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5-1.妖精卿と解放の誘い編1

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 同棲の約束してから精神的な余裕ができたのか、ヴァルネラも外出をし始めた。
 連日の性行為で体が痛みを訴える俺は留守を決め、長椅子に身を沈めている。

「グレイシス。数日家を空けるので、その間は自由にくつろいでいてくださいね」
「連泊は珍しいね、どこか出かけるの?」

 最近のヴァルネラは俺の生活用品を調達するために、街を飛びまわっていた。
 だが多少の距離は魔法で移動できるから、連続で家を空けるのは初めてだった。

「竜が街の麓に出たと依頼が来ましたので、討伐に行ってきます」

 そう宣言したヴァルネラが纏うのは、魔法効率を上げる布で仕立てた外套だった。
 彼もやる気に溢れているが、しかしこの仕事はどこから舞い込んだのだろうか。

「それ、良いように使われてるだけじゃないの? 普段は人と交流ないんでしょ」
「いいんです。一時的にでも、誰かに求められるのは寂しさが軽減されるので」

 俺の疑問に複雑そうな笑みを返しながらも、ヴァルネラはそっと首を振る。
 それを見て俺は追及を引き下げ、余計なことは言わないでおこうと口を閉ざした。

(俺も同じ理由で囲われているから、強くは指摘できないか)

 竜の討伐を願う人々と、魔法の教えを望む俺に大した違いはない。
 孤独な彼を利用してるのは同じで、今更居た堪れなくなった。

「ちゃんとここにいてくださいね、グレイシス。すぐ帰ってきますけど」
「まだ魔法、ほとんど使えないから。そんな顔しなくても大丈夫だよ」

 いつの間にか俯いていた俺を覗き込み、ヴァルネラは心配そうに声を掛けてくる。
 だから安心させようと彼の頬を両手で包み込んで、俺は軽く笑い掛けた。

「私、表情に出てました? ごめんなさい、また怖がらせてしまいましたか」
「今は大丈夫。最近は、ヴァルネラが無理強いしないの分かったから」

 彼は甘えたな犬のように手の平に頬をすり寄せ、そこに口づけを落としてきた。
 くすぐったさに笑うと彼の表情は明るくなり、大きく振られた尻尾を幻視する。

「……気持ちが伝わってるの、すごく嬉しいです」

 そしてヴァルネラの頭を撫でると、甘えるように彼は身を寄せてきた。
 最近は性欲を絡ませない接触も増え始め、そこに心地よさすら感じてしまう。

(子供みたいに笑うなぁ、ヴァルネラ。元々がものすごく純真なんだ)

 最初の夜に感じた恐ろしさは鳴りを潜め、今は大型犬のような健気さを思わせる。
 だが出発の時間が来てしまったらしく、ヴァルネラは名残惜しそうに体を離した。

「竜は多量の魔力を持ってますから、貴方の役に立ちます。お土産にしますね!」
「無理はしなくていいよ。魔法を使うの、急いでるわけじゃないし」

 無茶を匂わせる発言に俺は釘を刺すが、ヴァルネラは嬉しそうに微笑むだけだ。
 むしろ語気は荒げられ、引き下がる様子は一向に見せない。

「いえ、今の言葉がすごく嬉しかったので! じゃあ行ってきます!」
「……言うこと聞かないんだから、もう」

 ヴァルネラは俺から手を離し、颯爽とした足取りで扉から出て行った。
 残された俺は長椅子に体を預け、ぼんやりと天井を見つめてみる。

(じゃあ帰ってくるまで、魔法の本でも読んでいようかな。あと魔力経路の拡張を)

 けれどこれからの計画立てていたのに、思考を邪魔するように声が聞こえてきた。
 最初はヴァルネラが戻ったのかと思ったが、届いたのはもっと馴染みのある声。

「……ディーロ? え、嘘でしょ」

 だるさが残る体を引きずって庭に出ると、門の外から懐かしい姿が垣間見えた。
 もう決別したと思っていた小さな影が、俺に手を振っている。

「良かった、まだ生きてたグレイシ」
「なに、どうしたのディーロ。俺を殺しに来たの?」

 屋敷にはヴァルネラの守衛魔法が張られているから、簡単には中に入れない。
 だからディーロは、門の柵から身をねじ込むように話しかけていた。

 けれどその言葉は途中で途切れ、表情も不安げなものに塗り替えられていく。

「ちが、助けに来たんだけど、もしかしてもう手遅れかもしれないと思って」
「全く話が見えないんだけど。なにを見て、そう思ったの」

 ディーロの言動に怪しさを感じて、俺は警戒心を強めながら問い質した。
 すると彼は顔を青くしながら、俺自身に震える指を突きつける。

「グレイシス、信じられないくらい魔力に浸されてる。なんでそんな風になったの」
「それ、は」

 今まで自覚はなかったが、俺はべったりヴァルネラの魔力を纏わされてるらしい。
 だが同性との性行為が原因だとも言えず、俺は言い淀むしかなかった。

「このままだと取り返しのつかないことになる。グレイシス、外で治療を受けよう」
「行かないよ。俺、ここで魔法を使えるようになるって決めたんだから」

 因縁を放り投げてまでディーロは治療を勧めてくるが、俺は提案を跳ね除ける。
 俺たちの絆はあそこで終わってしまったし、仲直りしたいとも考えていなかった。

「魔法使いになんてなれないって分かってるでしょ、俺もグレイシスも」
「俺は少なくとも、魔力を出せるようになったけど」

 魔法など縁がないと断じるディーロと違って、俺はその一端には触れている。
 それを証明したくて、俺は威嚇するように拙い魔法の放出を行った。

「ほら見てよ、俺の魔力。そのうち魔法だって使えるようになるから」
「……本当だ。でもグレイシス、その状態じゃ」

 俺が魔力を扱えるとは思っていなかったのか、ディーロは驚きを隠せずにいる。
 今にも消えそうな輝きではあるが、断念した者には手に入らない希望でもあった。

「諦めたのはディーロだけだよ、勝手に巻き込まないで」
「そうですよ。彼は責任もって、私が同胞にしますからね」

 そして俺たちの会話に割って入ったのは、竜討伐から帰宅したヴァルネラだった。
 威嚇するように広げられた翅は血に塗れながらも、煌々と光を放っている。

「――妖精卿!」

 俺たちの間に降り立ったヴァルネラを、ディーロは警戒しきった瞳で睨みつけた。
 だがそれ以上に鋭い眼で射貫かれたのか、ぶるりと身を竦ませて後ずさる。

「ヴァルネラ、おかえり」
「! はい、ただいま戻りました!」

 対して俺には笑顔で振り向き、その勢いで血飛沫が庭に降り注ぐ。
 その様子に更にディーロが怯え、腰が抜けたのかその場に座り込んでしまった。

「ふふ、嬉しいものですね。帰りを待つ者がいるということは」
「けどさ、随分血まみれじゃん。一体どうしたの」

 ヴァルネラ自身に怪我はないようなので返り血だろうが、それでも量が凄かった。
 普段は身綺麗にしてから帰ってきているので、相当急いで帰ってきたのだろうが。

「屋敷に近づく気配があったので、急いで戻ったんですよ。正解でしたけど」

 ヴァルネラは再びディーロの方へと向け、穏やかだった声を硬くさせる。
 顔色を失くした彼は可哀想なくらい震えているが、まだ逃げ出そうとはしない。

「グ、グレイシスを返して! その状態じゃ、魔力汚染を起こすかもしれない!」
「より魔法使いに近づくだけですよ。その為の覚悟は、彼もしているでしょうし」

 震える声で必死に訴えたディーロだったが、ヴァルネラは冷酷に切り捨てた。
 代わりに血塗れた指を俺の頬に滑らせ、頷くのを待ちわびている。

「うん、そうだよ。だから帰ってディーロ、もう来なくて大丈夫だから」
「……嫌だ。また来るから、その時にもう一度話そう。グレイシス」

 俺たちの拒絶を聞きながらも、ディーロはまた会いに来ると告げて走り出す。
 その姿が完全に消えてから、ヴァルネラも俺をつれて屋敷へ戻っていった。
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