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5章 運ばれゆく罪人
4、あだ花のシノ
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シノに対してはずっと罪悪感と決まり悪さで目を合わすこともできなかったのだが、二年の間にすっかり変わった幼馴染に対して興味を抑えることができなかった。
シノはこの二年間に何を経験したのだろうか。
何にしてもピクニック気分で過ごしてきたわけではないだろう。ユーゴが常に淡い憂鬱の中にいたのだとすれば、シノも同じようなものだっただろう。
彼はそんな状況でいかなる研鑽を積み、どんな二つ名を持つに至ったのだろうか。
「下らん。俺たちはお前らの話し相手をするためにここにいるんじゃないんだぞ」
シノは冷え切った声で言った。
「隊長、そう邪険にすることないに」
「そうですよ。同郷の子なんでしょう? 弟分だったんじゃないですか?」
「もうずっと昔の話だ」
「もう、隊長はつれないに。レナが教えてあげるに。隊長のあだ名は、あだ花・シノっていうんだに」
レナが言った途端、ジョーとデュアメルがにやにやとし始めた。
「あだ花?」
ユーゴは首をかしげた。
文字通りに解釈すれば、それは実を結ばない花のことだろう。情緒的というか、どこか風情を感じさせる言葉である。
しかし、それがシノのどの特徴と結びつくのか全く分からなかった。シノはどちらかと言えば淡々としていて、派手さのない人間だ。
「そだよ。シノ隊長は昔、暗殺部隊にいたに。それで女装をしてターゲットの家に忍び込むんだに。美人だと思って油断したら、ザクリとやられてそれでおしまいに。だから、あだ花のシノちゃん」
「ふふ……」
ちゃん付けに不意打ちを食らったジョーが、肩を震わせて笑い始めた。
「笑いたきゃ笑うといい。暗殺部隊に居ればろくな二つ名はつかないさ」
それであだ花か。
女装した男性が実を結ばないのは道理だ。
見知らぬ人間がターゲットに接近するのに娼婦という立場は都合がいい。
ユーゴはシノの女装姿を思い浮かべてなるほどと思った。
そんなあだ名がつくくらいだから、さぞ綺麗だったのだろう。
「でも、どうして暗殺部隊の人間が、騎馬隊の隊長なんかやってるんですか?」
ユーゴはレナにそう質問した。
あの集落で育ったのだから、馬の扱いには問題ないだろう。騎馬隊になろうと思えばなれなくもない。しかし、暗殺部隊に配属された後、騎馬隊に配置換えになり、その後、騎馬隊で指揮官に昇り詰めるのは異様な経歴だと思った。
騎士団には詳しくないユーゴでも、そうある話ではないと分かるくらいに。
「確かにそれは謎なんだに。隊長は、知り合ったころにはもう隊長だったけど、なんで暗殺部隊から騎馬隊に移ったに?」
「まあ、それ以上は聞かないことにしようぜ。そういったことに関しては、誰しも答えにくいものなんじゃないか?」
デュアメルがレナの度を越した好奇心をいさめた。
「確かに、聞いて面白い話ではなさそうね」
「だろ? 面白いと言えば、やっぱあだ花シノちゃんだからな」
「ぷっ……そのちゃん付けは卑怯よ……」
ジョーがまた噴き出す。
悪い冗談ではしゃぐ隊員たちをよそ目にシノは神経を研ぎ澄ませて、周囲を警戒していた。その様子は真剣で、周囲から浮いているほどだった。
変わったな、とユーゴは思った。
昔からシノには人望があり、村の子どもたちを連れては魚とりに行ったり、喧嘩の仲裁をしたり、村の子どもたちをまとめる存在だった。
しかし、子ども時分のシノは年長者でありながら、輪の中心にいることでリーダーシップを発揮するタイプだった。
それが今では輪の外におり、アクの強い隊員をしたいようにさせておきながら、監督者として律するようなところがある。
