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第三部 学校へ行こう
間話 ルゥの小さな恋の物語①
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その人との出会いは、今から三年ほど前のこと。
その頃、まだ七歳だったルーシェスは、ちっちゃくて引っ込み思案の、臆病な子供だった。
学校には通い始めていたものの休みがちで、商人である父母にも構ってもらえず、近所の同じ年回りの子供達からはいじめられて……自分を愛してくれるものなど誰もいないと思いこみ、孤独な日々を過ごしていた。
小さい頃は何も感じなかったが、小等学校に入る頃から薄々気づいていた。
自分の持つ色彩が、異様だと言うことに。
父の色とも、母の色ともまるで違う。
同じ年頃の子供を見回しても、自分と同じ色を持つものは誰もいない。
白い髪に色素の薄い肌、そして不気味にも見える赤い瞳。
誰にも誉めてもらえない己の色に、七歳のルゥは絶望にも似た思いを感じていた。
この色のせいで自分はいじめられ、父母から愛されないのだ、と。
そんな己への思いは、小等学校に入学してから更に顕著になった。
入学式の日、周囲の子供達から無遠慮に寄せられたまなざし。ひそひそと、内緒話をする声。
すでに己の見た目に劣等感しか抱いていなかったルゥにとって、その視線も声も恐ろしくて仕方がなかった。
長く伸ばしていた髪を自ら切ったのは入学式の晩のこと。
それを見た父母の驚愕した眼差しは、今でも覚えている。
学校へ行きたくなくて、行くのが怖くて、入学した最初の年は家に引きこもって過ごした。
だが、両親はそんな彼女に何を言うでもなく、気がつけばあっと言う間に一年は過ぎていて。彼女は学年をあがることができずに、学校生活二年目に突入した。
二年目になっても彼女の生活は変わらない。
そのことに、やっと危機感を覚えた両親は、ようやく重い腰を上げた。
学校へ行ってみたらどうか、と遠慮がちにすすめられる日々に嫌気がさして、ルゥは学校へ行くふりをして、家の外で過ごすことを覚えた。
だが、外は外で快適とは言い難く。
幼い頃は何も気にせず団子になって遊んだ子供達も、この頃のルゥにとっては味方ではなく、彼らはルゥを見かけると執拗にからかい、いじめた。
家の中にはいられず、かといって家の近所をうろつくこともできず、しかし、学校に行く気にはなれない。
結果、ルゥは人目を避けるように街中を転々と移動して過ごした。
そんな日々の中、ルゥはシュリと出会った。
小さな孤児院の近くの、路地の片隅で。
初めてシュリを見たとき、ルゥは天使が降りてきた、と半ば本気でそう思ったものだった。
その日、シュリがそこを通りかかったのは偶然だった。
孤児院に引き取られた知り合いを訪ねたその帰り道、護衛のカレンが迎えに来るのを待っていたら、不意に誰かが泣いている声が聞こえた。
周囲を見回すが、目に付くところに人影はなく、だが依然として泣き声は聞こえてくる。
横道に隠れているのだろうか、と声を頼りに路地をのぞいたら、案の定そこにはシュリとそう年も変わらなそうな見た目の、小さな子供が膝を抱えるように座り込んでしくしくと泣いていた。
泣いてる子を慰めるのは苦手だ。
かといって放っておく訳にもいかず、シュリはそろそろとその子に近づくと、目線をあわせるようにしゃがみ込んだ。
そして、
「どうしたの?大丈夫??」
そう声をかけてみた。
その声にびくりと震えて、顔を上げた子供の瞳は綺麗な赤。
汚れのない真っ白な髪の色と相まって、何とも言えず儚げな印象をシュリに与えた。
なんだか妙に、守ってあげたくなる子供だった。
「誰?」
