ワンダーランドのおひざもと

花千世子

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16.招き猫

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 その日の給食中。
 わたしはSNSで有栖町の悪いうわさがまた広まっていないか、確認したくなった。
 でも、どうせガッカリするだけだろうからやめておいた。
 せっかく今日の給食は大好物の焼きそばなんだし。
 わたしは気持ちを切り替えるべく、牛乳を飲む。
 すると、苺が独りごとのようにつぶやいた。

「裏通りのカフェ、今月いっぱいで閉店だなんて寂しいよね」
「えっ? 裏通りのカフェ、やめちゃうの?」

 わたしがそういうと、苺が黙ってうなずいた。

「経営が厳しいんだって……。だからカフェはやめて、夫婦そろって実家の農業を継ぐみたいだよ」

 苺は給食の焼きそばを箸ですくいながら、「……ってお母さんがいってた」と付け加える。

「もしかして、炎上とかでお客さん減ったことも影響してるのかなあ」

 わたしがひとりごとのようにいうと、苺は「うーん」と考え込む。

「それも関係なくはないだろうけど……。あのカフェはもともと裏通りで立地条件が悪かったから、それが理由なんじゃないかなあ」

 苺の言葉に、わたしはなんとなくホッとする。
 前の炎上はともかく、今回の『有栖町は不気味』の騒ぎはわたしのせいだ。
 それでお店を閉めることになったのなら、わたしにも原因がある。
 でも、立地条件ならしかたがない。
 とはいえ、有栖町から一軒カフェがなくなるのも寂しい。
 有栖町が前の状態に戻らなければ、こうしてやめていく店が増えるだけ。
 焼きそば食べながら、例のSNSの騒ぎをどうやって鎮めようかと考えていると、苺がため息をつく。

「実はね、お父さんがいってたけどうちもここ最近は、赤字続きらしいんだ……」
「やっぱり、それは炎上で人が減ったせい?」
「うーん。どうなんだろうね」

 そういった苺は、首を傾げた。

「飽きられてるんだろ」

 そういって口を挟んできたのは西園寺。
 西園寺は給食を食べおえ、片づけをしているところだった。

「まーた盗み聞きして」
「だから緒代の声がデカいせいで聞こえてくるんだよ」
「飽きられてるって、うちの和菓子屋が?」

 苺が震える声でそう聞いた。
 西園寺はそっけなく答える。

「いや、有栖町が飽きられてるって話だ」

「だから人が減ってるってこと?」とわたし。
「ああ。大きなテーマパークがリニューアルしたり、季節のイベントを取り入れたりするのは、客を飽きさせないようにするためだろう」

 西園寺の言葉に、わたしは手をたたく。

「そっか! 町全体でハロウィンとかやればいいんだよ!」
「ワンダーランドのイメージにも合うね」

 苺がそういって目を輝かせる。

「面白いかもしれないが、町やワンダーランドを飾り付ける気か? いくらかかると思ってたんだ」
「西園寺はすぐに水を差すんだから……」
「おれは現実的な話をしているんだ」
「でも、ほら、手作りで飾りとかをつくれば安く済むんじゃない?」

 苺が助け舟を出してくれる。
 ああ、やっぱりわたしの天使はやさしい。

「話題作りをするなら、派手にやるしかない。そうなると手作りだとしても大変だし、結局コストもかかる」

 それとは真逆で西園寺は冷たい。目が氷のようだ。
 そりゃあ西園寺のいってることは正しいのかもしれないけど……。
 わたしと苺が黙り込んだので、西園寺は続ける。

「こういうのは大人に任せるしかないだろ」

 確かにそれが一番いい。
 わたしたちができることなんて限られている。
 それでも、何か役に立ちたい。
 せっかく、わたしは『落とし物預り所』をオープンさせたんだ。
 まだ店だって持つ前なのに、有栖町がシャッター街に戻ってしまったら悲しすぎる。
 でも、いいアイデアなんて浮かばない。
 考えこんでいるわたしに、苺がいう。

