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第二話 仕合なんて出たくないよ
一
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「そうです。八双に構えてください。間合いはそれぐらいで」
「こうか」
五郎は竹刀を右上方に振りあげた。
「はい。では、打ちこんでください。ゆっくりと」
言われるままに踏みこんで、竹刀を振りおろすと、拓之進は左右の足を入れ替えて、袈裟の一撃をかわしながら、五郎の小手をねらう。
ひるんで五郎は下がるも、もう一度、上段に構えて仕掛ける。
だが、その時、拓之進は踏みこんでいて、突きを顔面に放っていた。思わず顔をそらしたところで、竹刀の先端が軽く頭に触れた。
「これが半開半合です。遠い間合いから仕掛けてくる相手に使います」
拓之進は笑った。
「大事なのは踏みこんできた時に、態勢を入れ替えて、相手の小手をねらうところです。傷を与えれば、それだけで動きが鈍りますから」
「そうは言ってもな。うまくかわせないと、こっちがやられる」
「間合いをきちんと読めば、平気ですよ。やってみてください」
打太刀と仕太刀を入れ替え、五郎が受けに回る。拓之進がわざとゆるやかに打つところをかわして反撃を加えようとしたが、うまくいかなかった。小手の意識が強すぎて、前のめりになってしまう。
「駄目だ。うまくいかないや」
「稽古すれば、大丈夫ですよ」
拓之進は笑った。あいかわらず穏やかで、八代三四郎と戦った時が幻ではなかったのかと思える。実に、不思議だ。
三四郎の事件が解決して、少し落ち着いたところで、五郎は拓之進に新陰流について教えてほしいと頼んだ。他流の剣士と稽古したことはあるが、たいていは一刀流か直心影流で、新陰流の使い手は見たことがなかった。将軍家とのかかわりもあって、よほどのことがないと稽古の場に出てくることはなかった。
興味本位だったので断られても仕方ないと思ったが、拓之進はあっさり受け入れ、道場での立ち合いとなった。
「新陰流は後の先が基本です」
拓之進は静かに語った。
「相手に打たせ、崩れたところを攻めたてて深傷を負わせる。仕太刀をかわして打ちこむこともありますし、打ちこまれる前に打ちこむこともあります。大事なのは、先に攻めさせることで、こちらから仕掛けていってはいけないということです」
「じゃあ、相手が来なければ、いつまでたっても勝負がつかないのか」
「いいえ。動かないのであれば、動かせばいいのです」
拓之進は腕をだらりと下げて、無造作に五郎に寄ってきた。
「お、おい」
「間合いを詰めれば、嫌でも仕掛けざるをえません」
「確かに」
「打ってきたところを打つ。半開半合もその一つですよ」
「いいのか、そんな簡単に見せてしまって。大事な太刀筋ではないのか」
「はい。三学圓之太刀と言いまして、新陰流の奥義です」
「えっ」
「いいのです。太刀筋を見せるだけなら、どういうことはありません」
拓之進は笑った。
「戦いの場では、いくつもの太刀筋を組み合わせて戦うことになります。たとえ半開半合を知っていても、簡単に見きれるものではありません。逆に知っていることが動きを縛って、かえって自分を不利にすることもあります」
ちょっとやってみましょうと言われて、五郎は拓之進と向かい合った。
無造作に間合いを詰めて打ちこむ。正確にその手をねらったつもりだったが、軽く払いのけられて、逆に右から打ちこまれてしまう。
五郎は下がってかわすと、竹刀を大きく振りあげて、袈裟の一撃をかける。
直後、手に軽く痛みが走る。
小手をねらわれたと思ったときには、強烈な突きが顔面にきた。
かわすこともできなかった。
「こういうことです」
寸止めしてくれなければ、額は激しく叩かれていた。
五郎は吐息をついた。
「まったくかわせなかったよ。お前は本当にすごいな」
「稽古を積めば、五郎さんもできますよ。さあ、やってみましょう」
「俺はいいよ。下手くそだから」
止水流の太刀筋ですら駄目なのに。無茶が過ぎる。
「一休みしよう。疲れた」
「そうですね。そろそろ弓子さんが来る頃合いです。今日は、何を持ってきてくれますかね」
「あいつに頼ってばかりというのも、どうかと思うが」
そこで声がしたが、今回は屋敷の裏手からだった。しかも、女ではない。
「誰だ、いったい」
「太助さんですよ。ほら、また呼んでいます」
太く、低い声は、間違いなく太助のものだった。
二人が裏木戸に回ると、いかつい顔の男がふたりの子供を引き連れて待っていた。
「おお、作太とおみちもきてくれたのか」
二人は五郎と拓之進を見ると、笑った。明るい表情を見ているかぎり、拉致された影響はないようだ。
「今日はどうしました。わざわざ屋敷に来るなんて」
拓之進が声をかけると、太助は笑って応じた
「ああ、ちょっとおもしろい話を聞いたので、伝えておこうと思ってな」
「なんですか」
「昔の仲間から聞いた話なんだが、今度、佐野一刀流の道場で、剣術の仕合が開かれるらしいんだよ。江戸中の若い剣術使いを一堂に集めて、競わせるって」
「おう。それはすごいですね」
「何、人ごとみたいに言っているんだよ。当然、お前たちのところにも声がかかるだろう。いい頃合いじゃないか。腕を見せる」
「腕を見せるって、誰が?」
五郎の問いに、視線が動く。太助のみならず、作太もおみちも彼を見る。
