転生賢者は魔法を忘れない

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第1章

微笑む観察者

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特別合同演習の翌日、アイリスは静かな中庭のベンチに座っていた。
日差しは柔らかく、風には精霊の気配がまじっている。

シリウス「珍しいな。ひとりでこんなとこにいるなんて」

声をかけてきたのは、銀髪の三年生――シリウス=ヴェイル。
上級生の中でも別格の魔力を持ち、学園でも“天才”と呼ばれる人物。

彼はアイリスの隣に勝手に腰を下ろすと、にこにこしながら言った。

シリウス「昨日の演習、見てたよ。すごかったね。
特にあの“光刃”の制御と、魔力の分散術式。普通じゃあんな精度出せないよ」

アイリス「ありがとうございます。でも、あれは……偶然、うまくいっただけで」

シリウス「へえ。偶然ねぇ。じゃあ、あの“光の撹乱結界”も偶然かな? ……あれ、記録に残ってない術式だよ。魔導書にも載ってない。
使えるのは、少なくとも数百年前の術式構築理論を理解してる人間だけだ」

(――やっぱり、気づかれてる)

アイリスは顔に出さず、静かに言った。

アイリス「シリウス先輩って、いろんなことに詳しいんですね」

シリウス「まあね。“監視対象”の調査も仕事のうちだから」

彼の目が、一瞬だけ鋭くなった。

シリウス「……僕は『観察が得意』なんだ」

風が吹き抜け、アイリスの髪が揺れる。

シリウス「君、たぶん“忘れてる”ふりしてるだけだよね。――“自分が何者か”ってこと」

アイリスは何も言わなかった。ただ、じっと彼を見返した。

その沈黙に、シリウスは苦笑する。

シリウス「……まあ、別にいいよ。今のところ、君は敵じゃない。
でも覚えておいて。学園の“封印”は、そう簡単に触れていいものじゃないから」

彼は立ち上がり、歩き出す。
その背中に、アイリスはひとことだけ問いかけた。

アイリス「……あなたは何のために、そんなに探ってくるの?」

シリウスは、振り向かずに答えた。

シリウス「“過去を知る者”が現れたら、学園が動く。
そして――“過去を知る者”は、たいてい災いを連れてくるんだよ」

そう言って、彼の姿は陽光の中に消えた。


夜・アイリスの部屋

窓際に座りながら、アイリスは独り言のように呟く。

(……シリウス=ヴェイル。やっぱり、ただの天才じゃない……)

魔法の才能だけじゃなく、知識と警戒心…
彼が敵になるなら、油断はできない。

けれど。

(……それでも、私はもう逃げない)

指に光る魔導指輪が、微かに共鳴した。


その夜――

眠りについたアイリスの意識は、深い闇の中に吸い込まれていった。
そして次の瞬間、彼女は見知らぬ白い空間に立っていた。

そこは何もない、ただの光に満ちた空間。
しかし、その中に“ひとつの影”が現れる。

「……目覚めたか、“白銀の賢者”。」

その声は、懐かしく、そして深い。
目の前に立っていたのは、一人の青年。
黒髪に深紅のローブ、鋭い瞳に揺れる静かな炎。

かつて――アイリスが前世だったころに共に戦った**“紅蓮の賢者・カイ”**。

アイリス「……カイ……?」

声に出した瞬間、記憶の蓋が少しずつ軋んで開き始める。
封印されていた“かつての仲間”の姿と、あの日々の断片がよみがえる。

カイ「お前が目覚めたと聞いて“鍵”を送りに来た。
このままじゃ、また同じことを繰り返す。お前は、“あの封印”を開けねばならない」

アイリス「……あの封印?」

カイ「《第七の書庫》――かつて我々賢者が、自らの魔法と記憶を封じた場所。
そこにある“真理の断章”が、今の時代に必要になる」

アイリス「でも……まだ私には、全部思い出せてない……」

カイ「思い出す必要ない。……お前は……忘れない者”だからな。魔法も、心も、仲間も。
――だから、これを預けよう」

カイの右手に、光の鍵が現れる。

それは、魔導の紋様と古代文字で構成された**“精神結晶の鍵”**。
心に共鳴することでしか、扉を開けることのできない特別な封印解除道具だった。

カイ「この鍵を使えば、封印の書庫の最奥《第七層》に触れることができる。
ただし――そこに踏み込めば、もう後戻りはできない。
“賢者の宿命”に、再び立ち向かうことになる」

アイリス「……うん。もう、逃げないよ」

しっかりと鍵を受け取り、手に握った瞬間――

辺りの光が砕け、夢は静かに終わった。



翌朝・目覚めの中で

アイリスはベッドで目を覚まし、胸元に重さを感じて手を伸ばす。

そこには――夢で渡された**“精神結晶の鍵”**が、現実のものとして存在していた。

アイリス「……夢じゃなかった」

アイリスの目は真っ直ぐに前を見据える。

(今こそ、思い出すときだ。私が……“何を守れなかったのか”を)

そしてその日の午後、学園長から一通の手紙が届く。

───

《封印書庫:特別許可通知》

アイリス・グラン殿

あなたに、特別に《封印書庫》への入室許可を与える。
入室は深夜零時、学園地下第三区画にて。

ゼレフ・バルネア(学園長)

───


(さすが……お見通しってわけね)
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