戦闘開始前に、敵が土下座してくる

チー牛Y

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6:鎧が降り立つ

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轟音ではなかった。
だが、確実に重さだけが伝わる着地だった。

床石が軋み、城全体が一瞬だけ沈む。
その衝撃に耐えきれず、空気が押し潰されるように悲鳴を上げた。

俺は、その音を聞いてから剣を抜いた。

刃が鞘を離れる、乾いた金属音。
それは戦闘開始の合図というより、ようやく場に馴染んだ、という感覚に近かった。

「お、やっとそれっぽいの来たな」

軽い声だった。
だが、その軽さが、この場では異物だった。

その瞬間。

魔王軍全体が、息を止めた。

誰もが見ていた。
勇者の足運び。
剣の角度。
視線の置きどころ。

――ついに構えた。

その事実だけが、城全体に重く落ちる。



迎撃指揮室

水晶板が震え、魔力観測値が跳ね上がる。

「勇者、戦闘態勢!!」

声が裏返る。

「来ます!!」

報告が重なり、室内の空気が一気に張り詰めた。

魔王は、歯を食いしばる。

拳が、知らず強く握られている。

「耐えろ……」

それは命令であり、祈りでもあった。

「一撃でもいい……」

勝利条件を、限界まで下げた言葉。

「本気を引き出せ……!!」

勇者を倒すためではない。
勇者の基準を知るための命令だった。



回廊

鎧が、剣を振り下ろす。

迷いのない軌道。
計算された角度。
城を壊すことすら織り込み済みの一撃。

俺は――

半歩、ずれた。

それだけだった。

ガン。

鈍い衝撃音とともに、床が砕ける。
石片が跳ね、衝撃波が回廊を走る。

「……危な」

思わず、口から漏れた。

戦闘中の言葉ではない。
ただの実感だった。

「これ、城壊れるだろ」

砕けた床を見下ろしながら、俺はそう言った。

その瞬間。

魔王軍に、衝撃が走った。

一撃を避けられたからではない。
致命打を回避されたからでもない。

「い、今のを……  “危な”で済ませた……?」

声が震える。

「回避行動、最小……」

数値を追っていた者ほど、言葉を失った。

「勇者……  環境被害を心配している……?」

理解が、追いつかない。

魔王の脳裏に、最悪の理解が浮かぶ。

(違う……)

今まで想定してきた、どの勇者像とも違う。

(勇者は……)

強さを誇示していない。
勝ちを取りに来ていない。

(戦っていない)

ただ、そこに立っているだけだ。

魔王は、静かに言った。

「……下がれ」

「え?」

指示の意味を測りかねる声。

「鎧を止めろ」

「ですが!!」

反論が出るのは当然だった。

魔王は、深く息を吸う。

そして、吐く。

「これ以上やれば……  城が先に死ぬ」

誰も、否定できなかった。



鎧は停止した。

命令による停止。
だが、それ以上に、
これ以上は無意味だと理解したかのような静止だった。

回廊には、遅れて粉塵が舞い上がる。
砕けた床石が崩れ、白い靄のように視界を覆う。

まだ、何も見えない。
その中を――
誰かが、迷いなく歩いてくる。
足音は速い。
だが、走ってはいない。

粉塵が落ちて、視界が開ける。

魔王は、すでに目の前に立っていた。

背筋を伸ばし、肩を正し、
戦闘ではなく対話の距離で。

まるで最初からそこにいたかのような姿勢だった。

「なあ」

声をかけられ、魔王は即座に返事をした。

「はい……」

「やっぱ今日、戦わなくてよくね?」

あまりに率直な言葉。

沈黙。

「準備、足りてない感じするし」

理由は、合理的だった。

世界が、凍った。

魔王は――

ゆっくりと。

判断を噛み締めるように。

そして、二度目の――

土下座をした。 
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