「ねえ、今日の放課後、うちの新商品の味見をしてくれないかな?」
「うん! やりたい!」

 わたしは途端に元気になった。

『ひめみや』へ行くと、新商品だというどら焼きを食べさせてもらった。

「あんバターのどら焼きはあるけど、バタークリームどら焼きってあんまりないかな、と思って」

 苺の言葉に、わたしは「いただきまーす」とどら焼きに思い切りかぶりつく。

「おいしいい!」

 バタークリームとあんこの入ったどら焼きは、甘いバタークリームと甘さ控えめのあんこがめちゃくちゃ合う。
 しかも、このバタークリームがすっごく美味しい。
 バタークリームだけど、くどくなくてあっさりとしているのに後をひく甘さ。
 わたしがぺろっと完食すると、苺はホッとしたような顔をする。

「よかったあ。バタークリームはわたしがつくったんだ」
「えっ?! そうなの?! バタークリームすっっごーーーく美味しかった!」
「本当に?! うれしい! バタークリームの研究をした甲斐があったよ」

 苺はそういって微笑む。
 研究かあ。苺はわたしへのサプライズロールケーキといいい、本当に努力家で勉強家なんだよね。
 わたしも見習わないとな……。
 そんなことを思って、店内を見回すと今日はお客さんが少ない気がした。
 やっぱり炎上が後を引いているのか、わたしのせいなのか。
 有栖町全体にお客が少ないのは明確だった。

「なーんかお客さんを呼び込むいい方法ないかなあ」

 わたしがつぶやくと、苺はいった。

「大丈夫だよ。萌乃香は招き猫みたいなところあるから」
「え? そうなの?」
「うん。わたしはそんな気がしてるけど」
「招き猫、ねえ」

 そういえば、ここにも招き猫の置き物があったはず。
 店内の奥の棚の上にひっそりとある招き猫を見つける。
 だいぶ年季の入った招き猫の置き物にそっと触れてみた。

「あれ……?」

 わたしは招き猫に触って首を傾げる。
 それからもう一度、あらためて触れてみた。
 だけど、招き猫の思い出はなにも見えない。
 思い出がない、なんてあるのかな……。
 
「そりゃあ、あるだろ」

 次の日の朝。
 登校中に西園寺を捕まえて、昨日の『ひめみや』の招き猫の話をした。

「なんでそんなふうにいい切れちゃうの?」
「思い出が遠い昔すぎて覚えてないとか」
「なるほど」
「あと、物がみんな意思を持っているとは限らないだろ」
「まあ、それもそうか」
「でもどっちといえば、思い出が遠い昔だから見えないってほうな気がする」

 西園寺の言葉に、わたしは思わず立ち止まる。
 ランドセルをベルトぐっと握ってから口を開く。

「思い出が遠い昔にしかないないんて、悲しすぎるよ」
「しょうがないだろ」
「でも、かわいそうだよ……」
「それなら緒代が引き取れば? ま、そんなふうに物に情がうつりまくってたら、有栖町の骨董品を買い取る羽目になりそうだけどな」
「さすがにそれは……。でも、あの招き猫に限った話じゃないよね。他にもそういう物があるよね」

 家の離れにも、そういう物があったからわかる。
 もう古くて忘れ去れた物は、あちこちにあるのだ。
 それこそ有栖町の店をすべて回って集めたら、結構な数になるほどに……。

「なんか、いいアイデアが浮かびそう」

 わたしがつぶやくと、西園寺が振り返る。

「なんのアイデア?」
「お客が飽きない方法」
「なんか浮かんだのか?」
「ここまで出かかってるんだけどなー」

 わたしがそういって額に手を当てると、西園寺は無言で歩きだす。

「ちょっと! ツッコミなし?!」
「そんなベタなボケに乗ったら負けな気がする」
「冷たいねー。さすが氷の王子」
「は? なんだそれ」

 西園寺が冷たい視線を向けてくる。

「『氷の王子』、今わたしがつけた西園寺のあだ名」
「やめろ……。なんか背中がゾワゾワする……」
「えー。ピッタリじゃん」
「しかもなんで王子なんだよ……。柄じゃねーだろ」
「そのほうがカッコイイかな、と思って」
「なんだその謎の配慮……」

 西園寺はそういうと、ため息をついて歩いていってしまった。
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