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16話(※軽微ですがキス描写あり)
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「今回、……って?」
「元々この世界で作られ取引されている物ではあるんだけどね。同時に。使用範囲からして厳しく制限されている劇物扱いの製品なんだよ」
「え、毒ってこと?!」
劇物って言葉にびっくりして反射的に大声を上げると、驚いたように目を剥いた兄様が次の瞬間、笑み崩れてクツクツと笑い出した。
「いや、ごめん。違う違う。毒ではないから安心して。例えば、ほら。家の利益のためだけの政略結婚、なんて貴族間ではよく聞く話だしありふれているじゃないか。嫌々婚姻を結ばされたあと、家を捨てて逃げ出す奴が一定数いたり。あとは、話がまとまる前に駆け落ちすることを選ぶ者もいるようだしね。でもそれじゃ困るってことで、本人たちの与り知らないうちにひそかに使用されている薬品がある。……という話だ」
「それって……大丈夫、なの……」
「こっちの常識に当て嵌めてもアウト、って言ったろ?そんなの、ほぼほぼ洗脳だ。非合法だけど、時と場合によっては特別に目溢しされているというだけの話さ。一般には流通すらしていないし、手に入れるにしてもある程度の伝手とコネが必要になる。あとは。コレ、かな。かなり高額だよ」
嘲るみたいにして目を眇め、珍しく荒っぽい調子でそう吐き捨てた兄様が。最後。人差し指と親指で輪っかを作るようにしてくっつけ、片方の口角を引き上げて皮肉めいた笑みを浮かべた。
「それを4人分、……あー、いや。もう1人いたな。来年入学してくる第二王子の分を含めると5人分になるのか。しかも、ある程度継続的に。そうなるともう、総額でどれくらいになるのか。ちょっと想像もつかないね」
「……それを、……彼は、使っているんですか?」
思わず姿勢を正して敬語になってしまった僕に、口元だけで柔らかく笑い返してきた兄様が微かなため息を吐く。
「彼自身が直接取引しているとは考えにくいけど、確実に使ってはいるんじゃないかな。そうじゃなければここまであからさまな変化はまず起こり得ないと思うよ。あの王子様の普段の執着ぶりを見ていた側からすると、ね。急に心変わりしたとか、まず罠……というかなにかの駆け引きの類なんじゃないかとしばらく疑ってかかっていたくらいだ」
「……王族に、……王太子殿下にも使っちゃったって……こと??さすがに、まずいんじゃ……」
「バレたら大事になるだろうねぇ。もし裏で手引きした者がいるのなら、そいつも無事では済まないだろうし」
どこまでも暢気に話す兄様の、内容とは裏腹の軽い口調に脱力しそうになった瞬間。
「しかし。精神力だけであそこまで薬の効果に抗えるもんなのかと、殿下の執着の強さの片鱗を垣間見ることができて逆に感心しているよ、俺は。……というより、むしろ並大抵の執着心なんかでどうにかなる物でもないと思われる分。だいぶ……怖いな。うん、怖い。アレにエルの一生を託すとか、……無理だろう。無理だな。怖すぎるし不安すぎる」
心底楽しそうな笑い声を上げていた兄様が、突如我に返ったように笑みを引っ込め真顔になって何事かをブツブツ呟き出したため。その落差がちょっと怖くて無意識のうちに腰が引けてた僕がいた。
「まあでも。そうなることを選んだのは殿下自らの意思だから。毒味すらさせずに得体の知れないものを口にするなんて、王族としての自覚が薄すぎるんじゃないかな」
ブツブツ呟いていた間ずっと。口元を覆うようにしてあてていた両手を離してパンっと打ち鳴らして話し終えたあと。背筋を伸ばした兄様がまた高らかに笑い出した。
けど、すぐさま僕は前のめりになってその声を遮った。
それ、笑ってる場合じゃないんじゃない?!
「えっ。……あっ。それって、あのっ。パージュっ、様の手作りの、」
「そうそう。毎日毎日飽きもせず勤勉に献上し続けている菓子の類だね。俺もいまだに毎日押し付けられるものだから、正直扱いに困っていた」
「兄様も!?」
今度こそ驚きがいきすぎて声を張る。
「さっき、5人分って言っただろう?もちろん、攻略対象者の俺も頭数に入っているさ。でも、最初から食べる気もなかったし、だからといって断りの文句を告げる前にさっさと走り去っていくからねぇ、彼は。逃げ足の速さだけは間違いなく一級品だ」
「それ……どうしてるんですか?」
「ん?不安になっちゃったのかい?ごめんね。いらぬ心配をかけるかと思って今まで黙っていたんだ。けど、一欠片だって口にはしていないから大丈夫だよ。受け取った端から即捨てていたから」
「……兄様、それ。全然扱いに困ってないじゃん」
答えを聞いてすぐ。がっくり肩を落とすことになった僕の頭の上で、小さく含み笑う声がした。
心配して損した……ってわけじゃないけどっ!よかったって安心したけどっ!!でも、言い方ってものがあるじゃないですか兄様!そんな。気を持たせるような紛らわしい言い方、わざわざしなくてもいいじゃん!!
兄様の意外な底意地の悪さともいえる部分に、うっかり触れてしまった気分で打ちひしがれていた僕の両肩に、そっと。温かい手が添えられる。
「あのね、エル。好きでもない相手からの好意の押し付けはただの迷惑行為だから。エルも、一方的な好意を押し付けられた時にはちゃんと兄様に相談すること」
「……あ、はい」
真顔で、しかも懇々と言い含めるようにして切々と訴えられたソレと言葉の圧に押され、コクコク頷いちゃった僕の肩から手を離した相手が。次の瞬間ニンマリと。すごく、ものすごぉく。タチの悪そうな笑みをその口元に象る。
「まあ、おかげで今は別ルートに回して事前に手を打つこともできるし、言い逃れできない物証の類はいくらでもこちらに流してくれて全然構わないんだけどね」
今日はほんと。兄様のその表情初めて見るな~……っていうものや、そんな口の利き方するんだ~……って、心の底から慄くような。兄様の、新しい一面?本性、なのかな?と、対面して多少狼狽えてはいる。けど、本人は違和感を抱いてもいなさそうってとこに、逆に驚いたりもしていた。
だって、今まで僕の感情の機微に一番聡かった人だから……とか。ちょっと距離感を測りかねていた僕の耳に、また良い意味ではなさそうな単語が届いて引っかかる。
「別ルート??」
そう、ハッキリと問い尋ねたのに。
返ってきたのはとてもキレイな笑みだけだった。
本当に、晴れやかすぎて眩しいくらいの。兄様、どうした??自分が『てんせいしゃ』だっていうことを打ち明けてから、さすがに様子がおかしくなりすぎてやしませんか??
