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5章 運ばれゆく罪人
2、ハンバーグ・ジョー
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「なんだよ、心配してやってるんじゃないかい」
「心配いらないよ。ずっと前に大怪我をしたときに介抱してくれた人が石に気づかないまま、包帯を巻いてしまっただけだ」
「ふーん、それじゃあもう痛まないのかい?」
「ああ」
「ちょっと見せてくれよ。その石、居心地がよさそうじゃねえか」
「イヤだって言ってるだろ」
ユズキエルは襟を引っ張ったり、シャツをめくったりして、ユーゴの胸に埋没したメノウを覗こうとする。
ユーゴは必死で抵抗した。
ユズキエルの言葉に違和感を覚えたが、そのときはそれについて詳しく尋ねる余裕はなかった。
だが、しばらくしてこのやり取りを思い出したとき、ユーゴは妙に引っかかるものを感じた。
居心地のよさそうな石とはどういう意味だろう。
ユーゴの胸がその石にとって居心地がいいということだろうか。
確かに、地面で踏まれたり、石同士がぶつかることなく、肉に包まれているのだから、石にとっては居心地が良いだろう。
あるいは、ヤドカリがちょうどいい貝殻を見つけて、その住み具合を点検するように、龍は石の中に宿るというのだろうか。
それとも、建材としてのメノウに注目したということか。
確かに大理石でできた家よりは幾分住みやすいかもしれない。
ユーゴはそんなことを思いながら、このやりとりをその後、何度か思い出した。
「固いこと言うなよ、少年!」
「静かにするんだ!」
放っておけばいつまでも追い回しそうなユズキエルに、看守が怒鳴り声をあげた。
「チッ……」
ユズキエルは舌打ちをするとつまらなさそうに椅子に座りなおした。
ユーゴはユズキエルから解放されたあとも、じっとその場に立ち尽くしていた。
心臓が跳ね、背中と顔が熱かった。
ひどい羞恥心を感じていた。晒しものにされた気分だった。
これが戦闘で受けた傷や、誰かを救う際についた傷なら誇ることさえできただろう。
しかし、実際は違う。略奪者に怯えた村人によってたかって抑えつけられてできた傷だ。
その略奪者本人であるトウセキに知れたら、ユーゴにとってはこの上ない恥辱だ。
ユーゴは荒い息をしながら、チラチラと落ち着かなく視線を彷徨わせていた。
ユズキエルがそんなユーゴの姿に、どこか気の毒そうな視線を送ったが、彼はそれに気が付かなかった。
◇
「本当に俺を生きたままベルナードまで運ぶつもりか?」
囚人用車両の檻の中、トウセキは鉄格子から指を出し、関節を順に曲げたり、ぱきぱきと音を鳴らしたり、ジョーの関心を引くように奇妙な動きをした。
「それじゃ不満なわけ? 殺されたいのかしら」
檻の外で、ジョーは冷たい視線をトウセキに向ける。
「そうじゃねえ。ちゃんと守ってくれるのかが心配なんだよ。お前たちが頼りにならないようだと、俺は一人で生き残る方法を探すんだよ」
「つまりは、ビビってるってわけだ」
デュアメルが口を挟んだ。
「何とでも言えよ。俺はダンの諦めの悪さを知ってる。やつは絶対にこれを奪いにくる」
トウセキはそういって自分の腹を指さした。
トウセキが飲み込んだ龍鉱石は純度の高い一級品で、上級魔法使いたちが喉から手が出るほど欲しがる代物だった。
「心配することはない。馬で列車には追いつけない」
シノが表情なく言う。
「でも、私も心配だに。向こうは生かしておく必要がないから容赦はしないけど、こっちはこいつを生かしておかなくちゃいけないに。そういう意味では、あの群盗よりも私たちの方が不利だに」
「お前たちが守らなきゃいけないのは俺だけじゃねえ。そこのブタと、そこの若い奴だって死なせるわけにはいかねえだろ」
ユーゴは顔を上げ、檻の外の騎士たちを眺めた。
「心配いらないわ。トウセキはともかくあなたはベルナードで形式的な裁判を受けるだけ」
ジョーはユーゴに優しく声をかけた。
「アントンはどうなるんだに?」
「アントンは恐らく死刑になるでしょうね」
「ふむ……、なんだかかわいそうだに」
「そう思うのなら、過度な感情移入は避けることね。アントンと呼ぶのもやめなさい」
「ジョー様は何て呼ぶのですか?」
「私はアントンと呼ぶわ。駄ブタのアントン。このブタがはじめてヴァスケイルを騒がしたとき、そう呼ばれたようにね。私は名前が何であれ、同情しないわ。判例に従って、このブタを吊るし首にするべきだと信じているから」
