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第1章
【1.2.1】 時間の理と、空いた腹。
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先ほど夕飯をかなり食べたはずなのに、腹が減っている。
鳴ったお腹をさすりながら、今何時なのかと倫太郎が時計を見れば、それはまだショッピングモールから帰ってきてからそれほど経っていないような、そんな時間だった。秋の日は釣瓶落としと言わんばかりにカーテンの向こうは真っ暗で、既に夜も遅いものだと勝手に思っていた倫太郎は、少し混乱した。
「え?今って、いつ?」
聞いてしまってからその言葉の意味を考えれば、なんとも意味不明な質問だったと気が付く。そんな風に倫太郎が混乱していると、「ちゃんと同じ場所、同じ時間に帰ってきた。」とギンが少しだけ得意げに言った。
飛んだ時と同じ時間、つまりはまだショッピングモールに行った日と同じ日ということだろうか。
丁度その時だった。
「ただいまぁ。」
階下で、玄関の扉が閉まる音がして、それと同時に母親の声がした。どうやら、母親が仕事から帰って来たらしい。いつもと変わらない緊張感の無いその声に、倫太郎はしゅるしゅると力が抜けていくような、そんな気がした。
思わずついた溜息で、自分がひどく緊張しっぱなしであったことを知る。そんな倫太郎の様子を見て笑ったギンが、「ほんと、何もわかっていないんだな。」と聞こえよがしに言った。
「向こうで過ごした時間は、ノーカウントってこと?」
「あそこは、お前たち人間が作り出した気の溜まり場のようなものだと言っただろう。」
「気の溜まり場」とは、確かに先ほども聞いた言葉だ。人間が作り出した場所というのは、誰かが作り出した空想の世界ということだろうか。実際にあそこは、倫太郎が読んだことのある小説の中のようだった。
だからと言って、それで全て理解しろというのも無理な話だ。もう少し丁寧に説明してくれても良いのにとは思うが、それをギンに言う勇気はまだ湧いてこない。
ギンの答えは、倫太郎にとってまだまだ意味のわからない内容ではあったが、向こうで過ごした時間が、こちらには反映されていないということだけはわかった。
良かったと、倫太郎がホッとしていると、ギンが不思議そうな顔をした。
「違う時間に飛ぶことは無い。が、その理を壊そうとしているのは人間の方だろう?」
再びよくわからないことを言われて、倫太郎は途方にくれる。ギンの疑問に答えられる何かを、自分が持っている気が全くしない。
「そのことわり?っていうのは、時間の理ってこと?」
「時間という概念が、人間の持つそれと僕たちの持つものと一緒なら、な。」
時間について今まで習ったことは、「はじみ」の法則ぐらいなものだろう。速さと時間と距離の関係を現したグラフは、まだ学校に行けていた頃に嫌と言うほどやらされた。小学校から始まったそれは、高校の受験でもついてきた。
いつのことだったっけ?自分が学校に行けなくなったのは。そういえば、時間の感じ方が年によって反比例するなんていうのをどこかで読んだな。
ギンの言ったことが難しすぎて、いよいよ現実逃避を始めた倫太郎を、ギンは呆れたような顔で笑った。
階下では、パタパタパタとスリッパの音がしている。仕事から帰って来たばかりの母親が、洗濯の取り込みやら、夕飯の支度やらで、忙しなく動いているのだろう。
「そういえば昔、お前たちのせいで変な時間に飛ばされたと騒いでいた人間がいたな。」
少し悪い顔をしたギンが、ベッドの上で丸くなったままのクロに向かって言った。話しかけられても動く気配のないクロは、寝ているのだろうか。しかし、よくよく見れば、その耳は立ち上がり、小さくピクピクと動いている。聞いているけど聞いていないフリをしている、そんな感じがする。
「クロたちが?人間を飛ばしたの?」
