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5章 運ばれゆく罪人
6、火夫の話
しおりを挟む夜七時。
本来なら列車はすでに次の駅についている頃だった。
囚人たちを保安部隊の詰め所に連行し、その後の任務は保安部隊が引き継ぐことになっていた。
ミッションから解放された討伐隊は今頃、酒場で酒を酌み交わしているはずだった。
列車は夜の荒野を這うような速度で進み、討伐隊の面々は機関車両の前に集合していた。
暗闇の中で明かりと呼べるものは、石置き場を照らすように取り付けられたランプと火室から漏れる魔晶石の光のみ。
見上げると、夜空には無数の星がまたたき、地上での出来事とは無関係に優雅な輝きを放っていた。
ただ、その光景に風流を感じ取れる者は一人もいなかった。
デュアメルは
「こんな速度なら走った方が早いぞ」
と愚痴をこぼし、隣のレールがゆっくりと過ぎ去っていくのをじれったそうに眺めていた。
「どうにかならんのか?」
シノは火夫にそう声をかけた。
「これが限界ですね。これ以上、速度をあげたら朝まで持たない。なんとか次の駅までたどり着いて、朝一に魔晶石を補充するしかないでしょう」
火夫は車掌車上部に積まれた紫色の石をスコップですくい取ると、火の加減を見ながら、それを火室に放り込んだ。
火室では真っ赤に熾った魔晶石が、バチバチとエネルギーを発し、それが蒸気となってタービンを回す。
蒸気機関を車輪につなげることで新たな輸送手段を発明したのは、ベルナードの大魔導士ジェタクだった。
それ以来、地上にはパンの上をカビが繁殖するように鉄道網が縦横無尽に広がり続けている。
「じれってえな。いっぺんに継ぎこんで、行けるところまで行っちまえねえのかよ」
デュアメルの言葉に機関士はため息をついた。
「そうしたいんですがねえ。火室を冷やしちゃうと、それを温めるのに余計、燃料を食うんですよ。こっちはちゃんと計算してやってる。この速度でものろのろ進んで、明日の朝、次の駅に着くしかないんですよ。じゃないと立ち往生を食うことになります」
機関士は「こういうことは効率が大事なんです」と言った。
たくさん、魔晶石を継ぎこめばそれだけ早く目的地に着くわけではない。一時的にスピードは出ても、エネルギーの浪費が激しく途中で燃料が尽きてしまう。
そうすると列車は荒野のど真ん中で止まり、朝一の列車が後ろからやってきて、魔晶石を分けてくれるのを待たなくてはいけない。かといって魔晶石を節約しすぎれば、機関部が冷えて動力を得られなくなる。
そのためには火室の温度を見極めて、最低限の魔晶石をくべる必要があった。
ゆっくりでもなるべく効率的に進み、次の駅までたどり着く方が、結果的には早くベルナードにつくことができる。
機関士はそのようなことを手短に説明した。
「申し訳ない……。私が魔法を使ったばっかりに」
ジョーは車掌車上部を寂しそうに見つめた。
残りわずかの魔晶石が中央に小さな山を為しているほかは、石水車の底が露出していた。イーシャの倉庫に溢れんばかりに積まれていた魔晶石はほとんど失われていた。
昼間、冒険者を救うために燃料用の魔晶石を使ったせいで、イーシャを出るときにはすでに燃料は尽き欠けていたようだ。
火夫は、火室の中を注意深く見ていたが、しばらくすると鉤型の火かき棒をつかって火室の中を均した。
「しょうがない。そうしなければあの冒険者は救えなかったんだ」
「まあ、そういうことですから申し訳ないけど、我慢してくださいな」
「むしろ謝るのはこっちの方だ。燃料を勝手に使って悪かったな」
「いえいえ、群盗を退治してくれなきゃ、こっちは仕事になりませんから。その親玉を運んでるのがこの列車でしょう? こっちもやれるだけのことはやらせてもらいますよ」
シノらを懸命にフォローしようと火夫は分別臭いセリフを吐いた。
火夫は制服の袖で汗をぬぐうと、また真剣な表情で火室の中を覗き始める。
「そう言ってくれると助かる。戻ろうか」
話がまとまると、討伐隊のメンバーは一度、列車を降り、石水車を迂回して囚人用車両に戻ろうとする。
「あの、すみません」
火夫はシノに向かって遠慮がちに言った。
「悪いんですけど、車掌車のドアを叩いて、ディノに火の番を代わるように言ってください」
シノは小さくうなずいた。
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