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第一部 幸せな日々、そして旅立ち
第四章 第七話
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上に覆いかぶさったジェドの筋肉質な身体が強張るのを感じた。彼に抱きかかえられたまま、顔を動かし上を見る。
そこに黒い巨体を認め、血に濡れたような真っ赤な瞳を間近に見た。
ここで死ぬのか、そう思った。同時にまだ死にたくないとも。
だが、この状況はどう考えても絶望的だ。奇跡でも起きない限り助かりようが無い。
どう考えても、どう足掻いても―ここで死ぬ以外の未来など無い。
諦めと共にそう思った時。
奇跡は現れた。美しくも勇敢な、人の子の形をした奇跡が。
「そのまま動くな」
奇跡はそう言った。まだ幼い子供の声で。
ついで何かと何かがぶつかる様な衝撃音。
吹き飛ばされるように遥か彼方へ飛ばされた獣を呆然と見送る。
それは、セイラを抱えたままのジェドも同様のようだ。驚きすぎてまるで体が動かなかった。
「大丈夫?怪我は無い?」
そんな二人に心配そうに問いかける声。
気がつけば、まだ十歳そこそこの子供がこちらを覗き込んでいた。
綺麗な子だった。
短く整えられた艶やかな黄金の髪に端正な顔立ち。
瞳は珍しい左右色違い。
こんな時でなければ、一座のメンバーにならないかと勧誘をしていたかもしれない。
それ位に類稀な美しさを持った子供だった。
「立てる?」
返事が無い二人の大人に対して、その子は再び問いかける。
気遣わしげな表情で、倒れたままの二人の身体に目を走らせ、怪我の有無を確認しているようだ。
こんな危機的な状況だというのに不謹慎にもその子供に見とれていた。何か答えなければと思うのに言葉が出てこない。
先に衝撃から立ち直ったのはジェドの方だった。
「あ、あぁ、大丈夫だ」
短く答え、先に自分が身を起こしてから次にセイラの手を引いて起こしてくれた。
小さな救い主は二人の顔を見上げ、それから獣が吹っ飛んでいった先を見た。
その視線の先にはあの禍々しいあの姿は無い。今は、まだ。
「走れる?」
再度、短い問いかけ。
それを受けたジェドが、問いかける様な視線をセイラに向けてくる。自分は大丈夫だが、セイラはどうなのかを推し量るように。
セイラは小さく頷き、返事に変えた。所々に擦り傷はあったが走れないほどではない。
「あぁ、俺も、この姉ちゃんも何とかなりそうだぜ?」
その返答に、子供は小さく頷き、
「じゃあ、急いでここを離れて。あいつはまだ生きてる。ここはオレに任せて、二人は安全な所へ」
「でも、それじゃああなたが危ないわ。あの怪物、びっくりするくらい強いのよ?殺されちゃうわ」
そんな言葉が思わず口をついて出た。
一瞬きょとんとした顔をして、それからニコリと笑う。年相応の、愛らしい笑顔で。
「ありがとう。心配してくれて。でも、オレは大丈夫」
「大丈夫って……」
そう言われても、心配なものは心配だ。
目の前にいるのは筋骨隆々としたいかにも強そうな男ではない。
やっとセイラの胸の辺りに頭が届くかどうかという、まだ幼いと言っても過言ではない子供なのだ。
手足も細く頼りなく、あの獣の爪に一薙ぎされればあっけなく死んでしまうに違いないと、常識的な人間なら十人が十人、そう答えるだろう。
「逃げるなら、あなたも一緒に逃げましょう?」
セイラの言葉に、首を振り、
「だめ。まだ終わってないんだ。
オレまで逃げたらあいつは絶対にオレ達を追いかけてくる。
あの馬車の所にはまだ他に隠れている人がいるんでしょ?
そんな所にあいつを連れて行けない。流石に大人数を守って戦えるほど余裕はないから」
幼い顔を精悍に引き締めて、きっぱりと答えた。
そして、これ以上セイラに言っても納得してもらえないと割り切ったのか、彼女を抱きかかえる青年を見上げ、
「お兄さん、そろそろあいつが起きる。お姉さんを抱えて連れてっちゃって。細いわりに結構力はありそうだし、何とかなるでしょ?」
「いや、まぁ……できねぇことはねぇがよ。後でこの姉ちゃんに文句言われるのは俺だぜ?」
「ここで死ぬ思いをするのと後で文句を言われるのと、どっちのほうがましだと思う?」
「そりゃあ……」
セイラに睨みつけられ、わずかな抵抗はしてみたものの、最後には小さな子供に言い負かされる形で口を噤んだ。
そのまま黙って細いのに出るところはしっかり出てる、抱き心地のいい身体を抱えあげた。
「ちょっと、ジェド!降ろしてよ!!」
小さな平手で顔や頭をペチペチ叩かれるが、黙って耐えた。
「お姉さんはスタイルが良いから役得でしょ?」
にっこりと悪気の無い笑顔に、苦虫を噛み潰したような顔で答える。
「さ、もう行って。なるべく早く、出来るだけ遠くへ」
その言葉に頷き、身を翻した。
耳元でセイラが騒いでいるが、聞こえない振りをしてとにかく走る。
あの子供がどうなるのか気になったし、見捨てたようで後ろめたかったが、それでも足を止めずに出来るだけの速さでただ走った。
自分があそこに居ても役に立たないどころか足手まといになる事だけははっきり分かっていたから。
今出来る事は、逃げる事だけ。
