♀→♂への異世界転生~年上キラーの勝ち組人生、姉様はみんな僕の虜~

高嶺 蒼

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第一部 幼年期

第六十五話 シャイナとシュリ

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 今やもう嫌悪感しか感じない男の前からさっさと退出しようと勢いよく開けたドアの先に、とんでもなく可愛い生き物を見つけてシャイナは固まった。
 相手もよほど驚いたのか、愛らしい尻尾の毛を逆立ててぴーんと延ばし、こちらを見上げたまま固まっている。

 銀色の艶やかな髪の間から生えている猫耳がぴくぴく動いている様子を見ながら思う。
 シュリ様は、いつのまに猫耳と尻尾を生やされたのか、と。
 今日の昼間は無かったはずだ。
 それともなんだろうか。これは、自分の願望の見せる妄想なのか??
 そんな事を考えていると後ろから、


 「どうした?なにかいるのか?」


 そんな声と共に、近付いてこようとする男の気配。
 シャイナははっとして、とっさにシュリを己の体の陰に隠しながら振り向いた。
 あんな欲望まみれの男の目に、愛らしいシュリをさらすわけにはいかないと思った。
 そんな事をすれば、シュリが汚れてしまう、とも。
 振り向いたシャイナは、さっきまでの無愛想さを脱ぎ捨ててにっこり微笑む。


 「いえ、何でもございません、ガナッシュ様。では、しばしのお別れを。お気をつけて領地にお戻りください」

 「ん?お、おお。シャイナも勤めに励めよ」

 「はい。では、失礼いたします」


 いきなり愛想の良くなった彼女に首を傾げる男を置き去りに、彼女は勢いよく、だが静かに扉を閉めると、まだ固まったままの猫耳幼児を小脇に抱き抱えて、脱兎のごとく宿を飛び出した。
 その勢いのまま走りに走り、宿から十分に離れてから暗がりに隠れてやっと息をつく。
 そして改めて己の腕に抱いたままの存在を見つめた。

 可愛かった。それはもう破壊的なくらいに。
 シャイナは思う。
 こんな可愛くて愛おしい存在(モノ)を殺せるわけがない、と。
 しかし、己の手の中のこの存在は本物なのだろうか?自分が生み出した妄想ではないのか?そんな疑問に突き動かされ、


 「シュリ様、ですか?」


 そう問いかけた。
 その問いかけに、シュリが一瞬、赤ん坊らしからぬ諦め混じりの苦笑いを浮かべた気がした。
 が、それはすぐに塗り替えられて、シュリは無邪気な子供の表情でこっくりうなずき、


 「う!」


 と返事をした。


 「本当に本当ですか?」

 「う!!」


 信じきれず重ねた問いに、さらに力強い肯定の返事。
 しかし、シャイナの表情は晴れない。どうしても、信じ切ることが出来ない。


 「猫耳、なのに??」

 「っっ!!!!」


 シャイナの問いに、シュリがしまったぁ、と言うような顔をした。
 自分の姿が今どんな状態か、今の今まで忘れていたらしい。
 どうしようかなぁというように、ちらっちらっとシャイナの顔をしばらく見ていたが、ついには諦めたようにはぁぁ~っと大きく息を付いた。
 そして、


 『シャイナ、僕の声が聞こえる?聞こえたら返事を』


 そんな声が脳裏に響いてシャイナは目を見開いた。
 涼やかな少年の声はなんとも心地のいい響きで、シャイナの心を甘くとろけさせる。
 だが、誰の声だろうとの疑問と共に、


 『えっと、どちらさまでしょう?』


 いささか間抜けに心の中で問いを返した。
 それに答えるほっとしたような少年の声。


 『あ、ちゃんと聞こえたね。良かった。僕だよ。シュリだ』

 『シュリ様!?』


 シャイナはまじまじと腕の中のシュリを見る。
 シュリはつぶらな瞳でシャイナを見上げてにこにこ笑っていた。


 「しゃいな。これ、すきる。ぼくの」


 可愛らしい声で紡がれるたどたどしい言葉。
 それと同時に、頭の中でもう一つの声が響く。


 『これは僕の念話ってスキルなんだ。えっと、その、僕が信頼する人とだけ頭の中で話が出来るんだ』

 『シュリ様が、信頼する人と……』

 『うん』

 『じゃ、じゃあ、その……』


 シュリは自分の事を信頼していると言うのだろうか?まだ会ったばかりと言っても過言ではない自分の事を。でも、なぜ?
 そんなシャイナの心の動きを感じたのか、シュリの声が再びシャイナの脳裏に言葉を届ける。


 『シャイナはさっき、僕を守ってくれたよね?僕のことを、嫌っている人から』


 はっとしてシュリを見た。
 確かにそうだった。
 本来なら、自分はあちら側の人間であるはずなのに、気が付けば体が動いていたのだ。シュリをあの男から隠し、守る為に。
 なぜだろう。
 確かにシュリは愛らしく庇護欲をそそられる存在だが、主ともいえる相手を偽ってまで守りたいと思うほどの気持ちをいつの間に抱いていたのだろうか。
 その行動を起こさせた、自分の胸に渦巻くこの気持ちは、いったい何なのだろう。


 『僕を好きだから、守ってくれたんでしょう?』


 その声は優しくそっと、シャイナの脳裏に響いた。
 その瞬間、すとんとなにもかもが納得できた。
 そうだったのか、とごく当然の事のように。自分は、シュリの事が好きなのだ、と。

 シュリが好きだから、ガナッシュの事を以前の様に想う事が出来なくなった。
 シュリが好きだから、ガナッシュとの行為に嫌悪を覚えた。
 シュリが好きだから、ガナッシュからシュリを守りたいと思った。

 すべて当然の事だったのだ。

 いつの間にか、シャイナは己がシュリを好きになっていることに……例えようも無いほど愛していることに気が付いた。
 なぜそれほどの想いがこんな短期間で育ったのか、自分でもよくわからない。
 だが、その想いは本物だと思った。
 かつて、ガナッシュに仮初めに抱いていたものとは比べものにならない、と。

 しかし、その想いを自覚すると共に悟っていた。
 自分は汚れている。そんな自分がシュリの傍にいるわけにはいかないと。
 一筋こぼれた涙を、シュリの小さな手がそっと拭う。


 『シャイナ?』


 話してごらん?とシュリが促す。
 その言葉に、なぜか逆らうことが出来なかった。


 『私は汚れています。シュリ様の傍にふさわしい存在ではありません』

 『なんだ。そんなこと?』


 血を吐く思いで告げた言葉を、シュリが軽く一蹴する。
 可愛らしい唇がシャイナの涙の跡にちゅっと吸い付き、


 『シャイナは汚れてなんかいないよ。あんな男に、シャイナを汚すことなんてできない』


 にこっと可愛く微笑んだ。
 猫耳シュリの笑顔の威力は絶大で、シャイナの顔が一瞬で真っ赤になった。


 『でも、シャイナがどうしても気になるなら、僕がしっかり消毒してあげるよ。あんなダメ男の事なんか、きれいさっぱり忘れさせてあげる』


 再びシュリが微笑む。今度はちょっと妖しげに。
 その表情にドキリと胸を高鳴らせながら、ガナッシュの事などもうとっくに何とも思っていないと気づく。
 今のシャイナの心の中にはシュリ以外の存在が入る余地などかけらもなかった。

 さあ、まずはお風呂にいこうと促すシュリに逆らうことも出来ず、シャイナは甘い期待に胸をとろけさせる。
 そして抜け出した時のルートをたどってシュリと二人易々と屋敷に戻っていった。
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