「エルのことは、兄様がちゃんと最後まで守ってあげるからね」
「……う、ん??有り難く、存じます??」
そんな端々から挙動不審さが滲んで見える兄様から。なんか、なんだろ。不穏、とまではいかないまでも穏やかならざるセリフと笑みを向けられて。言葉までもが変に畏まってしまった。
しかも今のやり取りのどこがそんなツボにハマったのか、僕が首を傾げて言い終えると同時に思いっきり噴き出して。「兄様相手に、その口調……」とかしばらくお腹を抱えるほど大袈裟に笑い倒された。
……うん、ちょっと。今までの兄様となにかが違う。決定的に、なにかが違う。
違う、んだけど。
「僕。あの時。ほら、パージュ様と、いた…………その時に。役割をちゃんとこなせって。彼からそう、迫られて。だから、あの日……食堂に」
兄様は、やっぱり僕の兄様に変わりはないわけで。一番近くにいて、話を聞いてくれる人。僕の本心を打ち明けやすい人。
あのあと特に、兄様の方からその話題に触れてくることもなかったんだけど、パージュと二人で人気のないところにいた僕に、訝しげな視線を向けていたのに気付いてはいたんだ。だから。
今更すぎるし、もしかしたら兄様はもう覚えてさえもいない些細なことだったかもしれないけど、てんせいしゃやしゅじんこうほせいっていうものが、なんなのかを教えてもらえたそのついでみたいにして。僕に『役割』通りの行動を、脅すように促してきたあの時のパージュが口にした言葉と、その結果僕がとった軽率な行動についてを、真剣な面持ちで耳を傾けてくれている相手へと告げた。
「ああ。そうじゃないかとは思っていたけど。あの時のエルは、口撃し慣れていない育ちの良さが言葉の端々から滲み出ていてとっても可愛かったね」
「……あの、そういう話じゃなくて」
「わかっている。むこうは前世の記憶通りにストーリーを進めたくて躍起になっているようだし、それをエルにも求めて接触をはかろうとしてくるであろうことを考慮すべきだった…………って話なんだが。あいつが転生者だと判明したのがあの時だったな。エル可愛さのあまり前提条件からしておかしくなっていた」
言いながら、唐突にふと我に返ったように一つ大きく瞬きをした兄様が、気抜けた調子で独り言ちる。
「それでも、エルにとっては怖い経験だったろう。タイミングよくナイフが足元に転がってくることも、それをエルが拾い上げるのも、『もう一つの現実』のストーリーに組み込まれていることだから」
「なんだか、あの時は……急に頭がボーッとして。まともにものを考えられなくなって……気が付いたら、手に。ナイフを、持っていて」
「なにかに操られているような感覚?」
「あ。そんな感じ。……なの、かな?よくわからないうちに。いつの間にか、兄様が隣にいて」
「だろうね。俺もあるよ。殿下も、ルネも。多かれ少なかれ身に覚えがあるんじゃないかな」
「兄様も?」
「ああ。ほんの一瞬だけど意識を持っていかれそうになったことは何度かあった。異分子であろう俺でさえこの有様だからね。他の三人に多少の同情は覚えなくもないよ」
そういう兄様は、言葉で同情の文字をチラつかせながらも、声はどこまでも硬く冷たい。
「気持ちが少しもこもってない感じがする」
「そりゃあね。仕方のない部分はあれど、毎分毎秒『もう一つの現実』で起こるストーリーに縛られた状態で動いているわけではないんだ。それなのに自らの行動や思考に疑念を抱くことも、現状に抗おうとすることもなく、諾々と流されるばかりでエルを傷付ける選択をし続けている奴らなんだぞ?簡単に許せると思うか?」
不快そうに息巻く相手に「はぁ、」って生返事を返しつつ、まだまだ頭の中で整理しきれていなかったらしいアレコレを思い返して。『……へぇ。そういうものなんだ』なんてボンヤリと考える。
つまり。僕があの時、食堂で感じた不可思議な感覚とそれに伴う行動は、この世界の中に組み込まれているストーリーってものに操られた結果、……って解釈でいいのかな。
時々、思い出したように歪んだ音を鳴らす薄膜の表面を漂う淡い光を視線で追いかけながら、ハッキリとは言い切れない曖昧なその答えをなんとか心の中に落とし込んだ。
そしてそんな僕の横で、ゆったりと長い脚を組んだ兄様がなぜか難しげな顔をして、その安定感のある膝を支えに頬杖をつく。
「それにしても、だ。あの時あの場面で。ストーリー通りの配役が勢揃いしてそれらしく振る舞っていたにもかかわらず。……殿下は自我を保っている様子だったからなぁ。さすがは王族、とでもいうべき強靭な精神力。執着心が本当に怖すぎる。……それはそうと。どれだけ役を演じても殿下に見向きもされなかったあの時のパージュの顔を見たかい?」
あれは傑作だった、といたくご満悦な様子で顎を撫でてたその人が。
「もしもの話だけど」
急にこっちへと顔を向けて唐突にそう切り出した。
「もしも?」
「うん、あくまでもしもの話だよ。エル自身が必要ないと思うのならそれでいいんだ。でも、本当にもしもの話。俺以外の人間の、起きている出来事に対するまあまあ公平であろう忌憚のない意見を聞きたいというのなら。イヴェリン・セング。彼のところへ行ってみるといい」
「え。イヴェリン様?」
よりにもよって、何を考えているのか一番読めない人の名前が出てきたため、自分でもわかるくらいに憂鬱そうな声が出る。
「まあ、その反応も分からなくもないんだけどね。実は、彼。この世界の攻略対象の中でいっちばん!好感度が上がりにくいキャラだったんだ。けど実際、エルの友人として間近で彼の好みの傾向を目にする機会を得て心の底から納得したよ。イヴェリンは、極度の辛党だ。エルが開いた内輪の交流会で用意したケーキ類。イヴェリンの前に出されたそれを食べていたのは……さぁ、誰だった?」
笑いを含んだ目で見詰められ、よくよく記憶を掘り起こしてみれば……
「…………あ。僕??」
我が家主催で皆を呼んで交流会を開いていた頃が、自分の中で遠い昔みたいな色褪せた扱いになってしまっていたことにも気が付いて、少しだけ寂しさのようなものが心に募る。
「そう。エルは甘いものに目がないだろう?イヴェリンに譲ってもらうたびにふにゃふにゃした笑顔を浮かべて受け取っていて、本ッ当に可愛かったなぁ。遠慮を見せつつはにかむ顔が本当に天使みたいだったよ」
対して、兄様にとっては今も鮮明に思い出せるくらいにハッキリした記憶として刻まれているみたいだった。
その証拠に、僕が小さい頃に描いてもらった肖像画を眺めてる時と全くおんなじ顔してるもん。
そうしてしばらくの間、傍から見るとちょっと引いてしまうくらいに恍惚とした表情で僕を見詰めて…………違うか。僕を通して過去の僕を見ていたであろう相手が、はたと我に返ったのか。こちらに向けられていた目の焦点が合った。
「ああ、すまない。話がズレた。好感度アップに使われるお助けアイテムは、ほとんどが甘い菓子類なんだよ。パージュが彼らに頻繁に包みを手渡しているところ、エルも見ていただろう?」
「はい。それは…………だから、違法な薬物を混入させていたって話にすごく、驚いて……というか、まだ、信じられません」
だって相手は王族と高位貴族だ。そんな短絡的で愚かな行いをするような人間が身近にいるなんて。
「それはそうだ。でも受け取って、疑いもせずそれらを食する事に決めたのは彼ら自身だ。そして、イヴェリン。彼は、さっきも言った通り甘味が得意ではない。だからこそ、受け取って口にするまで至ったとしても、ほんのひと齧り程度とかだったんじゃないのかな。推測だけど」
推測、って言いながらも確信がこもった調子で告げた兄様が、親指の腹を顎先につけ、口元に薄い笑みを浮かべた。
「なによりもあの目つき。常に冷静に、何事かを見極めようとしているかのように見える」
僕に聞かせるため、というわけでもなさそうな小さな小さな呟きを落とした相手が、それを最後に黙り込む。
沈黙したまま考えに沈む横顔をすぐ隣から眺めながら。
あぁ、やっぱり。兄様の目にもそんなふうに映ってたんだ。
って、安堵とも少し違うけど。どことなくホッとして、兄様の思考の妨げとならないように僕もひっそりと口を噤んだ。
一気に頭に収めるにしても一杯一杯の、今にも零れ落ちていきそうなくらいの情報量をなんとか脳内に留めようと奮闘し、お互い言葉少ななままでポツポツと暇を告げるための会話を交わす。
そのあと。いささかフラフラした足取りで、兄様の部屋を出た。
もちろんあの、僕たちの周辺を覆っていたゆらゆらした光がさざめく薄膜が消え去っていくまでの瞬間を、この目でしっかり目撃することになったし……。
スルスルと溶け落ちるようにしてそれが消えていく過程で、突然ドッと流れ込んできた音の洪水に呑まれそうになり、耳を塞ぐ事態に陥ったり……、と。
少し、理解不能が過ぎる状態と話が続いたためか頭がボーッとして。
しかも、誰よりも親しいと思っていた兄様のことさえよくわからなくなりそうな……そんな不安定さに。
また足元がよろめいて。壁に片手をつき、項垂れて溜息を吐く。
そのせいで。
すぐそこに誰かが佇み、僕の方をジッと見詰めていることに気付くことができなかった。
「……エル」
空耳かと思うくらいに小さく掠れた声が、静まり返った廊下に響く。
「え?」
ハッとして辺りを見渡すと、いつの間にか中等部寮の自分の居住階まで戻ってきていたらしく、見慣れたドアプレートが目の前にあった。
そして、ゆっくりと視線を巡らせ。確かに耳に届いた声の出処を探す。
「……殿、下??」
この階にいるはずのない、その姿を認めて口には出してみたものの、……ほんとにいるはずなくない??
