15 / 30
第2章 SAMURAI FIST ~選ばれし者の証
敵
しおりを挟む
そして俺と舞奈は検問を逆側から通って旧市街地に戻り、商店街にやってきた。
だが、
「……休みだな」
「……休みだね。ごめん、まさか改装中だなんて思わなかったよ」
お詫びの紙が貼られたケーキ屋のシャッターの前で、途方に暮れた。
無常にも閉まったシャッターには、可愛らしいマスコットが描かれている。
アニメチックな3頭身の女の子だ。
プリンアラモードの帽子をかぶって、ケーキの服を着ている。
この店のイメージキャラクターのシロネンちゃんだ。
千佳がこのキャラクターが大好きで、ちょっと前にストラップを欲しがってた。
けど、そのシロネンちゃんも、休業のシャッターに描かれていると少し恨めしい。
「他のお店のじゃ、ここのチョコケーキの代わりにはならないしなぁ……」
俺が困っていると、
「そんなに美味いのか?」
舞奈が不思議そうに問いかけてきた。
「そりゃもう!」
俺は一も二もなく答える。
「濃厚なチョコレートケーキの上にバニラアイスを乗せて食べるんだけど、コクのあるチョコと冷たいアイスが舌の上で溶けあって、それはもう素晴らしい味わいなんだ」
「お、おう……」
だが舞奈はやや引き気味に、そう答えた。
舞奈はあんまりこういうの食べないのかな?
美味しいのにもったいないなあ。……あ、そうだ!
「今度いっしょに食べに来ない?」
「うーん、甘いものなんて、そんなに食ったことないんだが」
「舞奈だって女の子なんだから甘いものくらい……あ、そうだ。今度おごるよ」
「お、そいつはすまない」
おごりという言葉に反応したか舞奈は笑う。
「それに、どうせまた買いに来なくちゃいけないしね」
「妹さんにはあたしからも話はするよ。兄ちゃん、ちゃんと店まで来たんだし」
「ありがとう、舞奈」
そんなことを話しながら帰ろうとしたその時、
「うえっ……」
糞尿の如く悪臭にむせる。
見やると、くわえ煙草の中年男が真横を歩いていた。
「禁煙指定区域のはずなのに」
俺はボソリとつぶやく。
すると男は俺を睨む。
ひぃっ!
けど隣で舞奈が睨みをきかせると、男は悪態をつきながら歩き去った。
「爆発しちまえばいいのに」
舞奈は男の後姿に悪態をつく。
俺に気を使ってくれたのかな?
そんなことを考えながら、俺はふと、気づいた。
「あの人も、その……」
「ああ、脂虫だ」
人のなれの果てだという怪異の名を、舞奈は吐き捨てるように言い放つ。
「どっかのバカが手を出せば屍虫になって人を襲う。あるいは魔道士が奴をふんずづまえて生贄にするかもしれない。すると【機関】が手を回して、奴は事故死したことになる。そういうところだけはしっかりしてるんだ、あの組織」
舞奈は語る。
そうやって俺たちが嫌そうに睨む前で、薄汚い背中は遠ざかっていく。
人間の社会に潜む怪異の正体を知った今、男の背中は今までのようにただ不快なだけではなく、不気味で、そしてどこか哀れに見えた。
その歩みが、不意に止まった。
ゆっくりと振り返る。
「今の、聞こえてたんじゃ……?」
俺は不安げに舞奈を見やる。
だが舞奈は男から目をそらさぬまま、
「……兄ちゃん、合図したら横に跳んでくれ」
低い声色でボソリと言う。
どういう意味かと問い返そうとした刹那、
「今だ、跳べ!」
合図と同時に、男が凄まじい脚力で跳びかかってきた。
「えっ!?」
跳ぼうとする間もなく舞奈が俺を突き飛ばす。
衝撃!
店のシャッターに背中をしたたか打ちすえる。
シロネンちゃんが描かれたシャッターが軋む。
恨めしいなんて思ったバチが当たったのか?
俺はうめきつつ、一寸前まで俺たちがいた場所に目を戻す。
そんなこと言ってる場合じゃなかった!
