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その日から世界中の食卓にはブドウ料理しか並ばなくなった。豚肉のソテーにはブドウソースがかかっていたし、白身魚のポワレにはおびただしい量のブドウが乗せられていた。
誰もがパンや米、ジャガイモ、パスタを食べたがったが、それは叶わぬ願いだった。
「僕はこのためにブドウにしたんだ。僕はブドウなら、日に三度食べたって飽きないからね」
シュナイダー博士は白衣が真っ青に染まるのも気にせず、ブドウを頬張った。どんな世界でも、それを住みいいと感じる人だっているのだ。
シュナイダー博士と、筋金入りのブドウ愛好家は、人生をより豊かなものに感じていた。それ以外の人々は、一刻も早い事態の収束を望んでいた。
しかし、決して悪いことだけではなかった。
大量のブドウが出回ったことで、ワインの値段が安くなったのだ。
人々は水筒にワインを入れて持ち歩くようになったし、コーヒーや紅茶のかわりにワインを飲むようになった。
それだけではない。
ドイツ環境局ではワインを使った環境にやさしい燃料が開発され、アメリカ水道局はフッ素に次ぐ添加物として、上水道にワインを混ぜるようになった。
ワインに含まれているポリフェノールはとても健康的だからだ。
衣服を洗濯するときでさえ、ワインを使ったほうが安上がりになるありさまだった。もっとも色移りは避けられないが。
そんな世界ぶどう化計画も一年と持たずに収束してしまった。
シュナイダー博士の計画では、植物が枯れた後、そこからブドウの木が生えてくるはずだったが、植物は翌年からまたそれぞれの実をつけ始めたのだ。
「おかしい……このブドウ化計画は半永久的に持続するはずなんだ……」
シュナイダー博士は乱暴に頭をかきむしった。
「それがどういうことか。植物たちはみな、翌年にはそれぞれの実をつける。また一からやり直しだ」
シュナイダー博士は慌ててバルト海まで車を走らせ、また遺伝子を書き換える薬を流し入れなければならなかった。
しかし、今度も同じだった。一度ブドウと化した植物たちは、また翌年にはそれぞれの植物へと戻っているのだ。
シュナイダー博士はすべての植物が半永久的にブドウとなるよう何度も薬を改良した。
それでも植物はやっぱり翌年には元に戻ってしまった。
シュナイダー博士は原因を究明するべく、町に出た。ブドウから元に戻ってしまった植物を持ち帰ると、その遺伝子情報を調べた。
「やっぱりだ。一度、ブドウの遺伝子に書き換えられた植物たちが、どういうわけかまた自分たちで遺伝子を元通りに書き換えている。ブドウのまま子孫を残すことができないと判断したのだろうか」
はじめは変化が見られた塩基配列が、以前の状態に戻っていたのだ。その変化は決まって、ブドウの実を結んだあとに起きていた。
どうやら植物たちは、一度はブドウとして子孫を残そうとしたものの、それが不可能だと悟り、自分たちでまた遺伝子を書き換えたようなのだ。それは行き止まりにぶつかったものが、来た道を引き返すような、あまりにも柔軟な変化だった。
「どうしてだ!! どうしてそんなことが起こる!!」
シュナイダー博士は何度も実験を重ね、ブドウとして子孫を残せるよう薬の成分を調節した。しかし、それが成功することはなかった。
シュナイダー博士は度重なる失敗に精神を病むようになった。
野心的でなくてはならないという気負いが、シュナイダー博士を苦しめていたのだ。なぜなら、シュナイダー博士はもともと野心に関しては生まれたての赤ん坊同然だったからだ。
シュナイダー博士がまた所長室に呼ばれたのはそんなときだった。
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