を自前で済ませ、我が物顔で絞首台を使うことができた。
「よく縄を確かめて置くことだ。途中で切れたら大変だ。もっとも僕としてはそれでもかまわないけどね。トウセキ様にたっぷり苦しみを与えた報告することができる」
職人風の男は気乗りしない様子で絞首台の縄を二三度強く引っ張り、傷みがないことを確認した。
オウカンはユーゴを連れて絞首台に上ると、ユーゴの首に縄をかけた。
ユーゴは呆然として自らの仕打ちを受け入れていた。
泣き叫び、暴れ、抵抗することは無意味だった。
誰一人助けてくれない。
胸に埋没したメノウがそれを証明していた。
自分の集落がトウセキに襲われながら、男どもはトウセキを殺しに行こうとしたユーゴをぼこぼこにしたのだ。
この町にしたって同じことだ。もしここで助けを乞うても、誰一人オウカンに逆らうものはいないだろう。
「最後の一言はあるか?」
慣例に従って、職人風の男が言った。
「コンラッドさんにお世話になりましたと伝えてください」
ユーゴは顔をあげた。
絞首台の上からは医者の家の屋根が見えた。アンナは助かっただろうか。
もしアンナが回復することなく、命を落とし、自分が死刑になれば、それはそれでじゅうぶんな結末にも思えた。
「落とせ」
オウカンが言い、職人風の男がトラップドアを作動させようとした。
ユーゴは目を閉じ、その瞬間を待った。
大変な一日だったと思った。
夢に見た女と二年ぶりに再会し、彼女の自殺を見届けたのだ。そして、その罪によって自分も絞首台に上がる。運命的な結末だと思った。
ユーゴは唾をのみ、トラップドアが開かれる予感に震えた。あとどのくらいの命だろう。
三秒か、二秒か、どちらにしてもそれはとても長い時間のように感じた。
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