さっきまで俺がいたアスファルトの路地を、何かが鋭く斬り裂いていた。
男はアスファルトからカギ爪を引き抜き、今度は舞奈に襲いかかる。
だが舞奈はバッグを捨てつつ男の手首をつかむ。
そして柔術の要領で投げ飛ばす。
男は店の壁にぶつかる寸前、体勢を立て直して着地する。
そして舞奈と対峙する。
両手の指からのびる鋭いカギ爪が、街灯の明かりに照らされて鈍く光る。
「ええっ!? なんで!?」
「聞きたいのはこっちだ! 野郎、今そこで屍虫に進行しやがった」
「どうすれば……?」
「……叩きのめす。他に手はないだろ?」
舞奈は不敵に笑う。
次の瞬間、屍虫はカギ爪を振りかざして再び舞奈に跳びかかる。
「舞奈!?」
俺は悲鳴をあげる。
「おっと」
舞奈は重心を少しずらしてカギ爪をかわす。
流れるような動作で腹にハイキックを見舞い、くの字に折れ曲がった屍虫の首筋めがけて何時の間に取り出したのか幅広のナイフを振り下ろす。
鈍く裂く音。
血は出ない。
代わりに傷口からヤニ色の体液が滲む。彼が人ではないからだ。だから、
「……やっぱりナイフじゃだめか」
人間なら致命傷なはずの首への斬撃も、効果がない。
屍虫はささいな傷などものともせず、人間離れした脚力で飛び退る。
「舞奈、銃は!?」
「鞄の中だ! けど出してる暇はないし、減音器もついてない!」
問いに舞奈は背中で答える。
そんな!?
そりゃ、繁華街で銃をぶっ放すのは無茶だとは思う。
けど、いくら舞奈だからって素手で怪異を倒せるのか!?
隙を見て【火霊武器】で援護しようと、映画で見た武術を真似て構えてみる。
「それより兄ちゃん、ひとつ聞いていいか?」
舞奈は背中で問いかける。
こんなときに、何だろう?
「怪異どもの恨みを買う心当たりは?」
「え!? どういうこと?」
問い返す間にも2度の斬撃。
どちらも舞奈は余裕でかわす。
恨みを買うって、どういうこと!?
「前にも言ったが、屍虫ってのは怪異の魔道士が脂虫に術をかけてなるんだ」
俺の動揺に構わず、舞奈は屍虫のカギ爪を避けながら語る。
「だから滅多に見かけない。なのにあんたは、この短い期間に4回も襲われた。そのうち1回は大屍虫にまでな!」
舞奈の言うとおりだ。
最初はスーパーからの帰りに。
2度目は舞奈たちが泥人間退治を終えた直後に。
3度目は執行人になった俺が新開発区に入ったときに。
そして今、舞奈は俺を屍虫から守るために戦っている。
正確には襲われたわけではないけど、【機関】支部に向かう途中、ガードマンを襲っていた屍虫たちと戦った。うち1人……1匹は大屍虫に進行した。
屍虫が希少な怪異だというのなら、確かに俺はそいつに出くわしすぎている。
メジャーで低級だという泥人間と同じ頻度で会っているのだ。けど、
「俺、そんな心当たりなんて……」
そもそも、俺は襲ってきた相手を倒してる(というか、舞奈や仲間に倒してもらってる)だけだ。恨みを買うようなことなんてしていない……はずだ。
「――ま、いいや」
困惑する俺を見やり、笑みを浮かべて問答を止める。
「とりあえず目の前の奴を片づける。兄ちゃんの力を借りたい。できるか?」
「……ああ!」
悩むのは後だ!
俺は自分が執行人だということを思いだす。
今や守られるだけの弱者なんかじゃないことを。
「俺は何をすればいいんだ?」
「簡単さ。あたしが気を引いている隙に、【火霊武器】でこいつの背中を殴るんだ」
その作戦は、奇しくもガードマンを襲っていた屍虫のうち1匹を、異能力者の仲間と共に倒した時の状況と同じだった。
それならできる!
前回と同じように、怪異の背中を殴りつけてやればいい!