「聞いたかよ、これがこの女がハンバーグ・ジョーなんて言われる理由だ」
トウセキはユーゴに向かって興奮した笑みを向けた。
「心配いらないよ。ずっと前に大怪我をしたときに介抱してくれた人が石に気づかないまま、包帯を巻いてしまっただけだ」
「ふーん、それじゃあもう痛まないのかい?」
「ああ」
「ちょっと見せてくれよ。その石、居心地がよさそうじゃねえか」
「イヤだって言ってるだろ」
ユズキエルは襟を引っ張ったり、シャツをめくったりして、ユーゴの胸に埋没したメノウを覗こうとする。
ユーゴは必死で抵抗した。
ユズキエルの言葉に違和感を覚えたが、そのときはそれについて詳しく尋ねる余裕はなかった。
だが、しばらくしてこのやり取りを思い出したとき、ユーゴは妙に引っかかるものを感じた。
居心地のよさそうな石とはどういう意味だろう。
ユーゴの胸がその石にとって居心地がいいということだろうか。
確かに、地面で踏まれたり、石同士がぶつかることなく、肉に包まれているのだから、石にとっては居心地が良いだろう。
あるいは、ヤドカリがちょうどいい貝殻を見つけて、その住み具合を点検するように、龍は石の中に宿るというのだろうか。
それとも、建材としてのメノウに注目したということか。
確かに大理石でできた家よりは幾分住みやすいかもしれない。
ユーゴはそんなことを思いながら、このやりとりをその後、何度か思い出した。
「固いこと言うなよ、少年!」
「静かにするんだ!」
放っておけばいつまでも追い回しそうなユズキエルに、看守が怒鳴り声をあげた。
「チッ……」
ユズキエルは舌打ちをするとつまらなさそうに椅子に座りなおした。
ユーゴはユズキエルから解放されたあとも、じっとその場に立ち尽くしていた。
心臓が跳ね、背中と顔が熱かった。
ひどい羞恥心を感じていた。晒しものにされた気分だった。
これが戦闘で受けた傷や、誰かを救う際についた傷なら誇ることさえできただろう。
しかし、実際は違う。略奪者に怯えた村人によってたかって抑えつけられてできた傷だ。
その略奪者本人であるトウセキに知れたら、ユーゴにとってはこの上ない恥辱だ。
ユーゴは荒い息をしながら、チラチラと落ち着かなく視線を彷徨わせていた。
ユズキエルがそんなユーゴの姿に、どこか気の毒そうな視線を送ったが、彼はそれに気が付かなかった。
◇
「本当に俺を生きたままベルナードまで運ぶつもりか?」
囚人用車両の檻の中、トウセキは鉄格子から指を出し、関節を順に曲げたり、ぱきぱきと音を鳴らしたり、ジョーの関心を引くように奇妙な動きをした。
「それじゃ不満なわけ? 殺されたいのかしら」
檻の外で、ジョーは冷たい視線をトウセキに向ける。
「そうじゃねえ。ちゃんと守ってくれるのかが心配なんだよ。お前たちが頼りにならないようだと、俺は一人で生き残る方法を探すんだよ」
「つまりは、ビビってるってわけだ」
デュアメルが口を挟んだ。
「何とでも言えよ。俺はダンの諦めの悪さを知ってる。やつは絶対にこれを奪いにくる」
トウセキはそういって自分の腹を指さした。
トウセキが飲み込んだ龍鉱石は純度の高い一級品で、上級魔法使いたちが喉から手が出るほど欲しがる代物だった。
「心配することはない。馬で列車には追いつけない」
シノが表情なく言う。
「でも、私も心配だに。向こうは生かしておく必要がないから容赦はしないけど、こっちはこいつを生かしておかなくちゃいけないに。そういう意味では、あの群盗よりも私たちの方が不利だに」
「お前たちが守らなきゃいけないのは俺だけじゃねえ。そこのブタと、そこの若い奴だって死なせるわけにはいかねえだろ」
ユーゴは顔を上げ、檻の外の騎士たちを眺めた。
「心配いらないわ。トウセキはともかくあなたはベルナードで形式的な裁判を受けるだけ」
ジョーはユーゴに優しく声をかけた。
「アントンはどうなるんだに?」
「アントンは恐らく死刑になるでしょうね」
「ふむ……、なんだかかわいそうだに」
「そう思うのなら、過度な感情移入は避けることね。アントンと呼ぶのもやめなさい」
「ジョー様は何て呼ぶのですか?」
「私はアントンと呼ぶわ。駄ブタのアントン。このブタがはじめてヴァスケイルを騒がしたとき、そう呼ばれたようにね。私は名前が何であれ、同情しないわ。判例に従って、このブタを吊るし首にするべきだと信じているから」
「聞いたかよ、これがこの女がハンバーグ・ジョーなんて言われる理由だ」
トウセキはユーゴに向かって興奮した笑みを向けた。
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