銃弾と攻撃魔法・無頼の少女

立川ありす

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第14章 FOREVER FRIENDS

屍虫殲滅作戦

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「悪党は悪党らしく、奴らも最上階で儀式やってくれりゃあいいのに」
「文句言わない。屋上にトラップ仕掛けられるよりマシでしょ」
「そりゃそうなんだがなあ……」
 KASC支部ビル上層階の廊下を、側の明日香に愚痴りながら走る。

 怪鳥の群や大怪鳥との激戦をくぐり抜け屋上からビルの侵入した舞奈と明日香。
 だが蔓見雷人が儀式をしている施術室は少し下の階にあるらしい。
 なので2人は拳銃ジェリコ941小型拳銃モーゼル HScを手に下の階へと向かっていた。
 改造ライフルマイクロガラッツを使わないのは弾が勿体無いからだ。

「ったく、最低な廊下だな!」
 走る舞奈の悪態に、明日香も無言で同意する。

 薄汚れたKASCビルの廊下にはヤニの悪臭がこびりついていて不快この上ない。
 おまけに廊下をこんなにした脂虫や屍虫が徘徊している。
 そいつらが先を急ぐ2人の前に散発的に跳び出してくるのだ。

 そうやって愚痴るうちにも早速2匹。
 舞奈はナイフを抜いて、1匹に跳びかかりつつ喉元をかき切る。
 左手にはワイヤーショットをはめてはいるが、銃やナイフを握る分には問題ない。
 臭い怪異は抵抗どころか反応すらできずに崩れ落ちる。

 その側で、もう1匹めがけて明日香の小型拳銃モーゼル HScが火を噴く。
 だが数発の小口径弾32ACPを胸に埋めつつ怪異は平然とカギ爪を振りかざし――

「――進行してる奴と、してない奴がいるな」
 大口径弾45ACPに頭を砕かれ側の壁に叩きつけられる。
 舞奈が片手で構えた拳銃ジェリコ941の銃口からは硝煙。

「儀式の影響にムラがあるみたい。進行してるのとしてないのは半々くらいかしら」
「そうかい」
 うんちくを横目に再び走る。
 どちらにせよ蹴散らしながら進まなければならないのは同じだ。
 だが、ふと気づき、

「ってことは、表にも影響が出てるってことか……」
 ひとりごちる。
 予定では、儀式の進行と同時にビル周辺の脂虫が屍虫へと進行して市民を襲う。
 だが、それでも、

「問題ないわ」
「そうだな」
 2人は笑みを交わして先を急ぐ。
 予定では、怪異どもを駆除するべく仲間たちが奮戦してくれる手はずになっている。

 そうやって走る2人を他所に、ビルの外の商業地区。
 舞奈たちが空中戦を繰り広げた夜空一面に投影された双葉あずさが歌う。
 そんな幻想的なショーの下。

 連れ立った母娘が、煙草を手にした土方の少年とすれ違う。
 母娘は糞尿が焦げるような悪臭に顔をしかめ、足早に立ち去ろうとする。
 単に不快なのに加え、空を見上げるでもなく立ち尽くす彼の様子が異常だったから。

 そんな臭くて不快な少年が、不意にヤニ色の双眸を見開いた。
 両手の指からカギ爪がのびる。
 どんなに若くても、煙草を口にした者は人間ではなくなる。
 脂虫と呼ばれる怪異に成り果て、ある種の儀式によってさらに邪悪な屍虫になる。

 口に煙草を癒着させた小さな醜い屍虫は、母娘に背後から襲いかかる。
 母は思わず振り返る。
 ヤニまみれのカギ爪が、ショックで動けない母親めがけて振り下ろされ――

 ――宙を切った。
 娘が母の手を引いて、無理やりにカギ爪を回避させたのだ。

 実は母娘の身には、1年前にも同じようなことがあった。
 ただ通りを歩いていた最中に、喫煙者の男がバケモノになって襲ってきた。
 だから今日、娘はとっさに動くことができた。
 予感がしたのだ。当時は母が娘をかばって負傷した。
 そして男の目鼻が爆発して――

