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第2章 おつぱいと粗品

追跡2

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『閣下、何者かに進路を妨害されました』
 半装軌車デマーグは急停車した。

「今度は誰だよ!?」
 主である明日香に異常事態を告げる式神の声に、舞奈は叫ぶ。
 新開発区に入って数分も進んでいない。

「おーい! おまえら!」
 前方を見やると、学生服をラフに着こなしたクセ毛の少年が立っていた。
 三剣刀也である。

「トウ坊かよ! バカな遊びしてると轢かれるぞ!」
 しかも、ここは人里近くとはいえ新開発区だ。だが、

「おまえら! オレも連れてけよ!」
 刀也は舞奈の心中など知りもせず、呑気に笑った。

「遊びに行くんじゃないんだ!! とっととどけ!」
「ああ、知ってる! 事件があったんだろ?」
 刀也は黒い長剣を振りかざす。
 悟に譲った剣である。
 いつの間に彼の物になったのだろうか?

「奈良坂から聞いたんだ! あいつもおまえと同じ組織のメンバーなんだろ?」
「奈良坂さんだと?」
 思わず周囲に視線を巡らす。

 廃ビルの陰で、うつむき加減な奈良坂がすまなさそうにこちらを見ていた。

「どうやら、執行人エージェントとして彼女が派遣されたみたいね」
「逢引の途中でか? ったく、守秘義務はどうしたよ」
 舞奈は深々とため息をつく。
 奈良坂は気の弱さを今度は刀也に付けこまれ、【機関】や怪異のことを話してしまったらしい。
 他人に引きずり回されるだけの人生である。

「オレさまが、この魔剣でおまえらを手伝ってやるぜ!」
「そりゃどうも!」
 口元を笑みの形に歪め、そして刀也を睨みつける。
「……なら、彼女を連れて今すぐ帰れ! でもって、剣返して兄ちゃんに謝れ!」
 言って真後ろを指さす。

 仕事人トラブルシューターは遊び半分で務まる仕事ではない。
 今までだって、舞奈でなければ死ぬような状況なんて何度もあった。

 こんな彼氏でも、いなくなったら奈良坂は泣くだろう。
 それに園香も。だが、

「なんだと! 下手に出てりゃ、なんて態度だクソガキ!」
 刀也は自分の意見が通らないことだけが気に入らないらしい。
「ならいいぜ、連れてってくれるまでここをどかないからな! 通れないだろ!?」
「野郎!! どっちがガキだよ!」
 いきり立つ舞奈を、明日香が制する。

「分かりましたから、荷台に乗ってください!」
「へへっ、おまえの友達のほうが話が分かるじゃねぇか!」
「おい明日香――!?」
「今は一刻も早く目的地に向かうべきよ」
 文句を言いかける舞奈に、明日香は肩をすくめてみせる。

「……どうなっても知らないからな」
 そう言って、舞奈は舌打ちする。

 半装軌車デマーグは奈良坂と刀也を乗せて、しばらく走った。
 そして、明日香の指示に従って停止した。

 舞奈と明日香が荷台から飛び下りると、式神は溶けるように消えた。
 明日香は崩れ方が多少はマシなビルを指さす。
 近くの廃屋のガレージには、白いセダンが停まっている。
 間違いない。誘拐犯どもがアジトにしている事務所ビル跡だ。

「痛ぇ……」
「そりゃよかった」
 降りそこねて尻を打った刀也に、ぞんざいに返す。
 そして奈良坂を見やると、こっちは転んで眼鏡を落として困っていた。
 執行人エージェントなのに。

「……やっぱり帰れよ、おまえら」
 仕方なく周囲を見やってフレームレスの眼鏡を見つけ、奈良坂に手渡す。

「ここにいるのは間違いないな」
 何人かの足跡と、散乱する大量の吸殻を見やって口元を歪める。

 廃墟の街は、不良の溜まり場や浮浪者の寝床にはうってつけに思える。

 だが新開発区は怪異が跳梁跋扈するこの世の魔界だ。
 そんな土地を居場所に選んだ犠牲者は、すぐにいなくなる。

 舞奈ですら、住んでいるアパートは旧市街地に近い地区にある。

 だから新開発区の奥のある廃ビルに、住人など居ようはずもない。
 悪臭を放つ吸殻が散乱しているならば、十中八九、園香をさらった誘拐犯どもが急場をしのぐためのアジトであろう。
 舞奈たちは周囲を警戒しながら廃ビルへ近づく。

「……見張りすらいないよ。みんな揃って奥の部屋らしいな」
 舞奈は崩れた窓からビルの中を覗う。
 瓦礫を這う錆喰いを見やって顔をしかめる。

「むしろ好都合だわ。戦闘用の式神を召喚するから、それまで様子を見てて」
「了解」
 明日香が唱え始めた真言を背に、窓の中を凝視する。

 ロビー跡らしき部屋には、誰もいない。
 机やイスの残骸にまみれて瓦礫が散乱しているばかりだ。
 部屋の奥には扉がひとつ。
 物音こそ聞こえないが、人の気配がする。

 そんな舞奈の側で、奈良坂は壁に向かってブツブツ何か喋っていた。

「なあ、奈良坂。こんなガキの言うことなんか気にする必要ないって!」
「だれがガキだよ粗品! ……じゃなくて邪魔してやるな。術を使ってるんだ」
「術だと?」
 部外者の刀也そこまで話していいものかと一瞬だけ悩む。
 だが、どうせある程度は知られているんだしと開き直る。

「仏術士が使う真言を唱えてる。たぶん【弁才天法サラスヴァティナ・ダルマ】っていう情報収集の術だ」
「お、おう……??」
 せっかく説明してやったのに、刀也は理解する素振りすら見せない。だが、

「あら、詳しいじゃないの」
 代わりに、自分の施術を準備していた明日香が顔をあげた。
「まあな。昔の……知り合いに、同じ系統の術を使う奴がいたんだ」
「あっそう」
 そう言って、明日香は施術に戻る。
 舞奈は奈良坂を見やり、口元に笑みを浮かべる。

「それにしても、奈良坂さんが妖術師ソーサラーだったとはな」
 妖術師ソーサラーは、その身に蓄えた魔力を奇跡と成す。いわば異能力者の上位版だ。
 ちなみに魔術と呪術、妖術を総称して魔法(あるいは術)と呼ぶ。
 そして魔術師ウィザード呪術師ウォーロック妖術師ソーサラーを総じて魔道士メイジ(あるいは術者)と呼ぶ。

 そんな妖術師ソーサラーの中で、仏術は真言密教を母体とした流派だ。
 日々の務めと読経によって諸仏のイメージを魔力と化して身体に蓄え、印と真言によって術と成す。

 そして他の流派と同様に3種類の術を内包する。
 内なる魔力を熱や電気に転化する【エネルギーの生成】。
 時空との対話により物品や情報を得る【実在の召喚】。
 そして、チャクラを回して生命力を活性化させる【心身の強化】。

 攻撃魔法エヴォケーションの威力こそ控えめなものの、多彩な探知魔法ディビネーション付与魔法エンチャントメントによって早期警戒から肉弾戦までを幅広くカバーできる利便性の高い流派だ。

 舞奈はふと、以前に彼女がチンピラたちに絡まれていたことを思いだす。
 彼女の実力なら【虎爪気功ビーストクロー】などひとひねりにできそうなものだ。
 なのに大人しく絡まれて震えていたのは、彼女の気の弱さゆえだろう。

 その拍子に、もうひとつ思いだす。
 かつてピクシオンだった仲間のひとり、果心一樹も仏術士だった。
 彼女は舞奈以上の戦闘技術を付与魔法エンチャントメントで強化した。
 その超然とした立ち振舞も含め、仏術のイメージソースのひとつである不動明王アチャラ・ナータを彷彿とさせた。

 だが目の前の弱気な仏術士は、懐かしい昔の仲間とは正反対だ。
 そんな奈良坂を、舞奈は静かに、事情を知らぬ刀也は退屈そうに見守る。
 明日香は自分の魔術を続行する。
 そうやってしばらくして、

「あ、あの、舞奈さんのお友達を誘拐した人たちの情報がわかりました」
 奈良坂は顔を上げた。

「へぇ、やるじゃないか」
 舞奈は笑う。
 奈良坂は褒められ慣れていないのか、はにかむような笑みを向け、

「えっと、相手のリーダーは呪術師ウォーロックだそうです」
「それは知ってる。手下を呪術で操ってた」
「そうですか……」
 奈良坂はしばし足元と話をして、

「あの、リーダーは呪術師ウォーロックの中でも、【教会】の祓魔師エクソシストだそうです。名前はアイオスさんと言うんだそうです」
「それも確認済みなんだ。【教会】の修道服を着てた」
「そうですか……」
 奈良坂は再びしゃがみこんで、地面にのの字を書き始めた。
 ブツブツ言っているが、誰かと話しているわけではない。施術でもないようだ。

「いや、ほら、名前は今、初めて聞いたんだよ」
 舞奈は奈良坂をなだめる。

 やることのない刀也は手持無沙汰な様子で、明日香を見ている。
 舞奈もあきらめて明日香を見やる。

 明日香が行使している魔術は、式神を召喚する【機兵召喚フォアーラードゥング・ゾルダート】。
 地面に紙片を広げ、その周囲にドッグタグを並べて真言をささやく。
 紙片には短機関銃MP40が描かれ、ドッグタグにはルーン文字が彫られている。
 明日香は両手で印を結びながら、小声で真言を唱える。
 それに呼応し、タグに彫られたルーンが光を放つ。そして――

「たのもー!!」
 いつの間にかビルの前にいた刀也が、大声を張り上げた。
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