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第5章 過去からの呼び声

追憶 ~ピクシオンvsエンペラー幹部

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 開け放たれた窓の外の夜闇に浮かぶ三日月が、踊る舞奈を見つめていた。

 ステージは天井と壁と床しかない殺風景な自室。
 引き締まった肢体を飾るはキュロットにブラウス、その上に掛けられたショルダーホルスター。そして両手の拳銃ジェリコ941

 銃を握った両腕を両翼の如く左右にピンと伸ばす。
 次の瞬間、両腕を交差させる。
 両手の拳銃ジェリコ941を前に向けて構える。

 研ぎ澄まされた動作は銃の撃鉄の様に鋭い。
 ポーズは鋳抜かれた鉄のように正確で力強い。

 少女の肌には玉の汗が浮かんでいる。
 だが、口元にあいまいな笑みすら浮かべた童顔には息の上がった様子はない。
 静寂の中に、四肢が風を切る音と筋肉が軋む音、少女がたまに発する「はっ」という鋭い声だけが響き渡る。

 少しばかり物々しい体操だが、舞奈は毎晩の健康体操を欠かさない。
 強靭な肉体と正確な動作は接近戦ガンファイトの基本である。

 それに、今はこうして何かをしていたかった。
 月夜の晩に溢れ出す過去の記憶に引きずられるように、幸福だったあの頃に想いをめぐらせる以外の、何かを――

「ピクシオン・ブレスが使えない!?」
 幼い舞奈が叫んだ。
 小さなツインテールが狼狽するように揺れる。

 舞奈の前には、皮の鎧にマントをなびかせた長身の男。
 エンペラーの幹部がひとり、槍魔将ファイゼル。

「これが私の新たな力だ!!」
 ファイゼルは尊大に言い放つ。
「エンペラー様より授かった【魔力の抑制の指輪リング・オブ・サプレス・マジカルパワー】によって、わたしはあらゆる魔法を無力化する力を得たのだ!」
 指にはめた指輪のひとつを見せつける。

 幼い舞奈は成す術もなく唇をかみしめる。
 彼の策略により、舞奈は少女は仲間たちと引き離された。
 その上、変身を阻害され、結界に閉じこめられてしまった。

 舞奈は救いを求めて周囲を見回す。
 だが仲間は来ない。

「変身できず、仲間ともバラバラ。哀れなピクシオン!」
 ファイゼルは嗜虐的な笑みを浮かべる。
 舞奈は歯噛みする。

「だが、本当の地獄はこれからだ!」
 ファイゼルは手にした槍を突きつけ、
「四天王がひとり、槍魔将ファイゼル様が、貴様に絶望と恐怖を教えてやろう!」
 雄叫びとともに、舞奈めがけて突きを放った。

「ズタズタのボロ雑巾にしてやる!!」
 ギラリと光る槍の穂先が、幼い少女を串刺しにしようと迫る。
 舞奈に避ける手段はない。

 だが次の瞬間、槍は静止した。

 幼い舞奈の前に、真紅のコートの背中があった。
 よくよく見やると、ポニーテールの少女が立ちはだかり、槍の穂先を掴んでいた。

 鋭い穂先を握りしめるしなやかな手には、傷ひとつない。
 それどころか、男が全力で力をこめても槍はピクリとも動かない。

「カズキ! たすけにきてくれたんだね!」
 舞奈は安堵の笑みを浮かべる。
「貴様……何故ここに……!?」
 ファイゼルは驚愕に目を見開く。
 一樹は笑う。

「結界に穴を開ける方法なら美佳に聞いてくれ。それとも、これか?」
 鋭い穂先を万力のように握りしめた、自身の拳に目を向ける。

持国天ドゥリタラーシュトラの咒は筋量を増し、増長天ヴィルーダカの咒は身体を内側から強化する」
 ニヤリと笑う。
「そして魔法消去は魔道士メイジの施術に対して無力だ」
 舞奈を背にした一樹の笑みが、嗜虐に歪む。

 一樹は戦うことが好きだった。
 強い相手と戦うことはもちろん、弱い相手を殺すことも大好きだった。

 ファイゼルは周囲を見回す。

 救いの手を求めているのだ。
 先の舞奈のように。

 だが一樹の口元は無慈悲に歪む。

「――貴様が探しているのは、こいつらか?」
 手にした何かを、無造作に何かを落とす。
 舞奈の視界の隅で、丸くて重いものがゴロリ、ゴロリと地を転がる。
 ファイゼルの表情が恐怖に染まった。

「ギャアァァァァァァ!! ウォリアム! ナイティス!」
 目を見開き、叫ぶ。

「次は貴様がバラバラになる番だ」
 一樹は笑う。
 幅広のナイフがひるがえる。

 そして結界が消えるまで、男の悲鳴は長く、短く、何度も、何度もこだました。

――遠い星々の彼方に、フェイパレスと呼ばれる国があった。
 かつて地球の賢人たちに天啓を授け、魔術や呪術、妖術をもたらしたスピリチュアルマスターが住まう星々のうちの、とある星の、とある国。
 女王フェアリが治め、妖精が舞い草花が歌う美しい国。

 だが3年前、その平穏は、ひとりの男によって破られた。
 神の如く力を振るい、神を名乗る男。その名をエンペラー。
 エンペラーは世界を守護するタリスマンを強奪し、地球へと逃げ去った。

 女王フェアリは、かつて祖先が智慧をもたらした星の住人に救援を求めた。
 エンペラーの手からタリスマンを奪還してくれと。
 そして力を授けた。
 対象を魔法少女に変身させる秘宝、ピクシオン・ブレス。

