断罪は決定済みのようなので、好きにやろうと思います。

小鷹けい

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9話

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「なにその、ひとつも安心できない安心してって」
柔らかな口調には不似合いの不穏な宣言を耳にして小さく噴き出すと、
「ん~?誰よりも頼りになるこの兄様が安心してって言っているのに、それでもエルは安心できないのかい?」
冗談を言うような調子で返してきた相手がクスクス笑う。
そして、用事は済んだのかと聞かれたから頷くと「戻りながら話そうか」と言われた。
「エネミーって、敵って意味でしたっけ」
「そうだよ。よく覚えていたね」
前にも聞いた覚えはあったけど、僕なんかよりよっぽど優秀な兄様が発する言葉の中には理解できないものも多い。
どうやら正解だったらしい言葉の意味合いに苦笑を洩らしたら、隣から腕が伸びてきてワシャワシャ頭を撫でられた。
おかげでクシャクシャになってしまった髪を手櫛で整えつつ、横目で兄様の方を窺う。
「レオンハルト様も敵なんですか?」
「それ以外になにがあるんだい?私欲に走るばかりで、エルを守ろうともしないのに」
「……レオンハルトさまって、」
不快そうに目を細めて言い捨てた兄様の声色が普段よりも冷たく感じられて、庇う気なんかなかったはずなのに自然と口が動いていた。
「上辺だけ、なんですよね」
「これはまた。随分とストレートな悪口だな」
フハッと、今度は楽しそうに息を吐いて一気に相好を崩した兄様が、いまだにおさまらないらしい笑いを引き摺ったまま僕を見た。それに慌てて両手を振って、とりあえずは否定する。そういうつもりは全くなかった。
「あ、いえ。そういう意味じゃなくて。……なんていうかな、」
ちょうどいい言葉を探して首を捻り、迷いながらポツポツと呟きを落とす。
「本心を、見せないというか、……前は完璧すぎて隣に立つことすら気が引けていたというか」
いつでも笑顔で、みんなに平等に優しくて、細やかな気遣いができて、婚約の撤回だけは頑として受け入れてはくれなかったけど、それ以外で無理難題をふっかけられるなんてこともなく。
その上、形ばかりの婚約者のために時間を割きながらも、自分に課せられた務めは十二分にキチンと果たしてたっていうんだから、完璧超人かよ……と。ちょっと別次元の人間すぎて、引いてた部分もある。
……だから。
「パージュ様といる今の方が、人間らしい感じもします」
隙のない笑顔なのは変わらずだけど、怒ったり拗ねたりしたところは僕でさえも初めて見たっていうくらいの……。なにに腹を立てていたのかまではわかんなかったものの、パージュが来てからの変化なのは間違いないわけで。
少しだけ複雑な思いがなくもないけど、僕といる時はきっと気を遣わなきゃいけなかったせいもあって、ものすごく息苦しかっただろうな。とは思う。
なんたって婚約を受け入れたくない僕っていう面倒な婚約者のご機嫌を取りながら、王家が取り決めた婚約を維持しなきゃならなかったんだから。
「まあ、僕が知ろうとしなかったっていうのも、もちろんありますけど」
「エルは、いつでも一歩引いていたからね」
知る気もなかったっていうのが正しいのかもしれないけど、兄様が当時を懐かしむような顔で聞こえの良い相槌を打った。
「もしも……仮定の話、ですけど。もしも、お互いにわかり合う努力をしていたら、婚約の解消ももう少し楽にできたのかなって、今は思います」
普段から腹を割って本音を曝け出し合っていれば、どこかでもしかして『そういうことならしょうがないね』みたいな落とし所とかがあったのかもしれないな、なんて。
