35 / 40
12-1.妖精卿と最悪の再会編1
しおりを挟むヴァルネラと決別してからは、街で路銀を稼ぎながらディーロと暮らしている。
けれど変質した俺は以前のように暮らせず、迷惑を掛けてしまっていた。
「グレイシス、目を覚まして! 俺を襲わないで!」
「えっ!? ……うわ、ごめんディーロ!」
安宿で目を覚ますと、隣で寝ていたディーロを半裸に剥いて覆い被さっていた。
彼は必死で抵抗し、部屋の隅まで跳ねるように退避する。
(無意識に、僅かな魔力でも奪おうとしていたのか)
今は翅をなくすために魔力を取り込んでいないが、代わりに飢餓感を覚えていた。
態度には出さないよう努力していたが、本能的に魔力を探してしまっている。
「重症だね。でも治すには魔力を含まないものを、ってどこ行くのグレイシス!」
(あっちから、濃い魔力の気配がする。体が勝手に動く、自分じゃ止められない!)
飢えた感覚に突き動かされる俺は、最後まで話も聞けずに魔力の痕跡を辿り出す。
ディーロの制止も振り切って、体は勝手に雑踏へと飛び出した。
「お願いだから止まって! 他の人を襲ったら、取り返しがつかなくなる!」
(そんなの分かってる。けれど魔力に飢えて、我慢ができな――!?)
俺の意識は魔力の気配がした方に向かっていて、呼び止める声も耳に入らない。
そして歩いていた影を襲おうと、欲求が牙を剥いた。
「おや。誰かと思えば、ヴァルネラが執着していた半妖精じゃないか」
しかし振り返った美しい顔には見覚えがあり、俺の思考は衝動から引き離される。
彼はヴァルネラの元婚約者で、親族を惨殺された吸血種。
「知り合いなの、グレイシス」
「……この人にとっての仇なんだよ、俺。間違いなく恨まれてる」
スペルヴィアとはあれから会っていなかったが、家門惨殺の原因は俺とも言えた。
それに今はヴァルネラの庇護下じゃないから、彼は容赦なく復讐を果たすだろう。
けれど予想に反して、彼の表情は静かに凪いでいる。
「ヴァルネラのことを言っているなら、恋愛感情はないから問題ないよ。家門の破滅も、まぁその程度だったということだ」
(スペルヴィア、なんだかすっきりした顔をしてるな。敵意も感じない)
彼は家門に心底執着していると思っていたが、その考えは外れていたらしい。
向けられた瞳に遺恨は感じられず、ただ黒い翅に注がれていた。
「ところで君、その翅はどうしたんだい。雑多な魔力で構成されているようだけど」
「翅の成長を焦って、色々襲ってこの有様。笑えばいいよ」
過去の翅を知っているスペルヴィアには、一層この姿は無様に見えるだろう。
俺は自嘲気味に笑うが、彼は少しも茶化さずに翅を観察し続けていた。
「そうか、君もダメだったのか。うまくいかないものだね、妖精種というものは」
「いっそ俺の血を啜る? 魔力量だけは「自暴自棄にならないで、グレイシス!」」
沈殿していた憂いからやけになるが、今まで黙ってたディーロが俺を制止する。
スペルヴィアも気が乗らないようで、提案には難色を示していた。
「生憎弱い相手の血を啜る趣味はないんだ。お望みなら手に掛けてもいいけど」
「逃げよう、俺たちが敵う相手じゃない! 動いてグレイシス!」
スペルヴィアは鋭い牙を見せつけ、ディーロが俺を引きずって逃げようとする。
けれど俺は棒立ちになり、牙が目の前に迫っても抵抗する気になれなかった。
「置いて行っていいよ、ディーロ。俺は自制が効かないから、いずれ迷惑を掛ける」
人としての生活に戻ろうとした数日は惨憺たる結果で、彼も襲いかけた。
であれば糧となった方がと考えるが、スペルヴィアは憐れむように牙を収める。
「相当気を病んでいるね、君。……二人とも僕の家においで、茶くらい出そう」
そう言うとスペルヴィアは軽々と俺を持ち上げ、ディーロについてくるよう促す。
俺が暴れても彼は意に介さず、堂々と街路を歩んでいった。
辿り着いたのは街外れの小さな屋敷で、雑多だが温かみのある場所だった。
俺は応接間の椅子に降ろされ、ディーロは手荷物を必死に探っている。
「スペルヴィア、さんだっけ。貴族の口には合わないかもしれないけど、よければ」
「菓子の手土産かい、いいじゃないか。僕も食事をし始めたからありがたいね」