「けど、大丈夫!?」
その間、舞奈は屍虫の攻撃を一心に引きつける。
屍虫があまり動くと俺が殴れないから、大きく避けることもできない。だが、
「……誰に聞いてやがる」
舞奈は不敵な笑みで答える。
そして次の瞬間、跳んだ。
屍虫を超える驚異的な跳躍で、一瞬で距離を詰める。
振るわれた大ぶりの斬撃をナイフで弾く。
体勢を崩した屍虫の膝を蹴り、かがんだ顔面にナイフを走らせて目を潰す。
――主ヨ、殺セ。汝ノ敵ヲ殺セ。
「今だ! 兄ちゃん1]
「うわぁぁぁぁぁぁ!」
叫びと共に、俺の拳がまばゆく輝く炎に包まれる。
俺は雄叫びをあげながら、苦痛と暗闇にのたうち回る無防備な背中を殴りつける。
薄汚い背広の背中に、いつか見たような煮えたぎる大穴が開く。
そして屍虫は崩れ落ち、動かなかくなった。
「や、やった……」
俺はほっとして、呆然とひとりごちる。
「ああ、やったな」
そんな俺に、舞奈はニヤリと笑いかける。
その時、背後で場違いな拍手が鳴り響いた。
俺は驚き見やる。
舞奈も舌打ちしつつ、ふり返る。
「ハハハ、流石は【掃除屋】だ。見事なものだね」
あらわれたのは、仕立ての良さそうな背広を着こんだ中年男だ。
ヤニで歪んだ醜い顔に、くわえ煙草。
夕日に照らされて、ごてごてと装飾された腕時計が下品に光る。
後には、背広を着た巨漢が控えている。
彼をそのまま若く大きくしたような雰囲気だ。
親子だろうか?
舞奈は露骨に顔をしかめる。
知り合いだろうか? けど仲がいいというわけではなさそうだ。
舞奈が嫌っているからというわけじゃないが、俺も彼らを好きになれそうにない。
その理由のひとつは、彼が無造作に吸っている煙草の鼻が曲がりそうな悪臭だ。
「何の用だ?」
舞奈は低い声色で問う。
「依頼のブツはきっちり張に渡したぞ。文句があるならそっちに言ってくれ」
「いやいや、依頼した隕石は確かに受け取ったよ。おかげで石にこめられていた様々な知識を得ることができた」
男は上辺だけの笑みを浮かべて答える。
「今日は別の用件で来たのだよ」
「別の用だと?」
問いを返す舞奈を無視し、男は何故か俺を見やる。
「怪異に止めを刺したのは君かね? 見事な力だ」
言いつつ、その足元に転がる屍虫の死骸に目を落とす。
そして再び俺に目を戻す。
俺は困惑する。
それはそうだろう?
いきなり怪異に襲われて、倒したと思ったらこの状況なのだ。
ちらりと舞奈を見やる。
舞奈もわけがわからないといった表情をしている。だが、
「たいした代物じゃないよ。【火霊武器】っていう、ごく普通の異能力だ」
俺がボロを出す前に、代わりに答えてくれた。
「なるほど、君たちはそう判断したのかね」
男は意味ありげに笑う。
俺の【火霊武器】に、何か他に秘密があるのか?
「へぇ、じゃ、あんたは何か知ってるのかい?」
「さあ、どうだろうね」
俺の代わりに問うた舞奈にそう答え、男は背後に目配せする。
その次の瞬間、
「……えっ?」
驚く間もなく巨漢が動いた。
驚異的な速さで距離を詰める。
丸太のような腕を振るい、舞奈めがけてパンチを放つ。
舞奈は腕で払って軽くいなす。
「何しやがる!」
だが巨漢は答える代りに薄笑いを浮かべ、鋭い蹴りを放つ。
舞奈は難なく横に跳んで避ける。
再び繰り出された拳を逆につかみ、体勢を入れ替えながら投げ飛ばす。
巨漢は男の側にドサリと落ちる。
あんな筋骨隆々とした男が、あっという間に!
怪異を翻弄するほどの舞奈の体術を、人間相手に使うとこうなるのか。
俺は恐れおののく。
「何の真似だ?」
舞奈は問う。
「君はたいそう腕が立つと聞いていたものでね。軽い挨拶のつもりだったのだが、気に障ったのなら謝るよ」
男は口先だけで謝罪する。
その側で、巨漢はうめきながら立ち上がる。
「……申し訳ございません、父上」
「さすがのおまえでも彼女の相手は荷が重いか」
その言葉に、巨漢は野獣のような怒りの視線を舞奈に向ける。
思わず隣にいた俺まで恐くなる。
だが舞奈は無言のまま、ジャケットの裏に手をやる。
えっ? でも銃はバッグの中だって……。
「その銃で、わたしを撃つのかね?」
「さあ、どうだろうな」
男の問いに、舞奈は口元に笑みを浮かべて答える。
その余裕の笑みに、男は舞奈が銃を持っていると思いこんだようだ。
そうか、ブラフか!
