68 / 71
最終章 やめられない旅人
8、ドラゴンの力
しおりを挟む
かつてないスピードで大地をかけ、トウセキとの距離はみるみる縮まっていく。
ユーゴは背後からトウセキに回し蹴りを浴びせた。
その瞬間、トウセキがちらりと振り返り、挑発的な笑みを浮かべるのが分かった。
「おっと」
トウセキは飛び退いてそれをよける。回し蹴りをかすめた毛が二三本、綿毛のように宙を舞った。
「なんだ、それは。あんたさっきの龍かよ?」
トウセキは興味深そうにユーゴの身体を見た。
「いや、どうも違うらしい。あの少年と同じ目だ。心の渇きを必死で押さえつけたどんよりと曇ったあの目だ」
「確かに、そんな目だったかもしれない。もう何年も、あの日の苦悩から解放されたときはなかったから。でも、今は違う。ユズキエルが力を貸してくれたんだ」
「なるほど、どうも状況が変わったらしい」
「変わらないよ。あんたをベルナードまで連れて行く。今度は引きずってでもだ」
「だが、俺もそろそろ動けるようになってきたぜ」
トウセキが吠えた。
耐えがたい咆哮にユーゴは顔をしかめた。
獣化が始まると同時に、手錠は軽々と弾き飛んだ。
「ここで終わりにしようぜ」
トウセキは野蛮な動きで腕を振り上げた。格闘技のような洗練された動きではなかったが、本能を委縮させる捕食者の動きだった。
一発目をたやすく避けたが、トウセキは続けざまに拳を繰り出した。トウセキの動きは素早く、残像がいくつも視界に残る。
まるで三十も拳を持っているようだった。
しかし、ユーゴが驚いたのは、その獣じみた素早さではない。
自分がそれを的確に見切り、避けていることだった。
(すごいだろ)
「なんでこんなことができるんだ?」
(あたしにかかればこんなもんさ。あんたはそこでぼんやりと眺めてればいいさ。あたしに任せておけばすぐに終わる)
その言葉はある意味では正しく、ある意味では完全に間違っていた。
ユズキエルはユーゴの身体を操り、すべての攻撃を言葉通りかわしてみせた。そして、波状攻撃のわずかな隙をついて、トウセキのボディに拳を撃ち込んだ。
確かにユズキエルに任せていれば、ユーゴは勝手に身体が動くのを眺めているだけでよかった。
たった一つ、間違いがあるとすれば、ユズキエルはすぐに終わらせるつもりなどさらさらなかった。
ユズキエルはトウセキをなぶりものにした。
じわり、じわりと力の差を見せつけように傷めつけた。
そしてそれを心の底から楽しんでいるようだった。
「クソ……クソ……クソ……」
トウセキは徐々に焦りを見せ始めた。
「そんなもんかい、悪党」
ユーゴの口がひとりでに動いた。
口調もすっかり変わっていた。
「所詮は借り物の人の身! 龍の力もその程度だろう」
「その通りさ。だが、あんたを倒すのにはこれでじゅうぶんだ」
ユズキエルは垂れ下がった曲牙をむき出しにし、トウセキの肩を噛みちぎった。
「くはっ……」
見開かれた目には、絶望の色が浮かんでいた。
「なんだ、意外と物分かりが良いんだな」
「なんだと!」
「すっかり怯え切ってるじゃないか。あんたはあたしにはとうてい太刀打ちできないと理解している」
「怯え? そんなものはとうの昔になくしてきたぜ。俺は死体の山に身を隠し、死肉を食らい、常に絶望の淵を潜り抜けてきたんだ」
トウセキは猛然と突っ込んでいった。
「その絶望とやらもご無沙汰だったらしいな」
「黙れ!」
「あんたは引きどきを間違えた。長い間、他人を蹂躙してきたんだろうが、そのせいで生への嗅覚が鈍ったんだろう」
「黙れ!」
「もう遅いのさ。あんたはもう死ぬだけだ」
ユズキエルはトウセキの攻撃を受け止めると、間髪入れずに、トウセキの腹を蹴り上げた。トウセキは一瞬にして吹き飛び、岩にあたって崩れ落ちた。
すでにトウセキの獣化は収まっており、生身の身体にぶつかって砕けた岩が落ちてくる。
途端に静寂が訪れた。
トウセキは巨大な岩の下敷きになり、潰れた足を必死に引きずり出そうとしていた。その音は遠く、どこか別世界の出来事のようだった。
「はっ……見られたざまかよ!」
ユズキエルは笑うと、トウセキにゆっくりと近づいて行った。
櫛形の爪が、ふいに鋭さを増した。
その瞬間、ユーゴはユズキエルが何をするつもりかはっきりと悟った。
ユーゴはとっさに自分の肉体からユズキエルを追い出そうとした。
ユーゴは背後からトウセキに回し蹴りを浴びせた。
その瞬間、トウセキがちらりと振り返り、挑発的な笑みを浮かべるのが分かった。
