やってきたのは柳生十兵衛最後の弟子! -止水流道場始末記-

中岡潤一郎

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第四話 帰ろう、お前のいるべき場所へ

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 道場から竹刀の音が響いてきたのは、その翌日からだった。それは、朝から晩まで途切れることなく、次の日も、その次の日もつづいた。

 気になった近所の者が声をかけたが、新しい門番と名乗った奉公人に遮られて、中の様子を確かめることはできなかった。

 一度だけ弓子が来て、屋敷に入ったが、何も言わなかった。出てきた時、その顔は青ざめていた。

 竹刀を打ち合う音は、半月にわたってつづいた。

 それが不意に消えた翌日の朝、門が開き、顔に青あざが残る若者が姿を見せた。

 五郎である。



 その日、五郎は茶の小袖に濃い黒の袴といういでたちで屋敷を出た。勘三郎が好んでいた一品で、いつか似合う日が来るまでと思い、しまっていた。この着物を身にまとうのは今しかないと思い、引っ張り出した。

 髷も月代もきれいに手入れしてある。

 こうして屋敷を出るのは、今日が最後になるかもしれない。だからこそ、無様な格好はできない。

 五郎は大きく息をつくと、影が動くのが見えた。

 門柱の影に弓子が立っていた。その顔は強ばっている。

「行くの」
「ああ、行くよ。拓之進を連れ戻さないとな」
「そう」

 弓子には、昨日のうちに事情を話した。拓之進のことも、これから五郎がすることも。隠し事はいっさいしなかった。

「できるの」
「できる、できないじゃない。やるんだ。あいつを放ってはおけない」
「でも、簡単には返してくれないでしょ。もし、斬り合いになったら……」
「大丈夫。ここのところ鍛えてきた。簡単にはやられないよ」
「十人、二十人が相手でも勝てるの。囲まれたら、お終いじゃない」
「それを言われると、つらいなあ。でも、逃げるわけには」
「馬鹿。どうして、あなたはいつでもそうなの」

 弓子は突然、抱きついてきた。強い力で五郎にしがみつく。

「おい」
「死んじゃ嫌。お願いだから」

 五郎は弓子を見おろした。その肩を軽く抱く。

「平気だよ。俺の望みは、拓之進を連れ戻して、共に暮らすことだ。命を落としたりはしないよ」
「本当に」
「もちろん」

 正直、先のことはわからない。

 相手は柳生の剣士であり、数で押し込まれたら、どうにもならない。

 だが、戻って、二人の生活をつづけるつもりなら、前に出るしかない。ここで背を向けたら、一生、後悔する。

「必ず帰ってくる」

 五郎の言葉に、弓子は顔をあげた。

「きっとね」
「ああ、そうしたら、お前の家の飯を食べさせてくれよ。楽しみにしている」

 五郎が身体を押すと、弓子は離れた。

 目は赤いが、顔には笑みがある。

「わかった。待っている。だから、すぐに帰ってきてね」
「まかせろ。拓之進を連れて、すぐに戻る」

 五郎は軽く手を振り、弓子に背を向ける。その足取りには、自然と力がこもっていた。
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