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第3章
【3.0.0】 髪を切る。そして、学校へ行く。
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「明日、学校に行くから制服出しておいて。」
そんな風に声をかければ、母親は一瞬きょとんとした顔をした後で、「オッケー。」と、全くいつもと変わらない感じで言った。
倫太郎は、図書館から一度家に帰ってから、小遣いを握りしめて近所の床屋に行った。初めて行ったワンコインの床屋は、意外にも悪くなかった。短い髪でも、切り方によってこんなにもイメージが変わるものかと、床屋の鏡の中の自分に驚いた。
自分でやっていた今までの髪型が酷すぎたということもあるだろうが、それにしても妙にスッキリとして、髪の毛と一緒に何か重い余計なものも置いてきたような、そんな気分だった。
ギンは、家でゲームをしていると言って、床屋にはついて来なかった。椅子に正座して、ウキウキとPCが立ち上がるのを待つ姿は、その辺の小学生のようだ。
クロも「腹がいっぱいで眠い。」と言って、部屋に着くなりベッドで丸くなり、ゆらゆらと揺れるしっぽが倫太郎に手を振っているかのようだった。
夕食時にも、母親は特に何も聞かず、ただスッキリとした髪型を「ええやん。」と言っただけだった。そして、「この子も、カットしないとねぇ。」と言いながら、不思議な植物の棚に一緒に置いてあった豆苗を、台所の流しの所まで持ってきて、ザルの上でばしりばしりと切った。
父親の晩酌のつまみにでもするのだろう。
緊張していたのだろうか。目覚ましが鳴る前に目覚めた朝は、思っていたよりも悪い気分では無く、伸ばした体はやはり重いが、それでも最近の中ではかなり清々しい。
昼近くまで寝ていたせいで、夜はなかなか寝付けないだろうと覚悟はしていたのだが、クロの寝息を聞いている内に、気が付けば寝てしまっていた。
起きてすぐに目に入ってきたのは、相変わらずPCの明かりを浴びて、銀色の髪を光らせながら、画面の向こうに不思議な何かをひたすら作っているギンだ。
モーター音がする。一晩中やっていたのだろうか。
「眠らなくて良いの?」と、倫太郎が気になって聞いてみれば、「眠るのが当たり前だと思うなよ。」と、笑われた。
「無気物だって、全く寝ないだろう?」とギンが言うので、そう言ったものにも再起動やメンテナンスなんてものが必要なんだと言えば、彼は一度目を見開いて、興味深そうにPCを触った。
カーテンから差し込む光が、今日の天気を教えてくれている。もう、天気を言い訳にする必要も無い。
久しぶりに腕を通した制服は、妙に固い気がした。せっかく買った夏服が、今どこに仕舞われているかわからないが、全く着ていないことに気が付いて、少し申し訳ない気持ちにはなった。しかし、今はそれどころではない。ぐっと背筋を伸ばして鏡を見れば、少し引き攣る背中が普段の猫背を物語っている。
テーブルに置かれた弁当を鞄に突っ込んで、「行ってきます。」と言った言葉が妙に緊張している。
しかし母親は、「行ってらっしゃい。」とだけ言って、特に見送りなども無く、それが倫太郎にとってはとても有り難かった。
一時は意気揚々と歩いていたはずの道を、入学式の時よりも緊張した面持ちで歩く。学校までは徒歩だ。10分程はかかる距離だが、校内にある自転車置き場はいつも満杯で、そこに入れるにも出すのにも、時間と手間と両方かかる。自転車を出している内に、歩けば着いてしまうような距離に家があると思えば、徒歩通学になるのも必然だった。
中学時代に倫太郎が使っていたロードバイクは、今は父親が乗っているらしい。
玄関を出て、歩き出す。クロは相変わらず倫太郎の肩の上に、足を投げ出して座っている。ギンは、頭の後ろで手を組んで、意気揚々と先頭を切って歩いている。
駅の方へと向かう自転車が、たまに横を走り抜けていく。今日が、晴れで良かった。それでも、朝の空気はもう随分と冷たい。倫太郎はポケットに手を突っ込んだ。
忘れ物があっても、不登校だったのだ、許されるに違いないと自分に言い聞かせる。一歩歩く度に、学校でこれから起こる何かを予想しては、論破し、自らを鼓舞する。そうしていないと、今にもその場に立ち竦んでしまいそうだった。
そんな倫太郎の心もわかっているであろうギンが、道を知っているのかも怪しいのに先頭を切っているのは、綺麗に舗装されたアスファルトの道にも関わらず今にも足が取られて動けなくなりそうな倫太郎のために、道を歩きやすくしてくれているかのようだった。
ギンが下りて来てから、まだ三日目だ。それにも関わらず、自分の中の何かがガラガラと一度崩れ去り、何も残っていないかと思われたそこに何かがあるような、そんな感覚でいる。
倫太郎は、今ならわかる。自分は、学校に勝手に期待して、勝手に絶望して、勝手にあきらめたのだ。
校門に立つ教師に挨拶をしながら、校内へと足を踏み入れる。校舎が一段と大きく見える。手に汗を握る。
「ここは、また一段と無気質だらけだな!」
「あっちの方で美味そうな匂いがする。」
「ああ、いるな。でも、もう消えてしまいそうだ。」
肩から飛び降りたクロが、その尻尾を立ち上がらせながらギンの横まで走っていくと、二人は一気にスピードを上げ、登校してくる生徒たちの波に突っ込んでいった。相変わらず、倫太郎は置いてきぼりらしい。