「違う。」
倫太郎が聞くと、怒ったように否定しながら、結局はその黒い顔を上げた。クロは、一度大きな溜息をついてから、その身体を起こした。そして、それはそれはゆっくりと、ぐわぁっと音がしそうなほどに伸びをして、ぶるぶるぶると震えた。
「あれは、精霊の世界に遊びになんぞ行った人間が悪い。」
「でも、お前たちが誘ったと聞いたぞ。」
「誘ったのは、カメにされてた奴だ。後は、人間が勘違いをしただけだ。勝手に、私たちのせいにするな。」
何だか妙に聞いたことがあるような話だと、二人の言い争いに倫太郎が聞き耳を立てていると、ギンがニヤッと笑って倫太郎を見て、「行ってみるか?」と言った。
「いやいやいや、もう母親が帰って来たので。」
倫太郎が焦ったように断ると、「どうせまた、この時間に帰って来れるぞ。」とギンが意地悪く言う。
倫太郎からすれば、見てみたい気持ちも無いことも無いのだが、それ以上に今は情報過多だ。体も重いが頭も重い。そんな感じに、少し休憩がほしいというのが本音だった。
「じゃあ、まずは何か食べてきたらどうだ。腹が減ってるんだろう?」
「これだから、下等動物は。」
クロが呆れたように呟きながら、再びベッドで丸くなる。もしかしたら、クロも疲れているのかもしれない。
ギンの言葉にお腹を押さえれば、そう言えば腹が減っているのだと倫太郎は思い出す。減り過ぎて、少し気持ち悪くさえ感じ始めた。先ほどたらふく食った肉も、人間が作り出した気のようなものだったということだろうか。それでも、食べた感覚だけは残っているのだが。
これではいよいよ、階下に下りなければならないらしい。
「ギンとクロは?まだここにいる?」
なぜか、まだ離れ難かった。わからないことだらけ、怖いことだらけ、ではあるけれど、もっと色々と教えて欲しいという欲求が倫太郎の中で、どうやら勝ってしまったらしい。
そう問われて、一瞬きょとんとしたギンだったが、銀色の頭の上で手を組んで椅子の背もたれに寄りかかり、その銀色の目を細めて少し照れくさそうに彼は笑ったのだった。
鳴ったお腹をさすりながら、今何時なのかと倫太郎が時計を見れば、それはまだショッピングモールから帰ってきてからそれほど経っていないような、そんな時間だった。秋の日は釣瓶落としと言わんばかりにカーテンの向こうは真っ暗で、既に夜も遅いものだと勝手に思っていた倫太郎は、少し混乱した。
「え?今って、いつ?」
聞いてしまってからその言葉の意味を考えれば、なんとも意味不明な質問だったと気が付く。そんな風に倫太郎が混乱していると、「ちゃんと同じ場所、同じ時間に帰ってきた。」とギンが少しだけ得意げに言った。
飛んだ時と同じ時間、つまりはまだショッピングモールに行った日と同じ日ということだろうか。
丁度その時だった。
「ただいまぁ。」
階下で、玄関の扉が閉まる音がして、それと同時に母親の声がした。どうやら、母親が仕事から帰って来たらしい。いつもと変わらない緊張感の無いその声に、倫太郎はしゅるしゅると力が抜けていくような、そんな気がした。
思わずついた溜息で、自分がひどく緊張しっぱなしであったことを知る。そんな倫太郎の様子を見て笑ったギンが、「ほんと、何もわかっていないんだな。」と聞こえよがしに言った。
「向こうで過ごした時間は、ノーカウントってこと?」
「あそこは、お前たち人間が作り出した気の溜まり場のようなものだと言っただろう。」
「気の溜まり場」とは、確かに先ほども聞いた言葉だ。人間が作り出した場所というのは、誰かが作り出した空想の世界ということだろうか。実際にあそこは、倫太郎が読んだことのある小説の中のようだった。
だからと言って、それで全て理解しろというのも無理な話だ。もう少し丁寧に説明してくれても良いのにとは思うが、それをギンに言う勇気はまだ湧いてこない。