あの子供に余計な負担を強いないように、なるべく遠くまで。
唇を、かみ締める。
何も出来ない自分が、ただ不甲斐なかった。
そこに黒い巨体を認め、血に濡れたような真っ赤な瞳を間近に見た。
ここで死ぬのか、そう思った。同時にまだ死にたくないとも。
だが、この状況はどう考えても絶望的だ。奇跡でも起きない限り助かりようが無い。
どう考えても、どう足掻いても―ここで死ぬ以外の未来など無い。
諦めと共にそう思った時。
奇跡は現れた。美しくも勇敢な、人の子の形をした奇跡が。
「そのまま動くな」
奇跡はそう言った。まだ幼い子供の声で。
ついで何かと何かがぶつかる様な衝撃音。
吹き飛ばされるように遥か彼方へ飛ばされた獣を呆然と見送る。
それは、セイラを抱えたままのジェドも同様のようだ。驚きすぎてまるで体が動かなかった。
「大丈夫?怪我は無い?」
そんな二人に心配そうに問いかける声。
気がつけば、まだ十歳そこそこの子供がこちらを覗き込んでいた。
綺麗な子だった。
短く整えられた艶やかな黄金の髪に端正な顔立ち。
瞳は珍しい左右色違い。
こんな時でなければ、一座のメンバーにならないかと勧誘をしていたかもしれない。
それ位に類稀な美しさを持った子供だった。
「立てる?」
返事が無い二人の大人に対して、その子は再び問いかける。
気遣わしげな表情で、倒れたままの二人の身体に目を走らせ、怪我の有無を確認しているようだ。
こんな危機的な状況だというのに不謹慎にもその子供に見とれていた。何か答えなければと思うのに言葉が出てこない。
先に衝撃から立ち直ったのはジェドの方だった。
「あ、あぁ、大丈夫だ」
短く答え、先に自分が身を起こしてから次にセイラの手を引いて起こしてくれた。
小さな救い主は二人の顔を見上げ、それから獣が吹っ飛んでいった先を見た。
その視線の先にはあの禍々しいあの姿は無い。今は、まだ。
「走れる?」
再度、短い問いかけ。
それを受けたジェドが、問いかける様な視線をセイラに向けてくる。自分は大丈夫だが、セイラはどうなのかを推し量るように。
セイラは小さく頷き、返事に変えた。所々に擦り傷はあったが走れないほどではない。
「あぁ、俺も、この姉ちゃんも何とかなりそうだぜ?」
その返答に、子供は小さく頷き、
「じゃあ、急いでここを離れて。あいつはまだ生きてる。ここはオレに任せて、二人は安全な所へ」
「でも、それじゃああなたが危ないわ。あの怪物、びっくりするくらい強いのよ?殺されちゃうわ」
そんな言葉が思わず口をついて出た。
一瞬きょとんとした顔をして、それからニコリと笑う。年相応の、愛らしい笑顔で。
「ありがとう。心配してくれて。でも、オレは大丈夫」
「大丈夫って……」
そう言われても、心配なものは心配だ。
目の前にいるのは筋骨隆々としたいかにも強そうな男ではない。
やっとセイラの胸の辺りに頭が届くかどうかという、まだ幼いと言っても過言ではない子供なのだ。
手足も細く頼りなく、あの獣の爪に一薙ぎされればあっけなく死んでしまうに違いないと、常識的な人間なら十人が十人、そう答えるだろう。
「逃げるなら、あなたも一緒に逃げましょう?」
セイラの言葉に、首を振り、
「だめ。まだ終わってないんだ。
オレまで逃げたらあいつは絶対にオレ達を追いかけてくる。
あの馬車の所にはまだ他に隠れている人がいるんでしょ?
そんな所にあいつを連れて行けない。流石に大人数を守って戦えるほど余裕はないから」
幼い顔を精悍に引き締めて、きっぱりと答えた。
そして、これ以上セイラに言っても納得してもらえないと割り切ったのか、彼女を抱きかかえる青年を見上げ、
「お兄さん、そろそろあいつが起きる。お姉さんを抱えて連れてっちゃって。細いわりに結構力はありそうだし、何とかなるでしょ?」
「いや、まぁ……できねぇことはねぇがよ。後でこの姉ちゃんに文句言われるのは俺だぜ?」
「ここで死ぬ思いをするのと後で文句を言われるのと、どっちのほうがましだと思う?」
「そりゃあ……」
セイラに睨みつけられ、わずかな抵抗はしてみたものの、最後には小さな子供に言い負かされる形で口を噤んだ。
そのまま黙って細いのに出るところはしっかり出てる、抱き心地のいい身体を抱えあげた。
「ちょっと、ジェド!降ろしてよ!!」
小さな平手で顔や頭をペチペチ叩かれるが、黙って耐えた。
「お姉さんはスタイルが良いから役得でしょ?」
にっこりと悪気の無い笑顔に、苦虫を噛み潰したような顔で答える。
「さ、もう行って。なるべく早く、出来るだけ遠くへ」
その言葉に頷き、身を翻した。
耳元でセイラが騒いでいるが、聞こえない振りをしてとにかく走る。
あの子供がどうなるのか気になったし、見捨てたようで後ろめたかったが、それでも足を止めずに出来るだけの速さでただ走った。
自分があそこに居ても役に立たないどころか足手まといになる事だけははっきり分かっていたから。
今出来る事は、逃げる事だけ。
あの子供に余計な負担を強いないように、なるべく遠くまで。
唇を、かみ締める。
何も出来ない自分が、ただ不甲斐なかった。
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