それでも、今回は目的が分かっているし、まずは自分にもやることがあるからと、倫太郎は握りしめ過ぎて爪が刺さっていたらしい掌を一度擦り合わせると、昇降口へと足を向けた。
そんな風に声をかければ、母親は一瞬きょとんとした顔をした後で、「オッケー。」と、全くいつもと変わらない感じで言った。
倫太郎は、図書館から一度家に帰ってから、小遣いを握りしめて近所の床屋に行った。初めて行ったワンコインの床屋は、意外にも悪くなかった。短い髪でも、切り方によってこんなにもイメージが変わるものかと、床屋の鏡の中の自分に驚いた。
自分でやっていた今までの髪型が酷すぎたということもあるだろうが、それにしても妙にスッキリとして、髪の毛と一緒に何か重い余計なものも置いてきたような、そんな気分だった。
ギンは、家でゲームをしていると言って、床屋にはついて来なかった。椅子に正座して、ウキウキとPCが立ち上がるのを待つ姿は、その辺の小学生のようだ。
クロも「腹がいっぱいで眠い。」と言って、部屋に着くなりベッドで丸くなり、ゆらゆらと揺れるしっぽが倫太郎に手を振っているかのようだった。
夕食時にも、母親は特に何も聞かず、ただスッキリとした髪型を「ええやん。」と言っただけだった。そして、「この子も、カットしないとねぇ。」と言いながら、不思議な植物の棚に一緒に置いてあった豆苗を、台所の流しの所まで持ってきて、ザルの上でばしりばしりと切った。
父親の晩酌のつまみにでもするのだろう。
緊張していたのだろうか。目覚ましが鳴る前に目覚めた朝は、思っていたよりも悪い気分では無く、伸ばした体はやはり重いが、それでも最近の中ではかなり清々しい。
昼近くまで寝ていたせいで、夜はなかなか寝付けないだろうと覚悟はしていたのだが、クロの寝息を聞いている内に、気が付けば寝てしまっていた。
起きてすぐに目に入ってきたのは、相変わらずPCの明かりを浴びて、銀色の髪を光らせながら、画面の向こうに不思議な何かをひたすら作っているギンだ。
モーター音がする。一晩中やっていたのだろうか。
「眠らなくて良いの?」と、倫太郎が気になって聞いてみれば、「眠るのが当たり前だと思うなよ。」と、笑われた。
「無気物だって、全く寝ないだろう?」とギンが言うので、そう言ったものにも再起動やメンテナンスなんてものが必要なんだと言えば、彼は一度目を見開いて、興味深そうにPCを触った。
カーテンから差し込む光が、今日の天気を教えてくれている。もう、天気を言い訳にする必要も無い。
久しぶりに腕を通した制服は、妙に固い気がした。せっかく買った夏服が、今どこに仕舞われているかわからないが、全く着ていないことに気が付いて、少し申し訳ない気持ちにはなった。しかし、今はそれどころではない。ぐっと背筋を伸ばして鏡を見れば、少し引き攣る背中が普段の猫背を物語っている。
テーブルに置かれた弁当を鞄に突っ込んで、「行ってきます。」と言った言葉が妙に緊張している。
しかし母親は、「行ってらっしゃい。」とだけ言って、特に見送りなども無く、それが倫太郎にとってはとても有り難かった。
一時は意気揚々と歩いていたはずの道を、入学式の時よりも緊張した面持ちで歩く。学校までは徒歩だ。10分程はかかる距離だが、校内にある自転車置き場はいつも満杯で、そこに入れるにも出すのにも、時間と手間と両方かかる。自転車を出している内に、歩けば着いてしまうような距離に家があると思えば、徒歩通学になるのも必然だった。
中学時代に倫太郎が使っていたロードバイクは、今は父親が乗っているらしい。
玄関を出て、歩き出す。クロは相変わらず倫太郎の肩の上に、足を投げ出して座っている。ギンは、頭の後ろで手を組んで、意気揚々と先頭を切って歩いている。
駅の方へと向かう自転車が、たまに横を走り抜けていく。今日が、晴れで良かった。それでも、朝の空気はもう随分と冷たい。倫太郎はポケットに手を突っ込んだ。
忘れ物があっても、不登校だったのだ、許されるに違いないと自分に言い聞かせる。一歩歩く度に、学校でこれから起こる何かを予想しては、論破し、自らを鼓舞する。そうしていないと、今にもその場に立ち竦んでしまいそうだった。
そんな倫太郎の心もわかっているであろうギンが、道を知っているのかも怪しいのに先頭を切っているのは、綺麗に舗装されたアスファルトの道にも関わらず今にも足が取られて動けなくなりそうな倫太郎のために、道を歩きやすくしてくれているかのようだった。
ギンが下りて来てから、まだ三日目だ。それにも関わらず、自分の中の何かがガラガラと一度崩れ去り、何も残っていないかと思われたそこに何かがあるような、そんな感覚でいる。
倫太郎は、今ならわかる。自分は、学校に勝手に期待して、勝手に絶望して、勝手にあきらめたのだ。
校門に立つ教師に挨拶をしながら、校内へと足を踏み入れる。校舎が一段と大きく見える。手に汗を握る。
「ここは、また一段と無気質だらけだな!」
「あっちの方で美味そうな匂いがする。」
「ああ、いるな。でも、もう消えてしまいそうだ。」
肩から飛び降りたクロが、その尻尾を立ち上がらせながらギンの横まで走っていくと、二人は一気にスピードを上げ、登校してくる生徒たちの波に突っ込んでいった。相変わらず、倫太郎は置いてきぼりらしい。
それでも、今回は目的が分かっているし、まずは自分にもやることがあるからと、倫太郎は握りしめ過ぎて爪が刺さっていたらしい掌を一度擦り合わせると、昇降口へと足を向けた。
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