だって、僕の存在が煩わしいとか視界に入るのさえ不快だとか色々言い掛かりにも等しい暴言をアレコレ浴びせられた挙げ句。
顔も見たくないからっていう子供っぽすぎる理由で、この階には今後立ち寄らないとか憚る事なく宣言しちゃえる人なのに。
なんでここに??
レオンハルト様の行動の意図がわからず、僕が固まっている間にズカズカ大股で距離を詰めてきたその人が。
いきなり。唐突に。僕の両手首をガツッと鷲掴み、叩き付けるような勢いで一気に壁際まで追い込んできた。
「なっ、……なにを、」
「……ッ、限界、……だッ……」
身長差のせいで下から覗き込むような形になっているにもかかわらず、僕の体を壁に押し付けたまま深く俯くレオンハルト様が今。どんな表情を浮かべているのかすら、少しも窺うことができないのがとにかく。ひたすらに、怖い。
「……あ、……あの?で、殿下、」
さっきの、ギリッと歯軋りするような音とともに、苦しげな声で絞り出された一言を最後に動きを止めたその人に向かって、おそるおそる呼びかける。そしたら。
「殿下などと、……呼ぶなっ」
「え」
……ええぇぇー………
いやいや、確かに常々そう言ってはいましたけど。元々、愛称で呼ぶなとか馴れ馴れしいとか難癖つけ始めたのはそっちでしたよね??途中から、なぜかまた殿下呼びはやめろなんて、自分の過去の発言を微塵も顧みない高飛車な要求をしてきてはいましたけど。今さらそれにそこまで拘る理由がありますか??
とか。
理不尽ともいえる言葉が勢いよく打ち返されてきたため、瞬時呆気に取られたあと怒涛のような文句が頭の中を駆け巡った僕の肩へと。頭が、……乗、る??
「れ、レオンハルト……さま??」
一体なにしてんの??って思いで、重みがかかる肩の辺りに目を向けるためわずかに首を捻ると。
鼻先が触れるくらいの距離にある、透けるように柔らかな色の金糸から懐かしい匂いが強く香る。それに気を取られた一瞬のうちに首元に顔を擦り付けられ、喉奥に詰まった悲鳴のような声を押し殺して身を強張らせる。
なのに、それに頓着することもなくさらに顔を押し付けてきた相手が、次の瞬間。
そこで呻くような声を発したから本気でビックリした。
「ぅ、……違う、違う……何故、無理だ……おかし、ぃ」
「…………レオン、ハルト、様?」
出会い頭から既に変ではあったんだけど。目の前にいる相手の様子がさらに異様さを増し、皮膚を通して直に伝わって聞こえてくるくぐもった声にも明らかな苦悶の色が混ざり始める。
「なにか……が、おかしいんだ…………っ、エル」
「……ぃッ、」
溺れる人が縋るものを求める時のような必死さで僕の両手首を掴む手に力が込められ、加減のないその強さと奔った痛みにわずかに顔を顰める。
「エル。エル……ッ」
「……ひッ、」
いきなり首筋に吸い付かれ、今度こそ引き攣った悲鳴を上げた僕の肌の上を這うように、続け様に唇が触れ、顎先に。唇の端にと。順に口付けられるに至って。
「ちょっ、……まっ、てッ!」
慌てて抵抗らしい抵抗を示し、捕えられたままの両手を取り返そうとジタジタ腕を捻った。
「れおっ……レオ、様ッ、相手をっ、……相手を間違えておられますっ!」
それでもビクともしない力の差に焦り、身を捩りながらも懸命に訴え続けていた最中。ふと。
……あれ??でも。今、僕の愛称を呼んでなかった??聞き違い??呼ばれるのも久々で、違和感がすごくて。認識すらできずに耳を素通りしてしまったみたいなんだけど、でも。今、確かにエルって……
なんて呆けて、相手に隙を見せた僕はどうも危機感が足りなかった。としか、いいようがない。
「んッ、ぅ」
今まで唇の際を啄んでいただけだった柔らかいソレが、唐突に僕の口全体に覆い被さり呼吸ごと塞がれる。
濡れた皮膚を通して感じられる熱と、深く合わされ喰むように蠢く相手の唇の感触に怯んで思わず顔を背ける。けど、すぐさま顎を掬い上げられ、逃すまいとするかのように後頭部に回された大きな手で頭ごと押さえ込まれた。
下唇を挟むようにして吸いなから、チュッと濡れた音を立てて離れた唇が。
熱っぽく掠れた声で「エル」ともう一度。僕の名を、優しい音色に乗せて囁く。
遥か遠く。もう戻れはしないであろう過去のものとして蓋をしたはずの想いと懐かしさに駆られ、右往左往している思考のまま目の前の相手からの呼びかけに答える。
「……れぉ、ッ……ンッ、……ふッ」
途端に噛み付かんばかりの勢いで性急に口付けられ、唇の隙間からヌルリと差し挿れられたモノに歯のあわいを無理やりこじ開けられた。
「ぁ、ぅ……んンッ、やめ……ッ」
たじろぐ舌を引っ張り出され、ザラついた表面を擦り付けるように絡め取られて背中が震える。と、同時に痛いほどに僕の顎を取り押さえていた手が離れ、代わりに腰を支えるようにグイッと強く抱き寄せられた。
時折わずかにできる唇同士の隙間から懸命に酸素を取り込みながら、合間合間に相手のこの奇行としか思えない行動を止めようと、必死に言葉を紡いで迫る体を両手で押し返す。
「んっ、は、あッ……ぼ、ぼくっ……は、ちが……ァっ」
舌先で上顎を擽ぐられ、ゾワゾワと背筋を這い上がってきた未知の感覚に耐えきれず、逃げるように顔を上向け、ほんの少し自由になった唇で人違いだと告げた。
その瞬間。湿った熱がゆっくりと離れていき、そして。
「そう、……が、……う、クソッ……違う……ッ、コレ、……コレじゃな…………ぃや、ちが……ちがう、」
焦点を結ばないままの虚ろな瞳で、突然ポツポツと呟き出したレオンハルト様の表情がクシャリと大仰に顰められる。
そのあと、片手で頭を覆い、苦悩するように弱々しく左右に首を振り出したその人の不審な挙動を前にして。
腰が引けるどころの騒ぎじゃなかった僕は、これ以上下がりようのなかった壁伝いに二、三歩わきに避け、気持ち的に遠巻きにその状況を眺め、乱れた呼吸を整えていた。
……いや。いやいやいやいや。なに。さっきから。この奇行。……怖いっ。
もしかしなくても、この世界に詳しいらしい兄様を呼んできた方が賢明なヤツ??高等部寮まで、かなりの距離があるけど。……でも。
それとも、……王室付きの侍医!そうだ、あの人に報告……って言っても、コレなんて言えばいいの??兄様が言ってた幻の劇物な薬物が本当の本当に実際に存在しているんだとしたら。
……兄様を疑ってるわけじゃないけど、王族相手にそんな蛮行を働ける人間がそうそういるとも思えないし。っていう常識が邪魔をして、まだ素直に飲み込めずにいるものの。
万が一、それが本当のことだとしたら。それこそなんて説明すればいいのか、対処に困る。
だって。毒味もないまま王太子殿下が不審なものを口にした、ってことが公になったらまわりの人たちもついでのように罰せられる……よね??兄様曰く、殿下自ら口にすることを選択したらしいにもかかわらずだよ??
それもわかるけど。しょうがないことだし、すっごくわかるんだけど。
そのために、いったい何人が処罰を受けるのかとかを考えると。
今さっきこの身に起きたことは。もしかしたら。嫌がらせかなにかの類の延長なのかもしれないとして一旦忘れることにするにしてもさ??
実際された仕打ちも表情も言動も。今の状況も。もれなく全部が怖いです、レオンハルト殿下。
とても苦しんでいるのは見て取れるのに。どうにかしてあげなきゃ、って急く気持ちや焦りも間違いなくあるにはあるのに。
命の危機に直面している時のような逼迫した状態でないこともあり、手をこまねいている。
それに今、この殿下に手を差し伸べたとして素直に受け取ってくれるのか、っていう迷いや躊躇いや葛藤も。もちろんある。
助けを呼びにいくという選択を取るにしても。その場合それに付随して責任の所在を問われかねない諸々の問題とか色々が雪崩のように押し寄せてくる感覚に襲われて。
役立たずな僕は結局その場から一歩も動けず物事の推移を黙って見守ることくらいしかできなかった。
「……レオンハルト様、落ち着いて。立ったままでは、危ないので。一旦腰を下ろして。ゆっくりと、呼吸してみましょう」
「でも、……私、っは、」
怖々話しかけた僕の言葉に反応を返すわけでもなく、むしろ自分の中のなにかに抗うかのように低く呻いたその人が、俯けていた頭を緩慢な動作で擡げた。
「…………エル」
苦々しげに歪められた顔が真っ直ぐにこちらを向き、そんな中でも濁りを知らない澄んだ深い青に射竦められる。
見るからに混乱をきたしていた相手の様子が気がかりで多少距離を詰めていたとはいえ、避ける間もなくまた力尽くで腕を取られ抱き寄せられて荒々しい口付けを受けた。
「ぁ、ハ……ッれ、……レオンハルト、さ……ま、」
グルリとまた口内を撫でるように舐められてすぐ、名残惜しむようにほんの一瞬。チュッと口の端を啄んで離れていった唇が、どちらのものともしれない唾液で濡れて光っている様を直視できずに視線を落とす。
その視界の端に、僕とは逆に相手が顎先を上げたような。そんな動作が映り込む。と。
「………………馴れ馴れしいぞ。殿下と、呼べ」
「は……」
……あァああァァァァ~??!!
突然上から降ってきた落差激しい硬質な声とセリフに、勢いよく頭を起こして相手の顔をマジマジと見詰め返した。
「……殿下」
「だから、なんだ」
横目でチラリとこちらを一瞥したあとで、酷く不快そうに一言を吐き棄てられて頭に血が昇る。もちろん、悪い方の意味で。
『なんだ』はこっちのセリフだし、なによりどっちだよッ!!!!それとも遠回しに関わるなって言われてただけか、僕は??!!
心の中で盛大にキレて叫んだ声は、もしかしたらちょっとだけ外に洩れてたかもしれない。けど。
……でもッ!そんなん知るかッ!!ってくらい最低な行いと話なわけで!!
今の今まで感じていた、どこか浮ついた感じの胸の高鳴りや高揚感すらあっという間に霧散して見事に消え失せた。今の一言のおかげでねっ!おかげで!目が覚めたし現実をしっかり思い出しましたっ!!
とりあえず、そのまだ濡れて見える口元をしっかり拭って欲しいし、今起こったことの全てをなかったものとして欲しい。
心の底から怒りながらも、冷めた頭の端でため息を吐く。ついでに自分の口もゴシゴシ擦って拭ってやった。
……本当に。僕への嫌がらせの一環でしかなかったのかもしれないなー。けど、上げて落とすにしろ。もう少し、やり方ってものがあったと思うんだよ。
兄様が独り言のように言い続けていた執着心とか。そういうのがあったから。もしかしたら……って、少しでも思ってしまった僕が、馬鹿だっただけ。
劇物な薬物なんて、本当に存在しているのかさえも怪しいし。その場に在るだけで誰も彼をも魅了できるような人間なんて、この世にいるはずが……
まるで何事もなかったかのようにこちらに背を向け、そのまま歩き去ろうとしているレオンハルト様の背中を不信感満載の目で睨めつけながら、なんとなく視線を向けた先。
少し行った、廊下の曲がり角の辺りで。
鳶色の癖っ毛がフワリと揺れたように見えて。
瞬間的に、ゾワリと全身の毛が逆立った。
ただの見間違い、だったのかもしれない。けど。
兄様から聞いた話の中にあった『相手の視界に映り込むだけで』って言葉が、頭をよぎる。
たった今。目の当たりにした殿下の、チグハグすぎてあまりにも不可解な、簡単には説明の付かなさそうな言動と。尋常じゃないあの取り乱し方。そして。人格が入れ替わったかのような、急激な態度の変化。僕の中ではまだ、存在ですら真偽不明の薬物の存在。そして、パージュが。なにより、兄様がこっそりと打ち明けてくれた未だ信じ切れない『てんせい』や『しゅじんこうほせい』や、もう一つの現実についての話。
考えれば考えるほどに、さっきとは違った意味でバクバクと。心臓が嫌な音を立てて騒ぎ出した。
────────────────
こちらまでが実質、14話になります。
20話までに終わるかなと無責任に言いつつも、どれくらい増えるかわからない状態です。
「元々この世界で作られ取引されている物ではあるんだけどね。同時に。使用範囲からして厳しく制限されている劇物扱いの製品なんだよ」
「え、毒ってこと?!」
劇物って言葉にびっくりして反射的に大声を上げると、驚いたように目を剥いた兄様が次の瞬間、笑み崩れてクツクツと笑い出した。
「いや、ごめん。違う違う。毒ではないから安心して。例えば、ほら。家の利益のためだけの政略結婚、なんて貴族間ではよく聞く話だしありふれているじゃないか。嫌々婚姻を結ばされたあと、家を捨てて逃げ出す奴が一定数いたり。あとは、話がまとまる前に駆け落ちすることを選ぶ者もいるようだしね。でもそれじゃ困るってことで、本人たちの与り知らないうちにひそかに使用されている薬品がある。……という話だ」
「それって……大丈夫、なの……」
「こっちの常識に当て嵌めてもアウト、って言ったろ?そんなの、ほぼほぼ洗脳だ。非合法だけど、時と場合によっては特別に目溢しされているというだけの話さ。一般には流通すらしていないし、手に入れるにしてもある程度の伝手とコネが必要になる。あとは。コレ、かな。かなり高額だよ」
嘲るみたいにして目を眇め、珍しく荒っぽい調子でそう吐き捨てた兄様が。最後。人差し指と親指で輪っかを作るようにしてくっつけ、片方の口角を引き上げて皮肉めいた笑みを浮かべた。
「それを4人分、……あー、いや。もう1人いたな。来年入学してくる第二王子の分を含めると5人分になるのか。しかも、ある程度継続的に。そうなるともう、総額でどれくらいになるのか。ちょっと想像もつかないね」
「……それを、……彼は、使っているんですか?」
思わず姿勢を正して敬語になってしまった僕に、口元だけで柔らかく笑い返してきた兄様が微かなため息を吐く。
「彼自身が直接取引しているとは考えにくいけど、確実に使ってはいるんじゃないかな。そうじゃなければここまであからさまな変化はまず起こり得ないと思うよ。あの王子様の普段の執着ぶりを見ていた側からすると、ね。急に心変わりしたとか、まず罠……というかなにかの駆け引きの類なんじゃないかとしばらく疑ってかかっていたくらいだ」
「……王族に、……王太子殿下にも使っちゃったって……こと??さすがに、まずいんじゃ……」
「バレたら大事になるだろうねぇ。もし裏で手引きした者がいるのなら、そいつも無事では済まないだろうし」
どこまでも暢気に話す兄様の、内容とは裏腹の軽い口調に脱力しそうになった瞬間。
「しかし。精神力だけであそこまで薬の効果に抗えるもんなのかと、殿下の執着の強さの片鱗を垣間見ることができて逆に感心しているよ、俺は。……というより、むしろ並大抵の執着心なんかでどうにかなる物でもないと思われる分。だいぶ……怖いな。うん、怖い。アレにエルの一生を託すとか、……無理だろう。無理だな。怖すぎるし不安すぎる」
心底楽しそうな笑い声を上げていた兄様が、突如我に返ったように笑みを引っ込め真顔になって何事かをブツブツ呟き出したため。その落差がちょっと怖くて無意識のうちに腰が引けてた僕がいた。
「まあでも。そうなることを選んだのは殿下自らの意思だから。毒味すらさせずに得体の知れないものを口にするなんて、王族としての自覚が薄すぎるんじゃないかな」
ブツブツ呟いていた間ずっと。口元を覆うようにしてあてていた両手を離してパンっと打ち鳴らして話し終えたあと。背筋を伸ばした兄様がまた高らかに笑い出した。
けど、すぐさま僕は前のめりになってその声を遮った。
それ、笑ってる場合じゃないんじゃない?!
「えっ。……あっ。それって、あのっ。パージュっ、様の手作りの、」
「そうそう。毎日毎日飽きもせず勤勉に献上し続けている菓子の類だね。俺もいまだに毎日押し付けられるものだから、正直扱いに困っていた」
「兄様も!?」
今度こそ驚きがいきすぎて声を張る。
「さっき、5人分って言っただろう?もちろん、攻略対象者の俺も頭数に入っているさ。でも、最初から食べる気もなかったし、だからといって断りの文句を告げる前にさっさと走り去っていくからねぇ、彼は。逃げ足の速さだけは間違いなく一級品だ」
「それ……どうしてるんですか?」
「ん?不安になっちゃったのかい?ごめんね。いらぬ心配をかけるかと思って今まで黙っていたんだ。けど、一欠片だって口にはしていないから大丈夫だよ。受け取った端から即捨てていたから」
「……兄様、それ。全然扱いに困ってないじゃん」
答えを聞いてすぐ。がっくり肩を落とすことになった僕の頭の上で、小さく含み笑う声がした。
心配して損した……ってわけじゃないけどっ!よかったって安心したけどっ!!でも、言い方ってものがあるじゃないですか兄様!そんな。気を持たせるような紛らわしい言い方、わざわざしなくてもいいじゃん!!
兄様の意外な底意地の悪さともいえる部分に、うっかり触れてしまった気分で打ちひしがれていた僕の両肩に、そっと。温かい手が添えられる。
「あのね、エル。好きでもない相手からの好意の押し付けはただの迷惑行為だから。エルも、一方的な好意を押し付けられた時にはちゃんと兄様に相談すること」
「……あ、はい」
真顔で、しかも懇々と言い含めるようにして切々と訴えられたソレと言葉の圧に押され、コクコク頷いちゃった僕の肩から手を離した相手が。次の瞬間ニンマリと。すごく、ものすごぉく。タチの悪そうな笑みをその口元に象る。
「まあ、おかげで今は別ルートに回して事前に手を打つこともできるし、言い逃れできない物証の類はいくらでもこちらに流してくれて全然構わないんだけどね」
今日はほんと。兄様のその表情初めて見るな~……っていうものや、そんな口の利き方するんだ~……って、心の底から慄くような。兄様の、新しい一面?本性、なのかな?と、対面して多少狼狽えてはいる。けど、本人は違和感を抱いてもいなさそうってとこに、逆に驚いたりもしていた。
だって、今まで僕の感情の機微に一番聡かった人だから……とか。ちょっと距離感を測りかねていた僕の耳に、また良い意味ではなさそうな単語が届いて引っかかる。
「別ルート??」
そう、ハッキリと問い尋ねたのに。
返ってきたのはとてもキレイな笑みだけだった。
本当に、晴れやかすぎて眩しいくらいの。兄様、どうした??自分が『てんせいしゃ』だっていうことを打ち明けてから、さすがに様子がおかしくなりすぎてやしませんか??