「――はやく逃げて!」
 ビルの影から小さな叫び。
 あのときと同じように。
 紙袋を雑にかぶった執行人エージェントエリコだ。

 エリコはロザリオを手にして聖句を紡ぐ。
 すると、あの時と同じように少年の目鼻が爆ぜる。
 薄汚い脂虫を爆破する【屍鬼の処刑エグゼキュシオン・デ・モール・ヴィヴァン】の呪術。

 だが進行した屍虫に【屍鬼の処刑エグゼキュシオン・デ・モール・ヴィヴァン】は効かない。
 理性と引き換えに強化された体組織が爆発によるダメージを抑制するためだ。

 だがエリコも1年前から成長している。
 新たな呪術を行使しようと身構え――

「――ちょいやっ!」
 屍虫を何かが突き飛ばした。
 狐の面で顔を隠し、独鈷杵を振り下ろした奈良坂だ。

 二段構えの身体強化を併用した一撃。
 脳天を陥没させた脂虫は、たまらず向かいのビル壁に激突する。

 だが、とどめを刺すには至っていない。
 だから素体が若いせいもあって驚くほど素早く態勢を整え、

「わっ、ちょっと!?」
 奈良坂に狙いを変えてカギ爪を振り上げる。
 渾身の一撃の直後でつんのめった奈良坂はとっさに動けない。

 だが次の瞬間、屍虫の頭を、胴を、粒子ビームが射抜いた。
 小さく薄汚い怪異は風穴を開けたまま倒れ伏す。動かない。
 エリコが豚の形の天使と同時に放った【光の矢クー・ドゥ・リュミエール】である。

「……油断しすぎ」
「ううっ、すいません~」
 安堵を誤魔化すように睨むエリコ。
 緊張感なく恐縮する奈良坂。
 1年前より、それぞれ少しづつ成長した2人の魔道士メイジ

 そんな2人から少し離れた路地でも、異能力者たちが屍虫の駆除を始めていた。

「うわっ、襲ってきた! 襲ってきたぞ!」
 小太りな【装甲硬化ナイトガード】が囮になって屍虫の攻撃を引き受ける。
 へっぴり腰のせいで手にしたライオットシールドが役に立っていない。
 だが異能で硬化した戦闘タクティカル学ランとフェイスマスクがカギ爪を受け止める。

「うわ! うわぁっ! 早くしてくれ!!」
「まかせとけ!」
 屍虫の背後から【偏光隠蔽ニンジャステルス】の巨漢があらわれる。
 そのまま両腕をつかんで拘束する。
 身体に邪悪な魔力が浸透して強化された屍虫よりも、屈強な中学生は強かった。
 体格を生かして手首をつかみカギ爪を封じるのは舞奈の教えだ。
 そうやって、どうにか動きを止めたバケモノに、

「よっしゃ! 俺たちの出番だ!」
「俺に当てんでくれよ!」
 槍の先に元素の魔力をまとわせた【火霊武器ファイヤーサムライ】【雷霊武器サンダーサムライ】【氷霊武器アイスサムライ】たちが、どんくさいなりにいちおう訓練は積んだ動作で次々に突いてとどめを刺す。

 KASC支部ビル周辺には魔道士メイジと異能力者で構成された遊撃隊が配置されていた。
 その使命は周辺の脂虫――臭くて邪悪な喫煙者を監視し、儀式の影響で屍虫と化したら迅速かつ秘密裏に排除することで一般市民への被害を抑えること。

 それは1年前に彼女らの先輩にあたるAランクたちがしていた仕事だ。
 だが数多の戦いを経て成長した彼女ら、彼らはその役割を着実にこなしていた。

 屍虫の戦力は異能力者と同等と言われている。
 だから半ダースの異能力者で1匹の屍虫を囲めば、被害なく確実に狩れる。
 それは舞奈のように強くはない彼らが、それでも自分たちの役割を果たすために導き出した最適解だ。だから彼らはそうやって着実に屍虫を屠っていく。だが、

「ひぃっ! 大屍虫に進行したぞ!!」
 1匹の脂虫は、通常の屍虫よりひと回り大きく屈強な大屍虫に変化した。

 異能力者たちは怯む。
 その隙に、牙に煙草を癒着させた大屍虫は唸り声をあげつつ屈強な彼に襲いかかる。
 身を守る異能を持たない【偏光隠蔽ニンジャステルス】を引き裂こうと、鋭いカギ爪を振りかざす。
 異能こそ持つものの中学生の彼は尻餅をついて目を見開く。
 その目前で――

「――遅れてすいまセン」
 臭くて薄汚い大屍虫の身体がバラバラに切断された。
 その側にあらわれた増援を見やり、

「機動戦士カンガル!? ……のコスプレ?」
 少年たちは思わず目を丸くした。

「ハイ。こちらのほうが『活動』しやすいと思いましテ」
 続編やスピンオフが何作も作られ国内で知らぬ者はいないと言われる国民的アニメ作品に登場するロボットを模した人間サイズのハリボテが、ハットリの声で答える。
 両手に構えた偃月刀が徐々に冷める。
 得物を熱して敵をバターのように切断する【熱の刃サイフ・ハラーラ】を行使していたのだ。

「隣町のモスクにも声をかけテ、皆で準備したんですヨ」
 無機質なターレットレンズをかぶった回術士スーフィーの彼女が朗らかに笑う後ろで、

「Hey! Zombie! Die!!」
 別のロボットが掌からレーザー光線を放って屍虫を射抜く。
 こちらは【熱の拳カブダ・ハラーラ】の妖術。
 レーザーとは言うものの、身体に蓄えた魔力を使う妖術は短距離にしか届かない。
 なので街中で行使しても安心だ。

 別の場所でもロボットたちが、臭くて醜いゾンビどもを屠っている。

 正直なところコスプレの出来は個々様々だ。
 背負ったラウンドムーバー、足首のグライディングホイールまでをも精緻に再現した者もいれば、かぶった段ボール箱にマジックで『カンガル』と書いただけの者もいる。

 だが性能は皆、本物だ。
 勇敢な回術士スーフィーたちは術で熱した偃月刀を両手に、片手に構え屍虫の四肢を切断する。
 身体強化【強い体ジスム・カウィー】を活用した、作品内のロボット顔負けの超機動。
 ある者はレーザーを放って離れた敵をも撃ち墜とす。
 左手のヘビィマシンガンや背負ったフォールディングガン、ないし『ソリッドシューター』と書かれたバルサ材からではなく右の掌からなのは御愛嬌だが。

 皆、中々に堂に入ったパフォーマンスだ。
 回術士スーフィーの活動母体である【三日月】が女性に顔を隠すことを奨励しているおかげで覆面をかぶっての活動に慣れているからという理由も少しある。

 だが何より今回のKASCの横暴を、異国の術者たちは文化への侵略と見なした。
 この国の人間に成りすました怪異どもが、手始めに歌を奪おうとしていると。
 今回の暴挙を見逃せば、次は別の組織を使って別の美を奪うと。
 そうやって美しいもの、人々の心を潤すものすべてを奪い去るのだと。

 そんな彼女らはこの国のアニメ作品が好きだった。
 何故なら、それは故郷を離れ習練に明け暮れる彼女らにとっての憩いだったから。
 アイドルや歌と同じように。
 そんな希望が、憎むべき怪異の手に落ちることが許せなかったのだ。

 さらに別のロボットは【合神ファナー】で光をまとって宙を舞い、屍虫どもを吹き飛ばす。

 それでも屍虫どもの何割かは鉄槌を逃れ、逃げ遅れた人々に襲いかかる。
 それに回術士スーフィーといえど戦闘訓練は受けていない彼女らに大屍虫の相手は荷が重い。

 だが、そんなゾンビどもを、別の場所から放たれた光線が飲みこんだ。
 回術士スーフィーたちのレーザーより激しく輝く光線は正確無比に屍虫を、大屍虫を射抜く。

「貴君らの勇敢なる戦いに、我々も加勢しよう」
 建物の陰から、黒い法衣に身を包み仮面で顔を隠した少女たちがあらわれた。
 彼女らはカバラ魔術師。
 こちらは近隣のシナゴーグからの増援だ。

 普段は【三日月】とは諍いの多い【創世教】の術者たち。
 だが人類共通の敵であるKASCに対して一致団結する道を選んでいた。

 地上に派遣された彼女らは上空のベリアルほど手練れではない。
 だが聖句とともに放たれるレーザー光線【硫黄の火ゴフリート・ヴァ・エーシュ】は的確に屍虫を屠る。
 屈強で厄介な大屍虫をも撃ち抜き、塵へと変える。

 そしてベリアルのようにリンクして操ることこそできないものの、彼女らのゴーレムもロボットの仮装をして屍虫どもを叩き潰す。

 ゴーレムは身体強化の手札を持たぬカバラ魔術師の盾でもある。
 その強度、接近戦における屈強さは回術士スーフィーたちに勝るとも劣らない。
 更にウアブ魔術のメジェドと同様、容姿は術者のセンス次第。

 だから中に人が入っていないのを良いことに、ローラーダッシュで素早く加速。
 作品内での活躍そのままに腕部の盾に設えたパイルバンカーを放って屍虫のヤニ臭い頭を粉砕し、ジャイアントスラッシュクローで上半身を引き千切る。

 そんな一団から少し離れた場所で、

「ヒャッハー脂虫だ! 殺せ!!」
 色鮮やかでパンクな髪形をした屈強な尼僧が、手にした独鈷杵で屍虫を殴り飛ばす。
 いちおうサングラスで目元を隠している。

 そんな彼女は、ビルに叩きつけられた屍虫めがけて独鈷杵を突きつける。
 逆の手で印を結んで咒を紡ぐ。
 すると独鈷杵の先から稲妻が放たれ、臭い怪異を焼き尽くす。
 即ち【帝釈天法インドレナ・ヴィデュット】。

「姉さん、進行してるんで屍虫っすよ」
「うるせえ、どっちも喫煙者だろうが」
「進行してからふかしますかね……よっと!」
 側では茶髪ロン毛の尼僧が、別の屍虫をアッパーで打ち上げていた。
 唇に煙草を癒着させた怪異が成す術もなく宙を舞う。
 同僚と同じようにグラサンで目元を隠した彼女は、こちらも変わらぬ巨躯を二重に強化した致命的な打撃を食らわせたのだ。

 さらに落下してきた屍虫の顔面に符の束を突きつけ、真言。
 それぞれの符が火矢と化す。
 即ち【不動火車法アチャラナーテナ・アグニチャクラ】。
 符の束は炎のショットガンと化して、屍虫の頭をそぼろにしながら吹き飛ばす。
 正直なところ術の威力そのものは奈良坂のほうが上だ。
 だが符を束で持ったまま施術するという思い切りの良さがそれを補っていた。

「てめぇは符の無駄使いしすぎだ。……っていうか攻撃魔法エヴォケーション使ってよかったっけ?」
「ダメなら何か言ってくるっしょ」
 軽口を叩き合いつつ、尼僧たちはさらに別の屍虫、脂虫の駆除に取り掛かる。
 こちらは近隣の寺からやってきた仏術士だ。

 別の場所でも似たような格好の尼僧たちが怪異どもに襲いかかっている。

「おっ、あいつら【機関】の術者じゃないすか?」
 先の2人は同業者に気づいたらしく、奈良坂とエリコを見やり、

「よっ! 手伝いに来てやったぜ……って、小学生!? まさか!」
「そうっすよ間違いねえっす! あの伝説のSランク!!」
「えっ?」
 何を勘違いしたか顔を青ざめさせた。

「隣の奴は1日に100匹の脂虫を貪り食らうって噂の死体作成人デスメーカーっすよきっと!!」
「は、はあ……」
「こっち見た!? ……お……お初にお目にかかりますっす! ……あたしら……あたしたち……拙僧たちも……微力ながら御力添えをさせていただきますっす、押忍!!」
「右に同じっす! 押忍!!」
「どうも。お、おっす」
 直立不動で挨拶する。
 奈良坂は呆然としたまま返事を返す。
 その何ら緊張感のない挙動も色眼鏡ごしには強者の余裕に見えるらしく、

「「失礼します!」」
 屈強な彼女たちはビシッと90度のお辞儀をしてから去って行った。
 去り際についでみたいに大屍虫を粉砕する。まったく頼もしい増援だ。
 そんな背中を呆然と見つめながら、

「……仏術士って、一定数でああいうのいるわね」
「あはは」
 側のエリコが小声でツッコみ、奈良坂は苦笑する。
 それだけの余裕が、彼女たちにもできていた。

 そんな彼女たちの目前の通りを1匹の屍虫が横切り、

失せろカス・トワ! デース!」
 背後から数発の粒子ビームに撃ち抜かれ蜂の巣になって吹き飛んだ。
 それが祓魔師エクソシストの【光の矢クー・ドゥ・リュミエール】なのは、エリコでなくとも瞭然だ。
 続いて通りの角からあらわれたのは、

「そこのあなた、大丈夫デスか?」
「って、天使連れてマース!」
 きわどいドレスを着こんだ金髪美女の集団だった。
 もはや謂わずと知れた教会からの増援だ。

 だが日朝アニメに登場する魔法少女のコスプレなのか派手なミニドレスを着こんだ彼女らは、色白でスタイルが良いせいか妙に艶めかしい。
 正直なところセクシーすぎて、深夜アニメのコスだと言われても納得である。
 疣豚潤子あたりが見たら憤死しそうだ。
 だが彼女らがその衣装を選んだ理由は、マスクで目元が隠れるからだけじゃない。
 彼女らの生き生きした表情がそれを物語っていた。

「あなたたちは【機関】の魔道士メイジデスね!」
「ええ、そうよ」
 エリコは面食らったのを誤魔化すように、そっけなく挨拶を返す。

「がんばってね! 子猫ちゃんマ・ミネット!」
「ありがとう……」
 エリコに彼女は投げキスなどしてみせる。
 そしてはきゃっきゃとはしゃぎながら、彼女らは次の獲物を探して駆け去った。
 後ろを似たようなドレスを着た少女型の天使が追いかけていく。

 その金髪の後ろ姿を奈良坂は呆然と見送る。
 そこにかつて救われ、共闘し、最後は敵対した祓魔師エクソシストの姿を一瞬だけ重ね、

攻撃魔法エヴォケーションって使って良かったんでしたっけ?」
 誤魔化すように首をかしげる。

「だいじょうぶ。キュア・ライトワンズは作品内でも怪光線で攻撃するわ」
 エリコは年齢相応に日朝アニメに詳しいらしい。
 先輩であるらしい明日香と似た感じに答えて、

「けどエクソシストって、ああいう格好の人よくいますよね」
「……あの人たちはアモリ派よ」
 微妙に頬を赤らめながら、それを誤魔化すように嫌そうな声色を作って答える。
 そして2人も新たな屍虫を探して走り出した。

 そこから少し離れた別の路地でも、

「ひいっ!? 何だこりゃ! たすけてくれえ! ……え?」
 小太りな男を襲おうとしていた屍虫が、いきなり何かに両断された。
 唇に煙草を癒着させながら道路を転がる上半身と下半身。

 その側で光のカギ爪を振り抜いていたのは、ネコ耳にセーラー服の女子高生。
 近所の寺から荼枳尼天ダーキニーの化身の如く畏怖される、通称死体作成人デスメーカー
 即ち小夜子である。

「あなた! 速く安全なところに逃げて!」
「はっはひっ! ありがとうございますっ!!」
 側のサチの言葉に答え、男は奈良坂のような諜報部の同僚のような挙動で走り去る。
 その危なっかしい背をサチは静かに見送り、次いで街の惨状を見やる。

「ずいぶん進行が進んでるわね」
「敵の儀式は順調のようね」
 サチの言葉に、小夜子は普段と同じ不機嫌そうな声色で答える。

 2人とも飛行の手札は持っている。
 舞奈たちとは別に中空を飛んで目的地に向かうことができないわけじゃない。

 だが今回、敵が飛行型の怪異を動員するとの情報を得ていた。
 そして飛行が可能なのと、空中戦ができることは同義ではない。
 戦闘経験の豊富な小夜子たちも、純粋に扱える魔力の量では諸先輩に敵わない。
 そして呪術による飛行は大量の魔力を操り続ける行為だ。
 だから空の敵は先輩方に任せ、2人は地上からビルを目指していた。

 その判断は別の意味で正解だったようだ。
 地上では予想以上の脂虫が屍虫へと進行し、人々を襲い始めている。

 ビルから距離があるせいか、元々の進度が深い者から順次に進行しているようだ。
 だが喫煙者が次々に変化する怪物の数が多いことには変わりない。
 ビルに向かいながら数匹でも数を減らしたほうがいいだろう。

「急ぎましょう」
「ええ」
 周囲に別の怪異がいないのを確かめ、2人は再び走り出す。
 大本の儀式を中断させない限り、この混乱は続く。
 だから2人は進まなければならない。
 儀式で進行した屍虫を蹴散らしつつ、その中心であるKASC支部ビルを目指して。

 そして、さらに別の路地でも、

「キリがないですね! この界隈はいつもこうなのでしょうか?」
 深編笠ふかあみがさをかぶった行者が、錫杖で大屍虫を叩きのめしながら珍しく愚痴る。
 臭くて危険な喫煙者の慣れ果てが、杖の先に宿った爆炎に焼かれて果てる。
 その側で、

「同感だ。この街の執行人エージェントには頭が下がるよ」
 コートの女が苦笑する。
 次いでカバディから繰り出されるリボルバー拳銃ニューナンブM60の乱射で屍虫の群を屠る。

 公安の魔道士メイジこと修験術士のフランシーヌ草薙。
 そして梵術士の猫島朱音。
 2人の公安刑事もKASC支部ビルへと向かっていた。
 表向きの理由は、支部長宛に犯行予告をしたウィアードテールの逮捕。だが、

「フランシーヌ。外では派手な攻撃魔法エヴォケーションは控えることになってたはずだが」
「カンガルのパイルバンカーのマネっこです。他にもコスプレしてる人がいますよ」
「……パイルバンカーは爆発しない」
「そうなんですか?」
「ああ。炸薬は杭を打ち出すのにしか使わない」
「詳しいですね」
「……い、いや。一般常識だぞ」
 軽口を交わしながらも、危険で有害な屍虫どもを蹴散らしながら走る。

 この国が誇る文化を、美しいものを守りたい。
 醜い怪異の好き勝手になどさせる気はない。
 その想いは他の協力者たちと変わらない。

 そんな2人が駆け抜けた路地の側、2階建ての店舗の屋上で、

「あたしが予告状を出したのに! 双葉あずさのほうが目立ってるじゃない!」
 空を見上げてポニーテールの少女が地団太を踏んでいた。
 黒地にピンクの可愛らしいミニドレスに身を包んだ、中学生ほどの少女だ。
 手にはステッキ。

 神話怪盗ウィアードテール。
 そもそもKASC支部長に予告状を出し、今回の作戦の発端となったのは彼女だ。
 彼女がいなくちゃ始まらない……はずだ。

 そんな彼女は空に向かってバカっぽく吠えていた。

「ウィアードテールったら。それどころじゃないでしょ」
 肩に乗った極彩色のハリネズミが苦笑する。
 協力者である夜空も『夜闇はナイト』を召喚してウィアードテールを援護すべく別途ビルに侵入を試みているはずだが、この調子では合流すらおぼつかない。

 だがバカの陽キャは常識的な使い魔の不安を他所に気分を切り替え、

「ま、いいわ! あたしたちも早く行きましょう!」
「ええ」
 肩のハリネズミに不敵な笑みを向ける。
 そして怪盗らしく屋根伝い、屋上伝いに素早く進み始めた。

 その背後で歌い終えた双葉あずさの幻が、夜空に溶けるように消える。
 Sランクが魔法にこめた魔力が尽きたのだ。

 そして協力者たちが向かう先。
 そこには夜闇に潜む亡霊のように、巨大で歪なKASCビルが鎮座していた。
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