さすが舞奈だ!
「それでは、わたしたちは失礼するよ」
「二度と来るな」
怯えを覆い隠すように、男は何事もなかったように去って行く。
舞奈は、ふと、男の背中にボソリと言った。
「……そうそう。夜道には気をつけろよ」
男は無言で立ち止まる。
え? 舞奈?
「そこに転がってる怪異な、さっきそこで歩き煙草が変異したんだ。奴を変異させた犯人が近くにいるかもしれない」
だが舞奈の口から出たのは親切な忠告だった。
なるほど、確かに彼女たちから聞いた様々な話を繋げると、この男がさっきの男みたいに屍虫になって跳びかかってきてもおかしくはない。
だが男は変わらぬ口調で、
「ご忠告に感謝するよ」
そう言って、そのまま立ち去った。
巨漢も続く。
その後姿を、俺は呆然と、舞奈は憎々しげに見送った。
「……ねえ舞奈。今のは敵なの? それとも味方?」
しばらく前に新開発区で、舞奈は敵と味方の線引きしろと言った。
だが俺には、今の彼らが敵なのか、味方なのかがわからない。
対して舞奈は、口元に笑みを浮かべる。
「ま、味方じゃなことだけは確かだ」
そう言って、俺を見て笑った。そして、
「すまんが、ちょっと付き合ってもらっていいか? 花壇の礼もしたいし」
首をかしげる俺を見やって、そう言った。
だが、
「……休みだな」
「……休みだね。ごめん、まさか改装中だなんて思わなかったよ」
お詫びの紙が貼られたケーキ屋のシャッターの前で、途方に暮れた。
無常にも閉まったシャッターには、可愛らしいマスコットが描かれている。
アニメチックな3頭身の女の子だ。
プリンアラモードの帽子をかぶって、ケーキの服を着ている。
この店のイメージキャラクターのシロネンちゃんだ。
千佳がこのキャラクターが大好きで、ちょっと前にストラップを欲しがってた。
けど、そのシロネンちゃんも、休業のシャッターに描かれていると少し恨めしい。
「他のお店のじゃ、ここのチョコケーキの代わりにはならないしなぁ……」
俺が困っていると、
「そんなに美味いのか?」
舞奈が不思議そうに問いかけてきた。
「そりゃもう!」
俺は一も二もなく答える。
「濃厚なチョコレートケーキの上にバニラアイスを乗せて食べるんだけど、コクのあるチョコと冷たいアイスが舌の上で溶けあって、それはもう素晴らしい味わいなんだ」
「お、おう……」
だが舞奈はやや引き気味に、そう答えた。
舞奈はあんまりこういうの食べないのかな?
美味しいのにもったいないなあ。……あ、そうだ!
「今度いっしょに食べに来ない?」
「うーん、甘いものなんて、そんなに食ったことないんだが」
「舞奈だって女の子なんだから甘いものくらい……あ、そうだ。今度おごるよ」
「お、そいつはすまない」
おごりという言葉に反応したか舞奈は笑う。
「それに、どうせまた買いに来なくちゃいけないしね」
「妹さんにはあたしからも話はするよ。兄ちゃん、ちゃんと店まで来たんだし」
「ありがとう、舞奈」
そんなことを話しながら帰ろうとしたその時、
「うえっ……」
糞尿の如く悪臭にむせる。
見やると、くわえ煙草の中年男が真横を歩いていた。
「禁煙指定区域のはずなのに」
俺はボソリとつぶやく。
すると男は俺を睨む。
ひぃっ!
けど隣で舞奈が睨みをきかせると、男は悪態をつきながら歩き去った。
「爆発しちまえばいいのに」
舞奈は男の後姿に悪態をつく。
俺に気を使ってくれたのかな?