「エルのことは、兄様がちゃんと最後まで守ってあげるからね」
「……う、ん??有り難く、存じます??」
そんな端々から挙動不審さが滲んで見える兄様から。なんか、なんだろ。不穏、とまではいかないまでも穏やかならざるセリフと笑みを向けられて。言葉までもが変に畏まってしまった。
しかも今のやり取りのどこがそんなツボにハマったのか、僕が首を傾げて言い終えると同時に思いっきり噴き出して。「兄様相手に、その口調……」とかしばらくお腹を抱えるほど大袈裟に笑い倒された。
……うん、ちょっと。今までの兄様となにかが違う。決定的に、なにかが違う。
違う、んだけど。
「僕。あの時。ほら、パージュ様と、いた…………その時に。役割をちゃんとこなせって。彼からそう、迫られて。だから、あの日……食堂に」
兄様は、やっぱり僕の兄様に変わりはないわけで。一番近くにいて、話を聞いてくれる人。僕の本心を打ち明けやすい人。
あのあと特に、兄様の方からその話題に触れてくることもなかったんだけど、パージュと二人で人気のないところにいた僕に、訝しげな視線を向けていたのに気付いてはいたんだ。だから。
今更すぎるし、もしかしたら兄様はもう覚えてさえもいない些細なことだったかもしれないけど、てんせいしゃやしゅじんこうほせいっていうものが、なんなのかを教えてもらえたそのついでみたいにして。僕に『役割』通りの行動を、脅すように促してきたあの時のパージュが口にした言葉と、その結果僕がとった軽率な行動についてを、真剣な面持ちで耳を傾けてくれている相手へと告げた。
「ああ。そうじゃないかとは思っていたけど。あの時のエルは、口撃し慣れていない育ちの良さが言葉の端々から滲み出ていてとっても可愛かったね」
「……あの、そういう話じゃなくて」
「わかっている。むこうは前世の記憶通りにストーリーを進めたくて躍起になっているようだし、それをエルにも求めて接触をはかろうとしてくるであろうことを考慮すべきだった…………って話なんだが。あいつが転生者だと判明したのがあの時だったな。エル可愛さのあまり前提条件からしておかしくなっていた」
言いながら、唐突にふと我に返ったように一つ大きく瞬きをした兄様が、気抜けた調子で独り言ちる。
「それでも、エルにとっては怖い経験だったろう。タイミングよくナイフが足元に転がってくることも、それをエルが拾い上げるのも、『もう一つの現実』のストーリーに組み込まれていることだから」
「なんだか、あの時は……急に頭がボーッとして。まともにものを考えられなくなって……気が付いたら、手に。ナイフを、持っていて」
「なにかに操られているような感覚?」
「あ。そんな感じ。……なの、かな?よくわからないうちに。いつの間にか、兄様が隣にいて」
「だろうね。俺もあるよ。殿下も、ルネも。多かれ少なかれ身に覚えがあるんじゃないかな」
「兄様も?」
「ああ。ほんの一瞬だけど意識を持っていかれそうになったことは何度かあった。異分子であろう俺でさえこの有様だからね。他の三人に多少の同情は覚えなくもないよ」
そういう兄様は、言葉で同情の文字をチラつかせながらも、声はどこまでも硬く冷たい。
「気持ちが少しもこもってない感じがする」
「そりゃあね。仕方のない部分はあれど、毎分毎秒『もう一つの現実』で起こるストーリーに縛られた状態で動いているわけではないんだ。それなのに自らの行動や思考に疑念を抱くことも、現状に抗おうとすることもなく、諾々と流されるばかりでエルを傷付ける選択をし続けている奴らなんだぞ?簡単に許せると思うか?」
不快そうに息巻く相手に「はぁ、」って生返事を返しつつ、まだまだ頭の中で整理しきれていなかったらしいアレコレを思い返して。『……へぇ。そういうものなんだ』なんてボンヤリと考える。
つまり。僕があの時、食堂で感じた不可思議な感覚とそれに伴う行動は、この世界の中に組み込まれているストーリーってものに操られた結果、……って解釈でいいのかな。
時々、思い出したように歪んだ音を鳴らす薄膜の表面を漂う淡い光を視線で追いかけながら、ハッキリとは言い切れない曖昧なその答えをなんとか心の中に落とし込んだ。
そしてそんな僕の横で、ゆったりと長い脚を組んだ兄様がなぜか難しげな顔をして、その安定感のある膝を支えに頬杖をつく。
「それにしても、だ。あの時あの場面で。ストーリー通りの配役が勢揃いしてそれらしく振る舞っていたにもかかわらず。……殿下は自我を保っている様子だったからなぁ。さすがは王族、とでもいうべき強靭な精神力。執着心が本当に怖すぎる。……それはそうと。どれだけ役を演じても殿下に見向きもされなかったあの時のパージュの顔を見たかい?」
あれは傑作だった、といたくご満悦な様子で顎を撫でてたその人が。
「もしもの話だけど」
急にこっちへと顔を向けて唐突にそう切り出した。
「もしも?」
「うん、あくまでもしもの話だよ。エル自身が必要ないと思うのならそれでいいんだ。でも、本当にもしもの話。俺以外の人間の、起きている出来事に対するまあまあ公平であろう忌憚のない意見を聞きたいというのなら。イヴェリン・セング。彼のところへ行ってみるといい」
「え。イヴェリン様?」
よりにもよって、何を考えているのか一番読めない人の名前が出てきたため、自分でもわかるくらいに憂鬱そうな声が出る。
「まあ、その反応も分からなくもないんだけどね。実は、彼。この世界の攻略対象の中でいっちばん!好感度が上がりにくいキャラだったんだ。けど実際、エルの友人として間近で彼の好みの傾向を目にする機会を得て心の底から納得したよ。イヴェリンは、極度の辛党だ。エルが開いた内輪の交流会で用意したケーキ類。イヴェリンの前に出されたそれを食べていたのは……さぁ、誰だった?」
笑いを含んだ目で見詰められ、よくよく記憶を掘り起こしてみれば……
「…………あ。僕??」
我が家主催で皆を呼んで交流会を開いていた頃が、自分の中で遠い昔みたいな色褪せた扱いになってしまっていたことにも気が付いて、少しだけ寂しさのようなものが心に募る。
「そう。エルは甘いものに目がないだろう?イヴェリンに譲ってもらうたびにふにゃふにゃした笑顔を浮かべて受け取っていて、本ッ当に可愛かったなぁ。遠慮を見せつつはにかむ顔が本当に天使みたいだったよ」
対して、兄様にとっては今も鮮明に思い出せるくらいにハッキリした記憶として刻まれているみたいだった。
その証拠に、僕が小さい頃に描いてもらった肖像画を眺めてる時と全くおんなじ顔してるもん。
そうしてしばらくの間、傍から見るとちょっと引いてしまうくらいに恍惚とした表情で僕を見詰めて…………違うか。僕を通して過去の僕を見ていたであろう相手が、はたと我に返ったのか。こちらに向けられていた目の焦点が合った。
「ああ、すまない。話がズレた。好感度アップに使われるお助けアイテムは、ほとんどが甘い菓子類なんだよ。パージュが彼らに頻繁に包みを手渡しているところ、エルも見ていただろう?」
「はい。それは…………だから、違法な薬物を混入させていたって話にすごく、驚いて……というか、まだ、信じられません」
だって相手は王族と高位貴族だ。そんな短絡的で愚かな行いをするような人間が身近にいるなんて。
「それはそうだ。でも受け取って、疑いもせずそれらを食する事に決めたのは彼ら自身だ。そして、イヴェリン。彼は、さっきも言った通り甘味が得意ではない。だからこそ、受け取って口にするまで至ったとしても、ほんのひと齧り程度とかだったんじゃないのかな。推測だけど」
推測、って言いながらも確信がこもった調子で告げた兄様が、親指の腹を顎先につけ、口元に薄い笑みを浮かべた。
「なによりもあの目つき。常に冷静に、何事かを見極めようとしているかのように見える」
僕に聞かせるため、というわけでもなさそうな小さな小さな呟きを落とした相手が、それを最後に黙り込む。
沈黙したまま考えに沈む横顔をすぐ隣から眺めながら。
あぁ、やっぱり。兄様の目にもそんなふうに映ってたんだ。
って、安堵とも少し違うけど。どことなくホッとして、兄様の思考の妨げとならないように僕もひっそりと口を噤んだ。
一気に頭に収めるにしても一杯一杯の、今にも零れ落ちていきそうなくらいの情報量をなんとか脳内に留めようと奮闘し、お互い言葉少ななままでポツポツと暇を告げるための会話を交わす。
そのあと。いささかフラフラした足取りで、兄様の部屋を出た。
もちろんあの、僕たちの周辺を覆っていたゆらゆらした光がさざめく薄膜が消え去っていくまでの瞬間を、この目でしっかり目撃することになったし……。
スルスルと溶け落ちるようにしてそれが消えていく過程で、突然ドッと流れ込んできた音の洪水に呑まれそうになり、耳を塞ぐ事態に陥ったり……、と。
少し、理解不能が過ぎる状態と話が続いたためか頭がボーッとして。
しかも、誰よりも親しいと思っていた兄様のことさえよくわからなくなりそうな……そんな不安定さに。
また足元がよろめいて。壁に片手をつき、項垂れて溜息を吐く。
そのせいで。
すぐそこに誰かが佇み、僕の方をジッと見詰めていることに気付くことができなかった。
「……エル」
空耳かと思うくらいに小さく掠れた声が、静まり返った廊下に響く。
「え?」
ハッとして辺りを見渡すと、いつの間にか中等部寮の自分の居住階まで戻ってきていたらしく、見慣れたドアプレートが目の前にあった。
そして、ゆっくりと視線を巡らせ。確かに耳に届いた声の出処を探す。
「……殿、下??」
この階にいるはずのない、その姿を認めて口には出してみたものの、……ほんとにいるはずなくない??