怯えたように、シュリを見つめる瞳に、ちょっぴり傷つく。僕ってそんなに怖そうに見えるだろうか、と。
だが、ここでへこたれちゃだめだと自分に言い聞かせ、にっこり優しく微笑んで見せる。
大丈夫だよ~、怖くないよ~、と目の前の臆病な生き物にきちんと伝えるために。
「僕の名前はシュリって言うんだ。君の名前は?」
「……ルゥ」
「ふぅん、ルゥかぁ。可愛い名前だね!」
にこにこ笑いながら、とにかく誉める。
笑顔を向けられて、好意の言葉を向けられて気分を悪くする人など、そういないはず!そんな論理にのっとって。
だが、そんなシュリの論理をもし知ったら、ジュディス辺りは微妙な顔をするに違いない。
間違ってはいませんが、シュリ様にその論理のもとに動かれたら、周りはたまったものではありません。どれだけ信者を量産するつもりですか、と。
しかし、ジュディスはここにはいないし、今のシュリにつっこんでくれる人もいない。
シュリは、目の前のウサギさんみたいな子供をじぃっと見つめた。
小さなその子はまだちょっと怯えてる様子。
でも最初ほど、警戒はされていない、そう感じた。
臆病な赤い瞳は、慎重にシュリの様子をうかがっているようだった。
相手が自分を傷つける相手かどうかを、見定めるように。
涙に濡れた瞳も、その頬も、何とも言えずに痛々しくて、拭いてあげたいなぁと思うものの、それをして許されるほどにはまだ二人の心は近くない。
シュリはその距離を縮めるために、焦ることなく言葉を紡ぐ。
「ルゥは一人?お父さんやお母さんは??」
「……二人とも、お仕事で忙しいんだ」
「そうなんだ。ルゥのお父さんもお母さんも、お仕事頑張って偉いね」
「……うん」
一応話しかければ返事は返ってくるものの、中々会話は続かない。
次はなにを話そうかと、ルゥの事をじっと見ていると、
「……ど、どうしてそんなに見るの?」
ルゥはそういって落ち着かなそうに身じろぎをした。
「どうしてって、そうだなぁ。ルゥが綺麗だから?」
問われたシュリは、素直に答える。
実際問題、ルゥは綺麗な子供だった。
白い髪も赤い瞳も珍しいものだが、整ったルゥの顔立ちには良く似合っている。
特にふわふわした髪は触り心地が良さそうで、ついつい手が伸びそうになるのをさっきから我慢しているくらいだ。
その色合いはなんだか、前世で知り合いが飼っていた白ウサギのミミちゃんによく似ていて、なんだか親近感もあった。
むしろ親近感がありすぎて、
(あ~、ニンジン、あげたいなぁ)
とそんな失礼すぎる事を考えてしまうほどである。
「きれい……?気味悪い、じゃなくて??」
シュリの言葉に反応したルゥが、不思議そうにシュリを見る。
「気味悪い?ルゥのどこが??」
ルゥの言葉を受けて、シュリは訳が分からないといった風に大きく首を傾げた。
気味悪いなどという形容詞は思いつきもしなかった。
シュリの目に映るルゥは、儚げで美しく、そしてとても愛らしい存在でしか無かった。
「で、でも、みんな言うよ?ボクの色は気味が悪いって。幽霊みたいだって」
「え~?確かに儚そうって感じはあるけど、幽霊~~??そんなのより、ルゥはウサギさんに似てると、僕は思うけどなぁ」
「ウサギ、さん?なぁに?それ」
「あれ?ルゥはウサギ、見たこと無い?ん~と、そういえば僕もこっちでは見たこと無いなぁ。ま、それはいいや。僕の知ってるウサギさんは、白い毛皮がモフモフしてて、赤い目がすっごく可愛くて、耳がこーんなに長いちっちゃな動物なんだ」
いいながら、シュリは自分の手でウサギの耳を表現してみせる。
それを見たルゥが目を丸くした。
「そんなに耳が長いの?エルフみたいな感じ??」
「う~ん。僕も純血のエルフをまだ見たことが無いから何とも言えないけど、でも、ウサギは耳も白い毛皮でモフモフしてて可愛いんだ。あっ、あと、しっぽもまん丸でもっふもふなんだよ?可愛いと思わない??」