シノがあだ花などという不名誉なあだ名で物笑いの種になりながらも、隊員から尊敬を得ているのはそのためだろう。
彼らにとってシノは絶対的な存在に見えた。
シノはこの二年間に何を経験したのだろうか。
何にしてもピクニック気分で過ごしてきたわけではないだろう。ユーゴが常に淡い憂鬱の中にいたのだとすれば、シノも同じようなものだっただろう。
彼はそんな状況でいかなる研鑽を積み、どんな二つ名を持つに至ったのだろうか。
「下らん。俺たちはお前らの話し相手をするためにここにいるんじゃないんだぞ」
シノは冷え切った声で言った。
「隊長、そう邪険にすることないに」
「そうですよ。同郷の子なんでしょう? 弟分だったんじゃないですか?」
「もうずっと昔の話だ」
「もう、隊長はつれないに。レナが教えてあげるに。隊長のあだ名は、あだ花・シノっていうんだに」
レナが言った途端、ジョーとデュアメルがにやにやとし始めた。
「あだ花?」
ユーゴは首をかしげた。
文字通りに解釈すれば、それは実を結ばない花のことだろう。情緒的というか、どこか風情を感じさせる言葉である。
しかし、それがシノのどの特徴と結びつくのか全く分からなかった。シノはどちらかと言えば淡々としていて、派手さのない人間だ。
「そだよ。シノ隊長は昔、暗殺部隊にいたに。それで女装をしてターゲットの家に忍び込むんだに。美人だと思って油断したら、ザクリとやられてそれでおしまいに。だから、あだ花のシノちゃん」
「ふふ……」
ちゃん付けに不意打ちを食らったジョーが、肩を震わせて笑い始めた。
「笑いたきゃ笑うといい。暗殺部隊に居ればろくな二つ名はつかないさ」
それであだ花か。
女装した男性が実を結ばないのは道理だ。
見知らぬ人間がターゲットに接近するのに娼婦という立場は都合がいい。
ユーゴはシノの女装姿を思い浮かべてなるほどと思った。
そんなあだ名がつくくらいだから、さぞ綺麗だったのだろう。
「でも、どうして暗殺部隊の人間が、騎馬隊の隊長なんかやってるんですか?」
ユーゴはレナにそう質問した。
あの集落で育ったのだから、馬の扱いには問題ないだろう。騎馬隊になろうと思えばなれなくもない。しかし、暗殺部隊に配属された後、騎馬隊に配置換えになり、その後、騎馬隊で指揮官に昇り詰めるのは異様な経歴だと思った。
騎士団には詳しくないユーゴでも、そうある話ではないと分かるくらいに。
「確かにそれは謎なんだに。隊長は、知り合ったころにはもう隊長だったけど、なんで暗殺部隊から騎馬隊に移ったに?」
「まあ、それ以上は聞かないことにしようぜ。そういったことに関しては、誰しも答えにくいものなんじゃないか?」
デュアメルがレナの度を越した好奇心をいさめた。
「確かに、聞いて面白い話ではなさそうね」
「だろ? 面白いと言えば、やっぱあだ花シノちゃんだからな」
「ぷっ……そのちゃん付けは卑怯よ……」
ジョーがまた噴き出す。
悪い冗談ではしゃぐ隊員たちをよそ目にシノは神経を研ぎ澄ませて、周囲を警戒していた。その様子は真剣で、周囲から浮いているほどだった。
変わったな、とユーゴは思った。
昔からシノには人望があり、村の子どもたちを連れては魚とりに行ったり、喧嘩の仲裁をしたり、村の子どもたちをまとめる存在だった。
しかし、子ども時分のシノは年長者でありながら、輪の中心にいることでリーダーシップを発揮するタイプだった。
それが今では輪の外におり、アクの強い隊員をしたいようにさせておきながら、監督者として律するようなところがある。
シノがあだ花などという不名誉なあだ名で物笑いの種になりながらも、隊員から尊敬を得ているのはそのためだろう。
彼らにとってシノは絶対的な存在に見えた。
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