ギンの答えは、倫太郎にとってまだまだ意味のわからない内容ではあったが、向こうで過ごした時間が、こちらには反映されていないということだけはわかった。
良かったと、倫太郎がホッとしていると、ギンが不思議そうな顔をした。
「違う時間に飛ぶことは無い。が、その理を壊そうとしているのは人間の方だろう?」
再びよくわからないことを言われて、倫太郎は途方にくれる。ギンの疑問に答えられる何かを、自分が持っている気が全くしない。
「そのことわり?っていうのは、時間の理ってこと?」
「時間という概念が、人間の持つそれと僕たちの持つものと一緒なら、な。」
時間について今まで習ったことは、「はじみ」の法則ぐらいなものだろう。速さと時間と距離の関係を現したグラフは、まだ学校に行けていた頃に嫌と言うほどやらされた。小学校から始まったそれは、高校の受験でもついてきた。
いつのことだったっけ?自分が学校に行けなくなったのは。そういえば、時間の感じ方が年によって反比例するなんていうのをどこかで読んだな。
ギンの言ったことが難しすぎて、いよいよ現実逃避を始めた倫太郎を、ギンは呆れたような顔で笑った。
階下では、パタパタパタとスリッパの音がしている。仕事から帰って来たばかりの母親が、洗濯の取り込みやら、夕飯の支度やらで、忙しなく動いているのだろう。
「そういえば昔、お前たちのせいで変な時間に飛ばされたと騒いでいた人間がいたな。」
少し悪い顔をしたギンが、ベッドの上で丸くなったままのクロに向かって言った。話しかけられても動く気配のないクロは、寝ているのだろうか。しかし、よくよく見れば、その耳は立ち上がり、小さくピクピクと動いている。聞いているけど聞いていないフリをしている、そんな感じがする。
「クロたちが?人間を飛ばしたの?」
「違う。」
倫太郎が聞くと、怒ったように否定しながら、結局はその黒い顔を上げた。クロは、一度大きな溜息をついてから、その身体を起こした。そして、それはそれはゆっくりと、ぐわぁっと音がしそうなほどに伸びをして、ぶるぶるぶると震えた。
「あれは、精霊の世界に遊びになんぞ行った人間が悪い。」
「でも、お前たちが誘ったと聞いたぞ。」
「誘ったのは、カメにされてた奴だ。後は、人間が勘違いをしただけだ。勝手に、私たちのせいにするな。」
何だか妙に聞いたことがあるような話だと、二人の言い争いに倫太郎が聞き耳を立てていると、ギンがニヤッと笑って倫太郎を見て、「行ってみるか?」と言った。
「いやいやいや、もう母親が帰って来たので。」
倫太郎が焦ったように断ると、「どうせまた、この時間に帰って来れるぞ。」とギンが意地悪く言う。
倫太郎からすれば、見てみたい気持ちも無いことも無いのだが、それ以上に今は情報過多だ。体も重いが頭も重い。そんな感じに、少し休憩がほしいというのが本音だった。
「じゃあ、まずは何か食べてきたらどうだ。腹が減ってるんだろう?」
「これだから、下等動物は。」
クロが呆れたように呟きながら、再びベッドで丸くなる。もしかしたら、クロも疲れているのかもしれない。
ギンの言葉にお腹を押さえれば、そう言えば腹が減っているのだと倫太郎は思い出す。減り過ぎて、少し気持ち悪くさえ感じ始めた。先ほどたらふく食った肉も、人間が作り出した気のようなものだったということだろうか。それでも、食べた感覚だけは残っているのだが。
これではいよいよ、階下に下りなければならないらしい。
「ギンとクロは?まだここにいる?」
なぜか、まだ離れ難かった。わからないことだらけ、怖いことだらけ、ではあるけれど、もっと色々と教えて欲しいという欲求が倫太郎の中で、どうやら勝ってしまったらしい。
そう問われて、一瞬きょとんとしたギンだったが、銀色の頭の上で手を組んで椅子の背もたれに寄りかかり、その銀色の目を細めて少し照れくさそうに彼は笑ったのだった。
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