シュリは鼻息荒く、ウサギの愛らしさを語った。
それに気圧されたようにルゥが頷く。
「う、うん。なんとなく可愛いような気がしてきた。でも、ボクがそんな可愛い生き物に似てるなんて、変じゃない??」
「変じゃないよ!ルゥは可愛いよ!!」
うさ耳をつけて、ニンジンを食べさせてあげたいくらいに!!シュリはきっぱりと断言した。
いつの間にか、シュリの中でルゥは、寂しいと死んじゃう、守ってあげなきゃいけない子ウサギちゃん認定がされていたのだった。
そんなシュリの勢いに、ルゥは再び目を丸くし、それからこらえきれないようにくすくすと笑い出す。その笑顔がとっても可愛くて、シュリもなんだかうれしくなって一緒に笑った。
「君って、面白いね」
「シュリ、だよ。みんなそう呼ぶから、ルゥもそう呼んで?」
みんながそう呼ぶ……その言葉がなんだか引っかかった。
目の前の男の子にはきっと自分と違って友達がたくさんいるんだろう。
そんな友達の中に埋もれてしまうのは、ちょっとイヤだと思った。
彼のことを、せめて自分だけの呼び方で呼びたい、と。
「その、シュー君、って呼んだら、ダメかな?」
そんな思いのままに、おずおずとたずねる。ダメって言われることを半ば覚悟しながら。
だが、シュリは迷いもせずに頷いた。
もちろん、いいよ、と。
ぱああっとルゥの表情が輝く。
「えっと、じゃあ、シュー君?」
「なぁに?ルゥ」
「えへへ。なんでもない。呼んでみただけ」
自分だけに許された呼び名で彼を呼び、それに彼が答えてくれることがただうれしくて、ルゥは笑み崩れる。
そして、少し開いていた彼との距離を詰め、いそいそと彼に寄り添うように座り直した。
そんなルゥを、シュリはびっくりしたように見て、だがすぐに柔らかく微笑むと、さわりたくて仕方の無かった頭をそっと撫でてみた。
嫌がらないかな~、とちょっぴり恐る恐る。
だが、ルゥはイヤなそぶりを見せることなく、くすぐったそうに微笑んでシュリを見上げてくる。
さっきまでのおびえっぷりはなんだったんだと言いたいくらいの懐きようだった。
ルゥの隣に座ったまま、シュリはそっとたずねる。
何でルゥは泣いてたの?と。
ルゥはほんの少し、困ったようにうつむき、それからぽつぽつと話してくれた。
人と違った見た目のせいで、近所の子にいじめられていること、お父さんとお母さんに嫌われていること……
しょんぼりと話すルゥの頭を優しく撫でてあげながらシュリはうーんと考える。
(近所の子はあれじゃないかなぁ?ルゥが可愛くてついついいじめちゃう、みたいな?ボクっていってるし、たぶん男の子なんだろうけど、なんていうか、性別越えて可愛らしいもんねぇ)
自分の事を棚に上げてそんなことを思う。
その近所の子供達を捕まえてちょっとお話ししてみようか、などと考えながら。
(お父さんとお母さんの方は、う~ん。話を聞いてみるまでは何とも言えないけど……ちょっとジュディスに調査をお願いしてみようかな)
そんなことを考えつつ、ルゥの頭を堪能した。
ルゥの髪はふわふわで、それはもう触り心地が最高だったとだけ、いっておく。
そんなことをしていたらあっと言う間に時間は過ぎて、シュリを迎えにきたカレンの声が遠くから聞こえてきた。
もう、タイムリミットかぁと思いつつ、シュリはルゥに別れを告げる。
「お迎えがきたみたいだ。僕、もう帰らなきゃ」
「え……」
立ち上がりそういうと、ルゥがすがるようにシュリを見上げてきた。
寂しがりのウサギさんを置いて帰るのは後ろ髪を引かれる思いだったが、ルゥはウサギではなくよその家の子だ。
勝手に連れて帰るわけにもいかない。
「ルゥ、ニンジン食べる?」
「え?ニンジン??」
しょんぼりしたルゥがあんまりに可哀想で、つい混乱してしまった。
