銃弾と攻撃魔法・無頼の少女

立川ありす

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第10章 亡霊

日常2

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 最近の舞奈のクラスは、給食の後の休憩時間にドッジボールをしている。
 なので今日も皆は雑に給食をかきこみ、意気揚々と外へ向かっていた。その途中、

「――でね、帰り道で会うんだ。すっごーく格好いい男の子なんだよ」
 下駄箱で上履きを脱ぎつつ、チャビーがニコニコ笑顔で言った。

 チャビーは幼女みたいな容姿のクセに、惚れた腫れたの話が大好きだ。
 気になる人とやらの話をしたことも1度や2度ではない。
 それも毎回、別の男だ。

「そりゃよかったな」
 舞奈はスニーカーを履きながら、興味なさそうに答える。

 この言動の理由はたぶん、兄の代わりをまだ見ぬ誰かに求めているからだ。
 応援しても意中の相手を見つけることはないが、その気持ちを否定する必要もないだろうと思う。だから、

「あたしは変態に会ったよ……」
 舞奈は上履きを下駄箱に戻しつつぼやいた。だが、

「なによそれ?」
 答えたのは明日香だった。
 チャビーは舞奈の愚痴を聞きもせず、靴を履いたら元気に走って行った。
 舞奈はその背を無言で見送り、

「いやな、コート一丁の裸の女がいたんだよ」
 仕方なく明日香に答える。
「どこに?」
「……新開発区」
 言った舞奈の横で、明日香は無言で靴を履く。

「……変なキノコでも拾って食べたの?」
「いや、いたんだよ。こう……二十歳をちょっと過ぎたくらいの美人でさ。コートをバッと開いたら、中が全裸で……」
「幻覚を見せるような怪異があらわれたってことかしら?」
「だから、いたんだってば」
 そんなトークをしつつ先に行ったチャビーを追って、のんびり校庭へ向かう。
 ところが、

「……なんだ、もめ事か?」
 校庭の片隅に広がるコートの一角で、クラスの皆が誰かと対峙していた。

「あ、マイちゃん」
「ねえねえ、聞いてよマイー」
 先に来ていた園香とチャビーが困った顔でやってきた。

「あ、志門さん、安倍さん。聞いてください」
 三つ編み眼鏡の委員長も言い募る。
 気丈な彼女が心底ほっとした表情で、すがるように舞奈を見ていた。なので、

「どうしたよ?」
 舞奈は安心させるように不敵な笑みを浮かべる。
 そしてクラスの面子と対峙した何者かを見やる。

 6年の男子が数人。
 舞奈たち5年生より全体的に大柄で背もちょっと高い。
 その先頭に立つのは、6年の中でも特に大柄なリーダーらしき少年。

 委員長は健気にも矢面に立っていたのだろう。
 小5の女子にとって、自分より大きい6年生の男子は恐ろしく強大な相手だ。
 数では勝るとはいえ、そして彼女が生真面目で責任感が強いとはいえ、対峙する恐怖は半端なかっただろう。

 少し離れた場所でみゃー子が踊っているが、この際どうでもいい。
 テックはいない。彼女はインドア派だし、早食いすると腹を壊すからだ。

「この人たちが、わたしたちにコートを出て行けと言うのです!」
 委員長が言った。

「こいつらがか?」
 舞奈は6年生に向き直り、

「なあ、あんたたち」
 なんでもない口調で話しかける。

 行く先々で敵を作る舞奈は、下は中学生、上は魔獣と倒した敵も幅広い。
 だが、そういえば小6と対峙したことはなかった。
 話すときに極端に見上げなくても済む相手は少し新鮮だ。なので、

「校庭は広いんだ。コートの1面くらい貸してくれたっていいだろう?」
 リーダーらしき大柄くんを諭してみる。

 とは言ったものの、舞奈の中で彼らは脅威とは程遠い。
 どちらかというと子猫と一緒のカテゴリーだ。
 だから口調も自然にフランクかつフレンドリーになる。

 だが委員長にとって年長の男子が畏怖の対象だったように、初等部という狭い世界の中で6年生は頂点であり、絶対強者だ。
 そんな彼らに、5年の女子が『よっ、坊主』くらいの感じで声をかけたのだ。
 心穏やかでいられるわけがない。
 だから彼らは一瞬だけ驚き、

「この……っ! 6年生に向かって!」
 憤慨した。

 そういえば【雷徒人愚】の連中もそんな感じだった。
 ふと彼らが懐かしくなって、けど彼らの喪失をいまさら悲しむほど親密ではなかったから、口元に乾いた笑みを浮かべる。