「おっと」
トウセキは飛び退いてそれをよける。回し蹴りをかすめた毛が二三本、綿毛のように宙を舞った。
「なんだ、それは。あんたさっきの龍かよ?」
トウセキは興味深そうにユーゴの身体を見た。
「いや、どうも違うらしい。あの少年と同じ目だ。心の渇きを必死で押さえつけたどんよりと曇ったあの目だ」
「確かに、そんな目だったかもしれない。もう何年も、あの日の苦悩から解放されたときはなかったから。でも、今は違う。ユズキエルが力を貸してくれたんだ」
「なるほど、どうも状況が変わったらしい」
「変わらないよ。あんたをベルナードまで連れて行く。今度は引きずってでもだ」
「だが、俺もそろそろ動けるようになってきたぜ」
トウセキが吠えた。
耐えがたい咆哮にユーゴは顔をしかめた。
獣化が始まると同時に、手錠は軽々と弾き飛んだ。
「ここで終わりにしようぜ」
トウセキは野蛮な動きで腕を振り上げた。格闘技のような洗練された動きではなかったが、本能を委縮させる捕食者の動きだった。
一発目をたやすく避けたが、トウセキは続けざまに拳を繰り出した。トウセキの動きは素早く、残像がいくつも視界に残る。
まるで三十も拳を持っているようだった。
しかし、ユーゴが驚いたのは、その獣じみた素早さではない。
自分がそれを的確に見切り、避けていることだった。
(すごいだろ)
「なんでこんなことができるんだ?」
(あたしにかかればこんなもんさ。あんたはそこでぼんやりと眺めてればいいさ。あたしに任せておけばすぐに終わる)
その言葉はある意味では正しく、ある意味では完全に間違っていた。
ユズキエルはユーゴの身体を操り、すべての攻撃を言葉通りかわしてみせた。そして、波状攻撃のわずかな隙をついて、トウセキのボディに拳を撃ち込んだ。
確かにユズキエルに任せていれば、ユーゴは勝手に身体が動くのを眺めているだけでよかった。
たった一つ、間違いがあるとすれば、ユズキエルはすぐに終わらせるつもりなどさらさらなかった。
ユズキエルはトウセキをなぶりものにした。
じわり、じわりと力の差を見せつけように傷めつけた。
そしてそれを心の底から楽しんでいるようだった。
「クソ……クソ……クソ……」
トウセキは徐々に焦りを見せ始めた。
「そんなもんかい、悪党」
ユーゴの口がひとりでに動いた。
口調もすっかり変わっていた。
「所詮は借り物の人の身! 龍の力もその程度だろう」
「その通りさ。だが、あんたを倒すのにはこれでじゅうぶんだ」
ユズキエルは垂れ下がった曲牙をむき出しにし、トウセキの肩を噛みちぎった。
「くはっ……」
見開かれた目には、絶望の色が浮かんでいた。
「なんだ、意外と物分かりが良いんだな」
「なんだと!」
「すっかり怯え切ってるじゃないか。あんたはあたしにはとうてい太刀打ちできないと理解している」
「怯え? そんなものはとうの昔になくしてきたぜ。俺は死体の山に身を隠し、死肉を食らい、常に絶望の淵を潜り抜けてきたんだ」
トウセキは猛然と突っ込んでいった。
「その絶望とやらもご無沙汰だったらしいな」
「黙れ!」
「あんたは引きどきを間違えた。長い間、他人を蹂躙してきたんだろうが、そのせいで生への嗅覚が鈍ったんだろう」
「黙れ!」
「もう遅いのさ。あんたはもう死ぬだけだ」
ユズキエルはトウセキの攻撃を受け止めると、間髪入れずに、トウセキの腹を蹴り上げた。トウセキは一瞬にして吹き飛び、岩にあたって崩れ落ちた。
すでにトウセキの獣化は収まっており、生身の身体にぶつかって砕けた岩が落ちてくる。
途端に静寂が訪れた。
トウセキは巨大な岩の下敷きになり、潰れた足を必死に引きずり出そうとしていた。その音は遠く、どこか別世界の出来事のようだった。
「はっ……見られたざまかよ!」
ユズキエルは笑うと、トウセキにゆっくりと近づいて行った。
櫛形の爪が、ふいに鋭さを増した。
その瞬間、ユーゴはユズキエルが何をするつもりかはっきりと悟った。
ユーゴはとっさに自分の肉体からユズキエルを追い出そうとした。
0
あなたにおすすめの小説
敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています
藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
異世界に召喚されたが「間違っちゃった」と身勝手な女神に追放されてしまったので、おまけで貰ったスキルで凡人の俺は頑張って生き残ります!
