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第1章
【1.1.2】 人の口に戸は立てられない。
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「酒が飲めないのがなぁ。町に出られるのは、非番の前日って決まってるしなぁ。」
「マークのそれは、もう口癖みたいだな。いい加減、諦めろ。」
「でも、リアンだってそう思うだろ?」
倫太郎が騎士に連れて行かれたのは、城の食堂だった。いい香りのする空間に、腹が自然と鳴る。食欲を感じるのは、いつぶりだろうか。湯気のせいか、空気がしっとりとしていて心地が良い。
ここに来るまでの間に、同じように勤務時間を終えたという騎士がもう一人合流し、結局三人でここまで歩いてきた。
二人の話を聞いていると、どうやら倫太郎を含めたこの三人は、寮で同室らしい。リアンと呼ばれた騎士は、倫太郎達に合流する前に部屋に一度寄って来たとかで、倫太郎が明日着る商人の服は、既に届けられていたことを教えてくれた。
備品担当とかいうところの仕事の早さに驚くが、もしかしたら前々から既に決まっていて、水面下で指示が出ていたことなのかもしれない。
倫太郎はそんなことを考えながら、無意識に人の列に並ぶ。この列はなんだと疑問に思って、身体を乗り出すようにしてその前の方を覗けば、どうやら自分で取りに行くタイプの食堂らしい。ざわざわとした人の列の前方では、トレーに食器を乗せて歩いている人の姿が見えた。
倫太郎の腹が、また鳴った。
「しかし、倫太郎は明日からギュッターベルグか。羨ましいのか、羨ましくないのか。」
食事をトレーに乗せて運んできた三人が席に着き、食事を始めると、倫太郎の隣に座ったマークと呼ばれていた騎士が、目の前の肉にフォークを刺しながら言った。その言葉の意味がわからずに、倫太郎がきょとんと固まっていると、マークとリアンが少し驚いたようにお互いの顔を見合って、そして揃って困ったように笑った。
マークは少し体を傾けて倫太郎に肩を寄せると、手に持ったフォークで口元を隠すようにする。
「お前、ギュッターベルグと言えばあれだぞ。今、嘘か誠か、魔王が復活するっていう噂のあれだ。」
魔王。
そうだ。確かこの話は、魔王が復活するとか聖女がどうとか、そんな話だった気がする。異世界転生物の、よくある話だったはずだ。
しかし、最後まで読んだわけではないそれが、これから一体どんな話の展開を迎えるのか、倫太郎は全く知らない。ただ、眠る時のお供にと利用していた小説投稿サイトで、新着小説の一覧に載っていたそれを、魔王と聖女と魔法使いという流行りのキーワードに惹かれてクリックしただけだ。
その世界に自分がいる。―――などというふざけた現実に、倫太郎は自分がさほどの違和感を感じていないことに気が付いた。違う何かになってしまったことに、焦りを感じてはいるけれど、この状況を受け入れられてはいる。
それはおそらく、ギンやクロと言った存在を先に見てしまったことが何よりも大きな原因だし、始めに連れいかれた戦場が強烈だったことも間違いなくその一端を担っていることはわかる。
でもきっと、それだけではない。普段からそういう異世界転生の話を読み漁っていたことにも理由がありそうだと、倫太郎は今の自分の心持ちを分析して、妙に納得した。
目の前に置かれた肉を、ナイフで切る。なかなかの存在感がある、普段なら到底食べきれるはずもない大きさの肉だが、なぜか今はそれを食べきれるような気がした。
魔王がいて、魔法がある。倫太郎が憧れた世界ではある。しかし、一度見た魔法のようなもの、ギンが霧散させた牛乳。それを「魔法」と言った倫太郎を、「何も知らない」と言って笑ったギンを思い出す。
思い込み
先入観
固定観念
形あるものしか、認識できないと言われた。その人間が、生み出した魔法の世界というファンタジー。
(あれ?魔法は、昔はあったんだっけ?)
倫太郎がそんなことを考えながら、肉に齧り付く。柔らかいとか、溶けるとか、そういったこととは縁遠い、肉らしい肉だ。そんな食べ応えのある肉を堪能している内にも、マークとリアンの会話は進んでいく。話題の中心は、やはり魔王のままだった。
混乱をきたすという理由で情報統制されているらしいそれは、かえってそうしたことで噂が噂を呼び、既に何が本当で何が嘘なのか、それすらの判別も難しくなってきているらしい。
ただ、王宮の第一騎士団と魔術研究室ではその討伐部隊が編成されて、既にギュッターベルグへの派遣も済んでいるとのことだった。もう誤魔化せないのだからいい加減発表した方が良いと、マークが力説する。
「どうせここまで広まっちまっているんだ。何も言わない方が、不安を煽るってなもんだ。」
人の口に戸は立てられない。それは倫太郎の世界でもこちらの世界でも、同じようだ。
人の口から吐き出された噂話は、それがもし間違ったことだとしても、実しやかに流れていくのだ。さもそれが真実の様に、あちらこちらから肉付けされながら。そして、それはいつか「真実ではない真実」へと変わる。
その怖さを、倫太郎は知っている。倫太郎が学校へ行かなくなった理由。行けなくなった理由もそこにある。
「その魔法使いが、倒しに行くのかな。」
明日、倫太郎が迎えに行くという最強魔法使い。ありがちな展開を想像して倫太郎がそう呟けば、「俺たち下っ端には、よくわからん。」と、手に持ったパンを千切りながらマークは首を振った。
「とにかくこっちは、王都の警備強化だ。警備隊の奴らは、もう既にギュッターベルグの国境警備に回されてるって話だからな。」
皆それぞれ忙しくなるらしい。目の前に置かれた肉を再び切り分けながら、この量を食べきれるだろうかと思っていたそれは、結局全て倫太郎の腹の中に納まった。
「マークのそれは、もう口癖みたいだな。いい加減、諦めろ。」
「でも、リアンだってそう思うだろ?」
倫太郎が騎士に連れて行かれたのは、城の食堂だった。いい香りのする空間に、腹が自然と鳴る。食欲を感じるのは、いつぶりだろうか。湯気のせいか、空気がしっとりとしていて心地が良い。
ここに来るまでの間に、同じように勤務時間を終えたという騎士がもう一人合流し、結局三人でここまで歩いてきた。
二人の話を聞いていると、どうやら倫太郎を含めたこの三人は、寮で同室らしい。リアンと呼ばれた騎士は、倫太郎達に合流する前に部屋に一度寄って来たとかで、倫太郎が明日着る商人の服は、既に届けられていたことを教えてくれた。
備品担当とかいうところの仕事の早さに驚くが、もしかしたら前々から既に決まっていて、水面下で指示が出ていたことなのかもしれない。
倫太郎はそんなことを考えながら、無意識に人の列に並ぶ。この列はなんだと疑問に思って、身体を乗り出すようにしてその前の方を覗けば、どうやら自分で取りに行くタイプの食堂らしい。ざわざわとした人の列の前方では、トレーに食器を乗せて歩いている人の姿が見えた。
倫太郎の腹が、また鳴った。
「しかし、倫太郎は明日からギュッターベルグか。羨ましいのか、羨ましくないのか。」
食事をトレーに乗せて運んできた三人が席に着き、食事を始めると、倫太郎の隣に座ったマークと呼ばれていた騎士が、目の前の肉にフォークを刺しながら言った。その言葉の意味がわからずに、倫太郎がきょとんと固まっていると、マークとリアンが少し驚いたようにお互いの顔を見合って、そして揃って困ったように笑った。
マークは少し体を傾けて倫太郎に肩を寄せると、手に持ったフォークで口元を隠すようにする。
「お前、ギュッターベルグと言えばあれだぞ。今、嘘か誠か、魔王が復活するっていう噂のあれだ。」
魔王。
そうだ。確かこの話は、魔王が復活するとか聖女がどうとか、そんな話だった気がする。異世界転生物の、よくある話だったはずだ。
しかし、最後まで読んだわけではないそれが、これから一体どんな話の展開を迎えるのか、倫太郎は全く知らない。ただ、眠る時のお供にと利用していた小説投稿サイトで、新着小説の一覧に載っていたそれを、魔王と聖女と魔法使いという流行りのキーワードに惹かれてクリックしただけだ。
その世界に自分がいる。―――などというふざけた現実に、倫太郎は自分がさほどの違和感を感じていないことに気が付いた。違う何かになってしまったことに、焦りを感じてはいるけれど、この状況を受け入れられてはいる。
それはおそらく、ギンやクロと言った存在を先に見てしまったことが何よりも大きな原因だし、始めに連れいかれた戦場が強烈だったことも間違いなくその一端を担っていることはわかる。
でもきっと、それだけではない。普段からそういう異世界転生の話を読み漁っていたことにも理由がありそうだと、倫太郎は今の自分の心持ちを分析して、妙に納得した。
目の前に置かれた肉を、ナイフで切る。なかなかの存在感がある、普段なら到底食べきれるはずもない大きさの肉だが、なぜか今はそれを食べきれるような気がした。
魔王がいて、魔法がある。倫太郎が憧れた世界ではある。しかし、一度見た魔法のようなもの、ギンが霧散させた牛乳。それを「魔法」と言った倫太郎を、「何も知らない」と言って笑ったギンを思い出す。
思い込み
先入観
固定観念
形あるものしか、認識できないと言われた。その人間が、生み出した魔法の世界というファンタジー。
(あれ?魔法は、昔はあったんだっけ?)
倫太郎がそんなことを考えながら、肉に齧り付く。柔らかいとか、溶けるとか、そういったこととは縁遠い、肉らしい肉だ。そんな食べ応えのある肉を堪能している内にも、マークとリアンの会話は進んでいく。話題の中心は、やはり魔王のままだった。
混乱をきたすという理由で情報統制されているらしいそれは、かえってそうしたことで噂が噂を呼び、既に何が本当で何が嘘なのか、それすらの判別も難しくなってきているらしい。
ただ、王宮の第一騎士団と魔術研究室ではその討伐部隊が編成されて、既にギュッターベルグへの派遣も済んでいるとのことだった。もう誤魔化せないのだからいい加減発表した方が良いと、マークが力説する。
「どうせここまで広まっちまっているんだ。何も言わない方が、不安を煽るってなもんだ。」
人の口に戸は立てられない。それは倫太郎の世界でもこちらの世界でも、同じようだ。
人の口から吐き出された噂話は、それがもし間違ったことだとしても、実しやかに流れていくのだ。さもそれが真実の様に、あちらこちらから肉付けされながら。そして、それはいつか「真実ではない真実」へと変わる。
その怖さを、倫太郎は知っている。倫太郎が学校へ行かなくなった理由。行けなくなった理由もそこにある。
「その魔法使いが、倒しに行くのかな。」
明日、倫太郎が迎えに行くという最強魔法使い。ありがちな展開を想像して倫太郎がそう呟けば、「俺たち下っ端には、よくわからん。」と、手に持ったパンを千切りながらマークは首を振った。
「とにかくこっちは、王都の警備強化だ。警備隊の奴らは、もう既にギュッターベルグの国境警備に回されてるって話だからな。」
皆それぞれ忙しくなるらしい。目の前に置かれた肉を再び切り分けながら、この量を食べきれるだろうかと思っていたそれは、結局全て倫太郎の腹の中に納まった。
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