ちょっと待ってくれ。やるのは俺なのか。
いや、待て。馬鹿な。え、ええっ。
「こうか」
五郎は竹刀を右上方に振りあげた。
「はい。では、打ちこんでください。ゆっくりと」
言われるままに踏みこんで、竹刀を振りおろすと、拓之進は左右の足を入れ替えて、袈裟の一撃をかわしながら、五郎の小手をねらう。
ひるんで五郎は下がるも、もう一度、上段に構えて仕掛ける。
だが、その時、拓之進は踏みこんでいて、突きを顔面に放っていた。思わず顔をそらしたところで、竹刀の先端が軽く頭に触れた。
「これが半開半合です。遠い間合いから仕掛けてくる相手に使います」
拓之進は笑った。
「大事なのは踏みこんできた時に、態勢を入れ替えて、相手の小手をねらうところです。傷を与えれば、それだけで動きが鈍りますから」
「そうは言ってもな。うまくかわせないと、こっちがやられる」
「間合いをきちんと読めば、平気ですよ。やってみてください」
打太刀と仕太刀を入れ替え、五郎が受けに回る。拓之進がわざとゆるやかに打つところをかわして反撃を加えようとしたが、うまくいかなかった。小手の意識が強すぎて、前のめりになってしまう。
「駄目だ。うまくいかないや」
「稽古すれば、大丈夫ですよ」
拓之進は笑った。あいかわらず穏やかで、八代三四郎と戦った時が幻ではなかったのかと思える。実に、不思議だ。
三四郎の事件が解決して、少し落ち着いたところで、五郎は拓之進に新陰流について教えてほしいと頼んだ。他流の剣士と稽古したことはあるが、たいていは一刀流か直心影流で、新陰流の使い手は見たことがなかった。将軍家とのかかわりもあって、よほどのことがないと稽古の場に出てくることはなかった。
興味本位だったので断られても仕方ないと思ったが、拓之進はあっさり受け入れ、道場での立ち合いとなった。
「新陰流は後の先が基本です」
拓之進は静かに語った。
「相手に打たせ、崩れたところを攻めたてて深傷を負わせる。仕太刀をかわして打ちこむこともありますし、打ちこまれる前に打ちこむこともあります。大事なのは、先に攻めさせることで、こちらから仕掛けていってはいけないということです」
「じゃあ、相手が来なければ、いつまでたっても勝負がつかないのか」
「いいえ。動かないのであれば、動かせばいいのです」
拓之進は腕をだらりと下げて、無造作に五郎に寄ってきた。
「お、おい」
「間合いを詰めれば、嫌でも仕掛けざるをえません」
「確かに」
「打ってきたところを打つ。半開半合もその一つですよ」
「いいのか、そんな簡単に見せてしまって。大事な太刀筋ではないのか」
「はい。三学圓之太刀と言いまして、新陰流の奥義です」
「えっ」
「いいのです。太刀筋を見せるだけなら、どういうことはありません」
拓之進は笑った。
「戦いの場では、いくつもの太刀筋を組み合わせて戦うことになります。たとえ半開半合を知っていても、簡単に見きれるものではありません。逆に知っていることが動きを縛って、かえって自分を不利にすることもあります」
ちょっとやってみましょうと言われて、五郎は拓之進と向かい合った。
無造作に間合いを詰めて打ちこむ。正確にその手をねらったつもりだったが、軽く払いのけられて、逆に右から打ちこまれてしまう。
五郎は下がってかわすと、竹刀を大きく振りあげて、袈裟の一撃をかける。
直後、手に軽く痛みが走る。
小手をねらわれたと思ったときには、強烈な突きが顔面にきた。
かわすこともできなかった。
「こういうことです」
寸止めしてくれなければ、額は激しく叩かれていた。
五郎は吐息をついた。
「まったくかわせなかったよ。お前は本当にすごいな」
「稽古を積めば、五郎さんもできますよ。さあ、やってみましょう」
「俺はいいよ。下手くそだから」
止水流の太刀筋ですら駄目なのに。無茶が過ぎる。
「一休みしよう。疲れた」
「そうですね。そろそろ弓子さんが来る頃合いです。今日は、何を持ってきてくれますかね」
「あいつに頼ってばかりというのも、どうかと思うが」
そこで声がしたが、今回は屋敷の裏手からだった。しかも、女ではない。
「誰だ、いったい」
「太助さんですよ。ほら、また呼んでいます」
太く、低い声は、間違いなく太助のものだった。
二人が裏木戸に回ると、いかつい顔の男がふたりの子供を引き連れて待っていた。
「おお、作太とおみちもきてくれたのか」
二人は五郎と拓之進を見ると、笑った。明るい表情を見ているかぎり、拉致された影響はないようだ。
「今日はどうしました。わざわざ屋敷に来るなんて」
拓之進が声をかけると、太助は笑って応じた
「ああ、ちょっとおもしろい話を聞いたので、伝えておこうと思ってな」
「なんですか」
「昔の仲間から聞いた話なんだが、今度、佐野一刀流の道場で、剣術の仕合が開かれるらしいんだよ。江戸中の若い剣術使いを一堂に集めて、競わせるって」
「おう。それはすごいですね」
「何、人ごとみたいに言っているんだよ。当然、お前たちのところにも声がかかるだろう。いい頃合いじゃないか。腕を見せる」
「腕を見せるって、誰が?」
五郎の問いに、視線が動く。太助のみならず、作太もおみちも彼を見る。
ちょっと待ってくれ。やるのは俺なのか。
いや、待て。馬鹿な。え、ええっ。
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