椿紅颯
ファンタジー
神乃勇人(こうのゆうと)はある日、女神ルミナによって異世界へと転移させられる。
しかしまさかのまさか、それは誤転移ということだった。
身勝手な女神により、たった一人だけ仲間外れにされた挙句の果てに粗雑に扱われ、ほぼ投げ捨てられるようなかたちで異世界の地へと下ろされてしまう。
そんな踏んだり蹴ったりな、凡人主人公がおりなす異世界ファンタジー!
最難関ダンジョンをクリアした成功報酬は勇者パーティーの裏切りでした
新緑あらた
ファンタジー
最難関であるS級ダンジョン最深部の隠し部屋。金銀財宝を前に告げられた言葉は労いでも喜びでもなく、解雇通告だった。
「もうオマエはいらん」
勇者アレクサンダー、癒し手エリーゼ、赤魔道士フェルノに、自身の黒髪黒目を忌避しないことから期待していた俺は大きなショックを受ける。
ヤツらは俺の外見を受け入れていたわけじゃない。ただ仲間と思っていなかっただけ、眼中になかっただけなのだ。
転生者は曾祖父だけどチートは隔世遺伝した「俺」にも受け継がれています。
勇者達は大富豪スタートで貧民窟の住人がゴールです(笑)
元皇子の寄り道だらけの逃避行 ~幽閉されたので国を捨てて辺境でゆっくりします~
下昴しん
ファンタジー
武力で領土を拡大するベギラス帝国に二人の皇子がいた。魔法研究に腐心する兄と、武力に優れ軍を指揮する弟。
二人の父である皇帝は、軍略会議を軽んじた兄のフェアを断罪する。
帝国は武力を求めていたのだ。
フェアに一方的に告げられた罪状は、敵前逃亡。皇帝の第一継承権を持つ皇子の座から一転して、罪人になってしまう。
帝都の片隅にある独房に幽閉されるフェア。
「ここから逃げて、田舎に籠るか」
給仕しか来ないような牢獄で、フェアは脱出を考えていた。
帝都においてフェアを超える魔法使いはいない。そのことを知っているのはごく限られた人物だけだった。
鍵をあけて牢を出ると、給仕に化けた義妹のマトビアが現れる。
「私も連れて行ってください、お兄様」
「いやだ」
止めるフェアに、強引なマトビア。
なんだかんだでベギラス帝国の元皇子と皇女の、ゆるすぎる逃亡劇が始まった──。
※カクヨム様、小説家になろう様でも投稿中。
独身貴族の異世界転生~ゲームの能力を引き継いで俺TUEEEチート生活
髙龍
ファンタジー
MMORPGで念願のアイテムを入手した次の瞬間大量の水に押し流され無念の中生涯を終えてしまう。
しかし神は彼を見捨てていなかった。
そんなにゲームが好きならと手にしたステータスとアイテムを持ったままゲームに似た世界に転生させてやろうと。
これは俺TUEEEしながら異世界に新しい風を巻き起こす一人の男の物語。
【本編45話にて完結】『追放された荷物持ちの俺を「必要だ」と言ってくれたのは、落ちこぼれヒーラーの彼女だけだった。』
ブヒ太郎
ファンタジー
「お前はもう用済みだ」――荷物持ちとして命懸けで尽くしてきた高ランクパーティから、ゼロスは無能の烙印を押され、なんの手切れ金もなく追放された。彼のスキルは【筋力強化(微)】。誰もが最弱と嘲笑う、あまりにも地味な能力。仲間たちは彼の本当の価値に気づくことなく、その存在をゴミのように切り捨てた。
全てを失い、絶望の淵をさまよう彼に手を差し伸べたのは、一人の不遇なヒーラー、アリシアだった。彼女もまた、治癒の力が弱いと誰からも相手にされず、教会からも冒険者仲間からも居場所を奪われ、孤独に耐えてきた。だからこそ、彼女だけはゼロスの瞳の奥に宿る、静かで、しかし折れない闘志の光を見抜いていたのだ。
「私と、パーティを組んでくれませんか?」
これは、社会の評価軸から外れた二人が出会い、互いの傷を癒しながらどん底から這い上がり、やがて世界を驚かせる伝説となるまでの物語。見捨てられた最強の荷物持ちによる、静かで、しかし痛快な逆襲劇が今、幕を開ける!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる