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第二部 旅のはじまり~水魔の村編~
水魔の村編 第十九話
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森の奥の奥、ひっそりと静まりかえった清浄な空気の中に、その泉はあった。
魔素の霧に犯されない清らかな空気に包まれた空間に、雷砂は軽く目を見張る。
それは、イルサーダの結界に守られた感じとよく似ていた。
周りを見回せば、魔素の霧を避けこの泉の周りに避難してきているのか、動物達の姿がちらほら見えた。
草食動物も肉食動物も、互いに争うことなく身体を休めている。
それはなんとも不思議な光景だった。
「肉食の連中もいるのに、穏やかなんだな」
「この泉は中立地帯です。殺意や殺気を纏う者は、ここにはたどり着けないようになっているんですよ。動物達は、それをよく知ってます」
思わずこぼれた雷砂の呟きに、涼やかな少年の声が答えた。
振り向くと、雷砂から数メートル離れた泉のほとりに、まるで水の宝石の様に美しい、1人の異形が立っていた。
髪も瞳も、人のものとは思えない色を持ち、その肌を覆うのは水をそのまま宝石に変えたような輝く鱗。
その姿を見て人と断じる事は出来なかったが、雷砂は彼を恐ろしいとは思わなかった。
かすかな憂いをにじませた瞳には、しっかりとした理性の色があり、雷砂の背中から降りて、その腕にしがみついているロウの様子にも変化はない。
彼は異形ではあるが、化け物ではなく、知性と理性を持った存在であると認め、雷砂は屈託無く笑いかけた。
「面と向かって会うのは初めましてだな。オレは雷砂。仲間と一緒に、あんたの家を使わせてもらってるんだ」
彼があの家の持ち主という事は、彼と向かい合った瞬間には気がついていた。
彼の匂いは、あの家に残った匂いと同じだったから。
「・・・・・・僕に、剣を向けないんですか?人とは違う、こんな姿をしているのに」
水色の瞳で雷砂をじっと見つめながら、探るように問いかけてくる少年に、雷砂は軽く首を振って柔らかく目を細める。
「姿は違って見えても、お前の心は人と同じだ。それに、オレは悪い事をしてない奴を問答無用で殺して回る様な人間じゃないぞ?信じろ・・・・・・とまでは言わないが、安心して大丈夫だ。オレは、お前達の敵じゃない」
「・・・・・・女の子を裸で連れ回るような変態だけどね」
「イーリア・・・・・・人聞きの悪いことを言うなよ。オレは変態じゃないってば。ロウはー」
「その子は、人間じゃないんですね?」
雷砂の言葉を引き継ぐように、少年が言葉を継いだ。
雷砂は目を軽く見開いて、異形の少年を見つめた。
「え?この子、人間じゃないの?」
「ああ。見た目だけで判断すれば、亜人・・・・・・半獣人かとも思ったけど、気配が違うんだ。その子の気配は人のものじゃない。むしろ、精霊に近いような気がするんだけど」
イーリアの問いに答えながら、少年は首を傾げた。
視線を受けたロウは、雷砂の後ろに隠れようとするが、彼女の方が背が高いため上手くいかない。
結果、後ろから雷砂にむぎゅーっと抱きついたまま、少年の目線を受ける形に落ち着いた。
もじもじと落ち着かない様子のロウの細い腕をぽんぽんと軽く叩いて大丈夫だよと伝えながら、雷砂はどう説明しようかとしばし黙考する。
そして、別に隠すことでもないだろうと、
「そうだな、ロウは精霊に近いのかもな。この姿以外にもなれるし。いつもそばにいてオレを守ってくれてるんだ」
そう打ち明け、ロウに目配せをした。
普段の狼の姿になってみてくれないか、と。
だが、今日一日でロウは人の形態がずいぶんお気に入りになってしまったようだ。
狼の姿に戻るのを、少し嫌がるような素振りをし、このままがいいと目で訴えてくる。
その様子は可愛らしかったが、今はどうしてもロウが違う形態をとれると2人に示しておきたかった。
ロウはちょっとの間渋っていたものの、どうしても主が頷かない事を理解すると、最後には雷砂の言葉に従った。
雷砂から離れ、ちらりと恨めしそうに主を見た後、すっと目を閉じる。
すると、少女の輪郭が薄れ、銀色の光が人の形から獣の形へと変化していく。
光が収まった後、そこにいたのは雷砂の忠実な相棒の見慣れた姿だった。
巨狼の姿になったロウは、そっと雷砂に寄り添い、その頬を舐めた後、残りの2人を怖がらせないように地面へ大人しく伏せた。
雷砂はその頭を撫でてやりながら、
「いつもはこっちの姿なんだ。女の子の姿になるのは今日が初めてで、オレも驚いた。矢傷から毒を吸い出すのに、あっちの姿の方が都合が良かったみたいでさ」
「矢傷・・・・・・毒・・・・・・?イーリア、やっぱり・・・・・・」
雷砂の言葉から色々察したように、少年はイーリアを見つめた。
イーリアは少しバツが悪そうな顔をした後、素直に頷いて、
「うん。殺そうとしたの、雷砂の事。でも、失敗した」
唇をかみしめる少女をしばし見つめ、それから少年は雷砂に向き直り頭を下げた。
「ひどいことをしてごめんなさい。イーリアは僕の為に手を汚そうとしたんだ。怒るなら、僕を怒って下さい」
「ちょっ、アスラン!?ち、違うのよ、雷砂。雷砂を殺そうって言ったのは私で、アスランはちゃんとやめるように言ったの!だから、悪いのは私だから、アスランを怒らないで!!」
「違うよ、イーリア。君は僕の為に動いたんだから、やっぱり僕の責任だよ」
「違うわよ!アスランのいう事を聞かなかった私が悪いんだってば」
2人は互いをかばって言い合う。
そんな2人の様子を、雷砂は微笑ましそうにしばらく眺め、それから2人に声をかけた。
「まあ、2人の言い分は分かった。でも、当事者で被害者のオレが怒ってないんだから、もう気にしなくていいよ」
「でも・・・・・・」
「えーと、オレもアスランって呼んでもいい?オレのことも呼び捨てでいいからさ」
「あ、も、もちろん!!」
「じゃあ、アスランって呼ぶな?もし、アスランがどうしても気になるって言うなら、イーリアがオレを殺そうと考えなきゃいけなくなった事情をオレにも教えてくれないか?」
「事情を?でも、君には関係の無いことなんだ。聞いたら巻き込まれる」
「もう巻き込まれてるさ。2人も気づいているかもしれないけど、オレは魔素の霧を何とかするためにここに来た。いけ好かない村長から、この泉に住み着いた化け物を退治すれば、霧は晴れるとの情報をもらって」
「なによ、それ・・・・・・」
雷砂の言葉を聞いて、イーリアがいきり立つのが分かった。
だが、まだ話は終わってない。雷砂は目線でイーリアを制し、それに気づいたアスランがイーリアの手を取った。
怒りの表情を露わに、唇をかみしめるイーリアを見ていると、彼女が本当にアスランのことを大切に思っている事が伝わってくる。
その姿に、自分と自分を巡る人達が重なって見えて、なんだか胸が暖かくなる気持ちがした。
「じゃあ、やっぱりあんたはアスランを殺しに来たの?」
「いや。オレは村長の言葉を信じた訳じゃない。だけど、霧の原因が何か分からない以上、やっぱり一番怪しそうな場所をまずは見てみるべきかなと」
「一番怪しい場所って・・・・・・」
「ここ」
「やっぱりそうなるわよね・・・・・・」
「まあ、普通に考えたらそうだよね」
イーリアが肩を落とし、アスランが苦笑する。
「だけど、霧の原因はここじゃないと思う。少なくとも、アスランを殺してどうこうなるもんじゃない、とオレは思う。けど、どうも村長はアスランを殺したくて仕方がないように、オレには見えるんだけど、オレの考えは間違ってるかな?」
小首を傾げてイーリアを、そしてアスランを見た。
2人は顔を見合わせて、それから再び雷砂を見つめた。真剣な、眼差しで。
「イーリア。僕は雷砂を信じるよ」
「うん。私も、信じていいような気がする」