そんなことを考えながら、俺はふと、気づいた。
「あの人も、その……」
「ああ、脂虫だ」
人のなれの果てだという怪異の名を、舞奈は吐き捨てるように言い放つ。
「どっかのバカが手を出せば屍虫になって人を襲う。あるいは魔道士が奴をふんずづまえて生贄にするかもしれない。すると【機関】が手を回して、奴は事故死したことになる。そういうところだけはしっかりしてるんだ、あの組織」
舞奈は語る。
そうやって俺たちが嫌そうに睨む前で、薄汚い背中は遠ざかっていく。
人間の社会に潜む怪異の正体を知った今、男の背中は今までのようにただ不快なだけではなく、不気味で、そしてどこか哀れに見えた。
その歩みが、不意に止まった。
ゆっくりと振り返る。
「今の、聞こえてたんじゃ……?」
俺は不安げに舞奈を見やる。
だが舞奈は男から目をそらさぬまま、
「……兄ちゃん、合図したら横に跳んでくれ」
低い声色でボソリと言う。
どういう意味かと問い返そうとした刹那、
「今だ、跳べ!」
合図と同時に、男が凄まじい脚力で跳びかかってきた。
「えっ!?」
跳ぼうとする間もなく舞奈が俺を突き飛ばす。
衝撃!
店のシャッターに背中をしたたか打ちすえる。
シロネンちゃんが描かれたシャッターが軋む。
恨めしいなんて思ったバチが当たったのか?
俺はうめきつつ、一寸前まで俺たちがいた場所に目を戻す。
そんなこと言ってる場合じゃなかった!
さっきまで俺がいたアスファルトの路地を、何かが鋭く斬り裂いていた。
男はアスファルトからカギ爪を引き抜き、今度は舞奈に襲いかかる。
だが舞奈はバッグを捨てつつ男の手首をつかむ。
そして柔術の要領で投げ飛ばす。
男は店の壁にぶつかる寸前、体勢を立て直して着地する。
そして舞奈と対峙する。
両手の指からのびる鋭いカギ爪が、街灯の明かりに照らされて鈍く光る。
「ええっ!? なんで!?」
「聞きたいのはこっちだ! 野郎、今そこで屍虫に進行しやがった」
「どうすれば……?」
「……叩きのめす。他に手はないだろ?」
舞奈は不敵に笑う。
次の瞬間、屍虫はカギ爪を振りかざして再び舞奈に跳びかかる。
「舞奈!?」
俺は悲鳴をあげる。
「おっと」
舞奈は重心を少しずらしてカギ爪をかわす。
流れるような動作で腹にハイキックを見舞い、くの字に折れ曲がった屍虫の首筋めがけて何時の間に取り出したのか幅広のナイフを振り下ろす。
鈍く裂く音。
血は出ない。
代わりに傷口からヤニ色の体液が滲む。彼が人ではないからだ。だから、
「……やっぱりナイフじゃだめか」
人間なら致命傷なはずの首への斬撃も、効果がない。
屍虫はささいな傷などものともせず、人間離れした脚力で飛び退る。
「舞奈、銃は!?」
「鞄の中だ! けど出してる暇はないし、減音器もついてない!」
問いに舞奈は背中で答える。
そんな!?
そりゃ、繁華街で銃をぶっ放すのは無茶だとは思う。
けど、いくら舞奈だからって素手で怪異を倒せるのか!?
隙を見て【火霊武器】で援護しようと、映画で見た武術を真似て構えてみる。
「それより兄ちゃん、ひとつ聞いていいか?」
舞奈は背中で問いかける。
こんなときに、何だろう?
「怪異どもの恨みを買う心当たりは?」
「え!? どういうこと?」
問い返す間にも2度の斬撃。
どちらも舞奈は余裕でかわす。
恨みを買うって、どういうこと!?