ちがうちがう、ルゥはウサギさんじゃなくて人間だ。
勝手に拾って帰っちゃいけないのだ。餌付けももちろん、やっちゃダメなのだ。
前世で、知り合いの飼っていたミミちゃんが、両手でニンジンスティックを器用に持ってポリポリやるところを見ていたときの至福を思い出し、目の前の可愛いウサギさん……いやいや、ルゥに手が伸びそうになるのを鉄の意志で我慢し、シュリはごまかし笑いを浮かべた。
「ごめん。ニンジンのことは忘れて……えっと、ルゥのお家はどこ?よかったら送るよ?」
一応提案してみるが、ルゥは首を横に振る。
どうやらまだ帰りたくないようだ。
だが、このまま一人で放置するのも心配なので、こっそりシャイナに念話をとばす。
ルゥが家に帰るまで見守ってほしいとお願いすると、二つ返事で了承の答えが返ってきた。
これなら安心だと、ほっと胸をなで下ろし、シュリは最後にもう一度、ルゥの頭を優しく撫でた。
「大丈夫だよ、ルゥ。ルゥは可愛いんだから、もっと自信をもって?みんな、きっとルゥの事が大好きだから」
「……シュー君も?」
「うん。僕も、ルゥが大好き。ルゥは僕のウサギさんだもん」
「ルゥは、シュー君のウサギさん……」
「すっごく可愛いなって思ってるって事だよ」
ルゥに自信をつけてもらいたくて、ちょっと大げさかもと思いつつも、誉めて誉めて誉めまくった。
最後にはついに、ルゥもほっぺたを赤くして可愛らしく微笑んでくれた。
それをしっかりと見届けてから、
「じゃあね、ルゥ」
シュリはそういってルゥに背を向けて駆けだす。
すがるようなルゥの声が追いかけてきたが、それに応えて止まっていたら、いつまでたっても帰れない気がしたので、心を鬼にして聞こえないふりをした。
路地から飛び出したシュリを見つけたカレンが、ほっとしたように駆け寄ってきて抱き上げてくれる。
その腕の中で、シュリは己のしたことを反芻し、思った。
色々とやらかした感はあるけれど、相手はたぶん年下の男の子だから、きっとセーフなはずだ、と。
まさか、相手が年上の女の子などとは夢にも思わずに。
その頃、まだ七歳だったルーシェスは、ちっちゃくて引っ込み思案の、臆病な子供だった。
学校には通い始めていたものの休みがちで、商人である父母にも構ってもらえず、近所の同じ年回りの子供達からはいじめられて……自分を愛してくれるものなど誰もいないと思いこみ、孤独な日々を過ごしていた。
小さい頃は何も感じなかったが、小等学校に入る頃から薄々気づいていた。
自分の持つ色彩が、異様だと言うことに。
父の色とも、母の色ともまるで違う。
同じ年頃の子供を見回しても、自分と同じ色を持つものは誰もいない。
白い髪に色素の薄い肌、そして不気味にも見える赤い瞳。
誰にも誉めてもらえない己の色に、七歳のルゥは絶望にも似た思いを感じていた。
この色のせいで自分はいじめられ、父母から愛されないのだ、と。
そんな己への思いは、小等学校に入学してから更に顕著になった。
入学式の日、周囲の子供達から無遠慮に寄せられたまなざし。ひそひそと、内緒話をする声。
すでに己の見た目に劣等感しか抱いていなかったルゥにとって、その視線も声も恐ろしくて仕方がなかった。
長く伸ばしていた髪を自ら切ったのは入学式の晩のこと。
それを見た父母の驚愕した眼差しは、今でも覚えている。
学校へ行きたくなくて、行くのが怖くて、入学した最初の年は家に引きこもって過ごした。
だが、両親はそんな彼女に何を言うでもなく、気がつけばあっと言う間に一年は過ぎていて。彼女は学年をあがることができずに、学校生活二年目に突入した。
二年目になっても彼女の生活は変わらない。
そのことに、やっと危機感を覚えた両親は、ようやく重い腰を上げた。