でも、信じてもらえそうにもない夢の話を根拠にしようとしてる時点で、どっちにしろ無理だったのかもしれない。
「それは、……どうだろうねぇ」
ちょっとだけ過去を悔いて俯いていた僕の横で、兄様が意味ありげに苦笑をこぼした。
「さてと。それはそうと今は時間がないから、送るのはここまででも大丈夫かい?寝る前にまた顔を見に行くからね。気をつけて部屋まで帰るんだよ」
「あ、はい。大丈夫です。それより兄様、さっきの……」
「ん?……ああ、パージュくんが言っていた言葉の意味についてだったね。そうだなぁ……」
少しだけ悩むそぶりを見せたものの、すぐにいつも通りの余裕ある笑みを浮かべた兄様が、
「それについてはあとでゆっくり話そうか。その前に、調べておきたいこともあるしね」
小さい子供にするようにポンポンと僕の頭を叩いた。


『またあとでね』と言って、はぐらかされたような気分になった昨日が明けて翌日。
本っ気で、心の底から『行きたくない』って思いながらも、逆らったらまたなにを言われるかわからなかったため、重い足取りのまま食堂に向かった。
食堂、って指定されてはいたけど、あの二人がいるとしたら王族専用のサロンだよな。なんて思いながら、久しぶりに足を踏み入れた中等部校舎の食堂で、それこそ久しぶりに不躾な視線を方々から浴びせ掛けられてすでに嫌気がさしている。
脅しを含んで来るように言われたから来るだけ来たけど、なにをしたらいいのかさえもわからなかったため、一先ず僕を呼び出した相手の姿を探して食堂内を見回した。
視線の先に見慣れた一団を見つけ、少しだけ躊躇してから意を決して一歩を踏み出す。
いつものようにレオンハルト様の腕に抱きついて、楽しそうに何事かを話しかけているパージュと、その二人の後ろに並んで立つケルネールス様とイヴェリン様。
遠巻きにしながらも羨望の眼差しを送る他の生徒たちの間を縫って、その四人の前へと進み出た。
突然僕が近づいていったからか、驚いたように目を瞠ったレオンハルト様とケルネールス様。対してパージュは、どこか満足そうな笑顔を浮かべてより一層レオンハルト様の腕に腕を絡めて擦り寄った。
一方、イヴェリン様はほとんど表情を変えないままに僕を見る。
まわりを取り囲む生徒からも、なにが始まるんだと言わんばかりの好奇の視線を注がれて、始める前に意気を挫かれかけた。でも、向かいからの圧に耐えかねて、鈍るばかりの口元を渋々動かす。
「……パージュ様、」
緊張のせいか冷や汗が滲みそうなそんな中で、必死に声を絞り出して目当ての相手の名前を呼ぶ。
「なあに?」
昨日とは打って変わって、鈴を転がすような耳に心地よい声と誰もが見惚れるような甘い笑顔で返事をしたパージュの態度に、思わず眉を顰めたくなった。
一瞬迫り上がってきた苦いものを飲み下し、浅くしか吸い込めない空気をなんとか肺に送り込む。
「パージュ、様。レオンハルト様、は……僕の婚約者です。だから、」
自分で言ってても『だからなんだよ?』ってなるセリフが、当たり前だけどそこで止まった。
「……えーっ、と……」
一応まだ婚約者ではあるものの、むこうだってすでに愛想を尽かしているであろうことは普段の態度からも明白で。
むしろ、いきなりこんな所でこんなことを言われたら困り果てるか、また叱責されるかのどっちかしかないんじゃないかと思えるんだよ、うん。
この場にふさわしい悪役のセリフはどんなんだろう……とか、今すぐここから逃避したいという思いでいっぱいの頭の片隅で考えながら唸ること数秒。
「べ、ベタベタ、触らないでくださいっ!」
やっぱり目に余る部分はそれで。
半分ヤケになって叫んだ言葉が食堂中にこだました……気がする。気がするだけでただの気のせいかもしれないけど、やりたくてやっているわけじゃないってのも相まって本当に。今すぐ、全部なかったことにして逃げ出したい。
なのに。不満げに上目に睨まれ、後退りかけていた足が止まった。
取り囲む人たちからは見えない角度まで俯いて、不機嫌そうに顔を歪めたパージュが思っているであろうことは、きっと『なにやってんの、この下手クソ!』とかでしかないことも手に取るようによくわかる。
昨日の今日で、最悪な未来を回避するため無茶振りに甘んじた当人としてはできる限りのことをしているのに、話を持ちかけてきたあっち側としては今の僕の全てが気に食わないらしい。
睨んでくるパージュから目を逸らした先にいたケルネールス様は、戸惑いと心配と不審感が混じり合ったような微妙な表情を浮かべてこっちを見つめているし、パージュの横にいるレオンハルト様に至っては気まずすぎて顔を見ることすらできなかった。
……僕なんかにパージュとの時間を邪魔されて、絶対に機嫌損ねてるって。そう思うと視界に入れるのも怖い。
「ご、ごめんなさい。レオが許してくれているからって……ボク、調子に乗って甘えちゃって」
で、僕がなす術なく黙り込んだことを早々に察したのか、……急になんか始まったんだけど。
舞台俳優も斯くやってくらいにノリノリに、まわりの同情を誘うかのような物悲しげな声色と顔つきで、滔々と話し始めたパージュの姿を眺める。
それはもう、せめてもの抵抗で、信じられないものを見るような目で見てやった。
おそらくだけど、一人でもうまく立ち回れるタイプの人だわ。この人。そもそもの話で、僕なんかいらなかったんじゃ……。
完全に添え物のようになった状態でその場に佇みながら、若干遠い目をして突如始まった寸劇の成り行きを見守る。
パージュの本性を知ってしまった今となっては、全てが茶番としか感じられなくなっていた。
「ボクなんかじゃつり合わないってこと、ほんとは……もうとっくにわかってたんだ。それに、レオには将来を誓い合った婚約者がいるって、ちゃんと知ってたし」
そこで言葉を切ったパージュがなにかを期待するようにレオンハルト様に視線を振った。
けど、それに気づいているのかいないのか、その人は色のない目で僕の方を見たまま動こうとしなかった。
え。なんで、貴方まで僕を見てんの??
ハテナマークをいっぱいに浮かべながらも見つめ返すと、スッと視線が逸らされたんでホッとする。
「レオ、ごめんね。もしかして、嫌だった?ボクのこと、迷惑だった?」
「っ、……常識で考えれば、わかりきったことですよね」
レオンハルト様に取り縋るパージュから、なんか言えよって感じの目を向けられたんで、ちょっと考えてから差し障りのなさそうなそれっぽいことを口にしてみたんだけど……。
どうやらまた違ったらしくて軽く、でも鋭く睨まれてしまった。
……こんなことになるんなら、悪役が出てくるような大衆小説をもっと読んでおくんだった。
終着地点がどこかも知れないことに巻き込まれたせいで精神が削られ、目を泳がせがてら救いを求めて出口の方を見る。
ただ、噂が噂を呼んだのか。普段以上の密集度でごった返すそこから迅速に逃げ出せる気がしない。
それ以前に、僕たちを囲む人垣も心なしか増えて厚みを増しているようにも感じた。
……逃げ出せそうもないけど、もう僕いらないよね??話してるのパージュだけだし、パージュの関心が向いてるのはもっぱらレオンハルト様一人じゃん。
「ねえ、レオってば!」
投げやりな気持ちになりつつも、なにも言わないレオンハルト様に痺れを切らしたように声を荒げたパージュの横顔を眺めている中で。
とりわけ冷え切った目をこっちに向け続けている人が一人。
現宰相閣下の嫡男で、将来の宰相候補として有力視されているイヴェリン・セング様。
その人が、値踏みするような冷たい眼差しを、ずっとずっと。四人に近付いたその時からずっと。飽くことなく僕の方へと向けていた。
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