「前にも言ったが、屍虫ってのは怪異の魔道士が脂虫に術をかけてなるんだ」
俺の動揺に構わず、舞奈は屍虫のカギ爪を避けながら語る。
「だから滅多に見かけない。なのにあんたは、この短い期間に4回も襲われた。そのうち1回は大屍虫にまでな!」
舞奈の言うとおりだ。
最初はスーパーからの帰りに。
2度目は舞奈たちが泥人間退治を終えた直後に。
3度目は執行人になった俺が新開発区に入ったときに。
そして今、舞奈は俺を屍虫から守るために戦っている。
正確には襲われたわけではないけど、【機関】支部に向かう途中、ガードマンを襲っていた屍虫たちと戦った。うち1人……1匹は大屍虫に進行した。
屍虫が希少な怪異だというのなら、確かに俺はそいつに出くわしすぎている。
メジャーで低級だという泥人間と同じ頻度で会っているのだ。けど、
「俺、そんな心当たりなんて……」
そもそも、俺は襲ってきた相手を倒してる(というか、舞奈や仲間に倒してもらってる)だけだ。恨みを買うようなことなんてしていない……はずだ。
「――ま、いいや」
困惑する俺を見やり、笑みを浮かべて問答を止める。
「とりあえず目の前の奴を片づける。兄ちゃんの力を借りたい。できるか?」
「……ああ!」
悩むのは後だ!
俺は自分が執行人だということを思いだす。
今や守られるだけの弱者なんかじゃないことを。
「俺は何をすればいいんだ?」
「簡単さ。あたしが気を引いている隙に、【火霊武器】でこいつの背中を殴るんだ」
その作戦は、奇しくもガードマンを襲っていた屍虫のうち1匹を、異能力者の仲間と共に倒した時の状況と同じだった。
それならできる!
前回と同じように、怪異の背中を殴りつけてやればいい!
「けど、大丈夫!?」
その間、舞奈は屍虫の攻撃を一心に引きつける。
屍虫があまり動くと俺が殴れないから、大きく避けることもできない。だが、
「……誰に聞いてやがる」
舞奈は不敵な笑みで答える。
そして次の瞬間、跳んだ。
屍虫を超える驚異的な跳躍で、一瞬で距離を詰める。
振るわれた大ぶりの斬撃をナイフで弾く。
体勢を崩した屍虫の膝を蹴り、かがんだ顔面にナイフを走らせて目を潰す。
――主ヨ、殺セ。汝ノ敵ヲ殺セ。
「今だ! 兄ちゃん1]
「うわぁぁぁぁぁぁ!」
叫びと共に、俺の拳がまばゆく輝く炎に包まれる。
俺は雄叫びをあげながら、苦痛と暗闇にのたうち回る無防備な背中を殴りつける。
薄汚い背広の背中に、いつか見たような煮えたぎる大穴が開く。
そして屍虫は崩れ落ち、動かなかくなった。
「や、やった……」
俺はほっとして、呆然とひとりごちる。
「ああ、やったな」
そんな俺に、舞奈はニヤリと笑いかける。
その時、背後で場違いな拍手が鳴り響いた。
俺は驚き見やる。
舞奈も舌打ちしつつ、ふり返る。
「ハハハ、流石は【掃除屋】だ。見事なものだね」
あらわれたのは、仕立ての良さそうな背広を着こんだ中年男だ。
ヤニで歪んだ醜い顔に、くわえ煙草。
夕日に照らされて、ごてごてと装飾された腕時計が下品に光る。
後には、背広を着た巨漢が控えている。
彼をそのまま若く大きくしたような雰囲気だ。
親子だろうか?
舞奈は露骨に顔をしかめる。
知り合いだろうか? けど仲がいいというわけではなさそうだ。
舞奈が嫌っているからというわけじゃないが、俺も彼らを好きになれそうにない。
その理由のひとつは、彼が無造作に吸っている煙草の鼻が曲がりそうな悪臭だ。
「何の用だ?」
舞奈は低い声色で問う。
「依頼のブツはきっちり張に渡したぞ。文句があるならそっちに言ってくれ」
「いやいや、依頼した隕石は確かに受け取ったよ。おかげで石にこめられていた様々な知識を得ることができた」
男は上辺だけの笑みを浮かべて答える。
「今日は別の用件で来たのだよ」
「別の用だと?」
問いを返す舞奈を無視し、男は何故か俺を見やる。
「怪異に止めを刺したのは君かね? 見事な力だ」
言いつつ、その足元に転がる屍虫の死骸に目を落とす。
そして再び俺に目を戻す。
俺は困惑する。
それはそうだろう?
いきなり怪異に襲われて、倒したと思ったらこの状況なのだ。
ちらりと舞奈を見やる。
舞奈もわけがわからないといった表情をしている。だが、
「たいした代物じゃないよ。【火霊武器】っていう、ごく普通の異能力だ」
俺がボロを出す前に、代わりに答えてくれた。
「なるほど、君たちはそう判断したのかね」
男は意味ありげに笑う。
俺の【火霊武器】に、何か他に秘密があるのか?