 それを嘲笑と受け取ったか、6年生はますます苛立つ。

「オレたちは来週、サッカー部の試合があるんだよ! だから練習しなくちゃいけないんだ! 遊んでるだけのおまえらとは違うんだ!」
 いきり立って威圧する。
 その剣幕に、舞奈の背後で委員長や他の女子たちが息をのむ。

 だが舞奈にとって、銃を持っているわけでも異能力を使うわけでもなく、大柄だがビルほど大きいわけでなく、とりたてて強くもなさそうな相手に危険は感じない。
 そんな相手が一丁前にイキっていると、むしろ微笑ましい。なので、

「サッカーは遊びじゃないのか?」
 別に命がかかってるわけでもなし。
 ふと疑問に思ったことが、何の気なしに口に出た。
 無論、笑顔のまま。

「なんだと! おまえ!」
 もちろんリーダーは怒り狂った。
 背後の園香やチャビーはハラハラ、委員長は荒事の気配に顔面蒼白だ。だが、

「5年のクセに生意気な――」
「――あ、舞奈ちゃん。こんにちわっす」
「ちわっす」
「ちっす」
 中等部の集団が挨拶してきた。

「おう、こんにちは? ……ああ」
 舞奈は一瞬だけ困惑したものの、彼らのうちひとりに見覚えがあった。
 諜報部の、と言いそうになってあわてて口をつぐむ。
 筋骨隆々とした、たしか【偏光隠蔽ニンジャステルス】の彼だ。

「いつもの面子じゃないんだな」
「他の面子は高等部なんすよ。こっちのみんなは学校のクラスメートっす」
「ちわっす」
「ちっす」
「おう、どうも」
 彼からどんな話を聞いているのか妙にかしこまった中学生たちに挨拶を返す。

 6年生たちは怯む。
 初等部最強の自分たちを超える中学生|(しかもデカイ)が突然あらわれて、しかも舞奈に敬語で挨拶したからだ。

 類が友を呼ぶのか、彼の友人は中学生の中でも特にガタイがいい。
 そんな彼は舞奈を見やり、6年生を見やり、ボールを持った委員長を見やり、

「ドッチボールっすか。なつかしいなー、僕らも初等部の頃やってたっすよ」
 仲良くしてると思われたようだ。
 まあ舞奈の認識も似たようなもんだ。なので、

「あんたみたいなゴツイのがいたら、相手チームはたまったもんじゃないだろ」
 特に訂正もせずに軽口を返す。

「そうでもないっす。図体がデカイんで当てられてばっかりで」
「ハハハ、そりゃ御気の毒様」
 そうやって話しこむ間、6年生は大人しく中学生を見ていた。
 5年生も固唾をのんで見ていた。
 みゃー子はさっきからずっと踊ったり跳びはねたりしていた。

 そんなみゃー子を慣れない中学生たちは怪訝そうに見やり、

「あんまり邪魔しちゃ悪いんで、僕らはもう行くっす」
「おう、またなー」
 去っていった。
 舞奈は中学生たちを見送って、

「途中でスマン。……ええっと、何の話だっけ?」
 6年生に向き直る。

「お、おう……」
 リーダーは面喰っていたものの、取り巻きに耳打ちされて思い出す。

「ああ、そうそう! このコートは俺たちが使うっていう話を――」
「――あら、舞奈さんじゃありませんか」
 今度は楓が通りがかった。

「学校で舞奈さんと会うなんて奇遇ですね」
「あんたが初等部の敷地に来たのが奇遇なんだよ」
「ふふふ、実はふと思い立って、ウサギ小屋のウサギを見に来たのですよ」
 そうやって何気に楓と話す。
 舞奈にとっては普通のやり取りだ。

 だが6年生たちは今度は見惚れる。
 高校生の楓が上品な顔立ちの美女だからだ。
 楓はスタイルも良く、ゆるくウェーブした髪からは良い匂いがしそうだ。
 初等部より上のことなんて何も知らない6年生にとって、それは信じられないような大人うらやましい行為だった。

 楓は後ろの園香に気づいて微笑みかける。
 園香も会釈を返す。

 他の5年生も楓を見やりつつヒソヒソ話などしていた。
 オフでの野暮ったい黒ぶち眼鏡の彼女や、【メメント・モリ】としての彼女を知らない皆にとって、気品ある楓は憧れの的だ。
 高等部の才女として噂を聞いている者もいる。

 そんな彼女は舞奈と話しながら、跳びはねるみゃー子を珍しそうに見ていた。
 おや、あれは何という生き物ですか? みたいに興味津々だ。

 そんなこんなで楓は舞奈と話しこんでから、

「それじゃ、わたしはこれで失礼しますね」
 そう言って去っていった。

「おう、またなー」
 舞奈も楓を見送って、

「何度もスマン。……ええっと、何の話だっけ?」
 6年生に向き直る。

「あ、ああ……」
 リーダーは鼻の下をのばしていたものの、取り巻きに耳打ちされて思い出す。

「……なに話の腰を折りまくってるのよ」
「あたしのせいじゃないだろう」
 明日香がジト目で舞奈を見やってきたので、舞奈は苦笑しながら言い返す。

「おうおう、そうだ! このコートは俺たちが使うっていう話を――」
「――あ! ボスじゃないすか。ボスー!」
 今度は警備員の服を着たベティがやってきた。

「忌引きで帰省していたはずでは? ていうか、ボスはやめてください」
 明日香が嫌そうに応対する。
 彼女は学校の警備を任された民間警備会社PMSCの社長令嬢だ。

 舞奈はニヤニヤ笑って明日香を見やる。
 すると明日香は睨み返してきた。

「いやー実は故郷の村が武装集団に襲撃されたってんで、助太刀してたんすよ」
 ベティは気にせず話を続ける。

「それのどこが忌引きだよ」
「それでっすね、ボスが速攻で休暇を認めてくれたんで、姪っ子に迎えに来てもらって応戦に間に合って、おかげで誰も忌引きにならなかったんすよ」
「おいおい」
 苦笑しつつ、ちらりと周囲を見やる。

 6年生は口をあんぐり開けて、5年生は目をパチクリさせていた。
 無理もない。

 まあ、この際、彼女をハイチの実家まで日帰りさせる姪っ子とやらが何者かはツッコまないでおくことにする。
 だが舞奈たちが暮らしているのは法治国家の、平和な街だ。
 人を襲う脂虫こそいるが、それも執行人エージェントがこっそり片づけている。
 そんなところで村を襲う武装集団とか風物詩みたいに言われても困るだろう。

「ですから、それは忌引きとは言いません」
 明日香がどうでもいいところでツッコんだ。

「いや、相手の規模的に村の男が何人か忌引きになる予定だったんすよ。けど万事うまくいったおかげでそんなこともなく……ああ、相手さんは全員が忌引きっすね」
「そういう場合は専用の申請をしてください。移動手段と人手を融通しますので」
「お! じゃあ次からそっちでやらせてもらいますっす」
「……職務規定読んでください」
 明日香はため息をつく。
 ベティは笑顔でササミを食った。

「お、おう……」
 舞奈はドン引きしていた。
 6年も5年も唖然としていた。
 チャビーと園香は話の内容がわからず首をかしげた。
 遠くでみゃー子が遠吠えした。

「お、舞奈様もサッカーっすか? いやーあたしらも姪っ子をレイプしようとした命知らずの首で――」
「ちょっ!? おいおい」
「仕事に復帰したなら、持ち場に戻ってください!」
 ヤバイ話をし始めたベティを明日香と2人して追いやる。
 レイプもヤバイが、その後に続きそうな話はたぶんもっとヤバイ。
 そして、

「重ね重ねスマン。……ええっと、何の話だっけ?」
 6年生に向き直る。
 だがリーダーは青い顔をしてベティが去っていった方向を見ていた。

 初等部最強だったはずの彼らは、それを超える中学生の挨拶に耐えた。
 女子高生の挨拶にも踏みとどまった。
 でも、今回はダメだった。
 ベティは警備員で、大人で、言動もちょっとアレだ。

 だから舞奈を見やり、明日香を見やり、

「覚えてろよ!」
 捨て台詞を残して走り去った。
 取り巻きも続く。

「ったく、何だったんだ奴らは」
 舞奈は6年生を見送り、

「ま、気を取り直してドッジボールを――」
 言いつつやれやれと肩をすくめ、

 キンコーン、カンコーン。

「あ……」
 ――休憩時間の終わりを告げるチャイムが鳴った。

 そして放課後。

 舞奈と明日香は、テックとともに高等部の視聴覚室を訪れた。
 先日のテレビに映った男と滓田妖一の関係を調べるためだ。

「明日香が言ってたニュース特番っていうのはこれね」
「ええ」
 テックが画面にニュース番組を映し出す。
 チャビーの家で映ってたのと同じものが観れるらしい。便利なものだ。

 あの時と同じように、画面の中では背広どもによる会議が紛糾している。
 別にチャビーの肩を持つ気はないが、見てても別に面白くはない。

 部屋の隅でみゃー子が踊っているが無視する。そのとき、

「……そこで止めて」
 明日香の合図でテックが画面を停止させた。
 そして明日香は食い入るように画面を見やり、

「……やっぱり。この右上の彼よ」
 言って指さす。

「こいつか?」
「ええ」
「まあ、言われてみれば似てなくもないが……」
 言い淀んだのは、背広を着た中年男の顔が、どいつも同じに見えるからだ。
 動物に興味ない人が猫の見分けがつかないのと同じだ。

「骨格の形が完全に一致するのよ。他人の空似じゃないわ」
「んなこと言われてもな……」
 舞奈は困る。
 隣のテックも困惑しているところを見ると、舞奈と同じ意見なのだろう。
 骨格の形とか言われてもわからん。

 みゃー子はふにゃふにゃと変な踊りを踊っている。こちらの視角を把握してるのか視界ぎりぎりでふにゃふにゃしてるので鬱陶しいことこの上ない。
 舞奈は睨むが、みゃー子は気にせず踊っている。

「それなら貴女にもわかるように説明してあげるわ」
 察しの悪い舞奈に業を煮やしたか、明日香が声を荒げた。
 あるいはみゃー子の鬱陶しさに耐えかねたか。

「工藤さん、この部分だけ拡大してプリントアウトできる?」
「できるわ」
 テックがキーボードを操作して、画面に何やら印刷用の情報窓を出す。
 さらに何やら操作すると、部屋の隅にあるプリンターが動き出した。

 明日香は取ってくるのが当然みたいな顔でテックを見やる。
 インドア派で地味に体動かすのが嫌いなテックは舞奈を見る。
 舞奈も面倒なのでみゃー子を見てみる。
 するとみゃー子は踊りながらプリンターへ向かった。

「お、いいとこあるじゃねぇか」
 舞奈は笑う。だが、

「……そこから出てるのはわかってるよ」
 みゃー子は満面の笑みを浮かべてプリンターを指さしながら、踊っていた。
 舞奈は奴に期待した自分が馬鹿だったと、悪態をつきながら重い腰を上げる。

 そして持ってきたプリント用紙には、先ほどの中年男が大写しになっていた。
 便利なものだ。

「で、こいつがどうした?」
「ここにこうすれば一目瞭然でしょ?」
 明日香は得意満面に、中年男の頭にサインペンでごちゃごちゃっと描いた。

「いや、わからん」
 舞奈は答える。

 明日香は不満げに舞奈を見やる。
 だが、わからないものは仕方がない。

 テックはしばし考えて……というか困惑してから、

「……ひょっとして、こう?」
 キーボードを操作して画面に情報窓を表示させた。
 1年前に報じられた滓田妖一と、その息子たちの訃報だ。

 舞奈は白黒に映った彼らの写真を見やり、口元を歪める。
 あのときに罪を償わせた彼らを、忘れたわけでも許したわけでもない。

 一方、テックはマウスを器用に操作し、滓田の写真から髪を切り出す。
 かつらのようになったそれをドラッグして、件のニュースに出ていた中年男の頭に貼りつける。

「そうそう、そうしたかったのよ」
「……紙を無駄にしやがって」
 頭に落書きされた男の紙を見やって口をへの字に曲げる。
 勤勉で頭も切れるが明日香だが、美的センスはいまひとつ――否、壊滅的だ。
 歌も酷いが、絵を描かせてもこの有様である。

「けど、まあ、似てるっちゃあ似てるかなあ……」
 テックが加工したニュースの男と、白黒になった滓田妖一を見比べる。
 そんな気のない舞奈を、明日香はギロリと睨みつける。

「わかった、わかった。帰りに支部に寄って、占術士ディビナーの誰かに聞いてみるか。あっちもマンティコアの一件以降は暇だろうし」
 言ってなんとか明日香をなだめる。

 明日香が滓田妖一と似ているという彼の正体はわからない。
 けど確かなのは、如何なる術も死者を蘇らせることはできないということだ。

 だから奴は、滓田妖一に似せた式神かもしれない。
 トリックかもしれない。
 あるいはただ明日香が拾い食いでもして幻覚を見ているのかもしれない。

 その真偽を確かめるには、ここにはいない識者の力を借りなければいけない。
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