不器用なカノジョ

高嶺 蒼

文字の大きさ
11 / 33

その頃~立樹涼香の場合~

しおりを挟む
 (あの子、来なかったなぁ)


 音楽室の窓際に座って、涼香はぼんやりと外を眺めていた。思い浮かべるのは、昨日再会した下級生の事。
 今日は何人か下級生が見学に来ていたが、その中にあの子は居なかった。今日は用事があったのだろうか、それとも他の部活の見学に行ったのか。
 とにかく、あの子は音楽室に来ず、涼香はずっと彼女の事を考えていた。


 「涼香、部活終わったぜ?」


 そんな風に声をかけてきたのは同じクラスでドラム担当の立花徹。
 ワイルド系の顔をしていて女にそこそこ良くモテる。部員の中で涼香とは一番気の合う相手だった。
 涼香は振り返り、彼の顔を見上げる。


 「ん~。1年生達は?」

 「あいつらか。みんなもう帰ったぜ。お前が相手してやらねぇから不満そうだったな」


 苦笑混じりに答える徹に、涼香は小さく鼻を鳴らした。


 「女目当ての奴らなんてこっちからお断りだわ。徹の目から見てどう?モノになりそうなの、いた?」


 問われた徹は首をひねって考えた。
 今日来た見学者達はどちらかというとミーハー気分が目立っていた様な気がする。
 みんな、目をハートにして涼香を見ていたから、入部届を持ってきても部長は受理しないだろう。

 涼香は軽音部で唯一の女だから、他の部員からはお姫様扱いされているところがある。
 特に部長は涼香を可愛がっているから、涼香目当ての男など、入部させるわけがない。
 そう言う意味でも、今日の見学者の中に掘り出し物はいなそうだった。
 まあ、徹の目から見てもそれ程使えそうな人材はいなかったとは思うのだが。


 「どいつもイマイチだったなぁ。おかげで部長のキゲンも悪くて参ったぜ」

 「ふうん」


 涼香は興味なさそうに、再び窓の外に目をやった。
 今日の涼香はずっとこんな感じだった。なんというか、上の空。
 最初は見学者の相手をしていたが、自分に群がる男共に嫌気がさしたのか、途中からは窓際に避難してしまった。
 他人を拒絶するように背中を向けて。


 「部長は?」

 「今日はもう帰ったぜ?他の連中も」

 「そ」

 「お前は、帰んねぇの?」

 「ん~、ぼちぼち帰ろうかなぁ」


 そう答えた涼香の目が、校門へ向かう人波に吸い寄せられた。正確には下校する生徒達に紛れて3人で仲良さそうに歩く女生徒の1人に。
 徹もつられたように、思わずその少女を見つめた。
 小柄な少女だ。なのになぜか目がひかれる。


 「あ~、あの子。あれだろ?軽音部に入るって宣言した、ちっちゃい子。結構可愛いよなぁ」


 そう、可愛いのだ。
 中身はまだよく分からないが、見た目が良い。
 背が小さいのに胸のボリュームが満点なのも、高得点だ。
 上級生の中でも、もう目を付けてる連中が何人かいるのを、徹は知っていた。
 徹の目から見ても、中々好みだ。小さくて、庇護欲をそそられる感じがそそられる。
 そんなことを思いながらニヤニヤしていると、


 「あの子に手出すの、止めなさいよね」


 なぜか涼香に睨まれた。


 「軽音部、入んのかなぁ?手取り足取り腰取り教えてやりてぇな」


 面白いので、もう少し煽ってみた。
 涼香は基本、冷めていることが多い。それが、こんな風に突っかかってくるのはめずらしい。


 「もしあの子が軽音部に入るなら、面倒は全部私がみる。あんたや先輩達には任せられないわよ」


 言いながら立ち上がり、置いてあったバッグを片手に涼香は音楽室の出入り口へ向かう。
 その背中を見送りながら、


 「涼香、帰んのか?」

 「見りゃわかるでしょ?戸締まり、よろしく」

 「気に入ってんだな、あの子の事」

 「・・・・・・まぁね」


 そんな会話を交わす。
 涼香は出入り口で一度立ち止まり、唇を尖らせて軽く徹を睨んだ後、ゆっくり音楽室を出て行った。
 徹は微笑み、さっきまで涼香が座っていたイスに腰掛け、窓の外を眺めた。


 (涼香は、あの子を追いかけんのかな)


 そんなことを思いながら、背の小さい可愛い女の子の姿を追う。
 彼女は友人らしき少女達と、楽しそうに歩きながら話している。

 あの子は、軽音部に入るのだろうか。
 入ってくれるといいなと思う。
 あの子の話をする涼香は、いつもより熱い感じがして良いと思う。あの子が入ったら、軽音部もさらに楽しい部活になる……ような気がする。


 「明日は、うちの部活の見学に来いよな、ちび助」


 そうじゃないと、うちのお姫様のキゲンが悪くなりそうだと、徹は小さな声で涼香のお気に入りの下級生に呼びかけ、ひっそりと楽しそうに微笑むのだった。






 小走りに、校門への並木道を行く。
 少し前に、小さな背中が見えた。
 隣の友達に話しかける時に見える横顔が、その笑顔が、可愛くてたまらない。

 自分以外に向けられた笑顔でもこんなに可愛いと思うのだ。
 その笑顔を正面から見ることが出来たらどれだけ幸せか。

 どうして私はあの子にこんなにこだわってるんだろうー涼香は心の中で首を傾げる。
 特に女の子が恋愛対象と言うわけではない。
 今までにつきあった相手は男ばかりだし、これまであの子以外の女の子に何かを感じる事は無かった。

 この想いが、恋愛感情なのかもよく分からない。
 ただ、後輩として可愛いと感じているだけなのかもしれない。でも、それだけではないような気もするのだ。


 「ソラ」


 目の前の背中に呼びかける。
 その声に反応するように小さな背中がピクリと震え、それからゆっくり振り向いた。

 正面から見つめたいと思っていた顔をまっすぐ見つめ、涼香は微笑む。
 可愛らしい顔に驚いたような表情を浮かべ、目をまん丸に見開いて、ソラは涼香を見上げている。
 その顔をずっと見ていたいような、抱きしめてもっと驚かせたいような、なんとも言えない気持ちに胸がむずむずした。


 「明日は、来る?」


 短く、問う。
 その問いに、ソラはびっくりしたような顔のまま、はっきりと大きく頷いた。
 涼香は微笑み、その頬をそっと撫でる。
 本当はもっと触りたい。でも、今は我慢だ。涼香とソラの距離は、まだそれ程近くない。


 「じゃあ、待ってる」


 その言葉だけを小さく伝えて、涼香はソラを置き去りに歩き出す。
 振り向きたい衝動をこらえて、まっすぐに前を見つめて。
 明日の放課後が、楽しみだった。


しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

服を脱いで妹に食べられにいく兄

スローン
恋愛
貞操観念ってのが逆転してる世界らしいです。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

処理中です...