「へぇ、じゃ、あんたは何か知ってるのかい?」
「さあ、どうだろうね」
俺の代わりに問うた舞奈にそう答え、男は背後に目配せする。
その次の瞬間、
「……えっ?」
驚く間もなく巨漢が動いた。
驚異的な速さで距離を詰める。
丸太のような腕を振るい、舞奈めがけてパンチを放つ。
舞奈は腕で払って軽くいなす。
「何しやがる!」
だが巨漢は答える代りに薄笑いを浮かべ、鋭い蹴りを放つ。
舞奈は難なく横に跳んで避ける。
再び繰り出された拳を逆につかみ、体勢を入れ替えながら投げ飛ばす。
巨漢は男の側にドサリと落ちる。
あんな筋骨隆々とした男が、あっという間に!
怪異を翻弄するほどの舞奈の体術を、人間相手に使うとこうなるのか。
俺は恐れおののく。
「何の真似だ?」
舞奈は問う。
「君はたいそう腕が立つと聞いていたものでね。軽い挨拶のつもりだったのだが、気に障ったのなら謝るよ」
男は口先だけで謝罪する。
その側で、巨漢はうめきながら立ち上がる。
「……申し訳ございません、父上」
「さすがのおまえでも彼女の相手は荷が重いか」
その言葉に、巨漢は野獣のような怒りの視線を舞奈に向ける。
思わず隣にいた俺まで恐くなる。
だが舞奈は無言のまま、ジャケットの裏に手をやる。
えっ? でも銃はバッグの中だって……。
「その銃で、わたしを撃つのかね?」
「さあ、どうだろうな」
男の問いに、舞奈は口元に笑みを浮かべて答える。
その余裕の笑みに、男は舞奈が銃を持っていると思いこんだようだ。
そうか、ブラフか!
さすが舞奈だ!
「それでは、わたしたちは失礼するよ」
「二度と来るな」
怯えを覆い隠すように、男は何事もなかったように去って行く。
舞奈は、ふと、男の背中にボソリと言った。
「……そうそう。夜道には気をつけろよ」
男は無言で立ち止まる。
え? 舞奈?
「そこに転がってる怪異な、さっきそこで歩き煙草が変異したんだ。奴を変異させた犯人が近くにいるかもしれない」
だが舞奈の口から出たのは親切な忠告だった。
なるほど、確かに彼女たちから聞いた様々な話を繋げると、この男がさっきの男みたいに屍虫になって跳びかかってきてもおかしくはない。
だが男は変わらぬ口調で、
「ご忠告に感謝するよ」
そう言って、そのまま立ち去った。
巨漢も続く。
その後姿を、俺は呆然と、舞奈は憎々しげに見送った。
「……ねえ舞奈。今のは敵なの? それとも味方?」
しばらく前に新開発区で、舞奈は敵と味方の線引きしろと言った。
だが俺には、今の彼らが敵なのか、味方なのかがわからない。
対して舞奈は、口元に笑みを浮かべる。
「ま、味方じゃなことだけは確かだ」
そう言って、俺を見て笑った。そして、
「すまんが、ちょっと付き合ってもらっていいか? 花壇の礼もしたいし」
首をかしげる俺を見やって、そう言った。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
そのほかに外伝も綴りました。
至れり尽くせり!僕専用メイドの全員が溺愛してくる件
こうたろ
青春
普通の大学生・佐藤健太は目覚めると、自宅が豪華な洋館に変わり10人の美人メイドたちに「お目覚めですか、ご主人様?」と一斉に迎えられる。いつの間にか彼らの“専属主人”になっていた健太は戸惑う間もなく、朝から晩までメイドたちの超至れり尽くせりな奉仕を受け始める。
痩せる為に不人気のゴブリン狩りを始めたら人生が変わりすぎた件~痩せたらお金もハーレムも色々手に入りました~
ぐうのすけ
ファンタジー
主人公(太田太志)は高校デビューと同時に体重130キロに到達した。
食事制限とハザマ(ダンジョン)ダイエットを勧めれるが、太志は食事制限を後回しにし、ハザマダイエットを開始する。
最初は甘えていた大志だったが、人とのかかわりによって徐々に考えや行動を変えていく。
それによりスキルや人間関係が変化していき、ヒロインとの関係も変わっていくのだった。
※最初は成長メインで描かれますが、徐々にヒロインの展開が多めになっていく……予定です。
カクヨムで先行投稿中!