 だが変身の魔法は極めて高度な付与魔法エンチャントメントだ。
 魔力と親和性の高い少女に身体にしか作用しない。
 だからフェアリが残された魔力を振りしぼって呼びかけたのは、少女だった。
 探知できる範囲の中で、強い順に3人の。

 そのうちひとりは、萌木美佳。
 陽だまりのように暖かく、優しく、可憐さと母性を併せ持った少女。
 かつて【機関】の要職に就いていた美佳は、世間から隠れ住むように暮らしていたボロアパートの一室に、行き場のなかった2人の少女を招き入れた。

 それが、果心一樹。
 ただ力と強敵を求め、人斬りをしながら各地を彷徨っていた無頼の少女。
 しなやかで力強く、姉のように頼もしい生粋の戦人。

 最後のひとりは、志門舞奈。
 両親を亡くして天涯孤独の身の上だった、幼い少女。
 直観力に秀でてはいるが、それ以外は年相応の子供に過ぎない、ただの幼子。

 賢明で博識な美佳は、魔術戦に長けたピクシオン・グッドマイトとなった。
 文武に優れた一樹は、格闘戦を得手とするピクシオン・フェザーとなった。
 勘の良い舞奈は、射撃に特化したピクシオン・シューターとなった。

 ――ズドンッ。

 鈍い音をたてて、戦士の盾にナイフが突き刺さる。
 ベニヤ板に描かれたへろへろな戦士の絵だ。
 張りぼての戦士は、無数の刃に貫かれてボロボロになっていた。

「からだをねらったのに、なんでずれるんだろう?」
 幼いツインテールの少女が、難しい顔でナイフの柄を睨みつけていた。

「手を離すタイミングがずれてるんだ」
 ポニーテルの少女は面倒くさそうに言う。
「手本を見せてやるから、ちょっとそこをどけ」
 だが教本のような見事で、そしてわかりやすいフォームでナイフを投げる。

 ズドンと音がして、ナイフは戦士の心臓を違わず射抜く。

「カズキすごい! もういっかいやってみるよ。こんどはくびにあてるぞ!」
 ズドンッ。
 幼い少女が放ったナイフは、今度は戦士の股の下に突き刺さった。

「……足首か?」
「もう! つぎこそはあてるからな! ぜったい!」
「舞奈ちゃん、一樹ちゃん、ご飯よー」
「ミカ、ちょっとまって! いっかいあててからいく!」
 幼い舞奈はムキになってナイフを投げ続ける。

「強くなれよ、舞奈。……わたしを倒せるくらい」
 舞奈の背中に、一樹はニヤリと笑みを向けた。

 そんな2人を、美佳は優しく見守っていた

 ――変身の魔法を得てピクシオンとなった年端もいかぬ少女たちは、チームワークと魔術能力と類稀な戦闘センスだけを武器に、力を合わせ、助け合い、笑顔を向け合って、街の平穏を乱すエンペラーの刺客どもを次々に倒していった。

 だが最初の頃は、幼い舞奈はただ美佳と一樹に守られるだけだった。
 なにせ3年前の舞奈は小学2年生だ。
 そもそも戦える年齢ではない。

 だが逆に、それほどまでに幼い頃から、超高レベルの戦闘を見て育った。
 美佳も一樹も、【機関】の基準ならば余裕でSランクの達人である。
 そんな彼女らの魔術や戦闘技術を、舞奈は当たり前のものとして見て育った。
 幼女が大人を目指して成長するように、舞奈は最強を目指して鍛錬した。

 さらに一樹は戦闘技術を、美佳は射撃の技術を教えてくれた。
 幼い舞奈は直観力を活かし、2人の教えを着実に身に着けた。
 そしてピクシオンとして戦ううちに、2人に劣らないほどの強者となっていた。

 やがて美佳に想いを寄せる三剣悟があらわれ、協力するようになった。

 3人で過ごした日々は激戦の連続だった。
 だが満ち足りていて、幸福すぎて、幼かった舞奈はその幸せな毎日がずっと続くと信じて疑わなかった。

 しかし、幸せな夢は唐突に終わった。

 エンペラーが死んだ日。
 長い戦いが終わって平穏な日々が幕を開けると信じていたあの日。
 この街に帰りついたのは舞奈ただひとりだった。

 そこに美佳と一樹はいなかった。

 やがて悟の弟である刀也と出会い、明日香と出会って【掃除屋】を始めた。

 ――踊り疲れた舞奈は、窓辺で月を見ていた。

 窓に引っかけてあったタオルを無造作につかみ、すっかり冷たくなった汗を拭く。
 凍てつく新開発区の夜風が、少女の身体から温度を奪う。
 今夜の風は特に冷える。

「もしここにミカがいたらなんて、想わないはずないだろ……」
 舞奈は静かにひとりごちる。

 月が冷たく光るこんな夜には、あの日々の幻に必要以上の何かを求めてしまう。
 実はエンペラーが術によって幼い舞奈に悪夢を見せているのではあるまいか?
 この寂しい夢から醒めたら、あの暖かい場所で、美佳と一樹が仲間の目覚めを待ちわびているのではあるまいか?
 そんな逃避じみた、益体もない願い。

「けどミカはいないんだ。あの時、そう言って先に諦めたのはサト兄だろ?」
 その問いに答えるものはいない。

 だが今は答えが欲しかった。
 誰かのぬくもりが欲しかった。
 隣にいて欲しかった。
 自分の中の何処かに開いた風穴を塞いでいて欲しかった。
 今ここにいる自分が本物だと信じさせてくれるような、本当の仲間に。

「今頃、どうしてるかな……」
 明日香と組んで怪異や怪人と戦っている間だけは、過去など忘れていられた。
 銃弾と魔術の狭間で命がけの綱渡りをしている最中に、感傷に浸る余裕などあるはずもなかったから。
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