学校へ行ってみたらどうか、と遠慮がちにすすめられる日々に嫌気がさして、ルゥは学校へ行くふりをして、家の外で過ごすことを覚えた。
だが、外は外で快適とは言い難く。
幼い頃は何も気にせず団子になって遊んだ子供達も、この頃のルゥにとっては味方ではなく、彼らはルゥを見かけると執拗にからかい、いじめた。
家の中にはいられず、かといって家の近所をうろつくこともできず、しかし、学校に行く気にはなれない。
結果、ルゥは人目を避けるように街中を転々と移動して過ごした。
そんな日々の中、ルゥはシュリと出会った。
小さな孤児院の近くの、路地の片隅で。
初めてシュリを見たとき、ルゥは天使が降りてきた、と半ば本気でそう思ったものだった。
その日、シュリがそこを通りかかったのは偶然だった。
孤児院に引き取られた知り合いを訪ねたその帰り道、護衛のカレンが迎えに来るのを待っていたら、不意に誰かが泣いている声が聞こえた。
周囲を見回すが、目に付くところに人影はなく、だが依然として泣き声は聞こえてくる。
横道に隠れているのだろうか、と声を頼りに路地をのぞいたら、案の定そこにはシュリとそう年も変わらなそうな見た目の、小さな子供が膝を抱えるように座り込んでしくしくと泣いていた。
泣いてる子を慰めるのは苦手だ。
かといって放っておく訳にもいかず、シュリはそろそろとその子に近づくと、目線をあわせるようにしゃがみ込んだ。
そして、
「どうしたの?大丈夫??」
そう声をかけてみた。
その声にびくりと震えて、顔を上げた子供の瞳は綺麗な赤。
汚れのない真っ白な髪の色と相まって、何とも言えず儚げな印象をシュリに与えた。
なんだか妙に、守ってあげたくなる子供だった。
「誰?」
怯えたように、シュリを見つめる瞳に、ちょっぴり傷つく。僕ってそんなに怖そうに見えるだろうか、と。
だが、ここでへこたれちゃだめだと自分に言い聞かせ、にっこり優しく微笑んで見せる。
大丈夫だよ~、怖くないよ~、と目の前の臆病な生き物にきちんと伝えるために。
「僕の名前はシュリって言うんだ。君の名前は?」
「……ルゥ」
「ふぅん、ルゥかぁ。可愛い名前だね!」
にこにこ笑いながら、とにかく誉める。
笑顔を向けられて、好意の言葉を向けられて気分を悪くする人など、そういないはず!そんな論理にのっとって。
だが、そんなシュリの論理をもし知ったら、ジュディス辺りは微妙な顔をするに違いない。
間違ってはいませんが、シュリ様にその論理のもとに動かれたら、周りはたまったものではありません。どれだけ信者を量産するつもりですか、と。
しかし、ジュディスはここにはいないし、今のシュリにつっこんでくれる人もいない。
シュリは、目の前のウサギさんみたいな子供をじぃっと見つめた。
小さなその子はまだちょっと怯えてる様子。
でも最初ほど、警戒はされていない、そう感じた。
臆病な赤い瞳は、慎重にシュリの様子をうかがっているようだった。
相手が自分を傷つける相手かどうかを、見定めるように。
涙に濡れた瞳も、その頬も、何とも言えずに痛々しくて、拭いてあげたいなぁと思うものの、それをして許されるほどにはまだ二人の心は近くない。
シュリはその距離を縮めるために、焦ることなく言葉を紡ぐ。
「ルゥは一人?お父さんやお母さんは??」
「……二人とも、お仕事で忙しいんだ」
「そうなんだ。ルゥのお父さんもお母さんも、お仕事頑張って偉いね」
「……うん」
一応話しかければ返事は返ってくるものの、中々会話は続かない。
次はなにを話そうかと、ルゥの事をじっと見ていると、
「……ど、どうしてそんなに見るの?」
ルゥはそういって落ち着かなそうに身じろぎをした。
「どうしてって、そうだなぁ。ルゥが綺麗だから?」
問われたシュリは、素直に答える。
実際問題、ルゥは綺麗な子供だった。
白い髪も赤い瞳も珍しいものだが、整ったルゥの顔立ちには良く似合っている。
特にふわふわした髪は触り心地が良さそうで、ついつい手が伸びそうになるのをさっきから我慢しているくらいだ。
その色合いはなんだか、前世で知り合いが飼っていた白ウサギのミミちゃんによく似ていて、なんだか親近感もあった。
むしろ親近感がありすぎて、
(あ~、ニンジン、あげたいなぁ)
とそんな失礼すぎる事を考えてしまうほどである。
「きれい……?気味悪い、じゃなくて??」
シュリの言葉に反応したルゥが、不思議そうにシュリを見る。
「気味悪い?ルゥのどこが??」
ルゥの言葉を受けて、シュリは訳が分からないといった風に大きく首を傾げた。
気味悪いなどという形容詞は思いつきもしなかった。
シュリの目に映るルゥは、儚げで美しく、そしてとても愛らしい存在でしか無かった。
「で、でも、みんな言うよ?ボクの色は気味が悪いって。幽霊みたいだって」
「え~?確かに儚そうって感じはあるけど、幽霊~~??そんなのより、ルゥはウサギさんに似てると、僕は思うけどなぁ」
「ウサギ、さん?なぁに?それ」
「あれ?ルゥはウサギ、見たこと無い?ん~と、そういえば僕もこっちでは見たこと無いなぁ。ま、それはいいや。僕の知ってるウサギさんは、白い毛皮がモフモフしてて、赤い目がすっごく可愛くて、耳がこーんなに長いちっちゃな動物なんだ」
いいながら、シュリは自分の手でウサギの耳を表現してみせる。
それを見たルゥが目を丸くした。
「そんなに耳が長いの?エルフみたいな感じ??」
「う~ん。僕も純血のエルフをまだ見たことが無いから何とも言えないけど、でも、ウサギは耳も白い毛皮でモフモフしてて可愛いんだ。あっ、あと、しっぽもまん丸でもっふもふなんだよ?可愛いと思わない??」
シュリは鼻息荒く、ウサギの愛らしさを語った。
それに気圧されたようにルゥが頷く。
「う、うん。なんとなく可愛いような気がしてきた。でも、ボクがそんな可愛い生き物に似てるなんて、変じゃない??」
「変じゃないよ!ルゥは可愛いよ!!」
うさ耳をつけて、ニンジンを食べさせてあげたいくらいに!!シュリはきっぱりと断言した。
いつの間にか、シュリの中でルゥは、寂しいと死んじゃう、守ってあげなきゃいけない子ウサギちゃん認定がされていたのだった。
そんなシュリの勢いに、ルゥは再び目を丸くし、それからこらえきれないようにくすくすと笑い出す。その笑顔がとっても可愛くて、シュリもなんだかうれしくなって一緒に笑った。
「君って、面白いね」
「シュリ、だよ。みんなそう呼ぶから、ルゥもそう呼んで?」
みんながそう呼ぶ……その言葉がなんだか引っかかった。
目の前の男の子にはきっと自分と違って友達がたくさんいるんだろう。
そんな友達の中に埋もれてしまうのは、ちょっとイヤだと思った。
彼のことを、せめて自分だけの呼び方で呼びたい、と。
「その、シュー君、って呼んだら、ダメかな?」
そんな思いのままに、おずおずとたずねる。ダメって言われることを半ば覚悟しながら。
だが、シュリは迷いもせずに頷いた。
もちろん、いいよ、と。
ぱああっとルゥの表情が輝く。
「えっと、じゃあ、シュー君?」
「なぁに?ルゥ」
「えへへ。なんでもない。呼んでみただけ」
自分だけに許された呼び名で彼を呼び、それに彼が答えてくれることがただうれしくて、ルゥは笑み崩れる。
そして、少し開いていた彼との距離を詰め、いそいそと彼に寄り添うように座り直した。
そんなルゥを、シュリはびっくりしたように見て、だがすぐに柔らかく微笑むと、さわりたくて仕方の無かった頭をそっと撫でてみた。
嫌がらないかな~、とちょっぴり恐る恐る。
だが、ルゥはイヤなそぶりを見せることなく、くすぐったそうに微笑んでシュリを見上げてくる。
さっきまでのおびえっぷりはなんだったんだと言いたいくらいの懐きようだった。
ルゥの隣に座ったまま、シュリはそっとたずねる。
何でルゥは泣いてたの?と。
ルゥはほんの少し、困ったようにうつむき、それからぽつぽつと話してくれた。
人と違った見た目のせいで、近所の子にいじめられていること、お父さんとお母さんに嫌われていること……
しょんぼりと話すルゥの頭を優しく撫でてあげながらシュリはうーんと考える。
(近所の子はあれじゃないかなぁ?ルゥが可愛くてついついいじめちゃう、みたいな?ボクっていってるし、たぶん男の子なんだろうけど、なんていうか、性別越えて可愛らしいもんねぇ)
自分の事を棚に上げてそんなことを思う。
その近所の子供達を捕まえてちょっとお話ししてみようか、などと考えながら。
(お父さんとお母さんの方は、う~ん。話を聞いてみるまでは何とも言えないけど……ちょっとジュディスに調査をお願いしてみようかな)
そんなことを考えつつ、ルゥの頭を堪能した。
ルゥの髪はふわふわで、それはもう触り心地が最高だったとだけ、いっておく。
そんなことをしていたらあっと言う間に時間は過ぎて、シュリを迎えにきたカレンの声が遠くから聞こえてきた。
もう、タイムリミットかぁと思いつつ、シュリはルゥに別れを告げる。
「お迎えがきたみたいだ。僕、もう帰らなきゃ」
「え……」
立ち上がりそういうと、ルゥがすがるようにシュリを見上げてきた。
寂しがりのウサギさんを置いて帰るのは後ろ髪を引かれる思いだったが、ルゥはウサギではなくよその家の子だ。
勝手に連れて帰るわけにもいかない。
「ルゥ、ニンジン食べる?」
「え?ニンジン??」
しょんぼりしたルゥがあんまりに可哀想で、つい混乱してしまった。
ちがうちがう、ルゥはウサギさんじゃなくて人間だ。
勝手に拾って帰っちゃいけないのだ。餌付けももちろん、やっちゃダメなのだ。
前世で、知り合いの飼っていたミミちゃんが、両手でニンジンスティックを器用に持ってポリポリやるところを見ていたときの至福を思い出し、目の前の可愛いウサギさん……いやいや、ルゥに手が伸びそうになるのを鉄の意志で我慢し、シュリはごまかし笑いを浮かべた。
「ごめん。ニンジンのことは忘れて……えっと、ルゥのお家はどこ?よかったら送るよ?」
一応提案してみるが、ルゥは首を横に振る。
どうやらまだ帰りたくないようだ。
だが、このまま一人で放置するのも心配なので、こっそりシャイナに念話をとばす。
ルゥが家に帰るまで見守ってほしいとお願いすると、二つ返事で了承の答えが返ってきた。
これなら安心だと、ほっと胸をなで下ろし、シュリは最後にもう一度、ルゥの頭を優しく撫でた。
「大丈夫だよ、ルゥ。ルゥは可愛いんだから、もっと自信をもって?みんな、きっとルゥの事が大好きだから」
「……シュー君も?」
「うん。僕も、ルゥが大好き。ルゥは僕のウサギさんだもん」
「ルゥは、シュー君のウサギさん……」
「すっごく可愛いなって思ってるって事だよ」
ルゥに自信をつけてもらいたくて、ちょっと大げさかもと思いつつも、誉めて誉めて誉めまくった。
最後にはついに、ルゥもほっぺたを赤くして可愛らしく微笑んでくれた。
それをしっかりと見届けてから、
「じゃあね、ルゥ」
シュリはそういってルゥに背を向けて駆けだす。
すがるようなルゥの声が追いかけてきたが、それに応えて止まっていたら、いつまでたっても帰れない気がしたので、心を鬼にして聞こえないふりをした。
路地から飛び出したシュリを見つけたカレンが、ほっとしたように駆け寄ってきて抱き上げてくれる。
その腕の中で、シュリは己のしたことを反芻し、思った。
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