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第5章 過去からの呼び声

休業2

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 舞奈と明日香は何の変哲もない調査の依頼を受けた。
 けど、なぜか刀也を加えた3人で臨んだ調査は戦闘になり、明日香が負傷した。
 その翌日、明日香は休業を提案した。
 防御面の不安を解消すべく、戦闘カンプフクロークを改造するのだと言う。
 舞奈はその提案を受け入れた。

 だから放課後、特にやることもないので三剣邸を訪れていた。

「で、こんなところでサボってるのか?」
「うっさい粗品! 仕事がない時に何してようが、人の勝手だろ!」
 クセ毛の少年を睨みつけ、舞奈はほおばっていた饅頭を飲みこむ。

「……だいたい、おまえが邪魔するからやり辛いんじゃないか」
 ちゃぶ台の上の皿から新たな饅頭をつまむ。

 開け放たれた障子の向こうで、ししおどしがタンと鳴った。

「おまえらがそうやってサボってばっかだと、オレの剣の腕がなまるんだよ! 兄貴! お守りしようにもガキはやる気ないし、抜刀術を教えてくれよ!」
「だれがガキだよ! サト兄も、あたしをダシにしないではっきり言ってやれよ」
「……すまない」
 舞奈のジト目に、悟は小声で詫びて、

「刀也。何度も言うけど、三剣家に言い伝えられた特別な剣術なんてないよ」
「じゃ、兄貴が持ってる刀は何なんだよ! この家に代々伝わる名刀なんだろ!?」
「そうだけど、あれは神術の儀式に使うものなんだ。刃が付いてるかどうかも分からないし、少なくとも僕は人を斬る方法なんて知らないよ」
 そう言って苦笑する。

 三剣家に伝わる古神術には、刀を用いて敵を退ける特殊な術が含まれる。
 かつて彼の術によって、ピクシオンは何度もピンチを切り抜けてきた。
 だが三剣家はあくまで神術士の家系であり、武芸とは無縁だ。
 細面な悟は体術はからっきしで、当時の舞奈ですら組み伏せられたほどだ。
 抜刀術など望むべくもない。だが、

「2人でオレをのけ者にしやがって!」
 事情を知らぬか解さぬか、刀也は地団太を踏んで悔しがる。

「いいかげんにしろよ! だいたい棒切れ振り回すのに腕も糞もあるか! そんなに暴れたきゃ、自分で仕事とって来て、ひとりでやっつけられてろ」
「なんだとクソガキ! そっちがその気なら、オレひとりでスッゲェ怪異を退治して、スッゲェ剣を手に入れてやる! 後で吠え面かくなよ! ガキ! ガーキ!!」
「じゃ、やってみろよ」
「やってやるさ! クソ!」
 刀也の足音がドタドタと遠ざかる。
 本当に怪異退治の仕事を探しに行ったのかもしれない。

 舞奈は口に饅頭を放りこみ、もぐもぐと咀嚼する。
 刀也が何かの手違いで依頼を完遂してソロ活動を開始しようが、ヘマをしてブタ箱なり骨箱なりに放りこまれようが、邪魔さえしなければ心底どうでもいい。

「……弟がいつもすまない」
 ちゃぶ台の向かいに正座した悟が、すまなさそうに頭を下げる。
「サト兄が悪いわけじゃないよ」
 舞奈はやれやれと言葉を返す。
 そして部屋の片隅に据え置かれた小さな座卓に目を止める。

「へぇ、パソコンなんか買ったんだ」
 座卓には、和風の屋敷にはそぐわない鉄の箱が乗せられていた。
「これからは必要になると思ってね」
 悟は弱々しい笑みを返す。
 そして立ち上がり、壁掛けの棚の上に立てられた額縁を見やる。

 古びた額縁の前には、ひび割れたオレンジ色のブレスレットが置かれている。
 その様子は、美佳がいなくなったあの日からずっと変わらない。

「でも明日香ちゃんは偉いよ」
 悟は寂しげに笑う。

「自分の弱さを自覚して、それを克服することかできるんだから」
「ミカは自分の限界を読み違えたわけじゃないよ」
 舞奈も口元を皮肉な笑みの形に歪める。
「やるべきことを最善の方法でやっただけさ」
「ああ、美佳は間違ってなんていないさ」
 悟はひび割れたピクシオン・ブレスを手に取り、見つめる。

「けど【機関】はどうなんだ?」
 悟の端正な顔に浮かぶのは、苦悩の色。

「エンペラーは異能の力で世界を滅ぼそうとしていた。なのに奴らは美佳の力を利用するだけで、ピクシオンの戦いに力を貸そうとはしなかった」
 悟の声色に潜むのは、憎悪。
「もし美佳が、奴らの卑劣なやりかたに気づいていたなら――」
「――そうじゃない。【機関】にエンペラーと戦う力なんて、なかったんだ」
 舞奈は苦笑する。
 他に浮かべるべき表情が思いつかなかったからだ。

執行人エージェントが中途半端に手を出して返り討ちにあって、結局あたしたちが尻拭いしてたんだぞ。奴らに対抗できたのはピクシオンだけだ」
 舞奈は平たんな口調で語る。
 過去への思慕を、後悔を覆い隠すように。

「だから、ああなる以外に……ああする以外に、方法なんてなかったんだよ」
「わかってるさ……」
 悟はひとりごちるように答える。
 耐えがたい何かを堪えるように。

 そんな彼の横顔から、舞奈はそっと目をそらす。
 何かから逃れようとするように。

 かつて悟は、美佳に想いを寄せていた。
 それは幼い舞奈にすら察することができるほど、強くて不器用で、そして純粋な感情だった。

 そんな彼の存在も、舞奈の幸福な日々を形作るピースのひとつだった。
 だから、美佳と一樹がいなくなったあの日、その真実を受け入れると言った彼の言葉を、舞奈もまた受け入れた。

「わかってるさ、そんなこと」
 悟は、ひとりごちるように、つぶやく。

「けどもし、もう一度、美佳と会えるのだとしたら――」
「――やめろよサト兄!!」
 両の拳でちゃぶ台を殴りつけ、舞奈は叫ぶ。
 悟もまた、舞奈の激情から目をそらす。

 この小さなツインテールの少女は喜怒哀楽がはっきりしている。
 だが、本当の意味で感情を爆発させることはほとんどない。
 仲間とともに決戦に赴き、ひとりでこの街に戻ってきたあの日から、ずっと。
 だから、

「……大声出してごめん」
「いや、こっちこそすまない」
 舞奈は悟の苦しげな横顔から目をそむけたまま、立ち上がる。
 夕方の涼しい風が、花器に生けられた百合を揺らす。
 彼女が好きだった花だ。

「今日はもう帰るよ」
 舞奈の口元にも寂しげな、乾いた笑みが浮かんだ。
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