ディーロは手を付けていない包みを手渡し、スペルヴィアはそれを受け取った。
舞踏会で見た時よりも大人びた姿を、俺はぼんやりと眺めている。
「……スペルヴィア、魔力で賄わなくなったの」
「家門がなくなってから、自由にやるようになってね。魔法を使わない文化も楽しいと気づいたんだ」
スペルヴィアは焼き菓子の包装を解き、見栄え良く大皿に盛り付けていく。
そして音を聞きつけたのか、部屋の外から大勢の子供が押し寄せてきた。
「わ、子供たちがたくさん寄って来た! この子たち、預かってるの?」
「施設や家門の被害者の子たちを引き取っている。小間使いとしてね」
スペルヴィアは菓子を分け与えながら、子供を部屋の外へと散らしていく。
中には施設で見かけた子もいて、勝手ながらも救われた気分になった。
「君たちも家事手伝いをするなら、ここで暮らしても構わないよ。今更二人増えたところで変わらないから」
そして成人男性の人手を代償に、ここで働くなら保護してあげようと提案される。
俺が考える前にディーロが大きく頷き、二人してここで暮らす事になった。
それからは家事手伝いをしながら、スペルヴィアの屋敷で日々を過ごしてた。
魔力補給薬で欲求を抑え、問題も起こさず穏やかに生活していたはずなのに。
「やはりヴァルネラが忘れられないのかい、グレイシス」
「ごめん、手が止まってた。すぐに風呂洗いを終わらせるよ」
大人数用の浴槽を洗っていたけれど、いつの間にか考え事に気を取られていた。
我に返った俺は謝罪するが、スペルヴィアはむしろ作業を制止してくる。
「責めにきたわけじゃない。だが先ほど、ヴァルネラが訪ねて来た」
「っ、なんの用だったの」
もう聞かないと思っていた名前に息が止まり、緊張が走って体を強ばらせる。
彼はそれを気の毒に思ったのか、言葉を選びながら続きを教えてくれた。
「君を探していた。知らない振りをしたが、それで良かったのかい」
「……うん、ありがとう」
まだ詳しく状況を話していなかったが、俺の意向は察してくれていたらしい。
おかげでヴァルネラとは顔を合わせずに済み、安堵と未練が込み上げてくる。
「彼、泣き腫らしていたよ。君ともう一度、話がしたいと言っていた」
59
あなたにおすすめの小説
【本編完結】最強魔導騎士は、騎士団長に頭を撫でて欲しい【番外編あり】
ゆらり
BL
帝国の侵略から国境を守る、レゲムアーク皇国第一魔導騎士団の駐屯地に派遣された、新人の魔導騎士ネウクレア。
着任当日に勃発した砲撃防衛戦で、彼は敵の砲撃部隊を単独で壊滅に追いやった。
凄まじい能力を持つ彼を部下として迎え入れた騎士団長セディウスは、研究機関育ちであるネウクレアの独特な言動に戸惑いながらも、全身鎧の下に隠された……どこか歪ではあるが、純粋無垢であどけない姿に触れたことで、彼に対して強い庇護欲を抱いてしまう。
撫でて、抱きしめて、甘やかしたい。
帝国との全面戦争が迫るなか、ネウクレアへの深い想いと、皇国の守護者たる騎士としての責務の間で、セディウスは葛藤する。
独身なのに父性強めな騎士団長×不憫な生い立ちで情緒薄めな甘えたがり魔導騎士+仲が良すぎる副官コンビ。
甘いだけじゃない、骨太文体でお送りする軍記物BL小説です。番外は日常エピソード中心。ややダーク・ファンタジー寄り。
※ぼかしなし、本当の意味で全年齢向け。
★お気に入りやいいね、エールをありがとうございます! お気に召しましたらぜひポチリとお願いします。凄く励みになります!
美貌の騎士候補生は、愛する人を快楽漬けにして飼い慣らす〜僕から逃げないで愛させて〜
飛鷹
BL
騎士養成学校に在席しているパスティには秘密がある。
でも、それを誰かに言うつもりはなく、目的を達成したら静かに自国に戻るつもりだった。
しかし美貌の騎士候補生に捕まり、快楽漬けにされ、甘く喘がされてしまう。
秘密を抱えたまま、パスティは幸せになれるのか。
美貌の騎士候補生のカーディアスは何を考えてパスティに付きまとうのか……。
秘密を抱えた二人が幸せになるまでのお話。
ウサギ獣人を毛嫌いしているオオカミ獣人後輩に、嘘をついたウサギ獣人オレ。大学時代後輩から逃げたのに、大人になって再会するなんて!?
灯璃
BL
ごく普通に大学に通う、宇佐木 寧(ねい)には、ひょんな事から懐いてくれる後輩がいた。
オオカミ獣人でアルファの、狼谷 凛旺(りおう)だ。
ーここは、普通に獣人が現代社会で暮らす世界ー
獣人の中でも、肉食と草食で格差があり、さらに男女以外の第二の性別、アルファ、ベータ、オメガがあった。オメガは男でもアルファの子が産めるのだが、そこそこ差別されていたのでベータだと言った方が楽だった。
そんな中で、肉食のオオカミ獣人の狼谷が、草食オメガのオレに懐いているのは、単にオレたちのオタク趣味が合ったからだった。
だが、こいつは、ウサギ獣人を毛嫌いしていて、よりにもよって、オレはウサギ獣人のオメガだった。
話が合うこいつと話をするのは楽しい。だから、学生生活の間だけ、なんとか隠しとおせば大丈夫だろう。
そんな風に簡単に思っていたからか、突然に発情期を迎えたオレは、自業自得の後悔をする羽目になるーー。
みたいな、大学篇と、その後の社会人編。
BL大賞ポイントいれて頂いた方々!ありがとうございました!!
※本編完結しました!お読みいただきありがとうございました!
※短編1本追加しました。これにて完結です!ありがとうございました!
旧題「ウサギ獣人が嫌いな、オオカミ獣人後輩を騙してしまった。ついでにオメガなのにベータと言ってしまったオレの、後悔」
鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる
結衣可
BL
戦場で捕らえられた若き騎士エリアスは、牢に繋がれながらも誇りを折らず、帝国の皇帝オルフェンの瞳を惹きつける。
冷酷と畏怖で人を遠ざけてきた皇帝は、彼を望み、夜ごと逢瀬を重ねていく。
憎しみと抗いのはずが、いつしか芽生える心の揺らぎ。
誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。
鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。
【完結済】スパダリになりたいので、幼馴染に弟子入りしました!
キノア9g
BL
モテたくて完璧な幼馴染に弟子入りしたら、なぜか俺が溺愛されてる!?
あらすじ
「俺は将来、可愛い奥さんをもらって温かい家庭を築くんだ!」
前世、ブラック企業で過労死した社畜の俺(リアン)。
今世こそは定時退社と幸せな結婚を手に入れるため、理想の男「スパダリ」になることを決意する。
お手本は、幼馴染で公爵家嫡男のシリル。
顔よし、家柄よし、能力よしの完璧超人な彼に「弟子入り」し、その技術を盗もうとするけれど……?
「リアン、君の淹れたお茶以外は飲みたくないな」
「君は無防備すぎる。私の側を離れてはいけないよ」
スパダリ修行のつもりが、いつの間にか身の回りのお世話係(兼・精神安定剤)として依存されていた!?
しかも、俺が婚活をしようとすると、なぜか全力で阻止されて――。
【無自覚ポジティブな元社畜】×【隠れ激重執着な氷の貴公子】
「君の就職先は私(公爵家)に決まっているだろう?」
【完結】弟を幸せにする唯一のルートを探すため、兄は何度も『やり直す』
バナナ男さん
BL
優秀な騎士の家系である伯爵家の【クレパス家】に生まれた<グレイ>は、容姿、実力、共に恵まれず、常に平均以上が取れない事から両親に冷たく扱われて育った。 そんなある日、父が気まぐれに手を出した娼婦が生んだ子供、腹違いの弟<ルーカス>が家にやってくる。 その生まれから弟は自分以上に両親にも使用人達にも冷たく扱われ、グレイは初めて『褒められる』という行為を知る。 それに恐怖を感じつつ、グレイはルーカスに接触を試みるも「金に困った事がないお坊ちゃんが!」と手酷く拒絶されてしまい……。 最初ツンツン、のちヤンデレ執着に変化する美形の弟✕平凡な兄です。兄弟、ヤンデレなので、地雷の方はご注意下さいm(__)m
氷の支配者と偽りのベータ。過労で倒れたら冷徹上司(銀狼)に拾われ、極上の溺愛生活が始まりました。
水凪しおん
BL
オメガであることを隠し、メガバンクで身を粉にして働く、水瀬湊。
※この作品には、性的描写の表現が含まれています。18歳未満の方の閲覧はご遠慮ください。
過労と理不尽な扱いで、心身ともに限界を迎えた夜、彼を救ったのは、冷徹で知られる超エリートα、橘蓮だった。
「君はもう、頑張らなくていい」
――それは、運命の番との出会い。
圧倒的な庇護と、独占欲に戸惑いながらも、湊の凍てついた心は、次第に溶かされていく。
理不尽な会社への華麗なる逆転劇と、極上に甘いオメガバース・オフィスラブ!
やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。
毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。
そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。
彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。
「これでやっと安心して退場できる」
これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。
目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。
「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」
その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。
「あなた……Ωになっていますよ」
「へ?」
そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て――
オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる