銃弾と攻撃魔法・無頼の少女

立川ありす

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第8章 魔獣襲来

九杖サチ

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――ええ、本当よ。確かに急な話なんだけどね。

――そっか。

――この忙しい中、短期間でも占術士ディビナーが2人になる事態は避けたかったんだけど。
――でも仕方ないわ。神社庁からの直々の指示を無下にする訳にもいかないもの。

「ホント、お前らは悩みとかなさそうだよな」
 ウサギ小屋の前にしゃがみこんで、舞奈はウサギを眺めていた。

 初等部5年が持ち回りで世話をしているウサギは白毛が2匹にグレーが1匹。
 金網で仕切られた巨大な空間の中央に据え置かれたマーリン像の足元で、3匹で仲良く鼻をもふもふさせている。

 そんなウサギたちを見やりながら、舞奈は口元に寂しげな笑みを浮かべる。
 先日に奈良坂から聞いたのと同じ話を、サチからも聞いた。
 サチは本当に引っ越すらしい。

「こんなところで何やってるのよ?」
「何だっていいだろ」
 明日香の声を背中で聞きつつ、ぶっきらぼうに答える。

「ふうん、いいけど。暇ならちょっと付き合ってくれない?」
 生真面目な明日香から仕事以外の誘いなんて珍しい。
 だが舞奈は口をへの字に曲げたまま立ち上がる。

「スマン、今日は用事があるんだ」
「何よ用事って?」
「……あたしにだって、いろいろあるんだよ」
 そう言って、肩をすくめる明日香に構わず歩き出した。

 舞奈には多くの女友達がいるが、サチとの関係は浅い。
 泥人間から脅迫を受けた彼女を護衛したのが始まりだ。

 中庭を通って校門へと向かう。
 渡り廊下を一瞥し、口元に乾いた笑みを浮かべる。

 かつて舞奈は、この中庭で泥人間たちと死闘を繰り広げた。
 サチを守るために戦った。
 その際に道士に操られた脂虫が大量死して阿鼻叫喚の地獄絵図と化した。
 だが業者が校庭の砂を入れ替えたので、今はすっかり元通りだ。

 舞奈は学校を後にして、人気のない路地を歩きつつ物思いにふける。

 あの時、学校のウサギ小屋で待ち合わせをしたサチと一緒に、この道を歩いた。
 サチと明日香と3人で歩きながら、サチの機械オンチを笑った。
 美佳と一樹の思い出を引きずっていた舞奈は、その無垢な微笑に救われていた。

 背後から迫る自転車の音。
 既視感にかられて振り向く。
 だが脂虫ではなく下校途中の高校生だった。

 人通りが少ないからという理由でこの道を選んで護衛したのに、そう言った端から脂虫が通って随分とバツの悪い思いをした。
 風の噂では、あの時の脂虫は後日に道士に操られて襲撃に加わったらしい。
 襲撃に加わった脂虫はひとり残さず破片と化し、砂と一緒に業者が片づけた。
 だから今なら、ここをサチが通っても【断罪発破ボンバーマン】によるテロの心配はない。

 想い出に浸る内に、サチのアパートが見える場所までやってきた。
 軍事施設が立ち並ぶ統零とうれ町の一角にある厳ついアパートが、【機関】から貸し与えられていたサチの住処だ――否、住居『だった』場所だ。

 舞奈は失った仲間の面影を求めて手当たり次第に少女を口説き、心を通わせた。
 失うより多くの少女たちに囲まれていれば、寂しくないと思った。

 だが数多の少女たちは誰も、美佳と一樹の代わりにはなれなかった。
 そして、少女たちの代わりになれる者もいないと気づいた。

 失った誰かを、他の誰かで代替することはできない。
 今や舞奈の周囲は、唯一無二の得難い友人でいっぱいだ。
 新たな友人たちの誰か1人欠けても、かつてのような喪失感に苛まれる。

 視界の端で、引っ越し業者のものらしきトラックが走り去る。
 そういえば引越しの日時は今日だと聞いていた。本当に急な話だ。

 舞奈は最強だから、少女を害そうとしている何人をも叩きのめすことができる。
 だが舞奈は最強でしかないから、正当な理由によって笑みを浮かべて去って行く少女を引き留める術を持たない。

 だからトラックがいなくなった後、舞奈はしばらくアパートを見つめていた。
 そして口元に乾いた笑みを浮かべると、背を向けて歩き出した。

 舞奈の足は、自然に山の手の讃原さんばら町に向かう。

 脳裏に浮かぶのは、大人しげな園香の表情。
 彼女がサチの代わりになるわけないと知っているのに、誰かが誰かの代わりになどならないと知っているのに、ただ会うだけだと自分を偽って歩いた。

 慰めが欲しかった。
 何もかも見透かすようなシスターの抱擁ではなく、ただそこにいるだけで心を癒し、慰めてくれる園香の笑顔が必要だった。

 小洒落た讃原の街を足早に歩く。
 ブロック塀の上から舞奈を見つめるシャム猫にも気づかず、歩く。

 ふと三剣邸の前を通りがかり、思わず立ち止まる。

 屋敷の主である悟は執行人《エージェント》を生贄にして美佳を復活させようとした。
 それを止めようとした戦闘で刀也は犠牲となり、悟は倒された。
 舞奈が悟や刀也と笑い合ったこの屋敷には、今や誰もいない。

 その事実を、メメント・モリ事件の騒乱の中で忘れかけていた。
 それは故人の想い出に苛まれ続けるより幸せなことなのだろう。
 けど、そうやってサチのことも忘れてしまうと思うと、嫌な気持ちになった。

 そんな舞奈の感傷など構わぬというように、道の向うからここらでは見なれないトラックがやってくる。引っ越し業者のもののようだ。

 主を無くした三剣邸が、新たな主を迎え入れるのだろう。
 それは当然のことだなんてことはわかっている。
 けど自分の知っている場所が、知らない場所になっていくようで嫌だった。

 だからトラックに乗っている者を見極めようと目をこらしていると、

「――あ、マイちゃん」
 振り向いたら園香がいた。
「園香じゃないか。どうしたんだ?」
 何もこんなタイミングでと思いながら、それでも無理やりに笑みを浮かべる。

「あのね、サチさんのお引越しを手伝いに来たんだよ。チャビーちゃんと小夜子さんももうすぐ来るはずなんだけど」
「……へ?」
 思わず間抜けな返事を返す舞奈の背後で、トラックが止まった。

「あら、舞奈ちゃんじゃない。手伝いに来てくれたの?」
 トラックからサチが降りてきた。
 いっしょに業者の兄ちゃんたちも降りてくる。
 サチと何事か話してから、荷台の荷物を屋敷に運びこむ。
 園香も手伝う。

「サチさんの引っ越し先って……まさかここか?」
「ええ、そうよ」
 サチは当然のように言って、笑った。

 そういえば舞奈は奈良坂から、サチの引っ越し先について聞いていない。
 引っ越すのだから行き先は遠くなのだと、思いこんでいた。
 そんな舞奈の勘違いに気づかぬ様子でサチは続ける。

「ここって神社庁が管轄している家だから、無人にするくらいならわたしが管理しろって急に言ってきたのよ」
「ここはサト兄の家じゃなかったのか……」
 今さらな新事実に、思わず舞奈も苦笑する。

 まあ確かに園香やチャビーの両親が留守がちにして働いている中、悟だけは働くでもなく常に家にいて、さりとて【機関】のような組織に属する訳でもなく誰の金で屋敷を維持していたのか不思議ではあった。

「舞奈ちゃんには引っ越しが終わってから話してビックリさせようと思ったんだけど、さすがに顔が広いだけあって耳も早いわ。えっと【鹿】から聞いたんだっけ」
「まあな……」
 そう答えて苦笑する。

 奈良坂からは、サチが引っ越すとしか聞いていない。
 話をよく聞かなかった舞奈も悪いが、なんというか、くたびれ損だ。
 言ってくれればよかったのにと一瞬だけ奈良坂を恨む。

 だが奈良坂に気遣いを求めるのは愚かなことだ。
 それに今、サチは舞奈の目の前にいるし、この先もずっといる。
 それで満足だった。

「――どうせ来るんなら、つき合ってくれれば良かったじゃないの」
 今度は明日香がやって来た。

「お、舞奈様ちーっす」
「こんにちは。舞奈様も引っ越しのお手伝いですか?」
 後ろには何故か警備員のベティとクレア。
 舞奈は誤魔化すように「まあな」と答える。

「おまえは何しに来たんだよ?」
「【機関】の寮にいたときよりサチさんの警護が手薄になるから、銃が支給されることになったのよ。わたしはそれを届けに来たの」
 彼女の親が営む【安倍綜合警備保障株式会社】は民間警備会社PMSCとして警備を請け負う側、海外のネットワークを活用して【機関】に武器を納入している。

「家のお使いか? そいつは小学生らしくて感心だ」
「笑い事じゃないわよ。非番のクレアとベティが捕まらなかったら、SPを山ほど引き連れて装甲車で来る羽目になったのよ」
 恨みがましく明日香は睨む。

 舞奈や明日香が住むこの平和な国は、表向きは銃刀法に守られている。
 その街中で秘密裏に銃を納入するのだから、その程度の警備は当然だ。
 だが怪異や異能力との交戦経験を持つ警備員なら2人で代用可能だ。
 Sランクならばひとりで十分だ。
 銃を奪うために舞奈を襲撃するなど、猫に鈴をつけるために虎と戦うに等しい。

 サチの引っ越し先がこの屋敷だと、知らなかったのは舞奈ひとりだったらしい。
 だがその事実を知った後でも、悪い気分ではなかった。だから、

「細かいことは後でいいだろ。兄ちゃん、こいつを運べばいいのか?」
「ちょっと、話を聞きなさいよ!」
「うわっ、君!? それひとりで運ぶのかい!?」
 明日香の非難、業者の兄ちゃんの驚愕の声を背中で聞きながら、舞奈はタンスを抱えて屋敷に入って行った。
 もう二度とこの屋敷を訪れることはないと思っていたけど、気にならなかった。

 そして、引っ越しを無事に終えた翌日。
 舞奈と明日香は三剣邸改め九杖邸を訪れていた。

「なんか、あんまり前と変わってないな」
 舞奈は言いつつ、ちゃぶ台に乗せられた皿からおはぎをつまんで頬張る。
 あんこの上品な甘さと、やわらかな粒が残ったもちの食感を楽しむ。

「前に住んでた人が使えるものを残していってくれたし、庭とかもしっかり手入れしていてくれてたから、わたしが触るようなところはほとんどなかったのよ」
「そっか……」
 舞奈は開け放たれた障子の外を見やる。

 そこには悟がいた頃と同じように、和風の庭が広がっている。
 タン、と聞きなれたししおどしの音がした。

 少し前は、ここで美佳と一樹を想いながら、悟や刀也と何気なく話をした。
 同じ場所で亡き兄弟を想いながらサチと話すことになるなんて、その時は考えもしなかった。

「それにね、なんていうか……」
 サチは遠い目をして、言った。

「……前の人の気配って言うか、積み重ねてきたものを消したくないのよ」
「サチさんらしいな」
 舞奈の口元に笑みが浮かぶ。

 古神術士は天地に宿る魔力を借りて呪術と成す。
 そんな彼女だから、無に還り、天地に溶けていった兄弟を、名なき姿なき隣人として受け入れられるのかもしれない。だから、

「……ありがとう」
 舞奈はささやくように、ひとりごちた。
 怪訝そうな明日香の視線を誤魔化すように、おはぎを口に放りこむ。

 むせた。

「けどね、ひとつ問題があるのよ」
「……問題?」
 のどに詰まったおはぎを飲みこもうと熱いお茶を一気飲みしてあわや死にかけた舞奈は、明日香のジト目を尻目に首をかしげる。
 サチは気にせず、座卓の上に据え置かれた悟のパソコンを指差す。

「電子レンジの調子が悪いのよ。フタが開かないの」
「「!?」」
 舞奈は明日香と顔を見合わせる。
 サチは以前から機械に疎かったが、ここまでとは思わなかった。

「それはパソコンだよ」
「えっ?」
 舞奈の指摘に、サチはきょとんと首をかしげる。

「……あ、そっか、舞奈ちゃんは初等部だから、まだ情報処理の授業をやってないものね。パソコンはもっと平たくて、台の上に載ってるのよ」
 すごく自信満々に言いきられた。

「いえ、それはブラウン管って言う古い形式のモニターですよ。パソコンは下に置いてある台の方が本体です」
「もに……? いやだわ、明日香ちゃんまでいっしょになって」
 サチはあくまで、これがパソコンだと信じないつもりらしい。
 舞奈と明日香は再び顔を見合わせた。

 そして翌日。

「……ここが舞奈の知り合いの家?」
「まあ、そういうことだ。ちょっくら頼むよ」
 舞奈はテックを連れて九杖邸を訪れた。
 意地でもサチにあれをパソコンだと認めさせたかったからだ。

 インドア派でマンション暮らしのテックからすれば、庭に池のある木造の屋敷が魔女の家に見えるのだろう。物珍しそうに周囲を見回している。
 一方、自然が色濃く残る東北の山奥からやって来たサチにとって、色白で感情表現が乏しいテックはシリコンの世界から来た異邦人に見えるらしい。
 2人の出会いは、いわば2つの文化のファーストコンタクトだった。

「これはパソコンよ」
「そんなはずはないわ。だって――」
「このキーボードとマウスが繋がってるのが本体で、こっちがモニター」
 サチの反論を聞きもせず、テックはパソコンの電源を入れる。

「ひいっ!? 電子レンジにパソコンが映ったわ」
「だから、これはパソコンよ」
「これはパソコンだったのね。電子レンジだなんて言ってごめんなさい。本物の電子レンジはどこかしら?」
 サチは納得したらしい。一件落着だ。
 だがテックがボソリと言った。

「このパソコン、ハードディスクに前の人が貯めてたデータが残ってるみたい」
「サト兄が……パソコンに貯めてたデータ?」
 舞奈はまじまじとパソコンを見やる。
 あの日、舞奈の目の前で消えた、二度と会えないはずの悟。
 彼が遺した何かが、この箱の中に眠っている。だが、

「テック、そいつが何だかわかるか?」
「画像データとテキストデータみたいだけど、見るのはあんまりお勧めしないわ」
「なんでだよ?」
「考えてもみて。男の人がひとりで使ってたパソコンよ? 貯めこんだデータを見たって楽しい気持ちにはならないと思うわ」
 言いつつテックはハンカチでマウスを拭き始めた。
 舞奈が不満げにパソコンを見やっていると、

「テックちゃんの言う通りよ」
 何故かサチが力強く口を挟んできた。
「亡くなった人の遺産は天と地のものよ。人間が自分たちの都合でむやみに扱って調和を乱せば、祟られることだってある。そういうことよね?」
「お、おう?」
 サチはまた何か勘違いをしているのだろう。
 そう思った舞奈だが、テックはサチの言葉にうなずいた。

「たぶん、そんな感じ」
「そうなのか……」
 舞奈は再び、まじまじとパソコンを見やる。
 そして口元に笑みを浮かべる。

「ま、そんな感じなのかもな」
 悟は最後の瞬間、寂しそうに、けれど笑った。
 美佳と同じ場所を目指した彼の、あの笑みこそが世界に対して残した答えだ。
 それ以外に答えなどない。

「けっこう大きいデータだから、邪魔なら圧縮するわよ?」
「あっしゅく?」
「……データをたたんで、簡単に使えないけど小さくすること?」
「つまり封印ね。お願いしていいかしら?」
 各々の言葉で意思疎通しながら、テックは悟のパソコンをサチが使えるようにセットアップした。
 悟には手の届かなかった高度な神術を思うままに操るサチ。
 そんな彼女が今日だけは、術者に教えを乞う無知な村人みたいに見えて面白かった。

 そしてテックをマンションに送り、舞奈も帰路についた。
 日も暮れてきたし、何だかんだで疲れたので、近道をするべく倉庫街を歩く。

 いつぞやのビルの前に、見なれたツインドリルの幼女がいた。
 幼女は閉鎖された廃ビルに忍びこもうとしていた。

「おーい! チャビー! そこ入ったら危ないぞ!」
「……あっ、マイ!」
 チャビーが気づいて振り返る。

「ダメじゃないか。おまえ、前にもここに入って怪我しそうになってただろ?」
「あのね! 聞いてマイ!」
 だがチャビーは慌てた様子で舞奈に詰め寄る。

「マイ、あのね、猫ちゃんがいなくなっちゃったの……」
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