神の国から逃げた神さまが、こっそり日本の家に住まうことになりました。

羽鶴 舞

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最終話.『神さま』

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 空が、夕焼け色に染まっていく。お別れの時間が近づいてきた。

 七福美術大学のキャンパスの近くにある公園で、僕たちは、空に浮かんでいる宝船を眺めている。
 周りの人々は、宝船の存在に気付いていない。神様たちが気付かれないよう、結界を張っているのだから。

 宝船に乗っているコノハたちは、僕たちを見つめて声を大きく上げる。

「アキラっ、今までありがとうっ! すごく楽しかったよ! 神の国に帰っちゃうと、もう二度と会えないけど……思い出は大事にするよっ! あたし、神さまとして頑張るよ!」

 コノハは手に持っているアルバムを胸に抱いて、ぐしっぐしっと泣いていた。
 そのアルバムはタケルと香織と一緒に、コノハと一緒に撮った写真がたくさん入っている。
 思い出の品を、コノハにプレゼントしたのだ。

 急いで作ったけどね。

 寿老人様と天照大神様、思兼神様が励ましの言葉を送る。

「アキラよ、これからの人生を楽しむのじゃぞ!」

「アキラさん、皆さまに感謝を。私たちは貴方たちのことを見守ってますよ」

「アキラ! 神の法の教科書を作ってくれたこと、感謝する!」

 手を振っているコノハと、後ろにいる神々までもが、僕たちに微笑みを送った。

 やがて、宝船が空の向こうへ小さくなり、消えていった────

「コノハちゃんって、いい神様だね」

「ああ、あの神様が日本を守ってくれるなんて、誇らしいぞ」

 香織とタケルは、この上ない幸せを感じていた。僕も2人に、
「うん。この思い出を大事にするよ」と言った。

 続いて、空の方に視線を向けて「コノハ、ありがとう――」とつぶやいた。

 そう、黄昏の空を眺める3人だった。


 ◆ ◆ ◆


 数か月後────

 寒い日々がつづく中、僕たちは大学の帰りでおしゃべりをしている。

「あと3か月で、卒業か。アキラ、やっと内定取れてよかったな! 夢も見つかってよかったじゃないか!」

「うん、ありがとう。これも、コノハのおかげだよ」

 僕が悲しげに、つい口にしてしまった。香織とタケルは一瞬、寂しげな表情を顔に浮かべる。
 そんな時、香織が僕とタケルを誘う。
 
「ねぇ! 7時に七福駅の近くの“まかない亭”で飲みしない?」

 気分を明るくしてくれる香織に、僕は嬉しくなった。

「オッケーだよ! 飲もうよ!」

「俺もオッケーだ! アキラ! 神様はきっと見守ってくれるからさ!」

 タケルも励ましてくれた。やっぱり、友だちはいいものだ。

「じゃ、7時ね!」

 そうして、3人はこの場でバイバイした。


 吐息が小さな霧のように、口元から広がる。一息をつく僕は、石畳の歩道を歩いていた。

 コノハは、今は何しているんだろう。
 最近、日本経済の景気も良くなり、明るくなっている。夢を目指す人も、やけに増えたような気がする。

 神さまとして頑張っているんだなと、うれしく思った。


 いつも行っているコンビニのところへ寄ると、レジのところに、以前、話しかけないでとオーラを出したコンビニの女性店員がいた。

「こんにちは」

「あっ、いらっしゃいませ……」
 
 なぜかうつむいている女性店員さんに、僕は首を傾げた。
「大丈夫?」とさりげなく声をかける。

 女性店員さんは意を決したのか、僕をジッと見つめて口にする。

「私、唐沢先輩のことが気になっていて……。今度、進路のことを相談したいんですが、ダメでしょうか?」

「えっ、僕でいいのかな?」

 思いもよらない展開に、戸惑いを隠せない。

「はいっ。自分が何をやりたいのか分からなくて……。デザインやりたくて七福美術大学に入ったのに、今は迷ってしまって……。
 就職支援課にあるメッセージボードに、唐沢先輩が書いた『後輩へのメッセージ』を読みました! すごく心に打たれたんです! ぜひ、相談したいのですが、よろしいでしょうか?」

 ああ、内定取った嬉しさのあまりに、メッセージを書いていたんだった。

「うん。大丈夫だよ。明日、大学に行くから、その時で相談する?」

「唐沢先輩! ありがとうございます! よろしくお願いいたします! あ、私の名前は時雨しぐれ色葉いろはといいます」

 ずいっと近づく時雨色葉に、僕は息を呑んだ。

「そ、そうだね。時雨さん、明日よろしくね」

「はいっ!」

 時雨色葉が嬉しそうな笑みを浮かべて、礼儀正しく頭を下げた。僕もつられて、思わず頭を下げてしまった。

 最近は、こういう場面がやけに増えてきているし、自分の身のまわりが、なぜか明るくなっている。
 色んな人から話しかけられることが増えたし、これもコノハのお陰だろう。


 コンビニを後にした僕は、空を見上げていた。
 コノハに似たような雲が浮かんでいる。まるで、両手にVマークを作って僕にからかうような笑みを形作っているようだ。
 そんな雲の形を眺めた僕は、口元が思わず緩んだ。

「ははは、コノハはいつも笑顔だな」
 
 アパートに着くと、電気はついていない。
 玄関ドアを開ければ、そこにコノハがいる! と思いながら開けると、誰もいない。

 シンと静かだ。

 机の上に、写真立てが置いてある。
 写っているのは僕とタケル、香織に、コノハ、天照大神様、寿老人様、思兼神様がそろっていて、後ろには神々が微笑んでいる。
 コノハとのお別れの時に、撮った写真だ。

 だが、この集合写真は僕しか見えない。他の人が見ても、ただの写真しか見えないだろう。実際にタケルが「俺とアキラ、香織しか写ってないぞ!」とぼやくほどだったのだから。

「よしっ! 夢の為に頑張るぞ!」

 今、通っている大学を無事に卒業するために、卒業研究の成果として提出する論文の続きを再開しようとすると、どこから音が聞こえる。

 ────ジャ――。

 うん? トイレの流れる音?

 トイレのドアが、勝手に開く。
 そこに、なぜか異国情緒の国から来たかような少女が僕を見つめていた。

「「………………」」

 時の止まったように、部屋が静まり返る。

「あ、アキラっ! ごめん。また逃げちゃった」

 テヘッと舌を出しながら手を見せる少女は、コノハだった。
 そんな言葉を聞いた僕は、あのお別れの時は何だったのかと頭を抱えてしまった。

「僕の感動を返せ──!」

 部屋全体が木霊した。

 ◆ ◆ ◆ 

 神の国──

「あら? 神さまはどこにいったのかしら?」

 天照大神様はコノハを探していたが、寿老人様が頭を抱えて言いもらす。

「神さまは、また逃げおったよ。成長したかと思ったのじゃが、また振り出しじゃ」

「あらあら、やっぱりアキラのことが気に入ってるからでしょうね」

「そうじゃのう……困った神さまじゃ」

 やれやれと、頭を振る神様たちだった。

 ◆ ◆ ◆ 

「あれ? ちゃんと鍵、閉めてたんだね。前は鍵開けっ放しだったのに……」

 と僕はそうぼやいたが、コノハはえへへと喜んでいた。

「そりゃ、アキラから教えてもらったんだからねっ!」

 そんな2人の日常は、にぎやかな日々を過ごす──

──完──

___________________________
 
 最後までお読みくださり、ありがとうございました!

 羽鶴 舞
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