『専属メイド全員が重すぎる愛で迫ってくる!~大学生の僕、11人?の美女に24時間甘やかされ尽くす生活~』
まさき
青春
僕は、ちょっと普通じゃない日常を送ることになった――それは、専属メイドが全員僕のことを溺愛してくれる暮らしだ。
朝は髪を整えてくれるリナ、朝食で笑顔を見せてくれるミユ、どの瞬間も全力で僕を甘やかす。掃除、料理、悩み相談まで、僕のためだけに動くメイドたち。
「ご主人様の笑顔が見たいんです」
その一言で、僕の毎日はちょっとドキドキ、ちょっと幸せ。
全員が僕を独占したいと競い合う日常の中、僕はどうやってこの溺愛地獄(?)を生き抜けばいいのか――!?
甘々、至れり尽くせりの日常ラブコメ、開幕。
「作品への感想代わりの『いいね❤️』や『エール📣』、心よりお待ちしております。」
「【応援のお願い】『いいね❤️』や『エール📣』をいただけると、作者のモチベーションが爆上がりします!」
「最後までお読みいただきありがとうございます。温かい『いいね❤️』が更新の支えです。」
番を拒み続けるΩと、執着を隠しきれないαが同じ学園で再会したら逃げ場がなくなった話 ――優等生αの過保護な束縛は恋か支配か
雪兎
BL
第二性が存在する世界。
Ωであることを隠し、平穏な学園生活を送ろうと決めていた転校生・湊。
しかし入学初日、彼の前に現れたのは――
幼い頃に「番になろう」と言ってきた幼馴染のα・蓮だった。
成績優秀、容姿端麗、生徒から絶大な信頼を集める完璧なα。
だが湊だけが知っている。
彼が異常なほど執着深いことを。
「大丈夫、全部管理してあげる」
「君が困らないようにしてるだけだよ」
座席、時間割、交友関係、体調管理。
いつの間にか整えられていく環境。
逃げ場のない距離。
番を拒みたいΩと、手放す気のないα。
これは保護か、それとも束縛か。
閉じた学園の中で、二人の関係は静かに歪み始める――。
俺を振ったはずの腐れ縁幼馴染が、俺に告白してきました。
true177
恋愛
一年前、伊藤 健介(いとう けんすけ)は幼馴染の多田 悠奈(ただ ゆうな)に振られた。それも、心無い手紙を下駄箱に入れられて。
それ以来悠奈を避けるようになっていた健介だが、二年生に進級した春になって悠奈がいきなり告白を仕掛けてきた。
これはハニートラップか、一年前の出来事を忘れてしまっているのか……。ともかく、健介は断った。
日常が一変したのは、それからである。やたらと悠奈が絡んでくるようになったのだ。
彼女の狙いは、いったい何なのだろうか……。
※小説家になろう、ハーメルンにも同一作品を投稿しています。
※内部進行完結済みです。毎日連載です。
うちの幼馴染がデレすぎてて俺の理性はもう限界。でも毎日が最高に甘いからもうどうでもいいや
静内燕
恋愛
相沢悠太の日常は、規格外の美少女である幼馴染、白石葵によって完全に支配されている。
朝のモーニングコール(ベッドへのダイブ付き)から始まり、登校中の腕組み、そして「あーん」が義務付けられた手作り弁当。誰もが羨むラブラブっぷりだが、悠太はこれを「家族愛」だと頑なに誤解(無視)している。
「ゆーたは私の運命の相手なんだもん!」と、葵のデレデレは今日も過剰の一途。周囲の冷やかしや、葵を狙う男子生徒のプレッシャーが高まる中、悠太の**「幼馴染フィルター」**はついに限界を迎える。
この溺愛っぷり、いつまで「家族」で通せるのか?
甘すぎる日常が、悠太の鈍感な理性を溶かし尽くす――最初からクライマックスの、超高濃度イチャイチャ・ラブコメ、開幕!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる