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3-3.妖精卿と浴室での行為編3
しおりを挟むどれくらい眠っていたのかは分からないが、目覚めても部屋は薄暗いままだった。
月明かりに照らされた部屋は未だ静かで、誰かが入って来た形跡もない。
(久々に、ゆっくり寝た気がする。体もだいぶ楽になった)
邪魔されることなく休めたおかげで、気持ちも起きる前よりはマシになっている。
そしてそれは、ヴァルネラが約束を守ってくれた証拠でもあった。
「お、おはようございます。気分はどうですか?」
「ちゃんと寝れたから大丈夫。魔力も馴染んだのか、拒絶反応も起こってない」
そして部屋の入口から聞こえてきた声に気づき、俺は扉越しに言葉を返す。
ヴァルネラも返事があったことに安堵したのか、扉が僅かに開かれる。
(俺がすぐ閉じれるように、気を遣ってるのかな)
お互いの顔が確認できる程度しか扉は開かれず、彼は少し離れた場所にいる。
遠目から観察するように俺を眺め、顔色が良くなったと安心したように呟いた。
「純粋な人間って、本当に休まないといけないんですね。でもごめんなさい、私にはその感覚が良く分からないんです」
「ヴァルネラはよく人間と自分を区別するけどさ、やっぱ違うものなんだ」
思い返せば俺と同じ時間を過ごしていたのに、彼は疲労した様子がなかった。
だから姿形は似ているのに感覚が共有できなくて、同じ人間だとは思えずにいる。
「私は妖精の素質が強いので、大抵のことが魔力で賄えるんです。でも完全な妖精でもないので、全てが中途半端なんですよ」
ヴァルネラも同じことを思っていたようで、問いかけに対して自嘲気味に答える。
今まで過去を語らなかった口が、堰を切ったように動き出す。
「私を利用しようとする者は途中で怯えていなくなり、比肩しようとした者は壊れていくんです。存在は、していたんですが」
「だから自分だけの、相手を作ろうとしたのか」
彼自身も孤独への解決策を見出そうとして、足掻いた日々があったのだろう。
結果誰も残らず、自分が望む存在を作る方向へ舵を切り替えたようだが。
「はい。だから居場所のない者を自分の元で囲い、体質から同類にすれば――」
「それ、人間にとっては怖い発想だよ。しかも想像だけじゃなくて、実行してるし」
俺の指摘にヴァルネラが目を逸らしたのを見ると、薄々は分かっていたのだろう。
けれど根本的な理解ができないまま、俺と対峙することになった。
「妖精卿だなんて言っても、所詮はこんなものですよ。嫌いになりました?」
「昨日、本当に嫌いになりかけた。でも一人で考えた時に、悪意がないとも思った」
怯えを含んだ目で問いかけてくるヴァルネラに、俺は首を振って否定する。
彼は未だ恐ろしいと思う、けど傷つける為に力が振るわれたことはなかった。
「無理やりされて怖かったけど、性行為自体は俺が魔力に馴染む為のものだった」
ヴァルネラも言葉が足りなかったし行為は性急だったが、根底には善意もあった。
少なくとも俺が泣いた後は意思を汲もうと動き、休息を守ってくれている。
「うん、今なら分かるよ。全部、過剰な魔力を吐き出させる行為だったしね」
「じゃあグレイシスは、私のことを嫌いにならないでくれますか」
余裕のできた頭はヴァルネラの行動を受け入れ、反射で答えを出したりしない。
不安げなヴァルネラに向けて頷くと、彼は表情を緩めて胸を撫で下ろした。
「今はまだ、ね。俺も魔法を使えるようになりたいし」
「良かった、少し安心しました」
『利害が一致しているから離れない』と伝えると、彼は嬉しそうに微笑んだ。
それでも影が見えるのは、自分の願いが叶えづらいものだと理解しているから。
「でも俺が嫌だって言ったらやめてよ。勝手に暴かれるの、本当に怖いんだから」
「それが貴方にとって、益のある事だとしてもですか?」
さっそく俺の指摘に対して問い返してくるのが、感覚の違いを浮き彫りにさせる。
けれど彼と過ごすなら、倫理観の違いを指摘するのは俺の役目になるだろう。
「論理的に正しい事と、それを相手が望んでいるかは別問題だよ」
「私には多分、その違いが分かっていません。自分が良いと思う事をしているので」
他者との交流を失敗し続けたヴァルネラは、諦めたように俺から目を逸らした。
だからその顔に手を伸ばした俺は、彼の頬に手を添えて真っ直ぐに見つめる。
「じゃあ俺の事を見て、その反応で考えて。俺がどう思っているかを気にして」
至近距離で諭すように俺が伝えると、端正なヴァルネラの顔が朱に色づいていく。
交流経験が乏しいから、俺のような人間には慣れていないのかもしれない。
けれどここは耐えてもらわないと、一緒に生活などできないままだ。
「俺もできる限り言葉にするし、それに応えてよ。……うわっ」
俺は要求を伝え切って手を離そうとすると、強く手を引かれて体勢を崩した。
そのままヴァルネラの腕に転がり込むと、熱のこもった眼差しを向けられる。
「貴方の言う通りにしたら、一緒にいてくれる? ちゃんと頑張りますから」
「努力はする。俺も今後は、その、多少恥ずかしくても協力するからさ」
そう言って俺が歩み寄ると、ヴァルネラは感極まったように抱きしめてくる。
けれど力は込められておらず、壊れ物を扱うかのように包み込まれてた。
「嬉しいです、グレイシス! 私、貴方に好かれるように頑張りますね!」
「うん、俺も応えられるように励むよ。限度はあるけど」
俺からも抱擁を返すと、距離が近づいてヴァルネラの鼓動が伝わってくる。
彼の心臓は早く、やはり関係性を築くことに慣れていないと感じさせた。
「あとそろそろ、部屋に入ってきなよ。ここの家主なんだしさ」
さっき体勢を崩した時に、俺はヴァルネラのいる廊下に転がり出てきていた。
つまり今の俺たちは廊下で抱き合っていて、彼は一度も部屋に入ってきていない。
「ほ、本当に入っていいんですか? もちろん、怖い事なんてしませんけど」
「分かってるよ、ほらおいで」
俺が体を離してヴァルネラの手を引くと、彼は大人しく従って室内に導かれる。
そのまま寝台に二人で腰かけるが、握った手はなかなか解かれなかった。
「私、一所懸命頑張りますから。だからどうか、見捨てないでください」
「うん、一緒に頑張っていこうよ」
人慣れし始めた猫のような反応が面白くて、俺はヴァルネラの頭を撫でた。
存外、彼との生活は悪いものにならないかもしれない。
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