そう言って2人は頷きあい、そしてどちらからともなく話し始めた。
この泉と、水魔と、そして水魔に守られた村の物語を。
魔素の霧に犯されない清らかな空気に包まれた空間に、雷砂は軽く目を見張る。
それは、イルサーダの結界に守られた感じとよく似ていた。
周りを見回せば、魔素の霧を避けこの泉の周りに避難してきているのか、動物達の姿がちらほら見えた。
草食動物も肉食動物も、互いに争うことなく身体を休めている。
それはなんとも不思議な光景だった。
「肉食の連中もいるのに、穏やかなんだな」
「この泉は中立地帯です。殺意や殺気を纏う者は、ここにはたどり着けないようになっているんですよ。動物達は、それをよく知ってます」
思わずこぼれた雷砂の呟きに、涼やかな少年の声が答えた。
振り向くと、雷砂から数メートル離れた泉のほとりに、まるで水の宝石の様に美しい、1人の異形が立っていた。
髪も瞳も、人のものとは思えない色を持ち、その肌を覆うのは水をそのまま宝石に変えたような輝く鱗。
その姿を見て人と断じる事は出来なかったが、雷砂は彼を恐ろしいとは思わなかった。
かすかな憂いをにじませた瞳には、しっかりとした理性の色があり、雷砂の背中から降りて、その腕にしがみついているロウの様子にも変化はない。
彼は異形ではあるが、化け物ではなく、知性と理性を持った存在であると認め、雷砂は屈託無く笑いかけた。
「面と向かって会うのは初めましてだな。オレは雷砂。仲間と一緒に、あんたの家を使わせてもらってるんだ」
彼があの家の持ち主という事は、彼と向かい合った瞬間には気がついていた。
彼の匂いは、あの家に残った匂いと同じだったから。
「・・・・・・僕に、剣を向けないんですか?人とは違う、こんな姿をしているのに」
水色の瞳で雷砂をじっと見つめながら、探るように問いかけてくる少年に、雷砂は軽く首を振って柔らかく目を細める。
「姿は違って見えても、お前の心は人と同じだ。それに、オレは悪い事をしてない奴を問答無用で殺して回る様な人間じゃないぞ?信じろ・・・・・・とまでは言わないが、安心して大丈夫だ。オレは、お前達の敵じゃない」
「・・・・・・女の子を裸で連れ回るような変態だけどね」
「イーリア・・・・・・人聞きの悪いことを言うなよ。オレは変態じゃないってば。ロウはー」
「その子は、人間じゃないんですね?」
雷砂の言葉を引き継ぐように、少年が言葉を継いだ。
雷砂は目を軽く見開いて、異形の少年を見つめた。
「え?この子、人間じゃないの?」
「ああ。見た目だけで判断すれば、亜人・・・・・・半獣人かとも思ったけど、気配が違うんだ。その子の気配は人のものじゃない。むしろ、精霊に近いような気がするんだけど」
イーリアの問いに答えながら、少年は首を傾げた。
視線を受けたロウは、雷砂の後ろに隠れようとするが、彼女の方が背が高いため上手くいかない。
結果、後ろから雷砂にむぎゅーっと抱きついたまま、少年の目線を受ける形に落ち着いた。
もじもじと落ち着かない様子のロウの細い腕をぽんぽんと軽く叩いて大丈夫だよと伝えながら、雷砂はどう説明しようかとしばし黙考する。
そして、別に隠すことでもないだろうと、
「そうだな、ロウは精霊に近いのかもな。この姿以外にもなれるし。いつもそばにいてオレを守ってくれてるんだ」
そう打ち明け、ロウに目配せをした。
普段の狼の姿になってみてくれないか、と。
だが、今日一日でロウは人の形態がずいぶんお気に入りになってしまったようだ。
狼の姿に戻るのを、少し嫌がるような素振りをし、このままがいいと目で訴えてくる。
その様子は可愛らしかったが、今はどうしてもロウが違う形態をとれると2人に示しておきたかった。
ロウはちょっとの間渋っていたものの、どうしても主が頷かない事を理解すると、最後には雷砂の言葉に従った。
雷砂から離れ、ちらりと恨めしそうに主を見た後、すっと目を閉じる。
すると、少女の輪郭が薄れ、銀色の光が人の形から獣の形へと変化していく。
光が収まった後、そこにいたのは雷砂の忠実な相棒の見慣れた姿だった。
巨狼の姿になったロウは、そっと雷砂に寄り添い、その頬を舐めた後、残りの2人を怖がらせないように地面へ大人しく伏せた。
雷砂はその頭を撫でてやりながら、
「いつもはこっちの姿なんだ。女の子の姿になるのは今日が初めてで、オレも驚いた。矢傷から毒を吸い出すのに、あっちの姿の方が都合が良かったみたいでさ」
「矢傷・・・・・・毒・・・・・・?イーリア、やっぱり・・・・・・」
雷砂の言葉から色々察したように、少年はイーリアを見つめた。
イーリアは少しバツが悪そうな顔をした後、素直に頷いて、
「うん。殺そうとしたの、雷砂の事。でも、失敗した」
唇をかみしめる少女をしばし見つめ、それから少年は雷砂に向き直り頭を下げた。
「ひどいことをしてごめんなさい。イーリアは僕の為に手を汚そうとしたんだ。怒るなら、僕を怒って下さい」
「ちょっ、アスラン!?ち、違うのよ、雷砂。雷砂を殺そうって言ったのは私で、アスランはちゃんとやめるように言ったの!だから、悪いのは私だから、アスランを怒らないで!!」
「違うよ、イーリア。君は僕の為に動いたんだから、やっぱり僕の責任だよ」
「違うわよ!アスランのいう事を聞かなかった私が悪いんだってば」
2人は互いをかばって言い合う。
そんな2人の様子を、雷砂は微笑ましそうにしばらく眺め、それから2人に声をかけた。
「まあ、2人の言い分は分かった。でも、当事者で被害者のオレが怒ってないんだから、もう気にしなくていいよ」
「でも・・・・・・」
「えーと、オレもアスランって呼んでもいい?オレのことも呼び捨てでいいからさ」
「あ、も、もちろん!!」
「じゃあ、アスランって呼ぶな?もし、アスランがどうしても気になるって言うなら、イーリアがオレを殺そうと考えなきゃいけなくなった事情をオレにも教えてくれないか?」
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「もう巻き込まれてるさ。2人も気づいているかもしれないけど、オレは魔素の霧を何とかするためにここに来た。いけ好かない村長から、この泉に住み着いた化け物を退治すれば、霧は晴れるとの情報をもらって」
「なによ、それ・・・・・・」
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だが、まだ話は終わってない。雷砂は目線でイーリアを制し、それに気づいたアスランがイーリアの手を取った。
怒りの表情を露わに、唇をかみしめるイーリアを見ていると、彼女が本当にアスランのことを大切に思っている事が伝わってくる。
その姿に、自分と自分を巡る人達が重なって見えて、なんだか胸が暖かくなる気持ちがした。
「じゃあ、やっぱりあんたはアスランを殺しに来たの?」
「いや。オレは村長の言葉を信じた訳じゃない。だけど、霧の原因が何か分からない以上、やっぱり一番怪しそうな場所をまずは見てみるべきかなと」
「一番怪しい場所って・・・・・・」
「ここ」
「やっぱりそうなるわよね・・・・・・」
「まあ、普通に考えたらそうだよね」
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「だけど、霧の原因はここじゃないと思う。少なくとも、アスランを殺してどうこうなるもんじゃない、とオレは思う。けど、どうも村長はアスランを殺したくて仕方がないように、オレには見えるんだけど、オレの考えは間違ってるかな?」
小首を傾げてイーリアを、そしてアスランを見た。
2人は顔を見合わせて、それから再び雷砂を見つめた。真剣な、眼差しで。
「イーリア。僕は雷砂を信じるよ」
「うん。私も、信じていいような気がする」
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