だって、僕の存在が煩わしいとか視界に入るのさえ不快だとか色々言い掛かりにも等しい暴言をアレコレ浴びせられた挙げ句。
顔も見たくないからっていう子供っぽすぎる理由で、この階には今後立ち寄らないとか憚る事なく宣言しちゃえる人なのに。
なんでここに??
レオンハルト様の行動の意図がわからず、僕が固まっている間にズカズカ大股で距離を詰めてきたその人が。
いきなり。唐突に。僕の両手首をガツッと鷲掴み、叩き付けるような勢いで一気に壁際まで追い込んできた。
「なっ、……なにを、」
「……ッ、限界、……だッ……」
身長差のせいで下から覗き込むような形になっているにもかかわらず、僕の体を壁に押し付けたまま深く俯くレオンハルト様が今。どんな表情を浮かべているのかすら、少しも窺うことができないのがとにかく。ひたすらに、怖い。
「……あ、……あの?で、殿下、」
さっきの、ギリッと歯軋りするような音とともに、苦しげな声で絞り出された一言を最後に動きを止めたその人に向かって、おそるおそる呼びかける。そしたら。
「殿下などと、……呼ぶなっ」
「え」
……ええぇぇー………
いやいや、確かに常々そう言ってはいましたけど。元々、愛称で呼ぶなとか馴れ馴れしいとか難癖つけ始めたのはそっちでしたよね??途中から、なぜかまた殿下呼びはやめろなんて、自分の過去の発言を微塵も顧みない高飛車な要求をしてきてはいましたけど。今さらそれにそこまで拘る理由がありますか??
とか。
理不尽ともいえる言葉が勢いよく打ち返されてきたため、瞬時呆気に取られたあと怒涛のような文句が頭の中を駆け巡った僕の肩へと。頭が、……乗、る??
「れ、レオンハルト……さま??」
一体なにしてんの??って思いで、重みがかかる肩の辺りに目を向けるためわずかに首を捻ると。
鼻先が触れるくらいの距離にある、透けるように柔らかな色の金糸から懐かしい匂いが強く香る。それに気を取られた一瞬のうちに首元に顔を擦り付けられ、喉奥に詰まった悲鳴のような声を押し殺して身を強張らせる。
なのに、それに頓着することもなくさらに顔を押し付けてきた相手が、次の瞬間。
そこで呻くような声を発したから本気でビックリした。
「ぅ、……違う、違う……何故、無理だ……おかし、ぃ」
「…………レオン、ハルト、様?」
出会い頭から既に変ではあったんだけど。目の前にいる相手の様子がさらに異様さを増し、皮膚を通して直に伝わって聞こえてくるくぐもった声にも明らかな苦悶の色が混ざり始める。
「なにか……が、おかしいんだ…………っ、エル」
「……ぃッ、」
溺れる人が縋るものを求める時のような必死さで僕の両手首を掴む手に力が込められ、加減のないその強さと奔った痛みにわずかに顔を顰める。
「エル。エル……ッ」
「……ひッ、」
いきなり首筋に吸い付かれ、今度こそ引き攣った悲鳴を上げた僕の肌の上を這うように、続け様に唇が触れ、顎先に。唇の端にと。順に口付けられるに至って。
「ちょっ、……まっ、てッ!」
慌てて抵抗らしい抵抗を示し、捕えられたままの両手を取り返そうとジタジタ腕を捻った。
「れおっ……レオ、様ッ、相手をっ、……相手を間違えておられますっ!」
それでもビクともしない力の差に焦り、身を捩りながらも懸命に訴え続けていた最中。ふと。
……あれ??でも。今、僕の愛称を呼んでなかった??聞き違い??呼ばれるのも久々で、違和感がすごくて。認識すらできずに耳を素通りしてしまったみたいなんだけど、でも。今、確かにエルって……
なんて呆けて、相手に隙を見せた僕はどうも危機感が足りなかった。としか、いいようがない。
「んッ、ぅ」
今まで唇の際を啄んでいただけだった柔らかいソレが、唐突に僕の口全体に覆い被さり呼吸ごと塞がれる。
濡れた皮膚を通して感じられる熱と、深く合わされ喰むように蠢く相手の唇の感触に怯んで思わず顔を背ける。けど、すぐさま顎を掬い上げられ、逃すまいとするかのように後頭部に回された大きな手で頭ごと押さえ込まれた。
下唇を挟むようにして吸いなから、チュッと濡れた音を立てて離れた唇が。
熱っぽく掠れた声で「エル」ともう一度。僕の名を、優しい音色に乗せて囁く。
遥か遠く。もう戻れはしないであろう過去のものとして蓋をしたはずの想いと懐かしさに駆られ、右往左往している思考のまま目の前の相手からの呼びかけに答える。
「……れぉ、ッ……ンッ、……ふッ」
途端に噛み付かんばかりの勢いで性急に口付けられ、唇の隙間からヌルリと差し挿れられたモノに歯のあわいを無理やりこじ開けられた。
「ぁ、ぅ……んンッ、やめ……ッ」
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時折わずかにできる唇同士の隙間から懸命に酸素を取り込みながら、合間合間に相手のこの奇行としか思えない行動を止めようと、必死に言葉を紡いで迫る体を両手で押し返す。
「んっ、は、あッ……ぼ、ぼくっ……は、ちが……ァっ」
舌先で上顎を擽ぐられ、ゾワゾワと背筋を這い上がってきた未知の感覚に耐えきれず、逃げるように顔を上向け、ほんの少し自由になった唇で人違いだと告げた。
その瞬間。湿った熱がゆっくりと離れていき、そして。
「そう、……が、……う、クソッ……違う……ッ、コレ、……コレじゃな…………ぃや、ちが……ちがう、」
焦点を結ばないままの虚ろな瞳で、突然ポツポツと呟き出したレオンハルト様の表情がクシャリと大仰に顰められる。
そのあと、片手で頭を覆い、苦悩するように弱々しく左右に首を振り出したその人の不審な挙動を前にして。
腰が引けるどころの騒ぎじゃなかった僕は、これ以上下がりようのなかった壁伝いに二、三歩わきに避け、気持ち的に遠巻きにその状況を眺め、乱れた呼吸を整えていた。
……いや。いやいやいやいや。なに。さっきから。この奇行。……怖いっ。
もしかしなくても、この世界に詳しいらしい兄様を呼んできた方が賢明なヤツ??高等部寮まで、かなりの距離があるけど。……でも。
それとも、……王室付きの侍医!そうだ、あの人に報告……って言っても、コレなんて言えばいいの??兄様が言ってた幻の劇物な薬物が本当の本当に実際に存在しているんだとしたら。
……兄様を疑ってるわけじゃないけど、王族相手にそんな蛮行を働ける人間がそうそういるとも思えないし。っていう常識が邪魔をして、まだ素直に飲み込めずにいるものの。
万が一、それが本当のことだとしたら。それこそなんて説明すればいいのか、対処に困る。
だって。毒味もないまま王太子殿下が不審なものを口にした、ってことが公になったらまわりの人たちもついでのように罰せられる……よね??兄様曰く、殿下自ら口にすることを選択したらしいにもかかわらずだよ??
それもわかるけど。しょうがないことだし、すっごくわかるんだけど。
そのために、いったい何人が処罰を受けるのかとかを考えると。
今さっきこの身に起きたことは。もしかしたら。嫌がらせかなにかの類の延長なのかもしれないとして一旦忘れることにするにしてもさ??
実際された仕打ちも表情も言動も。今の状況も。もれなく全部が怖いです、レオンハルト殿下。
とても苦しんでいるのは見て取れるのに。どうにかしてあげなきゃ、って急く気持ちや焦りも間違いなくあるにはあるのに。
命の危機に直面している時のような逼迫した状態でないこともあり、手をこまねいている。
それに今、この殿下に手を差し伸べたとして素直に受け取ってくれるのか、っていう迷いや躊躇いや葛藤も。もちろんある。
助けを呼びにいくという選択を取るにしても。その場合それに付随して責任の所在を問われかねない諸々の問題とか色々が雪崩のように押し寄せてくる感覚に襲われて。
役立たずな僕は結局その場から一歩も動けず物事の推移を黙って見守ることくらいしかできなかった。
「……レオンハルト様、落ち着いて。立ったままでは、危ないので。一旦腰を下ろして。ゆっくりと、呼吸してみましょう」
「でも、……私、っは、」
怖々話しかけた僕の言葉に反応を返すわけでもなく、むしろ自分の中のなにかに抗うかのように低く呻いたその人が、俯けていた頭を緩慢な動作で擡げた。
「…………エル」
苦々しげに歪められた顔が真っ直ぐにこちらを向き、そんな中でも濁りを知らない澄んだ深い青に射竦められる。
見るからに混乱をきたしていた相手の様子が気がかりで多少距離を詰めていたとはいえ、避ける間もなくまた力尽くで腕を取られ抱き寄せられて荒々しい口付けを受けた。
「ぁ、ハ……ッれ、……レオンハルト、さ……ま、」
グルリとまた口内を撫でるように舐められてすぐ、名残惜しむようにほんの一瞬。チュッと口の端を啄んで離れていった唇が、どちらのものともしれない唾液で濡れて光っている様を直視できずに視線を落とす。
その視界の端に、僕とは逆に相手が顎先を上げたような。そんな動作が映り込む。と。
「………………馴れ馴れしいぞ。殿下と、呼べ」
「は……」
……あァああァァァァ~??!!
突然上から降ってきた落差激しい硬質な声とセリフに、勢いよく頭を起こして相手の顔をマジマジと見詰め返した。
「……殿下」
「だから、なんだ」
横目でチラリとこちらを一瞥したあとで、酷く不快そうに一言を吐き棄てられて頭に血が昇る。もちろん、悪い方の意味で。
『なんだ』はこっちのセリフだし、なによりどっちだよッ!!!!それとも遠回しに関わるなって言われてただけか、僕は??!!
心の中で盛大にキレて叫んだ声は、もしかしたらちょっとだけ外に洩れてたかもしれない。けど。
……でもッ!そんなん知るかッ!!ってくらい最低な行いと話なわけで!!
今の今まで感じていた、どこか浮ついた感じの胸の高鳴りや高揚感すらあっという間に霧散して見事に消え失せた。今の一言のおかげでねっ!おかげで!目が覚めたし現実をしっかり思い出しましたっ!!
とりあえず、そのまだ濡れて見える口元をしっかり拭って欲しいし、今起こったことの全てをなかったものとして欲しい。
心の底から怒りながらも、冷めた頭の端でため息を吐く。ついでに自分の口もゴシゴシ擦って拭ってやった。
……本当に。僕への嫌がらせの一環でしかなかったのかもしれないなー。けど、上げて落とすにしろ。もう少し、やり方ってものがあったと思うんだよ。
兄様が独り言のように言い続けていた執着心とか。そういうのがあったから。もしかしたら……って、少しでも思ってしまった僕が、馬鹿だっただけ。
劇物な薬物なんて、本当に存在しているのかさえも怪しいし。その場に在るだけで誰も彼をも魅了できるような人間なんて、この世にいるはずが……
まるで何事もなかったかのようにこちらに背を向け、そのまま歩き去ろうとしているレオンハルト様の背中を不信感満載の目で睨めつけながら、なんとなく視線を向けた先。
少し行った、廊下の曲がり角の辺りで。
鳶色の癖っ毛がフワリと揺れたように見えて。
瞬間的に、ゾワリと全身の毛が逆立った。
ただの見間違い、だったのかもしれない。けど。
兄様から聞いた話の中にあった『相手の視界に映り込むだけで』って言葉が、頭をよぎる。
たった今。目の当たりにした殿下の、チグハグすぎてあまりにも不可解な、簡単には説明の付かなさそうな言動と。尋常じゃないあの取り乱し方。そして。人格が入れ替わったかのような、急激な態度の変化。僕の中ではまだ、存在ですら真偽不明の薬物の存在。そして、パージュが。なにより、兄様がこっそりと打ち明けてくれた未だ信じ切れない『てんせい』や『しゅじんこうほせい』や、もう一つの現実についての話。
考えれば考えるほどに、さっきとは違った意味でバクバクと。心臓が嫌な音を立てて騒ぎ出した。
────────────────
こちらまでが実質、14話になります。
20話までに終わるかなと無責任に言いつつも、どれくらい増えるかわからない状態です。
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